未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2023
何とか終わらせたい……!!
それだけが望み……!!
初夏の日差し避けて、俺たちは格納庫の中から外を眺めている。
俺たちの視線が向かう先では、輸送機から荷物を運び出す作業が着々と進行している。お届け物は随分と遅配が続いていた十一機目の歩行戦車だ。大尉のA3を加えて十二機、これで三個小隊分の機体が揃う。実際のところ十二機では動かせるのはせいぜい二個小隊程度だろうが、それでもだいぶ軍隊らしくなってきた。
たった三機から始めて五年間。長いような短いような五年だった。思い返すと信じられないんだが、この部隊に配属されたあの日、俺は随分手の込んだ冗談に巻き込まれたもんだと思って酷く落胆していた。
史上初の歩行戦車部隊創立にあたり、陸海軍の中から五百名ほどの搭乗員候補が集められた。俺もそこに放り込まれたんだが、待っていたのは長期間に渡るそりゃもう偏執的な選抜訓練だった。どんな頭のおかしい部隊を作ろうとしてやがると思ったもんだ。残れたのは奇跡だと今でも思う。整列して結成式の開始を待つ間、俺たちは自分らを誇らしく思いながら勝手な期待を育てていたんだ。
ところがだ。
そんな俺らの前にテクテク歩いてきたのは、人形遊びが似合いそうな十歳前後の女児だった。彼女の隣に立つ軍曹の階級章を着けた男が、これがお前らのボスだと紹介し始める。こんなの全員揃って口が半開きになっても仕方ないだろ。
朝日を浴びながら俺たちの前に立つ彼女の姿を、俺は今も鮮明に覚えている。紫がかった銀色なんていう場違いな色をした髪の向こうから、血のような紅い瞳が用心深げにこちらを伺っていた。その顔立ちはこれまで目にした事が無いほど整っていて、均整のとれた礼装姿も相まって現実味がまるで無かった。あんな状況でなければ見惚れていただろうと思う。
「……第一歩行戦車大隊、第二中隊長を務める事になった、マリア・ブラッドベリ大尉だ。宜しく頼む。…………以上」
抑揚の無い声でそれだけ言うと、彼女は呆気に取られる俺らの前からさっさと歩き去っちまう。当時はまだ軍曹だったマニング曹長が、ヤケクソ気味に式の終了を宣言しながら腹を押さえていた。今思うと曹長の胃痛が始まったのはこの時じゃなかろうか。
その日の夜は皆で散々に飲んだ。見た物をそのまま受け取るほど頭の悪い連中では無いが、子供が上官という状況への混乱と不安が抑えきれなかったのだと思う。
まぁ、そんな状況は長続きしなかったんだが。
大尉を侮り続けるには、彼女の機体と、何より彼女自身の能力があまりにぶっ飛び過ぎていた。
大尉が操るA 3を初めて目にした時の気持ちは、忘れようったって忘れられない。五メートルの巨体が滑らかに動いている事にまず度肝が抜かれたが、とにかくその造形の美しさに魅了された。機体を覆う明るい灰色の装甲には異文化を感じさせる曲線美があり、試験場に向かって歩くその姿には気品すら漂っていた。
ところがソイツがいざ機動を始めたとたん、それまでの印象が一変する。バカでかい野生動物のように荒々しく跳躍し、地鳴りと土煙だけを残して一瞬で視界から消え去る。速すぎて目で追うことすらままならない。俺の中で、これまでの兵器がナメクジと化した瞬間だった。よく分からない敗北感とバカみたいな興奮で頭がおかしくなったのを覚えている。
これで仮に大尉の指揮能力が皆無だったとしても、こんな圧倒的な力を見せられて心服しない奴などいない。俺たちが抱えた不安は迅速丁寧に粉砕された。もうこれだけで十分なんだが、大尉は俺たちの目の前でその粉を集めてブタに食わせるような存在だった。心が病むので列挙はしないが、俺たちが彼女に勝てる事は一つもない。せめてコレだけはと思っていた体力面でも勝負にならなかった。小柄な女児に日々組み伏せられながら、新しい扉が開いていくのを感じる毎日だった。
ああ、あった。
一つだけ勝てる事がある。
どちらかと言えば、大尉は人付き合いが信じられないほど苦手なタイプだ。かつての彼女は文節を三つ以上続けて話す事ができなかった。それ以上になると青くなって震え始めるのだ。別にそんなんでも俺たちは困りはしないが、士官としては問題だろう。大尉ともなれば、お偉いさんと頻繁に顔を合わせて話す必要があるからだ。
さすがに困ったのだろう。
なぜか懐かれている俺は、そっち方面の悩みについて食事しながら相談を受ける事になった。敬服する相手と二人きりで食事できるなんて嬉しいに決まってる。そこが何の色気もない食堂で、相手が子供用の椅子に座っているとしてもだ。
