未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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祝・ハーメルン復活。
運営様に感謝です。


覚醒

 

 

部屋の窓から、高くなり始めた陽の光が差し込んでいる。

 

 

僕は目黒芸能へと向かうために居間で身支度をしていた。といっても、Tシャツに袖を通してジーンズに足を突っ込む程度の作業だが。顔を洗うのも面倒なのでこのまま出るつもりだ。埼京線の車内で時折見かける、表情筋が死んでいるスーツ姿の人々の気持ちが今なら良く分かる。迎えの車が来る予定だが、そうでなければ僕も彼らの一員になっていたはずだ。

 

気の進まなさのあまり事務所を爆破する事まで検討し始めていると、唐突に玄関から少尉殿が飛び込んできた。彼女は僕の腕を掴んで有無を言わさず外に引っ張り出す。追い立てられるままに階段を降りてみれば、アパートの敷地内に一台の見慣れない車が停められているではないか。そう言えば中古車を買ったとか言っていたな。早朝に急いで家を出て行ったのはコレを受け取るためか。

 

夏の光を浴びて緑色にギラついているその丸っこい車は、マツダというメーカーの最廉価車種のようだ。十年以上前に生産が終わったモデルだが、その割に状態は良さそうに見えた。

 

「どうだ、カッコいいだろ!」

 

車体を舐めるように視線を注ぎながら、少尉殿はデレっと相好を崩している。その嬉しそうな姿を眺めているうちに、最悪だった僕の気分も急激に上向いてきた。

 

やがて車を愛でる行為にひと段落ついたのか、少尉殿は両の拳を握りしめて鼻息荒く宣言する。

 

「よし、こいつで出かけるとしよう!」

「早速ですね。気をつけて行ってきてくださいよ」

 

僕の言葉を聞いた少尉殿は心外という表情を浮かべた。

 

「何言ってんだ、貴様も乗るんだよ!」

「え?いや、これから用事があるので無理ですよ」

「なんだ?!私との初ドライブより大切な用事なのか?!」

 

全然大切じゃ無い。

それでも行かなければならないのが本当に腹立たしい。

 

「仕事なんです」

 

ため息を吐きながらそう言うと、少尉殿は振り上げた手を下ろしながら口をへの字に曲げた。

 

「……じゃあ帰ってからな。早く戻ってこいよ」

 

そして間を置かずにダメ押しする。

 

「すぐに帰れよ!!」

 

 

 

 

一時間後。

 

和泉女史の運転する車から降りて目黒芸能事務所のエントランスに足を踏み入れた僕は、会釈する受付の職員に応えながら会議室へと向かう。通い慣れてしまっている事に少しばかり嫌気が差してくる。少尉殿から貰った元気は既に消費し尽くされていた。

 

目的の会議室のドアを開けると、その向こうでは『僕は変性期』の出演者たちが長テーブルを囲んでいた。こちらに気づいた篠原核裸(コアラ)が、テーブルの向こうから満面の笑みを浮かべて手を振っている。この女はクイズ番組で少尉殿にウソの回答を教えた極悪人だ。当然ながら敵なのだが、何の因果か僕と最も多く絡む役に収まってしまっている。

 

空いている椅子に座り、片手に提げていたバックパックから台本を取り出す。過去二ヶ月の間に、この台本は何度も改稿されていた。そもそも春野の書いた原案では「野性味溢れる活発な少年」が主人公となっているのだが、その人物像はどう控えめに見ても僕とは重ならない。その上、僕は稀に見る大根役者であるという評価を演技指導の先生から頂いている。とても撮影が始められるような状況では無かった。

 

さぞ監督と脚本家は頭を抱えた事だろう。彼らは結局、僕に演技をさせないという方針を選んだ。素のままの僕が喋ったり動いたりしていれば、何となくそれっぽくなるような主人公に設定を変更したのだ。つまり表情に乏しく、「俺」ではなく「僕」が一人称の、常に半眼で無口な少年である。これには春野が激しく抵抗したが、奴は僕の演技を見て一気に勢いを失ってしまった。どうやら諦めたらしい。強引に巻き込んでおいて勝手に失望されるのは心外なんだが。

 

「えー皆さん、お疲れ様です。それでは読み合わせを始めたいと思います」

 

演出担当の男がホワイトボードを背にして声を張り上げた。ざわついていた室内が一気に静かになる。僕は苦々しい表情を隠そうともせずに台本の表紙をめくった。

 

 

 

 

読み合わせに続いて演技指導と、苦行は十時間以上も続いた。

 

ヨロヨロと目黒芸能を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。そこから車で運ばれている間は記憶が全く無くて、気がつけばいつの間にかアパートの前に到着していたという有様だった。

