未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
僕はまた、真夜中に目を覚ました。
座ったままいつの間にか眠っていたらしい。目の前には布団に横たわる少尉殿がいる。窓から差し込む月の光が彼女の安らかな笑みを照らしていた。
僕はよろけながら膝を寄せると、彼女の柔らかい、けれども冷たい頬に手を這わせた。焦りが僕の胸をじわじわと焼き始める。
行かないと。
僕は布団をそっと剥がし、少尉殿を白いワンピースに着替えさせはじめた。手足を服に通し終えると、彼女の身体を横抱きにして玄関へと向かう。
扉の向こうには虫の声が充満していた。月の光が煌々と地上を照らし、まるで昼間のように明るい。
アパートの階段を降りると、河川敷へと続く道を歩く。記憶の中の少尉殿が、僕の前を踊るように歩いている。それを追っていけば、川への到着はあっという間だった。
土手の斜面に腰を下ろし、少尉殿の体を僕の両足の間におさめる。目の前に広がるのは、あの夜と全く同じ景色だった。
揺れる水面を眺めながら、僕は考える。こうしてあの夜を何度も何度もやり直せば、この嫌な夢が終わる夜にいつかきっと行き当たる。何千回繰り返しても構わない。目を覚ました少尉殿と一緒に、僕らのアパートへと帰る朝にたどり着くまで。
※
どれくらいの間、朝を待ち続けていただろうか。
突然に鳴り響いた破裂音で我に返った僕は、顔を上げて音源へと視線を走らせた。
百メートルほど先、川の真上の空間が、曲率の大きいレンズを通して見た時のように歪んでいる。呆然と見つめる僕の視界の中で、その歪みは数万の落雷を一つにしたような爆発音と共に唐突に炸裂した。巨大な衝撃によって地面が液体のごとく波打ち、土手を吹き飛ばすような勢いで爆風が叩きつけられる。それらに翻弄されながらも少尉殿の体をきつく引き寄せた僕は、耳鳴りに顔をしかめながら異変の発生源へと目をすがめた。
水蒸気の向こうから、ひどく場違いなモノが姿を現す。
全高十二メートル。
逞しい四本の脚に支えられた武骨な大砲。
僕らがタイプ22と呼んでいた多脚砲台。
それが、雷光を背にして川の真ん中にそびえ立っていた。川は溢れかえり、河川敷が押し寄せる水に沈んでいく。
コイツ、こんなにデカかったんだな。
雨のように振り注ぐ川の水を浴びながら、そんな間抜けな感想が僕の頭をよぎっていく。
タイプ22は何度も戦った敵だ。コイツをスクラップにした回数は多すぎて思い出せない。だがそれは僕がA3に乗っていた時の話であり、生身である今の僕には何をどうしたって倒すどころか止めることも出来ない存在だ。痺れていた僕の頭が、危機を目前にしてようやく回り始めた。
これは恐らく漂流物だ。
なんでだ。どうしてこの街に出現する。
そうだ06だ。あいつに連絡しなければ。
少尉殿を抱えて立ち上がった直後、背後から再び幾つかの激しい爆発音が響く。激震で立っていられない。まるでこの周辺が衛星軌道からの爆撃にでも遭っているかのようだ。揺れが鎮まるのを待ってから何とか土手を登れば、その向こうには信じがたい光景が広がっていた。
崩落した埼京線の高架橋の向こうに、無数の家屋を踏み潰して立つ多脚砲台と機動歩兵が見える。その奥には、ここから見えていた景色には絶対に無かった巨大な建造物が黒煙を上げて倒壊していた。
少尉殿が愛した人々が、街が、破壊されていく。
僕は気が付かぬ間にやめろと叫んでいた。だがいくら力の限り叫んだって、当然ながら自動機械は止まらない。僕が無意味な事をしている間に街は黒煙を上げ始めた。澄んだ藍色の空が、淀んだオレンジ色に染め上げられていく。
やがて声を枯らし尽くした僕は、少尉殿を胸に抱いてその場に膝をついた。
「やめてくれ」
しわがれた声を絞り出した、その時だった。
空を切る音と共に巨大な黒い拳が空から振り下ろされた。金属が擦れ合う悲鳴のような音、叩き潰され、力無く倒れていく多脚砲台。黒煙の向こうに透けて浮かぶ機影に、僕は呼吸を止めた。
XA―213。
黒く禍々しい、八本足を持つA3。
なんで川底に沈んでいる筈の機体が空から降ってくる。
それとも何か?
無人のA3が、荒川の底から主人を助けに飛んできてくれたってのか。
XA―213の存在に気づいた多脚砲台と機動歩兵が、至近距離にも関わらず一斉に射撃を開始した。轟音で空気が沸騰する中、黒い機体は火線を掻い潜って影のように移動しては、鋭い脚を次々と敵に叩き込んでいく。
少尉殿だ。
生物のように躍動する機体を目の当たりにして、僕は確信した。あの機体には少尉殿が乗っている。こんな動きが出来る操縦者はあの人以外あり得ない。
じゃあ、僕の腕の中の少尉殿は何だと言うんだ。
前方の敵を全て片付けたXA―213が、僕らの頭上を飛び越えて川の中に立つ多脚砲台を押し倒し、それを串刺しにした。
血しぶきのような火花を浴びる黒い機体をぼんやりと眺めながら、僕は自分の願いが歪な形で叶ったのだと悟った。