「……どうしたらいい、デイトン」
苦楽を共に過ごして分かったんだが、この人は気を許した相手には普通に喋る事ができる。問題は、気を許すまでの道のりが非常に長くて険しいという事だ。結果、会話を試みるとほぼ全ての人に対して動作不良みたいになっちまう。もう何年も士官やってんだから、いい加減克服しても良いもんだが……そういやこの人は全然歳を取らんな。俺はもうすぐ三十代なんだが、もしかして永遠に子供のままなのか?会った時から全く変わってないんだが。
そん時の俺は、当たり障りのない回答でお茶を濁そうとした。
「人には向き不向きってのがありますからねぇ、無理に得意にならんでもいいでしょう」
「それじゃ困る」
「最低限それっぽく出来ればいいんですよ。真似から入ったらどうです?観察して、喋り方なんかも似せてみるとか」
大尉はしばらく不服そうな顔をしていたが、アイスコーヒーをストローで一口吸ってから気が進まなそうに口を開いた。
「……分かった。とりあえずお前の真似をしてみる」
「俺ぇ!?」
「なんだ、嫌なのか」
にわかに不機嫌な表情になった彼女を、俺は必死に宥めようとした。
「いや構わないですとも、光栄な事です。いやぁ誇らしい」
「ならそうする」
その日から、俺は頭を抱える事が多くなった。無理にでも止めとけば良かったと思っている。俺ってこんなに気取った話し方をしてんのか?大尉が喋る度になんかバカにされてるみたいで腹が立つんだが。
「おい、来たぞ」
同僚の声で、俺は我に返った。
荷物を積んだトレーラーがこちらに向かってくる。俺は腹立ちの余韻を感じながら格納庫の外へと歩き出した。
※
受け入れ作業がひと段落つきそうな頃には、時刻は午後八時を回ろうとしていた。夕方からちょっとした嵐になっていて、格納庫の中は雨音で耳が痛いほどだった。
搬入が終わった真新しい歩行戦車の周りには、フィッティングを行っている整備員と兵隊が慌しく動き回っている。大尉のA3の優美さには無論のこと惹かれるが、俺個人としては歩行戦車の無骨さのほうが好みだ。全てがゴツゴツした平面で構成されていて重々しい。見た目だけなら間違いなくコイツの方が強い。
だが残念なことに、歩行戦車はA3の劣悪な模造品に過ぎない。
歩行戦車の開発は、二十八年前に日本で発見された未知の兵器の残骸が発端って話だ。その名称から脚の生えた戦車を想像するのは当たり前の話で、何でそんな酔狂な研究に二十八年も莫大な金を費やしてるんだって思われがちだが……実際にやってる事は動作原理が全く分からない物の模倣だ。もしかしたら研究者たちは、自分らが何をやってるのか分かっていないのではと思う。届く試作品がどれもピンと来ない出来なのはそのせいだと俺は思ってる。
今も絶え間なく研究という名の模倣が続けられているが、A 3の性能にはまだ遠く及んでいない。A3は長時間の作戦行動と数分間にも及ぶ跳躍が可能で、多少の損傷なら自己修復する堅牢性まで備えている。一方俺らの歩行戦車はと言うと、大した事ない距離でもトレーラーに載せて移動する必要があり、基本的に地面を這う事しか出来ず、全力で機動したら十五分かそこらで動力が尽きる。
運用にカネがかかり過ぎるのも難点だ。一回戦闘する毎にフルオーバーホールが必要であり、脚と腕は交換が前提になっていて容易に取り外せるようになっている。こんな虚弱体質で「
そうなんだ、とにかくこの部隊は金が掛かっている。大量に使用している三十ミリ弾一つとっても、どこでどう頑張ったらそんな金額になるんだって値札が付いてる。引き金をしばらく引き続けると、どっかの地方都市の年間予算に相当する金があっさり消えることになる程だ。
並べられた武装の確認を終えて、俺は唸り声を上げながら腰を伸ばした。戦闘員も総出で手伝いに駆り出されるほどの切羽詰まった状況だったが、何とか帳尻を合わせることができた。この蒸し暑い格納庫からさっさと出たいところだ。
「ダン」
背中から肩を叩かれて、俺は振り返った。同僚のエリオットが親指で背後を指差している。
「お帰りだ」
俺は格納庫の入り口に目を向けた。
こちらへと歩いてくる一群の先頭に大尉の姿が見える。その隣を歩いている見知らぬ人物を見て、俺は思わず呼吸を忘れた。もう大抵の事には驚かないと思っていたんだが、その考えは全然甘かったようだ。
とんでもねぇ美形が歩いている。
「……ボスが天使を連れてきたぞ」
エリオットの呟きに、俺は心の中で頷いた。