未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2023
ほんとご無沙汰しております。急にわけわからんほど忙しくなりまして。
読んでくださってる方々には感謝しかありません、本当にありがとうございます。なんとか完結させる所存ですので、引き続き宜しくお願い致します。
撮影開始から十日が過ぎた。
スケジュールは順調……じゃ無いな。トータルで五日くらいは遅れてると思う。滅茶苦茶ヤバい状況だが、それでもジローが腐った大根から普通の大根くらいにはなってきてるし、たぶん何とかなるだろう。……なるんじゃないかな。そう自分を励ましていたんだが。
十一日目の今日は体育祭エピソードの撮影日だ。早朝から現場入りが始まってる廃校のグラウンドには、大勢の関係者やエキストラが雪崩れ込んで祭りのように賑やかだ。ドヤドヤと彼らが忙しく動いている一方、グラウンドの片隅に体操服姿で並んでいる俺らは、監督の口から出てくる衝撃的な言葉に愕然としていた。
「……てなわけで、急な話ですまんがな、俺はもう台本通りに撮るのは諦めた!素のジローと絡んでるお前らを撮った方が、なんぼかマシだと気づいちまったからだ!俺がお前らに頼みたい事はただ一つ!どんな失敗をしても構わんから、今日の撮影を本当の体育祭だと思って全力で楽しんでくれ!以上だ!!」
言うだけ言って去っていく監督の背中を見ながら思う。滅茶苦茶だわ。前代未聞だわコレ。
他の演者達が助監に詰め寄って説明を要求し始めた。その返答をハタから聞くに、どうやらマジで仕込み無しの撮影に切り替えていく方針らしい。つまりここからは全編アドリブってことで、とんでもねぇ現場に放り込まれちまったもんだ。お陰でさっきから手汗が止まらない。
それから半時くらい揉めていたと思う。
納得が行かない様子の他の演者たちと応援席に向かって歩きながら、俺は大勢のエキストラや大掛かりなセットをもう一度見回してみた。この状況で失敗しても構わないとか言われてもな。せめて覚悟を決める時間だけでも欲しかったが、スケジュールの進行は止まらない。困り果ててる俺らを置いてけぼりにしたまま、本日最初のカットである借り人競争の撮影が無情にも始まろうとしていた。
※
撮影開始の合図は校内放送のアナウンスだった。マジ体育祭っぽい。
応援席で学校椅子に座っている俺は、スタートラインに立つジローをひたすらに見つめていた。この体育祭エピソードではジローはまだ男役で、当然ながら男の演者に混じって並んでいる。真剣な表情でハチマキを締め直しているその姿は凛として本当に綺麗だった。語彙が死んでるけど他に言葉が出てこない。ジローと一緒に並んでる奴らがマジで全員ジャガイモに見える。こうしてアイツの姿や仕草を目にしているだけで、困惑やら心配事やらが全部薄れていくから有り難い。
そんな感じで穴が空くほど見ておきながら、俺はジローなんか全然興味ありませんよ風の表情を必死こいて作っている。助監の説明だと、クジの内容はマジでランダムにしてあるらしい。そこリアルにすべき所か?!妙な拘り方しやがって。台本じゃ『好きな人』というクジを引いたジローがまっすぐ俺の所に来ることになってたハズだが、もし変なクジを引いて他の奴の所に行ったら……。期待と不安で湯当たりしたみたいに頭がのぼせ始める。
耐えきれなくなって大きなため息を吐いた瞬間に、俺は隣から強い視線を感じてそっちに振り向いた。まーた
「なあ、ジローの奴変なクジ引きそうだよな。『好きな人』とかさ」
「はぁ?」
核裸は呆れ顔を作ったあと、台本に全く無いセリフをバカにした口調で吐き捨てやがった。
「何?もしかして期待してんの?そんな心配しなくても大丈夫だよ」
頭に来て言い返そうとした瞬間、号砲が鳴った。一瞬でこっちに興味を無くした妹に負けじと、俺もジローを目で追いかける。風のように走るフォームが綺麗だ。もう何をやっても綺麗という感想しか出てこない。ていうかバカ速いな、あっという間にクジが入った箱に辿り着いてるんだが。他の奴らは走り始めたばっかだぞ。おかしくないかコレ。
奴は箱に手を突っ込んでクジを取り出すと、それを開いて困惑顔になった。クジの角度を何度も変えながら、そこに書かれているであろう文字を読み返している。おいバカか。そんな事をしても書かれている内容は変わらんからな。
