未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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パンジャンじゃん様
日当は紅茶様
月穂様
さくらだはちまん様

感想ありがとうございました、お陰様で元気が出ました!



婚約

 

 

 

 

「あ、ジロー、起きたか!」

 

まどろみから浮かび上がった僕の耳に、心地よい声が響く。

 

嗅ぎ慣れた匂い。木製の天井。漆喰の壁と、そこに貼られた一枚のポスター。僕は少しばかり痛む体を起こした。掛け布団が体からずり落ちていく。

 

そこは見慣れた少尉殿の部屋だった。昨日退院してようやくこの部屋に戻ってくる事ができたのだが、こうして見渡してみれば、06と共に戦った事が夢の中の出来事の様に感じる。ずっとここにいたような気分になるのだ。

 

 

「丁度起こそうと思ってたんだ。昼ごはん、食べるだろ」

 

エプロンを身につけた少尉殿が、料理をちゃぶ台に並べながら輝くような笑顔を浮かべている。彼女の声はピンク色だった。声に色が着いているなんておかしな話だが、間違いなくそう感じる。

 

「……どうした、ジロー。どこか痛むのか?」

 

表情を曇らせてこちらを伺う少尉殿に、僕は慌てて笑顔を作った。

 

「大丈夫です、少尉殿。今起きます」

 

いつもながら彼女の表情はクルクルとよく変わる。今の顔は不満を全力で表明していた。

 

「少尉殿じゃないだろ。……ハナって、呼んでくれないのか」

 

徐々に言い淀み、顔を赤くしていく。その様子を脱力しながら眺めつつ、僕はこの短期間に起きた急激な変化に思い馳せていた。

 

 

 

 

少尉殿が変になってしまったのは、六日前、彼女と病室で再会した時からだ。

 

西陽の眩しさで目を開くと、僕の頭のすぐ隣で少尉殿がつむじをこちらに向けていた。寝台に突っ伏しているその寝顔を覗き見て、胸が一杯になった事を覚えている。

 

そんな平穏な時間は長続きしなかった。僕の身動きで少尉殿が起きてしまったのだ。目覚めて視線を合わせるなり、彼女の目が三角形になっていく。少尉殿は怒った。それはもう、泣きながら滅茶苦茶に怒りまくった。その怒りがようやく鎮火してきた辺りで日本語が分からない事を伝えると、今度は共通語で同じだけ怒られた。

 

怒鳴りすぎて、さすがの少尉殿も疲れ果てたらしい。その後は低い調子での質問が続いたのだが、幸いにも「記憶の混濁を盾にしろ」という06の指示が頭に残っていたお陰で、覚えてませんの一点張りで押し通し続ける事ができた。

 

ここで僕は、己の醜い欲望に負けてしまった。どこから記憶が無いのかという少尉殿の問いに対して、この世界に転移してきた直後から有りませんと答えてしまったのだ。少尉殿に対してこれまで重ねてきた失態の数々を、記憶喪失というドサクサに紛れて綺麗さっぱり忘れた事にしようと思ったのである。

 

上官に嘘を吐くなんて事は今まで絶対にあり得なかった。自分に起きた変化に混乱しつつも、その時は中々に良い策だと思っていた。これであの失敗もこの失敗も、何もかもリセットして少尉殿との関係を再構築できるかもしれない。そんな都合のいい事を考えていたのだが……後悔はすぐに訪れた。

 

僕らの会話が途絶えるのを待っていたかのように、どう見ても一般人の体格じゃない白衣の男が入室してきた。そいつは僕らを見渡した後で、少尉殿に何やら話し掛け始める。言葉が分からないため何を言っているのか不明だったが、時折こちらに向けられるそいつの目が念を押していた……絶対に忘れたフリでやり通せと。

 

白衣の男が去った後で何だったのかと少尉殿に聞いてみれば、医者からの僕の容体に関する説明だったらしい。失われた記憶が戻る可能性は無いと言われたそうだ。そんなバカな事あるかとツッコミたくなるが、それを信じ切った少尉殿の表情は絶望で一杯だった。目には溢れそうになっている涙が夕陽を浴びて輝いており、引き結んだ唇からは嗚咽が今にも漏れ出て来そうだった。

