未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
少尉殿の誕生日を祝った次の日は、ここ最近の酷暑が嘘のような冷たい雨が降っていた。
その日、また少尉殿が目を覚まさなくなった。
突然に恐怖で一杯になったせいで、その時の記憶が飛び飛びになっている。気がつけば僕は、震えて使い物にならない手で06に電話を掛けていた。
ワンコールもなしに電話はつながった。僕は安堵と焦りに息を詰まらせながら、そこにいない06に縋るように身体を屈める。
「06、少尉殿が目を覚まさない」
「こちらでも確認している」
冷静な06の反応に、僕は思わず声を荒げていた。
「おい……病院で治療したんじゃなかったのか?!」
『これは治る、治らんといったモノじゃない。耐用年数の終わりが近づくにつれて、私たちは徐々に長く眠るようになるんだ」
息を呑んだ僕に、慌てて06が言葉をつなげる。
『だが今日明日のことじゃない。『少尉殿』の検査結果は良好だったし、あと10年近くは耐用年数が残っているはず。ともかく様子を見ておいてくれ。恐らく二日、長くて三日程度で目を覚ますはずだ』
ようやく、僕は携帯を握りしめる手の力を抜いた。
目の中に入ってくる冷汗をぬぐい、自分を落ち着かせるように深く息を吐く。
「……みっともない所を見せた。少尉殿が目を覚ますのを待つことにする」
『気にするな。こちらでも監視する』
携帯の電源を切り、僕はそれを脇に置きながら少尉殿の顔を覗き込んだ。
雨の音が、部屋の中にずっとずっと響き続けていた。
それから一週間。少尉殿は一度も目を覚まさなかった。
※
『少尉殿』の耐用年数が、終わろうとしているようだ』
もう何度目か分からない電話。06が平坦な声でそう言った。
言葉の意味は分かる。
理解はできない。
急になんだ。
何日かで目を覚ますって言ってたじゃないか。
回転する視界に耐えられず、僕は片腕をついて何とか身体を支えた。
「⋯⋯根拠は」
『耐用年数切れで死亡した隊員の記録が、こちらに残っている。03と04だ』
唐突な追い打ちだった。
耳鳴りがうるさい。06の声がはるか遠くに聞こえる。
『04は28年前にこの世界に転移し、15年間生存してから耐用年数を終えた。03は14年間だ。最期は二人とも、今の『少尉殿』と同じ状態だった。異常に長く眠り、そのまま生命活動を停止する』
04はこの世界で15年間生きた。
03は14年間。
少尉殿は、たったの4年。
「なんでだ?おかしいだろ」
『私達に与えられた耐用年数は決して等しくない』
僕は元いた世界を思い出す。そこでは耐用年数を迎える前に死んでいく兵士たちがいる一方で、半世紀を生きた市民や、一世紀を生き続けている長老たちがいた。平等なんて概念は欠片も存在しない。ただ誰かの都合だけがあった。
『こんなに症状が急速に進むとは思わなかった。⋯⋯もっと長い前兆が、あるはずだったんだ」
平坦な声を保てず、06の声は激しく震え始めていた。
その後は何を話したのか覚えていない。
いつの間にか、僕は通話を切っていた。
※
それから僕は、眠る少尉殿の傍らに座り続けた。
06の言ったことはぜんぶ間違いだと自分に言い聞かせながら。
時折マッサージをし、濡れたタオルで身体を拭き、唇を水で濡らす。
それを何日続けたのか、もう分からない。
まるで夢を見ているようだった。今は身を焼くような焦燥も、自分の脳を抉り出したくなる衝動も感じない。ただ少尉殿とすごした思い出を一つ一つ取り出しては、それらを眺めるばかりだった。
だが、その均衡は僅かな揺らぎで簡単に崩れ去ってしまう。そのたびに僕は頭がおかしくなり、髪を掻き毟って獣のような呻き声を上げることしかできなくなる。僕の胸を切り開いて、そこから流れ出る耐用年数を1秒も残さず少尉殿に注ぎたい。誰だっていい。代わりに死ねと言われたら喜んでそうする。だから誰か助けてほしい。
どこに向けているのかも分からない祈りを心の中で叫びながら、僕はただ尽きない涙を流し続けることしかできなかった。
だから、暗い部屋の中でか細い声が響いた時、僕はそれを混濁した記憶が引き起こした幻聴だと思ってしまった。
「ん⋯⋯ぐんそう、いま、なんじだ?」