未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
少尉殿の声だった。
僕はテーブルに身を乗り出し、次の言葉を息を止めて待った。視界が狭くなり、自分の鼓動がうるさく体内で響き始める。
『疲れた顔をしてるな、大丈夫か?睡眠と食事はちゃんと取らないとダメだぞ』
僕は何を言えば。
暴れまわる思考が喉を膨らませていくが、声が出せない。
「⋯⋯しょうい、どの」
名前を呼ぶのがやっとだ。
『貴様にそう呼ばれるのは四年ぶりだな。なんだか妙な気分だ』
僕はもどかしさに気が狂いそうだった。
言いたいことがある。たくさんあるんだ。
『なぁ軍曹』
改まった少尉殿の声に、僕は半開きになった口を閉じた。そしてスピーカーを凝視しながら続きを待つ。
『もう一人の私は、ハナは、幸せだった。きっと誰よりも。だから……ありがとう』
僕の心を辛うじて支えていた、固くて脆い何かが砕けた。呼吸がうまくできない。あの夜からずっと溜め込んでいた涙が頬を伝い、テーブルに次々と落ちていく。
少尉殿の言葉が、僕に告げていた。
あの夜の出来事が夢ではないこと。
二人で手をつないでアパートに戻る朝が、もう来ないこと。
あの笑顔が、温かさが、僕のすべてが、
もうこの世界には存在しないんだって事を。
自分の嗚咽に溺れて、僕はテーブルに伏せたまま動くことができなかった。
※
次の日の早朝。
06と05が慌ただしくそれぞれの拠点へと帰っていった。
改まってだが、思い返すと06にとって僕はなんとも迷惑な奴であった。少尉殿との件では色々とワガママを言ってきたし、振り回してきた自覚もある。なので06との別れ際に礼を言ってみたんだが⋯⋯それを聞いた奴は帰るのを遅らせると言い始めやがった。
さすがにそんな無茶が通るわけもなく、奴は他の隊員に引きずられるようにして輸送機へと連れ去られていく。何を考えてやがる。
「軍曹、思い詰めないでね」
並んで立っていた05が、僕の目を見つめながらそう言った。黒い髪が風に乱れて顔を半分隠しているが、こいつにしては珍しく深刻な表情だ。僕は05の頭に手を乗せて笑みを作る。
「何だ突然。お前はほんと、いつも突拍子がないな」
ここで05に手を跳ね除けられる事を予想していたのだが、いつまでも05は動かない。それは困惑した僕が手を引っ込めるまで続いた。
「⋯⋯副脳を外して過ごしてれば。ボクがもっと人の心が分かるようになっていれば」
僕は息を呑んだ。
05が泣いている。
「あなたの心に響く言葉が言えたのかな」
05は、ジェットエンジンの咆哮が響き渡る朝の空気の中へと歩き去っていく。僕はその後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
※
一週間が過ぎた。
僕は怠惰に過ごしていた。完全な無駄飯食いである。正確には第一中隊の連中との面通しやミーティングなんかがあるにはあったが、忙しく働いている兵隊たちのなかで完全に浮いた存在に成り下がっていた。
この一週間で印象に残っている出来事は、マサの無事が知れたことくらいである。バラック小屋が流されてしまったみたいだが、ケガもなく避難所で暮らしているようだ。出来ればバラックの再建を手伝ってやりたいが、僕らが再び会う事はもう無い。僕は世間的には行方不明扱いになっているらしいし、彼も会えるとは思ってないだろう。
僕がやっていた事はと言えば、XA―213の中にいる少尉殿に会うために毎晩ハンガーに行くことくらいだ。そういえば少尉殿は今は少佐殿らしいのだが、僕は相変わらず少尉殿と呼んでいる。そうしないと微妙に彼女の機嫌が悪くなる気がするからだ。
今も彼女とゲームで遊んでいる所だ。XA―213から延びた長いケーブルがPS4のコントローラー端子に挿さっている。対する僕はゲームパッドを握っていた。起動中のソフトは有名な格闘ゲームなんだが、以前から散々やらされていた僕はかなりの腕前だ。一進一退の拮抗状態が続いていた。