 

打ちひしがれている彼女を見るのは、どう表現して良いか分からないほどの苦痛だった。彼女が悲しんでいる事だけでも我慢ならないのに、その発端が僕の嘘なのだ。いつまでもこんな嘘を貫き通せるとはとても思えず、心は早くも折れかかっていた。

 

 

ところがだ。

 

 

一夜明けた少尉殿は、前日までの落ち込みが何かの間違いだったかのように顔を輝かせていた。

 

「事故なんだ、忘れてしまったのは仕方がない。だが、私達の関係まで無かった事にはしたくないんだ」

 

こちらに向けられた彼女の目は座っていて、何か重大な覚悟を決めたような気迫が伝わってくる。

 

「これから貴様に、私たちがどんな生活を共にしていたのかを教えていこうと思う。二人で頑張って、元の暮らしを取り戻そうじゃないか」

 

勢いに押されて何も考えずに頷いた僕に、上目遣いの彼女は震える声で言葉を続けたものだ。

 

「まずな、私と貴様は婚約している。結婚する予定なんだ」

 

 

 

 

「ほら、ジロー。ご飯粒が着いてるぞ」

 

少尉殿の声で、僕は我に返った。

 

ちゃぶ台の向こうに座る少尉殿が僕の口元に手を伸ばし、つまんだ米粒を自分の口に運ぶ。

 

喜色満面の彼女を見ながら、僕は心の中で首を傾げていた。これが「取り戻すべき以前の生活」なのか?彼女の説明によると、結婚を約束した僕らは『ソウシソウアイ』で、お互いを『デキアイ』していたという事だった。どちらも共通語に無い単語であるため彼女は説明に四苦八苦していたが、要するに今の少尉殿のような振る舞いがそうなのだろう。

 

僕はようやく理解した。少尉殿も僕と同じく、この機に乗じて都合よく過去を変えたいと考えているらしい。気持ちは同じという事だ。当然ながら、話を合わせても構わないと思っていた。

 

 

結婚したら直ぐに『子供』を作る予定であるという言葉を彼女から聞くまでは。

 

 

僕は今、恐ろしく間抜けな顔をしていると思う。対する少尉殿は真っ赤にした顔を綻ばせている。これほど幸せそうな彼女を見るのは初めてだった。

 

「きっと楽しいぞ。三人でやりたい事がいっぱいあるんだ。たくさん愛情を注いでやりたいし、幸せにしてやりたい」

 

僕は眉根を寄せながらそんな彼女に言葉を返す。

 

「……少尉殿、子供を製造するには、どう事を進めれば良いのでしょうか」

 

大きな音が響く。少尉殿が手に持っていた茶碗を落としたのだ。

 

「せっ……」

「方法が分かりません。それに製造できたとしても、そもそも育成施設もありませんから育てようが無い気がしますが」

 

少尉殿の動揺が一瞬で収まった。

彼女はしばし僕を呆れたような表情で見ていたが、やがてちゃぶ台から茶碗を拾い直すと不味そうな顔で米を口に運ぶ。

 

「……なぁ、軍……ジロー。この世の中には子供が溢れ返ってるよな?あの子たちはどこから来たんだと思う?言っとくが工場じゃないぞ」

「不勉強で恐縮です、少尉殿。では一体どこで製造されているのでしょうか」

「こいつ……!!」

 

肩をいからせた少尉殿は茶碗の中身を睨んでから掻き込むと、空になったそれをちゃぶ台に勢い良く置いて手を合わせた。

 

重ねた手の向こうから、少尉殿が唸るような声で話し始める。

 

「……いいだろう。どうやって製造されるか教えてやろうじゃないか。だが事を始めるにしても、貴様の体が完全に治ってからだ。それまでせいぜい覚悟しておくんだな!!」

 

なんでだ。

これじゃまるで宣戦布告だ。

 

食器を抱えて立ち上がる少尉殿を見上げながら、僕はソウシソウアイがどこへ行ってしまったのだろうかと考えていた。

 

 

 

 

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