未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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頸椎クラッシャー

 

 

少尉殿の自動車教習が頓挫してから、一週間ほどが経過した。

 

今日の昼間、僕が一人で居る所を見計らって謎の大男が部屋に訪問していた。そいつから受け取った免許証を少尉殿の目の前に突き出しながら、僕は無理矢理に笑顔を作っている。

 

「……そんな物をいつ手に入れた、貴様」

 

固まり続けていた少尉殿が、強張った顔でようやく声を押し出した。

 

「多分記憶を失う前に取ったのだと思いますが、そんな事はどうでもいいじゃ無いですが。僕が免許を持っているという事実が大切です」

「は?いやいやいや、おかしいだろうが。そもそも年齢はどうした、十八歳未満は取得できないはずだぞ」

 

僕は免許証の表面に目を通してから、再びそれを少尉殿の前に突き出す。

 

「少尉殿の誕生日よりも三年と少し先に生まれたことになってますね。二十一歳かな」

「キエエエエエエエエエエェェ!!」

 

銀色の髪の毛を逆立てた獣が奇声を上げ、大きく見開いた目を血走らせながら飛びかかってきた。食器が派手にひっくり返る音と共に、僕は抵抗する間も無く畳の上に押し倒される。

 

「おいゴルアァ!!貴様は私の弟だろうが!!なに勝手に兄の立場に収まろうとしてる?!?!しかも三歳以上も上乗せしやがって、おかしいだろ!!」

 

馬乗りになって首を締め上げようとしてくる彼女の両腕と攻防を続けながら、僕はどうにか口を開く。

 

「最初から納得出来なかったんですよ!!少尉殿が姉って!!どう考えても合ってないでしょうが!!」

「はあ!?こっちは上官だぞ!?これは明確な叛逆行為だからな貴様ァ!!」

「小隊は解散じゃなかったんですか?!」

「それでも貴様は永久に私の部下だ!!」

「違いますよね、僕は貴方の夫になるんでしょ!!」

 

電力を喪失した機械のように、少尉殿の動きが完全に止まった。

 

「…………なに……なんだって?」

「だから、僕はいずれ少尉殿の夫になるんですよね!!だったら僕は家族という小隊の隊長に就任予定ってことになるんじゃないですか?!」

 

我ながら滅茶苦茶な事を言っているが、その効果は抜群だった。少尉殿は僕の体の上からそろそろと降りると、目を逸らしながら乱れた着衣を直し始めた。その顔は真っ赤に茹で上がっている。

 

「ま……まぁ、そう、なるかな」

 

何ということだ。簡単すぎないか?

僕は驚愕を隠しながら押し切りにかかる。

 

「でしょう。そもそも、製造番号だって僕の方が少し若いんですから」

「うん……うん。そうだ。それなら、仕方ないな」

 

正座して姿勢を整えると、上目遣いの彼女は咳払いをしてからこう言った。

 

「よろしく頼む、兄さん」

 

 

 

 

夫というキーワードを出してから、少尉殿は異常に従順になった。命じれば嬉々として従うのだから楽なものだが、こんな都合の良い言いなり状態が長続きするとも思えぬ。事を急がねばなるまい。

 

運転免許試験場に予約を取ったあと、僕は春野に車を用意するよう命じた。例の強制飲酒事件を盾に脅した事が効いたらしく、指定した日に和泉マネージャーが車を届けてくれた。

 

さっそく何の事情も知らぬ少尉殿を車内に押し込んで、運転免許試験場へと急行する。案の定、目的地に到着して厳めしい建物を見上げたとたんに正気を取り戻してしまったようだ。玄関前で立ち止まった少尉殿が、怯えに近い表情を浮かべながらそろそろと振り返る。

 

「なぁ、やっぱり私が免許を取る必要は無いと思うんだが。貴様が持ってるんだから不要だろ」

「そんな。残念だなぁ」

「……なんだ。言いたい事があるならハッキリ言え」

 

口をへの字に曲げた少尉殿がこちらを睨む。僕はその視線を受け流しながら悲しげな顔を作った。

 

「どんな苦境でも乗り越えてみせる少尉殿を、僕はずっと尊敬してきました。諦めない少尉殿に憧れていたんです」

 

そして、わざとらしくため息を吐いて見せる。

 

「ついに敗北ですかねえ」

「バカ言え、やらんとは言って無いだろ!!さっさと行くぞ!!」

 

僕は肩をいからせて歩き始めた少尉殿を追う。あまりに容易過ぎて本当に心配になってくる。

 

そんなこんなでようやく始まった練習だが、少尉殿の運転が問題だらけである理由は嫌でもすぐに分かった。ガクガクと前後に揺れる車内で首をやられそうになりながら、僕は隣の運転席に座る少尉殿へと懸命に指示を飛ばし続けている。

 

「左足でブレーキペダルを踏んじゃダメです」

「ペダルが二つあるんだから、右足と左足でそれぞれ踏むのが普通だろ」

「普通じゃ無いです。左足はフットレストに置いたまま意地でも動かさないで下さい」

「でもゲームだと、ブレーキとアクセルを同時に使わないと上手く曲がれなかったぞ?片足じゃ二つ同時に踏めないだろうが」

「同時に踏んだら本気で怒りますからね」

 

少尉殿の運転知識はレースゲームによって完全に汚染されていた。どうりで初心者でありながら左足を使おうとしたり、殺人的なフルブレーキングを容赦なく行ったりする訳である。僕は例の教習所に対する怒りのレベルを下げざるを得なかった。

 

コースの開始地点で車を停車させると、僕は運転席で疲れ果てている少尉殿へと向き直る。

 

「いいですか、ゲームで培った変なクセや知識は完全に捨てましょう。さもないとまた壁に車を突き刺す事になりますよ。この車は春野の私物だから好きなだけボコボコにして構わないですが、怪我は避けたいですし、他の人を巻き込む事など有ってはなりませんから」

 

僕の言葉で顔から表情を抜け落とさせると、少尉殿はハンドルに寄りかかってブツブツと言い始める。

 

「どうしろってんだ……ゲームで自信がついたから免許取ろうと思ったのに……」

「まずはその自信を完全破壊するところから始めますかね」

「なぁ軍曹、貴様楽しんで無いか?」

 

傷ついた顔の少尉殿が恨めしそうに言う。その縋るような視線を横目に流しつつ、僕は平然として言った。

 

「少尉殿と二人で新しい事に挑戦しているんですよ?楽しいに決まってます」

 

しばし絶句したあと、少尉殿は口元をニヤニヤと歪ませながらハンドルに向き直った。無言で発進の手続きを行ってから恐る恐るアクセルを踏み始める。

 

助手席で再び衝撃に備えつつも、実のところ僕はそれほど心配はしていなかった。少尉殿は結局はやり遂げる人なのだ。むしろ自分の頸椎がそれまでに持つかどうかを案じるべきであろう。

 

 

 

悪癖を修正し終えた彼女が免許の取得に成功したのは、それから三ヶ月ほど後の事だった。

 

 

 

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