未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
目を覚ました時、僕は知らない部屋にいた。
あたりは静かで、電子音だけが定期的に響き続けている。天井を見つめながら呆けた後、僕は痛みに耐えつつ肘で上半身を支えて辺りを見回した。
そこは白を基調とした何とも殺風景な部屋だった。用途不明な装置に囲まれた空の寝台が幾つか並んでいる。どうやら僕はその一つに横たわっているらしい。すぐ傍には液体の入ったパックが金属の支柱に吊るされていて、そこから延びた管が僕の左腕へとつながっている。
俯きながら意味もなく電子音に耳を傾け続けた後、僕は苦痛に耐えかねて再び寝台に上半身を落とした。この部屋、並んでいる装置、腕に刺し込まれている管。見るもの全て何なのか分からない。それがひどく不快だった。
……そうだ。分からない。
体が末端から急速に冷えていく。
思いつく回答は一つしかない。副脳のアシストが行われていないからだ。ぼんやりとしていた頭が衝撃を受けて回り始める。巨大な多脚砲台との戦いを断片的に思い出しながら、僕は自分のA3が失なわれたという可能性に思い至って愕然とした。
視界の隅で部屋の扉が開いた。入室してきた誰かがこちらに声を掛けてくるが、何を言っているのかさっぱり分からない。仮に分かったとしても、今の僕の頭には全く入ってこなかったと思う。
※
夕方になり、06が部屋にやってきた。
寝台の上で顔を向けた僕を見て、安堵の笑みを浮かべている。
「軍曹、気分はどうか」
06が発したのは共通語だった。今の僕には英語が通用しないと理解しているのだろう。ならば余計にその質問は無いなと思う。
「良い訳ないだろ。状況がさっぱり分からんし、身体もひどく痛い」
「ここは病院で、貴方は重傷を負って治療中だ。無理に動くなよ」
まぁそんなところだろう。他にも聞きたいことが山ほどある。06が椅子に座る間すら待ちきれず、僕は畳み掛けるように質問を投げた。
「それで僕のA3はどうなった?」
「……」
答えに詰まっている06を見て、僕は全てを察した。
「なんてこった」
「⋯⋯爆発の衝撃を相殺するために限界を超えて運転したらしく、主機が動力を完全に喪失している。主機を守ろうとした副脳も焼けてしまった。脳死状態だ」
06の説明を聞きながら、僕は頭を枕に落として長い息を吐く。
止まった主機は廃棄処分にするのが通例だ。主機の内部のクワック粒子を再励起させるなんてのは、密封された箱の中に精密機械を作ろうとするくらい馬鹿げた行為だからだ。そんな事をせずにゼロから建造した方が安くて早い。無論この世界で主機を建造するなんてのは不可能だから、とにかくもう無理ってことだ。
副脳が主機を生かそうとして死んだのも痛い。副脳の製造コストは主機に比べて圧倒的に低いから死ぬ順番としては正しいのだが、今の僕には副脳のほうがより重要である。
口を閉ざした06の眉尻が下がる。どうやら僕はかなり悲壮な表情を浮かべているらしい。それを慰めようと思ったか、なんとまぁ06が僕の手をそっと握るではないか。
「本当にすまない」
泣きそうな06の顔から視線を外し、僕は握られた手に目を落とす。
こいつの手、やっぱり小さいな。
「まぁ……いいさ。兵器は壊れるもんだ。命があっただけ幸運だった」
直視したら絶望しそうな事に蓋をして、僕は何とか笑顔を作る。
06も無理やりに笑おうとしているが、あまり上手く行っていない。
「そういや、部隊の連中は全員無事か?」
「ああ、無事だ。軍曹が命懸けで時間を稼いでくれたお陰だな。貴方のA3が爆発を相殺してくれたのも助かった」
06の指がそっと僕の手から離れた。こちらを見下ろす紅い瞳には不安の色が湛えられている。