ヤキモキしている俺の耳の奥で、心臓の鼓動が爆音を立てている。胸が一杯で短い息しかできない。ジローがようやくクジから目を離し、キョロキョロと辺りを見回し始めた。時間がスローモーションになり、うるさいほど響いていたエキストラの歓声が聞こえなくなっていく。
ついにジローがこっちを見た。そして一直線に駆け寄ってくる。俺は立ち上がり、奴に向けて両腕を精一杯に差し伸ばした。
だけど掴まれたのは俺の手ではなく、妹の手だった。
してやったりという顔をこっちに向けている妹を引っ張りながら、ジローが遠ざかっていく。あんなにやかましかった心音は一気に静かになり、俺は力なく椅子に腰を落とした。大声援を浴びながら、ジローと妹の後ろ姿がゴールテープを切る。
「流川君と忍野さんが一位でゴール!えー、……借り人のお題は『気になっている人』でした!」
アナウンスを聞き流しながら、俺は無言でその光景をただ眺め続けた。
※
その後の事は、あんまり記憶にない。
騎馬戦のシーンで馬になってジローを支えた時は、あいつの尻の柔らかさに驚いたが……覚えてるのはそれくらいだろう。正直、全く役者として仕事をしてなかったと思う。
そんな情けない有様でいつの間にか撮影が終わり、俺はヨロヨロと帰りのロケバスに乗り込んだ。シートに崩れ落ちるように体を預けて、真っ暗になった窓の外にぼんやりと目を向ける。
不意にドサリという音と共にシートが揺れて、俺は隣に目を向けた。ジローが平然とした顔で座っている。
「お疲れ様。今日の仕事も意味不明だったな」
撮影終わりのいつもの挨拶だ。俺はそれに応えなかった。なぜなら腹を立ててるからだ。ところがだ。俺がこんなに不貞腐れてるってのに、奴はどこ吹く風で携帯ゲーム機を取り出して電源を入れやがった!!
「おい!!」
俺に腕を掴まれて、ジローは目を白黒させながらこっちを見た。奴が口を開こうとする前に、俺は自分でもびっくりするほど大きな声で詰め寄っていた。
「なんで俺のとこに来なかったんだよ!!お前妹に気があるのか?!」
ジローはハニワみたいにボケっとしたツラになった。見た事無い表情だが、それすら魅力的なのが本当に嫌になる。
「突然どうした、一体何の話だ」
「だから、借り人競争の事だよ!『気になる人』っていうクジで俺の妹を引っ張ってっただろうが!!」
「……ああ、確かに彼女を選んだな」
俺は自分の視界が涙で少しぼやけている事に真底びっくりしていた。
「なんだよ、マジでアイツの事が好きだったのかよ」
座席に再び腰を落としてヨレヨレの声をなんとか絞り出した俺を、ジローが不思議そうな顔で見ている。その澄んだ銀色の瞳を見ながら心底理解してしまった。俺はマジでコイツの事が好きなんだ。よりにもよって妹に嫉妬する位に。自覚したくなかった事実に絶望している俺の視界の中で、ジローの顔がみるみる嫌悪の表情に歪んでいく。
「貴様の妹が好き?私が?訳の分からん事を言うな。あの女は敵だ」
……はぁ?
「『気になる』相手というなら、あの女をおいて他には無い。少……私の姉にあれだけ極悪非道な仕打ちをする女だぞ?いずれ私に対しても何らか悪意のある行動に出るに違いない。常に監視を怠ってはならんのだ」
今度は俺がハニワみたいな顔になる番だった。
「……極悪非道な仕打ちって何だよ」
「あの女はな、クイズ番組で姉にウソの回答を教えたのだ!それも三度も!!」
あの番組なら俺も観た。三回も引っかかる方がどうかと思うんだが。目元を拭ってため息を吐く。急に恥ずかしさが押し寄せてきて、今すぐ穴を掘って埋まりたくなる。
「……あのな、ジロー。核裸の奴は、別にハナちゃんに酷い事をしようなんて思ってなかったハズだぞ。ハナちゃんが核裸の教えた答えをそのまま言ったら、笑いが起きてたよな」
「大いに笑われていたとも。私はそれが許せんのだ」
こいつマジか。日本に来てまだ日が浅いとは聞いているが、こんなに流暢に日本語を操る癖にお笑いを全く理解しとらんらしい。
「あのなジロー、ああいう番組では笑われるのは高評価の証なんだ。核裸はハナちゃんの評価が高くなるように手助けしてたんだよ」
「は?なんだそれは…………本当にそうなの?」
「そうなの」
呆然としてるジローを横目に、俺はシートに深く体を預けて俯いた。もう滅茶苦茶に疲れた。さっき出した大声、間違い無く他の連中にも聞かれてるよな……。
やがて核裸がマイクロバスに駆け込んできて、ジローと何やらワチャワチャし始めた。俺は席を代われという妹の要求を寝たフリでやり過ごしながら、これからどうすっかなと、答えの出ない事を考え続けた。