未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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バンカーバスター

 

 

 

二人の関係が変わった日から、二月ほどが経過した。

 

あの日以来、少尉殿は「子作り」を連呼しなくなった。理由は聞いていない。余計な事をして再燃させては堪らないからだ。

 

それと、少し前に僕の副脳が復旧している。

再び副脳の支配下に入ってみれば、その影響力は覚悟していたよりもずっと大きかった。副脳を通して見る世界は全てが嘘臭く、五感が加工済みである事がありありと分かる。いかにも息苦しそうに聞こえるかもしれないが、そんな事は無くてひたすらに安楽だ。こうして支配されていれば、何も考えずに生きていける気さえしてくる。

 

これがまやかしの安らぎである事は分かっている。頼り切ってはあまりにも危険だ。僕は時間を見つけては副脳との接続を遮断し、カタコトの日本語で会話する事にしている。彼女はよくこんな頭のおかしい言語を独学で習得できたものだ。本当に尊敬する。

 

とても残念な出来事が一つあった。どんな手違いがあったのか、春野のドラマ原案が承認されてしまったのだ。今も着々と制作の準備が進行している。その一環なのだろう。少し前に、僕は新宿の飲食店で監督と脚本家を名乗る怪しげな中年男性らに引き合わされた。

 

結束固めを目的とした集まりのようだったが、僕にとっては無意味としか思えない時間がひたすらに続いた。やがて興が乗ってきたのだろう。正気を疑うほど上機嫌になった春野が毒物(アルコール)入りの飲料をしつこく勧めてきた。監督と脚本家が必死に止める中、面倒になった僕はジョッキに口をつけ……そしてあっさり記憶を飛ばしてしまった。春野らがガブ飲みしているからと油断して、副脳からの警告を軽視してしまったのがマズかった。

 

酩酊状態で部屋に運び込まれた僕を見て、少尉殿は発狂せんばかりに激怒したらしい。逃げ惑う春野の奴をボコボコにしたと聞く。最初から最後まで思い出したくない記憶だ。まぁ後半は全く覚えていないのだが。

 

 

 

 

「自動車免許を取りに行こうと思う」

 

ある日の朝、ちゃぶ台の向こうで少尉殿が唐突に言った。

 

結構思いつきで生きている彼女だが、またやっかいな事を言い始めたものだ。僕は茶碗を置いて口をへの字に曲げる。

 

「……必要ですか?」

 

言った途端、少尉殿の目が三角形になった。

 

「必要に決まってるだろ!本来なら貴様が取る方が格好がつくんだが、そんな気配はまるでないしな!私が腰を上がるほかあるまい」

 

僕が怪訝な顔でわずかに首を傾げていると、少尉殿の苛立ちは段々と温度を上げ始めた。

 

「デートだよ、デート!!車でどこかに出掛けたいんだ!!交通機関で移動できんのは分かってるだろうが!!」

 

ああ。

確かに電車を使うと毎度面倒な事になる。やたらと知らない人々が絡んできて一時も気が休まらず、とはいえパーカーにマスク姿で潜伏するのも窮屈で仕方がない。

 

少し前ならば、ここまで気を遣わずとも外出が出来ていた。例のグラビアのせいだ。以前の少尉殿はアイドル界隈や一部ファッション関係で名が知られている程度だったのに、あれが昼夜を問わず報道されたせいで幅広い層に名前が知れ渡ってしまった。

 

そこに持ってきて、荒川の土手で顔を寄せている僕らの画像だ。目撃者がネットにアップロードした直後から大きく拡散されてしまった。姉弟間の事でもあり、あまりネガティブな反応になっていないのが救いではある。

 

そんな訳で、二人で気軽に地元から出られないのが現状だ。僕は少尉殿と手を繋いで荒川沿いを歩ければそれで満足なのだが、いろんな場所へと出かけたい彼女にとっては自動車が唯一の希望となっているらしい。

 

「十八歳になっといて助かった。それ未満だと取れないらしいんだ」

 

十八とは随分と盛ったものだ。なんせ兵士は即成栽培で製造される。この世界で過ごした時間を合算しても、少尉殿は十一年かそこらしか生きていないはずだ。

 

食後の合掌を終えると、少尉殿は既に免許を取得し終えたかのような笑みを浮かべて言う。

 

「どこ行くか考えといてくれ!」

 

僕は嫌な予感を止められなかった。

 

 

 

 

結論から言う。

少尉殿は自動車学校を初日で退学する事になった。

 

震える声の少尉殿に呼びつけられて学校まで急行してみれば、校舎に一台の教習車が綺麗に突き刺さっているではないか。人だかりを掻き分けて近づくと、救助は終わっているらしく車内は無人だった。広がったエアバッグを一瞥(いちべつ)しながら考える。間違いなく少尉殿のやらかしだろう。僕は素早く踵を返して学校の玄関へと急ぐ。

 

職員に案内された部屋では、パイプ椅子に座る少尉殿が涙目になって震えていた。前髪がボサボサだが一見すると無事な様子だ。僕は気まずげな様子の彼女に飛びつくように駆け寄ると、その体の隅々に触れて怪我の有無を確認する。

