未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
『少尉殿』が、耐用年数を終えた。
衝撃だった。消えてしまいたくなるくらいには。
それでも、状況は私が止まることを許してくれない。
※
世界各地に展開中の我が大隊は、傘下に三つの中隊を抱えている。06である私の指揮する第ニ中隊と、05が率いる第三中隊、そして、大隊長である少佐自らが率る第一中隊。この三つだ。
それぞれ中隊でありながら大隊相当の権限の元で活動していて、定期的に各中隊長が接続する事で情報の共有を図っている。
最悪な事に、今日がその情報共有の日だった。
何事もなくその会合が終わりに向かっていて、私はこのまま逃げ切れる事を切望していた。そんな事が許される訳もないのに。
『ねぇ06、軍曹のこと、どうすんの』
接続を切ろうとする直前、私が最も恐れていた問題を05がねじ込んできた。
05はクソガキだ。
例外小隊一の跳ね返りで、無謀を絵に描いたような奴。今はリリ・クローゼ大尉と名乗っている。そいつが放った質問が私の意識に浸透するにつれて、耐え難い痛みが胸の中で荒れ狂い始める。
頼むから、その話はやめろ。
副脳が私の感情を抑制していてこの苦痛なのだ、今もしその制御を外したら、自分がどうなってしまうのか分からない。事実、『少尉殿』が耐用年数を終えたあの日から、私は副脳との接続を維持し続けている。
「⋯⋯私には、なにもできない」
気力を振り絞って、そんな糞の役にも立たない答えを返す。意味のない答え。05との会話を断ち切ることもできない無意味な回答。
『そうは言ってもさ、あのまま放置しとくのは無理でしょ。軍曹死んじゃうよ?』
本当にやめてくれ。
布団に横たわる『少尉殿』の遺体と、その傍らに座り続ける軍曹の姿が私の脳裏に鮮明に浮かび上がる。
私は叫びの衝動を全力で抑えた。
残された戦いはあと1回。
約二ヶ月後に流れ着く予定の漂流物が、私達の最後の敵になる。恐らく最大の規模となるであろう戦いに向けて、私はその準備に全て捧げなければならない。
たというのに。
それすらどうでも良くなるくらい、苦しい。
凪いだ、苦痛の海のような沈黙。
『大丈夫だ。軍曹は必ず立ち直る』
落ち着いた声が響く。
声の主は少佐だった。我らが大隊の指揮官であり、私の敬愛する上官。
『軍曹は私が惚れた男だ。ここで折れたりはしない』
相変わらず根拠のない言葉。
そして、なぜかそれを信じてしまう自分。
『05、軍曹にしばらく時間をやってくれ』
『⋯⋯わかったよ、少佐』
納得していない05に向けて、少佐が言葉を続ける。
『しかし05、貴様は副脳を外して過ごす訓練をした方がよさそうだ。もう少し人の心の機微を知ったほうがいい』
『お断りだよ。06みたいにみっともなく動揺したくないもん。軍曹なんて壊れそうになっちゃってるじゃん』
『そういう所だ、05』
少佐から落胆の感情が伝わってきた直後だった。
唐突に、最高レベルの警告タグが私達の視界に複数個表示される。
私は呆然と呟いた。
「⋯⋯漂流物、出現。位置は東京都、日本」
『なんで今?!てか東京って軍曹のいるとこだよね』
衝撃と焦りで思考がグチャグチャになっている私をよそに、少佐が大隊に向けて出撃を発令した。総員が出撃体制へと移行し、私の部隊でも配置チャートが慌ただしく動き始める。
『どういう事だよ、次は二ヶ月後じゃなかったの?!』
05の思考を聞き流しながら、いつもよりも遥かに時間をかけて流れ込んでくる情報を組み合わせていく。やがてそれは、一つの結論を形作っていく。
『これ、私達の作戦目標だった施設じゃん』
05の結論に遅れて、私も同じ結論に達した。
三百年先の未来。私はC小隊との通信が途絶したあの時の焦りを思い出していた。砂塵が吹き荒れる荒廃した世界と、膨れ上がる緑色の爆発。間違いない、激しく損傷してはいるが、この世界に転移する直前に私達が襲撃していた施設と特徴が一致する。
私達はこれまで、十一もの漂流物を処理してきた。漂流物は敵の部隊、そして、それらに守られる施設で構成されている。転移してきた施設のほとんどは地球環境の改良設備であり、それらは今も稼働中だ。
私達は考えていた。敵である情報生命体が、地球環境を修復する装置をこの世界へと送り込み続けている意味を。
これでは、まるで私達への贈り物ではないか。
しかも、施設内のシステムに次の漂流物の規模と到着予定日時が記録されているご丁寧さだ。私達はそれを信じた。というか、信じざるを得なかった。我々の努力で立ち向かえるギリギリのスケジュールだったからだ。
さらに言えば、これまでの漂流物の出現位置は全て無人の地域ばかりだった。今回のような人的被害が発生する位置への出現は初めてだ。
こうした情報生命体の奇妙な優しさが、敵への信頼というバカげたものを私達に生み出し、与えられた情報を疑わないマヌケへと変えた。
『……ああクソッ……はやく……』
少佐から煮えたぎるような焦りの感情が押し寄せてくる。そうか。彼女はあの街への思い入れが強いのだった。何よりあそこには軍曹がいる。
少佐は整備中の歩行戦車が揃うのを待たずに、単騎での出撃を考えているようだ。横田基地のハンガーでは彼女の機体の起動手続きが始まっている事だろう。
そう。極東地区は少佐の部隊が受け持っている。私は衝動的に少佐を止めようとした。いくら彼女といえど単機は無謀だ。そして何よりも、このままでは少佐と軍曹が遭遇する可能性が非常に高くなる。
ではどうする?
北米と欧州の部隊は遠すぎる。弾道ロケットによる降下でも準備を含めて二時間近くはかかるだろう。即応できるのは横田基地の少佐、ただ一人しかいない。
『⋯⋯ダメだ、搬入を待ってたら現地の被害が拡大する。輸送機を使わずに直接現地に向かう。こうなっては情報統制だの何だのは無意味だ。無理を言うが、他の部隊も動かせる戦力を出してくれ。私が失敗した場合のバックアップが必要だ』
肯定と共に接続を終了させた私は、椅子を蹴るようにして立ち上がった。