ふと、僕はコントローラーを操作する手を止めた。
均衡が崩れ、僕の操作するキャラクターが空中に蹴り飛ばされる。それを放置して椅子から立ち上がった僕は、困惑の声を再生するスピーカーを背にコクピットハッチの前へと歩き始めた。
『なんだなんだ、どうした軍曹』
「少尉殿、コクピットに入れてもらえませんか?」
『は?ダメに決まってるだろ。ふざけてるなら止めろ』
ハッチの前に立った僕は、その表面に手を置いて体重を預けた。
「少尉殿、貴方はハナと繋がっていたんですね」
振り返り、テーブルの上に並んでいるゲーム機へと目を向ける。SwitchにXBox、そしてPS4。その全てに、もう一人の少尉殿⋯⋯ハナが遊んでいたのと同じゲームだけが全種類インストールされていた。それだけならまだしも、対戦したあらゆるゲームで僕の癖を全て掴んでいるのは不自然が過ぎる。
「貴方はハナと精神的にリンクしていた。ただし、一方通行で」
道理で、06が僕の行動を完璧に把握できた訳である。監視カメラどころか、僕が常にべったりと貼り付いていた相手が監視役そのものだったのだから。
ゲームのBGMだけが流れている。
僕は少尉殿の答えを待ち続けた。
『はぁ、バレたか』
わざとらしいため息が、スピーカーから響く。
『ああ、その通りだとも。私は常にハナと一体化していた。気持ち悪いよな。でもまぁ、監視カメラに覗かれていたと思って許してくれ』
お次はヘタクソな悪役口調だ。
『ハナは自分のコピーがまだ生き残っている事すら知らなかったよ。ああ、実際のところコピーですらないか。私はただの無機物だ。お前が愛したあの女とは似ても似つかない』
精一杯、虚勢を張っているのが分かる。どれだけ心から血を流しながら、こんな言葉を発しているのだろう。
『これからは、私の事は少佐と呼んでくれ。私はあいつとは別のモノだ』
僕は湧き上がる怒りを抑え込んでいた。拳を握りしめすぎて手の腱がちぎれ飛びそうだ。
「⋯⋯
『え』
「開けなさい少尉!!」
『はい!!』
僕は開いたハッチをくぐり抜け、滑り込むようにコクピットに体を沈めた。
『お、おい、軍曹⋯⋯』
「少尉殿。僕はあなたという存在をどう捉えるべきか、この一週間必死に考えてきました。結果は出ていません。でも」
息を深く吐き、昂ぶっている感情を外に追い出す。
「あなたが自分のことを『コピー』だの『モノ』だのと言うのは我慢ならない」
ハッチが開いたままのコックピットの中から外に目を向ける。テーブルの上のモニターが光って見えた。少尉殿が勝ち、僕が負けた画面でゲームが止まっている。
「あなたがどれだけ苦しんだのか。それを考えるのが怖い。頭がおかしくなりそうになる。こんな⋯⋯」
こんな、醜悪な兵器に閉じ込められて。
僕は戦いが怖いと泣いた少尉殿の姿を思い出す。この人はせいぜい、半額シールがついた弁当の争奪戦くらいしか戦えない人なのである。そんな人がたった一人で兵器の中に閉じ込められ、戦いの中でしか生きる意味を見つけられない。
このコクピットの周りに置かれたゲーム機は、玩具は、手作りの飾りつけは、少尉殿の過酷な運命を慰めるために供えられた物なのだろう。だが僕には残酷な拘束具にしか見えなかった。
『⋯⋯⋯⋯』
沈黙を続ける少尉殿に、僕は決意を込めて言う。
「少尉殿、貴方とまた一緒に住みたいです。そっちに行ってもいいですか?」
『絶対、そう言うとおもった』
少尉殿が泣いている。平静な声であってもそれが分かる。
「だったら、観念してください。あなたは知っているはずだ」
どこに居るのか分からない彼女に向けて、僕は精一杯の笑顔を作る。
「こんなふうに決意した僕は、何をどうしたって絶対にそれを曲げませんから」
次回より、毎日12:26分に1話ずつ投稿となります。
あと7話で完結予定です。