未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
色彩の洪水のような輝きの中で、彼女は奇妙な運動をしながら妙に心地よい声を響かせている。それは時間にしてほんの数秒の短い映像でしか無かったが、僕は確信していた。
身長160センチ。
銀色の髪に、同じ色の瞳。
性別こそ違うが、僕と全く同じ顔。
「何やってんですか、少尉殿……」
その場でしばらく呆けたあと、慌てて僕はA3への接続を試みる。少尉殿に連絡するためには通信機器、つまりA3が必要だ。有り難い事に機体が再起動中であることを示すシグナルが返ってきた。どうやら主機は無事だったようだ。
安堵と希望、そして焦りがない交ぜになった感情に翻弄されながら、待つこと1時間。ようやく復旧したA3を通じて少尉殿へと接続を試みる。ダメだ。半ば予想通りだったが接続に失敗する。致し方なく、少尉殿への連絡手段をこの世界のネットから探し出す事にする。
A3に搭載されている『副脳』を経由し、僕はこの世界に存在すると仮定したネットへと接続を試みる。この世界が電磁波を通信媒体にしていると気づくまでに少しばかり時間を要し、A3のセンサーの一部を通信機器として使用する算段にもかなり手間取った。なんとかネットへの接続に成功はしたものの、分かってはいたが通信技術があまりに原始的だ。これでは目と口を封じられて手探りによる会話をするようなものである。
そんな閉塞感に耐えながらもネットを辿れば、少尉殿の携帯端末へとたどり着く事自体はさほど難しくなかった。端末にメッセージを表示させると、後は焦りを抑えながらひたすら待つのみである。
半刻ほどが過ぎた頃、少尉殿の端末に集合場所と時刻の指定だけが入力された。掴みどころのない彼女らしく、極めて事務的な内容だ。こちらは製造されてから最大級の衝撃を受けているというのに。
※
少尉殿から指定された時刻は、午後四時だった。
集合場所は、北赤羽駅と呼ばれている公共交通機関の施設である。交通機関の利用は色々と面倒だ。この距離ならば自分の足で移動したほうが気楽である。
ネットでこの世界の情報を集めながら歩き続ければ、目的地への到着はあっという間だった。
駅の改札近くに、少尉殿は一人佇んでいた。彼女を見間違える事は絶対にないが、かつて短く切り揃えられていた銀髪は肩あたりまで伸ばされていて、それが彼女の印象を大きく変えている。
服装はワンピースと呼ばれる一般的な物で、僕の戦闘服とはあまりに違っている。やはり自分の装いは異端なのだなと思い知った。
僕に気付いた彼女が顔を上げ、こちらへといそいそと歩いてくる。
「久しぶりだな、軍曹。元気だったか?」
同じ形なのに、何故か自分よりも大きく見える銀色の瞳。それが緩やかな弧を描き、落ち着いた声も喜びを湛えていた。僕はその声を心地よいと思った。戦場でこの声に何度、そしてどれだけ救われたか分からない。
「歩いてきたのか。大変だったろ」
まだ無駄話を続けようとする少尉殿に、僕は思わず詰め寄っていた。明らかにそんな場合じゃない。
「少尉殿、なぜ通信接続できないんですか。A3はどこにあるんです?」
少尉殿の穏やかな顔が一瞬で渋面に変わる。
「おい、最初に言うのがそれか。ここじゃなんだから、まぁついて来い」
少尉殿の後を追って人のまばらな通りを抜けてしばらく歩き、僕らはやがて公園のベンチたどり着いた。
狭い公園内では幼児たちが一つの遊具を巡って使用権を争っており、それをよそに二人の女性が会話に興じている。その声を耳にしながら、僕は戻ってきた少尉殿から手渡された水の入ったボトルを傾けた。隣では、同じく前を見たまま少尉殿がボトルを開封している。
「来てもらってすまん、私が渋谷に行くとなると、人が大勢寄ってきて騒ぎになるからな」
僕はその言葉に片眉を上げた。
「そうでありますか?ここまで誰も寄って来ませんでしたが」
