未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
なんでだ、怒りが止まらない。
自分の行動が全く制御できず、僕は土手を不出来な機械のようにフラフラと登る。僕はこんなに理性が働かない奴だったのか?
僕という個人は、なんて未完成で、低品質なんだろう。
副脳という優しい保護者に、僕は甘え切って生きてきた。全ての解釈と判断を機械に委ねて、これでは今まで死んでいたようなものではないか。
少尉殿の部屋を出よう。僕は少尉殿に相応しくない。
「ぐぅぇ」
背後から腕が回りこんできて、僕の喉をきつく締め付けた。白銀色の長い髪が視界の両端で暴れている。
「……オイ、何勝手に帰ろうとしてるんだ。話は終わってないぞ」
食い込んでくる腕の力がさらに強まり、視界の端が段々と暗くなっていく。これは本気の締めだ。少尉殿の腕と首の間に指をねじ込もうとするが、固く締め上げられていて入り込む隙間が全くない。
「ぼく……けがにん」
「知らん。答えの内容いかんに寄ってはもう一度病院に送ってやる」
あんなに心配してくれていたのに、あれは何だったんだ!?無慈悲な宣告と共に、少尉殿は僕の首を締め上げたまま再び土手へと引きずっていく。本気で落ちそうだ。暗くなっていた目の前が今度は上の方から白くなっていく。
ふと、首を締め付ける力が消失した。と思ったら、視界が九十度回転して地面に叩きつけられる。青臭い草、赤い空、草、空……交互に目まぐるしく変わる視界、全身を殴りつけてくる地面。やっと体が静止した時、僕の目に映る空には銀色に輝く粒子が無数に泳ぎ回っていた。
「どうだジロー、土手を転がる気持ちが分かったか!!」
いや貴方が勝手に転げ落ちたんでしょうが。
さすがに怪我人にコレはない。抗議しようと呻き声を上げながら上半身を起こせば、土手を滑り降りてきた少尉殿が追い討ちを掛けるように再び首に巻きついてきた。
「もう一度聞くぞ。あの写真の出来のどこが不満なんだ?言っとくが編集部の連中は気持ち悪いほど喜んでたからな。大傑作だ、間違いなく売れるって言ってたぞ」
「ぐぅ……あのぉ、ハナ、さん?不満なんて言ってません……ちょっと緩めませんか?話せ……ない……」
「話せてるだろ。じゃあ何が問題なんだ」
どうしても言いたくない。
死んでも黙秘したかった。
だが本当に死ぬとなれば話は別である。さすがに本能がそれを許してはくれなかった。限界が近づいている僕は、少尉殿の腕を叩きながら叫んでしまっていた。
「あんな顔!!他の奴らに、見せて欲しくなかったんです!!」
一瞬で少尉殿の腕から力が失われ、気道を解放された僕は咳き込みながら背中を丸める。
「……どういう事だ?」
「どういう事かなんて分かんないですよ!!でもあの最後の写真だけは嫌だ!!あんな顔、あんな目は、他の奴には向けて欲しくない!!」
叫んでいた。自分でも驚くほど大きな声で。それが風の中に消えていくと、僕らの間に残ったのは長い沈黙だった。僕が時折り咳き込む音だけが、黄金色の空に寂しく消えていくばかりだ。
やがて沈む直前となった夕陽が、雲間の向こうで激しく輝き始めた。その光を背にした少尉殿から、いつものような穏やかな声が響いてくる。
「……あの写真を撮ったカメラマンはな、物凄く有名な人らしいんだ。夢中にやってる間に驚くような写真をたくさん撮ってくれた。私はこんなに綺麗だったのかって、恥ずかしい感想を口走ってしまったくらいだ」
少尉殿の手が、僕の背中をゆっくりとさすりはじめる。
「最後の写真だけどな。あれを撮る前に、そのカメラマンにこう言われたんだ。『世界で一番大好きな人が、こちらに立っていると思ってください』って」
少尉殿の体が僕の背中に覆い被さる。彼女の温かさで胸が痛くなってくる。
「お前だ、ジロー。あの顔はお前に向けたんだ」
熱い手が、僕の心臓を握り潰していく。止めどなく湧き上がってくる幸福感に呼吸が乱れ、夕闇に沈みつつあるはずの周囲が眩しいほど明るい。
不安だった。あの笑みを、少尉殿は誰にでも向けてしまうのでは無いか。そう思うと激しく胸を焼かれて頭がおかしくなりそうだった。その抑えきれない焦りと怒りの正体を、僕はようやく理解する事ができた。
かつて少尉殿は、僕ら小隊員の崇拝の対象だった。独占欲を向けるには程遠い対象だったのだ。だが今は違う。
少尉殿は、僕だけのものだ。
僕は少尉殿の腕の中で彼女の方へと振り返り、その両耳の下へと手を滑り込ませた。そのまま引き寄せると、少尉殿の瞳がゆっくりと閉じられる。胸の鼓動は今や破裂せんばかりに激しく、脈拍は耳の奥で繰り返される爆発音のようだ。
柔らかく滑らかな温かさが、僕の唇に重なった。
06から送られてきた動画を観た時、その中で絡み合う二人の男女は狂人に見えた。彼らを真似て少尉殿を汚している今の僕も、きっと狂ってしまっているのだろう。
唇を離すと、少尉殿の瞳は熱で溶かされたかのように潤んでいた。何か言わないと。だが、胸が一杯で言葉が出ない。僕らは互いの温かさを分け合ったまま、痛みにも似た高揚感が引いていくのを待ち続けた。
「……帰りましょうか」
ようやく僕の口から出てきたのは、恐ろしいほど陳腐な言葉だった。だが、少尉殿は特別な言葉など求めてはいなかったらしい。彼女は輝かんばかりの笑顔で嬉しそうに頷くと、僕の腕を引きながら立ち上がった。
「そうだな。食材も出しっぱなしだし、急いで帰ろう」
手を繋いだ僕らは、共に土手を見上げた。
その先では、様々な表情を浮かべている老若男女が、ずらりと並んでこちらを見下ろしていた。