 

「外傷はないけど、後で鞭打ちの症状が出るかも知れないね。まぁ正面衝突だから出ても軽度だろうけど、痛くなったら病院に連れてってあげて」

 

事務机の向こうに座る白髪の中年男性が、やや疲れた様子でそう言った。

 

「どういう事だ、一体何があったんだ!?」

 

目も眩むような怒りに駆られて、僕は彼に食って掛かった。返答いかんによっては本気でこの校舎を瓦礫の山にするつもりだった。その剣幕に鼻白んだ彼は、深い息を吐いてから経緯を話し始める。

 

「その子が入校してきてから大変だよ」

 

少尉殿を巡り、教官の間で担当の取り合いが発生したらしい。そこに古株の教官が乗り出してきて強引に担当に収まったらしいのだが、そいつがとんでも無い奴だった。

 

初日という事で、外周を繰り返し一周するだけの簡単な実習だった。ところがだ。あんなにゲームを器用に遊ぶくせに、少尉殿は車の運転に対する適性が全く無かった。それでも何とかギコギコと車を動かしてはいたのだが……さらに慌てさせて醜態を楽しもうとでも思ったのか。シートを倒して寝そべりながら、教官が少尉殿に罵詈雑言を浴びせ始める。

 

そんな圧力を受けて少尉殿が極限の緊張状態に陥っている時、事件は起きた。カーブ前の拙いブレーキ操作に切れた教官が、大声で少尉殿に罵声を浴びせたのだ。驚いた彼女は急発進をし……。

 

「その子から聞いた事の顛末は以上だね。不当に厳しすぎるという評価が多い教官だったけど、ここまで酷いのは無かったな」

「どういう事だ?何がしたかったんだそいつは」

「さぁ、美人に舞い上がっちゃったのか、それとも若い子にどう接したらいいか分からなかったのかな。……いかんな、ぶっちゃけ過ぎたよ。ともかく、事故の責任は全てこちらにある。担当の教官は処分するし、当然医療費も支払う。教習費も全額返還だ。これでご容赦願えないだろうか」

 

つまりは出ていけという事か。

良かろうとも。頼まれてもこんな訳の分からん連中に少尉殿を預ける気などない。僕は可能な限り優しく少尉殿の手を取って立ち上がらせると、彼女の肩を抱きながら無言で部屋を後にした。

 

 

 

 

その日の夜。

少尉殿がクークーといびきを立てている隣で、僕は06へと副脳経由でコンタクトを取っていた。

 

『自動車免許が必要になった』

『はぁ?毎度いきなりだなアンタは』

 

06があからさまにウンザリした様子で嘆息する。

 

この二ヶ月の間で頻繁にやり取りをした結果、僕と06の関係はずいぶんと気安くなっていた。あまりに無茶振りをし過ぎて、06の中に僅かに残っていた僕への敬意が消失しただけなのかもしれないが。

 

『関係機関にちょっと圧力を掛ければ手に入ると思うんだ。簡単だろ』

『いや、普通に取得しろよ!』

 

僕は敢えて苦々しげな口調でその指摘に答えた。

 

『日本国の国籍を取得したくないんだ。いざという時に法律に縛られるのは困る。その上でハッキングなどの法律破りも避けたい。少尉殿に禁止されているからな』

『矛盾だらけの事言ってる自覚はあるか?そもそも不正を依頼する時点で違法だ!』

『なに、僕は免許が必要になったと雑談ついでに近況報告しただけだ。あとは思いやりに満ちたお前が勝手に気を回すんだろうな』

 

06の心底軽蔑した声が返ってくる。

 

『……アンタの人格を疑わざるを得んよ。じゃあ仮に不正に免許を作るとしてだ、誰の名義で作るんだ?まさか『少尉殿』じゃないだろうな」

 

さすがに例の一件はご存知らしい。

 

『そこまで無茶はしない。僕名義だ』

『そういう結論になったか。まぁそれが無難だろうな。あれでは車の運転は無理だ、世紀の大惨事になりかねん』

『何を勝手に納得している。少尉殿に車の運転を諦めさせるつもりは無いぞ』

 

彼女の挑戦を失敗で終わらせるつもりなど毛頭ない。

 

『運転の自主練習ができる施設がある。そこを利用して僕が懇切丁寧に教えれば、いつかは乗れるようになるはずだ』

『……面倒な事を考えたものだな』

『もう他人に任せるつもりは無い。お前だって、パートナーの為なら似たような決断をすると思うぞ』

 

しばらく沈黙が続いた後、無念という感情と共に06が降参の意を伝えてくる。

 

『私ならこんなバカなやり方は選ばんよ。まぁ分かった、用意する。だが、いつの間に免許を取得した事にするんだ?そもそもアンタが免許を持っていると知れば、『少尉殿』は満足してしまうと思うんだが』

 

痛い所を突かれて、僕はしばらく沈黙してしまった。

 

『……そこは上手く言いくるめてみせるさ』

『なぁ、アンタ『少尉殿』をバカにし過ぎじゃないか?』

 

僕はその問いに答えられなかった。

 

 

 

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