「………………」
長い沈黙のあと、少尉殿はペットボトルをベンチに叩きつけるように置いてから言う。
「相変わらずだな、軍曹」
「数時間程度では、さほど変化は起きません」
ボトルを置く僕を見ながら、少尉殿はため息をつく。
「お前にとってはそうでも、私には三年振りの再会なんだ、手加減してくれ」
そうなのだ。この世界に来てから、少尉殿は既に三年もの時を過ごしている。僕がこの世界に出現した時点とはあまりに大きな差である。これでは、他の隊員がいつこの世界に現れるのか分かりようがない。
「一応、お伺いしますが⋯⋯他の隊員からの連絡は?」
少尉殿は俯き気味に答える。
「無いな」
「あいつら無事なんでしょうか」
少尉殿は俯いたまま、それでも力を込めて呟いた。
「絶対に無事だ」
※
それからかなりの時間を、少尉殿はこの世界の事について延々と語り続けた。
今の暦は西暦2021年。
つまり、僕らの時代から見て三百年前の過去であるということ。そしてここが日本と呼ばれる国家であること。
ネットで予め知り得ていたことではあるが、改めて少尉殿の口から語られると衝撃である。そのほか、ネットでは知り得なかった知識をいくつも得る事ができたが、情報交換の機会として評価すると有意義な時間とは言えなかった。
僕らはなぜ、過去にいるのか。
C小隊はなぜ、僕らごと施設を攻撃したのか。
そして何よりも、これからどのようにして小隊を再集結させるか。
どれも正解は得られないかもしれないが、これらの事について是非とも少尉殿の考えを聞きたかった。だが、彼女の態度は軍や小隊に関する話をする気が全く無い事を示している。少尉殿のA3のありかについても、面倒そうな態度をするばかりで答えてはくれなかった。
時間だけが無為に過ぎ、気が付けばとっくに日も傾いて辺りは暗くなり始めていた。淡い公園の照明に舞い散る花びらが照らされ、そこだけ雪が降っているように見える。
やがて少尉殿は、スーパーで割引シールが貼られ始める時間が近い事を理由にベンチから立ち上がった。落胆している僕の隣で、彼女は割引シールについて熱弁し始める。正直あまり興味が湧かない。そもそも通貨など、あちこちに置かれている機械をネット経由で少しばかり弄れば無制限に入手できる。それをごく少量得るためにここまで前のめりになる理由が理解できない。
反応が薄い僕をよそに、少尉殿の身振りを交えた力説が続く。
「別に弁当や惣菜ばかり食っている訳じゃ無い!料理だってする!そうだ、カレーを作ってやろう。信じられんほど美味いぞ、食いに来い!」
熱弁を終えた後も、僕が喜んでいるようには見えなかったのだろう。深く息を吐いて腕を組んだ少尉殿は、やがて慎重な口調で言った。
「……軍曹、私の所に来い。お前はまだこの世界を知らないだろう、一人で生きていくのは難しいはずだ。何より渋谷の地下貯水槽は、人が住むような場所じゃないぞ」
間違いなく、少尉殿は僕を自分の庇護下に置くつもりでここに呼んだのだと思う。だが僕は焦っていたのだろう。その提案に答える代わりにこう宣言していた。
「いいえ、少尉殿。自分は部隊を再集結させるために動きたいと思います」
少尉殿の反応は、今まで見たことが無いものだった。
彼女は怯えとも苛立ちともとれる表情を浮かべて、こちらに険しい目を向けている。
「……よせ、ここに戦いは無い。小隊はもう解散だ」
僕は固まった。
冷たく鋭い氷が、胸に深く差し込まれたように感じた。
「僚友たちを探す事は良いだろう。私だって、私のやり方で探し続けている。だが何をするにしても、まずはこの世界にお前の居場所を作る所からだ。今すぐ返事をよこせとは言わんから、私の所に来ることを真剣に考えてみてくれ。とりあえず」
腕をつかまれ、僕は強引に立たされた。
「ついてこい、割引セールに付き合ってもらうぞ」
僕の顔を覗き込む少尉殿は、無理に笑顔を作っているように見えた。