「すまんが軍曹、あの爆発の直前に一体何があったのか教えてくれないか?貴方が奇跡を起こした訳ではないのだろう?」
「C小隊だよ。連中が遠距離から撃ったんだ。相変わらず良い仕事をする」
06はあまり驚いていない。恐らく答えを予想していたのだろう。僕は言葉を続けた。
「着弾の直前に声を聞いた。危ないから下がれってな。どうせならもっと時間に余裕を持って警告してくれると有難かったんだが」
「そうか……やはり連中もこの世界に転移していたか。それにしても奴ら、よほど私達を吹っ飛ばして遊ぶのが好きと見える」
06は涙を拭きながら目を細めるが、二度も爆風で転がされた身としては全く笑えなかった。この調子では三度目だってありそうじゃないか。僕は憮然としたまま口を開く。
「敵か味方か分からんが、この世界で戦艦クラスの防壁を貫けるのは連中だけだろう」
「……そうだな、私達には不可能だ。これまでの『漂流物』に、あんな高出力の主機を持った奴は無かった。恐らく都市や軍事施設を手っ取り早く破壊するための兵器なんだろうが、今後はああいった物が流れてくる事を覚悟する必要がありそうだ」
「未来じゃダメだったから、過去で派手に暴れようって所か」
本当に迷惑だ。
疲れがドッと押し寄せてくる。06の入室と同時に職員が吊るされたパックを交換していたが、眠くなる何かが仕込んであったのかもしれない。腕に流れ込んでくる液体が睡魔をじわじわと運んで来ているように感じる。
「ちょっと眠らせてくれ、長く喋ってなんだか疲れた」
だが、06は椅子から立ち上がらない。何やら言い辛そうにして身をよじらせている。怪訝に思いながら見上げてみれば、彼女の目が全速力で泳いでいるではないか。
「なんだよ、まだ何かあるのか」
「…………落ち着いて聞いてくれ。実はな、ここ日本なんだ」
は?
「それとな、あと一時間しない内に『少尉殿』がここに来る」
はああ!?
「よかった、目を覚ましたんだな……いやいや、少尉殿が来るぅ!?いやちょっと待て、僕はどれくらいの間人事不省だったんだ!?」
「あの戦闘から五日間と十八時間が経過している。ステイシスが修復するとはいえ、貴方はそこそこの
「それを早く言え!!お前はなんだ、僕を驚かせて楽しんでるのか!?」
06は心外だと言いたそうな表情になった。
「そんな訳ないだろ、こっちだって困ってるんだ。そもそも軍曹、貴方はなぜ携帯端末を持たないんだ」
「なんだ急に。副脳で少尉殿の携帯端末と直通していたんだよ。他に連絡する相手なんて無いし、そもそもあんな原始的な物を持ち歩くなんて面倒だろ」
「その物臭がもっと大きな面倒を引き起こしているのだ⋯⋯」
06の渋面がさらに深くなる。
「……目を覚ました『少尉殿』は、何日も貴方に連絡が取れなくて半狂乱になったらしい。我々の警備を振り切って病院から脱走すると、貴方を探して街をさ迷い始めた。『少尉殿』の安全を守ると宣言しておきながら、まことに面目次第もない」
頭を下げる06。
「我々はその報告を受けて慌てて貴方を日本まで運ぶ算段を始めたんだが、貴方の容体が安定しておらず、すぐには動かせなくてな……」
聴き終えると同時に、僕の視界から色彩が失われた。終わった。頭から何かが抜け出ていく。
「冷静に話し合えないだろうから、取り敢えず寝ておいて貰うぞ。いいか、貴方が副脳を失った経緯も含めて、貴方と我々の関わりは絶対に『少尉殿』に知られてはマズいんだ。だが、貴方が上手く嘘を吐けるとは全くもって思えない。そこでだ。」
06が覆いかぶさってきた。目が完全に据わっている。
「
おい何言ってんだバカ、僕の都合はどこいった。
おまえ本当に無茶ばっかりだな。
意識を失っていく僕の口から、抗議の叫びが出ることは無かった。