未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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僕の役割

 

 

 

スーパーでの難儀な争奪戦に参加させられた後、僕は少尉殿の誘いに答えを出せぬまま、渋谷へと戻るため電車に乗り込んだ。別れ際、改札の向こうに立つ少尉殿は胸の前で小さく手を振っていた。

 

 

 

 

渋谷に戻った今、僕はその地下を人知れず歩いている。闇の中でバシャバシャと水音が響き、遠くの壁で反射してから戻ってくる。この広大な地下空間の片隅に、僕のA3は隠されていた。

 

背部のハッチを開放し、A3の機内に体を滑り込ませる。

 

慣れ親しんだコックピットに包まれれば、僕の心は落ち着きを取り戻すのが常だ。しかし今は気が休まるどころか、胸を満たしている冷たい痛みで呼吸することすら辛い。それは少尉殿と別れてからずっと続いていて、今もなお強くなっているような気がする。

 

少尉殿は、もう小隊は解散だと言った。

当たり前の話だ。ここに僕らの敵はおらず、そして未来へと戻る術など無いんだから。

部隊の再編を望んでいた非合理的な自分が、今となっては不思議で仕方がない。

 

いいとも。わかった。小隊を再編する事は無意味だ。

 

それでも僕は、小隊先任軍曹であれかしと作られている。運営すべき小隊が無いなら、僕は何をしたらいいのか。強いて言うなら、割引シールの貼られた商品の争奪戦に参加する事が出来なくもないが、それをこれからの役割とするのは全く気が進まない。なぜなら、僕は商品の争奪戦を用途として作られていないからだ。

 

では少尉殿はどうか。

 

少尉殿は、小隊を指揮する士官として作られた。だというのに、用途以外の役割に従事して疑問を覚えていない様子だった。僕にはそれが理解できない。僕を構成する肉体の全てが、少尉殿の振る舞いを全力で否定している。

 

それでも。

僕はコックピットに体を預けたまま考えた。

それでも、少尉殿のように、軍曹という役割を捨てて生きていく選択肢は無いのかと。

 

考える。答えが出ない。それが胸の中の氷をさらに大きくしていく。

それでも考えて、考えて……考えている事が分からなくなっても考え続けた。

 

一日が過ぎ、二日が過ぎ。

やがて時間の経過を確認することもなくなった頃。

僕はやっと理解した。

 

 

僕には何の役割もない。僕は、僕の耐用年数を終えたのだ。

 

 

どれくらい横たわっていただろう。僕は思考を止めていた。

ふと、遠くで少尉殿の声が聞こえた気がした。

その声はひどく震えていて、僕のことを激しく罵っているようだった。

 

 

 

 

目覚めた時の視界に映っていたのは、いつもの闇に満たされた空間……ではなく、木製の板が並べられた天井だった。思わず呼吸を止めた後、僕は無意識に光の差す方へと頭を向けていた。その先では壁一面の窓が開け放たれていて、光の中で一本の樹木がゆるやかに葉を揺らしていた。

 

チチチ、という音が外から反響してくる。調べてみれば、生物の鳴き声らしい。妙に心が落ち着く音だ。

 

平静を取り戻した僕は、あたりをゆっくりと見回す。見たこともない部屋だ。不快ではないが独特な匂いがする。広さは四メートル四方程度だろうか。

 

強張っている四肢の痛みに耐えながら半身を起こすと、体を覆っていた寝具が滑り落ちた。少しばかり肌寒さを感じながら、僕は目に入る物の名称と用途を片端から調べる。

 

枕元に、水の入ったペットボトルが四本。

障子。

漆喰の壁。

畳。

ふすま。

テレビの載ったダッシュボード。

タンスに、戸棚に、鏡台。

 

家具類はどれも使い込まれていて、全体的に茶色い。一方の壁にはこの部屋の雰囲気にそぐわない紙片……ポスターが一枚だけ貼られていて、僕はそれを見て事情を理解した。

 

ポスターには少尉殿の姿があった。光を背にして立ち、優美なバランスを保ちながら凛と立っている。

 

いつまで見ていたのだろう。僕の背後、部屋の外から誰かの足音が近づいてくる。振り返る間にもそれはさらに迫ってきて、やがて鍵を開けて扉を開く音、靴が脱ぎ散らかされる音と続いた後で、ふすまがそろそろと開かれた。

 

そこには、何かが入っているビニール袋を手に提げた少尉殿が立っていた。目が合った彼女は呆けたような顔をしていたが、それが何かを思い出したかのように険しい表情に変わる。彼女はこちらを睨んだまま、空いている方の手を腰に当てて低い声を押し出した。

