未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
「へんな時間に、おきちゃったな⋯⋯」
横たわったままの少尉殿が目をこすっている。
やがて身体を起こした彼女は、大きく伸びをしてからこちらに身体を向けた。
薄闇のなかで、銀色の瞳がこれ以上なく美しく輝いている。
「ジローも目が覚めちゃったのか?」
小さくあくびをした後、少尉殿はタオルケットをはね除けて立ち上がった。
「なんか調子がいいな。こんなの久しぶりだ」
体の動きを確かめる彼女を見上げながら、止まっていた僕の頭がようやく回り始める。
なんだ。
少尉殿は疲れて寝ていただけじゃないか。
何が耐用年数切れだ。
あいつ。絶対に許さんからな。
少尉殿は窓辺まで歩き、カーテンを静かに開いた。月の明かりが部屋の中を青く染めていく。しばらく外を眺めていた彼女は、光を背負ったまま振り返った。
「⋯⋯なぁジロー、ちょっと散歩してみないか?夜に出歩くなんて面白そうじゃないか」
僕は何度もうなずいた。
ゆったりと着替える少尉殿から目を離さぬようにしながら、僕はいそいそと押し入れから服を取り出していく。その手が小さな小箱を探り当てた。
僕はそれを一瞥したあと、ジーンズのポケットに押し込んだ。
※
なぜだろう。
何も言わないのに、僕らはいつものように川へと向かっている。
少尉殿は、この世界で再会した時にも着ていた白いワンピース姿で僕の前を歩いていた。跳ねるように、踊るように。時折振り返っては僕に笑いかける。
まるで夢の中で見る光景のようだ。
やがて土手に上がった僕らは、二人並んでその向こうの景色を眺めた。
銀色の月が雲を照らしている。
寝静まった街が対岸に佇み、風もなく、音も無い。
ただ月光を受けて輝く川面だけが、ざわめくように揺れつづけているだけだった。
「きれいだな」
少尉殿が呟く。
僕は隣に立つ彼女へと視線を向けた。
少尉殿は銀色に輝いていた。
まるで空の星の輝きを全て集めたみたいに。
美しいとは何かを、僕は今になってようやく理解できた。
僕はジーンズのポケットに手を差し込んで、中に納められていた小箱を取り出す。そしてその場で跪いた。
「ハナさん。僕と結婚してください」
何の気負いもなく、言葉が自然に出た。
差し出された小箱に視線を注ぎながら、少尉殿は口を半開きにして固まっている。
静かだ。
まるでこの世界に僕らしか存在しないみたいに。
「⋯⋯もう結婚してると思い込んでた」
照れるような笑い声を上げて、少尉殿が小箱から指輪をそっと抜き取る。
「付けてくれないのか?」
僕は立ち上がり、差し出された少尉殿の手を取った。そして銀色の指輪を少尉殿の薬指にはめていく。すこし大きかったか。僕は本当に間抜けだ。
だが少尉殿はそれを気にもせず、指輪をはめた手を胸元に置いて本当に幸せそうに笑った。彼女は僕に一歩近づき、表情を真剣なものに変えて口を開いた。
「私、春野ハナは、あなたを夫とし、病める時も健やかなる時も、あなたを愛し、敬い、共に歩むことを誓います」
僕も彼女へと一歩踏み出す。
「私、春野ジローは、あなたを妻とし、ええと、永遠にあなたを愛し、どこまでも共に歩む事を誓います」
僕らは口づけた。
ほんの一瞬だけ触れる口づけだった。
唇を離して見つめ合った僕らは、どちらからともなく抱き合ってから笑い始めた。少尉殿が僕の肩に顔を埋めながら言う。
「なにも変わらんな」
少尉殿の温かさを感じながら、僕も自分たちが何も変えられていない事を確かめる。
本当に。何も変わらない。
少尉殿の髪を撫でつけながら、僕も呟いた。
「ほんとですね」
※
それから僕らは、土手に座って色々な言葉を交わした。
僕の足の間に納まった少尉殿を、後ろから抱きかかえる。
少尉殿は僕に体を預けて寛いでいた。
話す事はどうでもいい事ばかりだった。
アパートの階段が錆びていて少し不安だとか、
いいかげん部屋にエアコンを付けようだとか、
そんないつもと変わらない会話が延々と続く。
それでも。
本当にたのしかった。
やがて、遠く朝日が地平線の向こうの空を赤く染め始めた。
「やっと眠くなってきたな⋯⋯」
少尉殿が、独り言のようにつぶやく。
僕は彼女の身体をきつく抱きしめた。絶対に彼女がここから去らないように。
眩しい光が、僕らを包み込む。
朝露が一斉に輝き、まるで凪いだ光の海のようだ。
「ぐんそう、おきたら、きょうは、なにを⋯⋯しようか⋯⋯」
僕は肩を震わせながら、溢れ出る涙で少尉殿のワンピースを濡らしていた。それを咎める声は無い。
永遠に。