 

心配する和泉女史と言葉を交わしてから後部座席のドアを閉じた僕は、彼女の車を見送ってからアパートへと向き直った。その直後、鉄板を叩くガンガンという音が響き始める。見上げてみれば、そこには全速力で階段を駆け降りている少尉殿の姿があった。彼女は最後の数段を跳躍して着地すると、転がるようにこちらに駆け寄ってくる。

 

「おかえり!!車乗れ!!」

 

よほど待ちきれなかったのだろう。あまりに無駄の無い迎えの言葉である。僕は返事をする時間さえ与えられずに車へと引きずられ、その助手席へと押し込められた。運転席のドアを閉じる音から間を置かず、少尉殿がエンジンキーを捻って車を始動させる。

 

「シートベルト締めたか?!出発するぞ!!」

 

輝くような笑みを浮かべながら、少尉殿はハンドルを滑らかに手操り始めた。車はスルスルと全く危なげなく夜の街へと走り始める。鼻歌を歌う少尉殿の横顔を眺めながら、僕は感慨を新たにしていた。教習所の壁面に車を突き刺すという大惨事から二ヶ月。よもやここまで運転が上達するとは思わなかった。彼女を育て上げたという達成感と共に、果たして副脳無しで僕に同じ事が出来ただろうかと自問してしまう。

 

それにしても本当に楽しそうだ。こちらまで幸せな気持ちになってくる。いつの間にか疲れは消え去り、僕は自然と窓の外を流れる景色を楽しみ始めていた。

 

小一時間ほど走っただろうか。

 

やがて車は、少しばかり年季の入った建物の駐車場に停車してからエンジンを止めた。そういえば行先を聞いていなかったと思いつつネオンの看板を読んでみれば、『オートパーラー桶川』という店名が書かれている。調べてみると、どうやらゲーム機と軽食の自動販売機が置かれた施設のようだ。

 

「ついた!降りたら鍵閉めといてくれ!」

 

待ちきれなかったのか、少尉殿は僕に鍵を渡してさっさと車を飛び出してしまった。呆気にとられながら車外に出た僕は、ドアをロックしてから慌てて少尉殿の後を追った。

 

店内に入った僕を、色とりどりのブラウン管が出迎える。目に煩いほど賑やかな光景だが、それに反して店内は恐ろしく静かで人の姿も無い。ただ蛍光灯のハム音と走り回る少尉殿の足音がするのみだ。彼女は興奮状態なのか、多数並んでいる筐体にへばり付いては別の筐体に向かうという事を繰り返していた。待つことしばらく。やがてその作業をひと段落させた彼女は、両替機で大量の百円玉を作り終えてから僕の前へと走り込んでくる。

 

「軍曹すごいぞ!!古いゲームがいっぱいだ!!」

「古いゲームならGS5でも遊べるじゃ無いですか」

 

その名を聞いた途端、少尉殿の笑みが一瞬で消えた。

 

「……著作権法違反だと知った時点で使うのやめただろ。あんなのどうでもいい。それより見ろこの景色を!」

 

促されて、僕は店内を改めて見渡す。

立ち並ぶ筐体が、明滅する蛍光灯を浴びながら無言で稼働し続けている。物悲しさしか無い光景だが、少尉殿の目にはそうは映らないらしい。

 

「宝の山だ!ワクワクするだろ!?」

 

その言葉への返事を待たずに、少尉殿が一掴みの百円玉を僕の手に押し付けてくる。

 

「貴様もこいつで遊べ。また後でな!」

 

走り去る彼女の後ろ姿を困惑しながら見送ったあと、僕は周囲の筐体に目を走らせた。どれにも大した違いを感じられない。よく分からないまま、手近な筐体の前に座って百円玉を投入するほか無かった。

 

それから始まったのは、ただの単純作業だった。

 

副脳が提供する処理能力は、この手の単純なアルゴリズムの解析や、それに基づく未来予測には無類の強さを発揮する。画面が全て敵で埋め尽くされでもしない限りミスなどしようが無い。

 

それほど時間も掛からずに、僕は自分がやっている事の無意味さに気づき始めた。これでは何もしていないのと同じである。致し方なく副脳との接続を遮断し始める。この時の感覚は説明しづらいのだが、自分の能力が急激に失われていく体験は気分の良いものでは無い。ゲームが目に見えて難しくなっていく事でそれを嫌でも実感してしまう。僕はミスを連発し、そしてムキになった。積まれた百円玉がみるみる消えていく。

 

 

この時の僕はまだ気づいていなかった。今まさに、一人の中毒者が生まれつつある事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

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