 

「やっと起きたか、軍曹。たるんでいるのではないか?」

 

そう言って身を翻すと、呆気に取られている僕を置いて隣の部屋へと戻っていく。

 

「今メシを作るから食え。拒否はできんぞ、私の兵隊なんだから命令には絶対服従だ!!」

 

少尉殿は、「私の兵隊」の部分を殊更に強調した。

 

僕が一番欲しい言葉だった。

その言葉で僕は無条件に承認されて、再び役割を得ることができる。

そのはずだった。

 

だけど残念だ。そんな単純な話ではない事を僕は理解してしまっている。顔をしかめながら立ち上がった僕は、開いたふすまの間へとヨタヨタと歩く。そして呼吸を一つしてから、覚悟を決めた。

 

 

「少尉殿。自分は耐用年数切れです」

 

 

床に置いたビニール袋をガサガサと漁っていた少尉殿の体が、ぴたりと止まった。

長い長い沈黙が続いた。

僕は、ひたすら少尉殿の答えを待つ。

 

「…………許さん。お前はこれからも私の小隊軍曹だ」

 

ようやく響いた彼女の声色から、その気持ちが伝わってくる。

嬉しかった。事態は何も変わらないが、それでも。

 

「いいえ、少尉殿……小隊はもう存在しません。自分は役割を終えて廃棄処分になります」

 

背中を向けている少尉殿の肩が震えている。

 

「…………軍曹、聞いてくれ。これを聞くと多分、お前はがっかりすると思う。でも、聞いてほしい」

 

深呼吸のあとで、少尉殿はゆっくりと言葉を押し出し始めた。

 

「いつも平然としているように見えてたかもしれないが、私はとんでもない出来損ないの兵士だ。戦いが怖い。怖くてたまらない。あの醜い鎧に閉じ込められてる時は、気づかれないようにいつも震えてたんだ。……でも、私は命じられたまま戦う。それしかできることがないから。私には自分というものがなかった。からっぽだったんだ」

 

彼女は背を向けたまま立ち上がり、肩で息を整えてから言葉を続ける。

 

「だけど、お前たちが来てくれた。出会った日からずっと、からっぽな私の中に住んで、一緒にいてくれた。私にはお前たちが全てだった。お前たちと肩を並べて、一緒に苦しんで、一緒に生き抜いて……それが、その日々だけが私だったんだ。だから怖かった。お前たちを失うことが、何よりも。怯える私の隣で戦ってくれることを、苦しいほど望んでいるくせに」

 

振り返った時、その銀色の瞳からは光る物が無数に零れ落ちていた。

 

「お前たちが消えて、どれだけ私が絶望したか、お前には分からない。絶対、分からない。お前が連絡をくれた時、私がどれだけ幸せを感じたか。それも分かってない。分かっていればそんな事、そんな残酷な事を私に言うはずがない!!!」

 

少尉殿に掴みかかられ、僕の視界は彼女の濡れた顔で一杯になった。

 

「なあ、軍曹!!お前の中に私はいなかったのか?だったら今からでも言わせてくれよ!!生きてくれ!お前の中に私を住まわせてくれ!!何も無いなら、それで死ぬなんて言うなら!!……そうだ、命令だ!!私のファンクラブの会員になれ、それをお前のこれからの任務にしろ!!な?!」

 

衝撃で呆然としていた僕は、少尉殿に前後に揺さぶられて我に返った。そしてやっと気づく。凍り付いた僕の胸の中へと、少尉殿が必死に温かなものを注ぎ続けている事に。

 

全力で手を差しのべて、廃棄物から人間へと戻そうとしている事に。

 

「なあ、お願いだ軍曹……私と生きてくれ」

 

嬉しかった。氷はいつの間にか溶け去っていた。

なのに僕は、感謝ではない言葉をいつの間にか呟いていた。

 

「ファンクラブ会員……ですか」

 

ファンクラブ。

芸能人やスポーツ選手などを応援する集まりの事。

 

「興味あるのか!?会員特典が盛りだくさん……軍曹?」

 

突然笑い出した僕に、少尉殿は愕然とした。

困惑に満ちた顔が悲し気に歪んでいく。

 

「……ぐんそう……ひどっ、ひどくないか……!!」

 

だめだ。止まれ。僕は自分の視界がにじみ、頬に温かいものが伝うのを感じながら必死に笑いを堪えようとしたが、どうしてもそれを叶えることが出来なかった。

 

 

とても不本意だった。僕に生きる理由を与えてくれた人を悲しませている事が。

 

 

 

 

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