未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
脳マップの複写を決意した夜から、十二日間が過ぎた。
今日は複写を実行する日だ。
06があっさりと実行を認めてくれたのは有難かった。なにせ奴は中隊長という立場でありながら、実質この大隊の運営の大部分を任されている。あいつの許可が無ければ大隊は飴玉一つ買えないのだ。
とはいえ、あいつが首を縦に振ってから実際の許可が出るまでひと月近く過ぎている。多分色々と面倒な話があったのだろう。最後まで手間を掛けさせてしまった。
複写の実行は、ハンガーに誰も勤務していない早朝に秘密裏に開始された。二人の技師に色々と器具を取り付けられたあと、僕はXA―213のコクピットに納まった。今は闇を見つめながらこれまでの数カ月を思い返しているところだ。
いろんな場面が、次々と脳裡に浮かんでは消えていく。
ちゃぶ台に湯気を立てる料理を並べていく少尉殿。
スーパーから帰りながら一緒に見上げた夕焼け空。
全身を動かしてゲームと格闘する少尉殿の後ろ姿。
そして、
僕らの歩く先にどこまでも続いていた、あの河川敷の道。
いつの間にか笑顔になっていた。
この世界に来て一年にも満たないのに、その間に一生分を生きた気がする。手に取る記憶の全てが眩しく、温かく、そして胸が痛くなるほど懐かしい。おかしな話だ。誕生日の夜に二人で笑い合ったあの瞬間を、まるで数年前の出来事のように感じる。
不意に視界に警告文が表示されて、僕の思考は強制的に現実へと引き戻された。
文章なんていう原始的な伝達手段でわざわざ警告してくるのだ。さぞ不吉な内容だろうと思いながら読んでみれば、なるほどこれ以上にないほど物騒な文面である。
《システム適合率11%:コマンドの実行中止を強く勧告する。当該システムの使用は、搭乗者の死亡を含む重大な結果を招来する可能性が極めて高い》
11%か、思ったより残念な数字である。同時に送られてきた詳細情報によると、僕が脳マップの複写を実行したら九分九厘死ぬらしい。奇跡的に生き残っても、読み取りの過程で脳は更地みたいになるとのこと。ただし複写自体は高確率で成功するらしく、そこは安心できた。
『やめてくれ、軍曹』
今まで沈黙を守っていた少尉殿が、ささやくように言った。あれだけ何度も「仕方ない」で終わらせた話なのに。
『お前を殺すなんて無理だ、絶対に耐えられない』
僕は長いため息をついた。最後まで少尉殿を納得させる事は叶わなかったらしい。
「⋯⋯いいですか少尉殿。前にも言ったように、僕は複写を諦めるつもりはありません。死ぬのを考え直すこともないです」
『何でだバカ、軽々しく死ぬなんて言うな大バカ!何度だって言うぞ、今のお前は酷く傷ついているが、その傷は時間が癒してくれるはずなんだ!消えない傷なんかじゃないんだよ!!』
また同じ流れだ。前回説得した時もこうなった。何度繰り返したところで結果は同じだろう。
僕は観念した。こうなっては胸の内に抱えている希望を白状するほかない。
たとえそれが、どれほどバカげた希望であったとしても。
「少尉殿は、天国とか、輪廻転生ってどう思います?」
『⋯⋯は?』
「分かります。僕も真剣に考えたりはしませんでした、最近までは」
最初にこの概念を知った時は、本当に荒唐無稽な願望だと思った。
だが、その願望がいつまで経っても頭から消えない。それどころか、時が経つにつれてそれしか道が無いとまで思うようになってしまっている。
万が一、いや、ゼロが小数点以下に延々と並び続けるような確率だとしても。
どれほど遠く、絶望的な旅路だとしても。
また、ハナに会えるのなら。
狂っていると思われるだろう。
それでも、僕はその道を行く。
誰が止めようと、絶対に。
『本当にバカだな貴様!!死んだ後で会えるのなら、耐用年数の終わりを待てばいいだろうが!!』
「待つのは無理ですね。あなたがそれまで持たない」
姿は見えないのに、少尉殿が息を呑むのが分かった。
「この機体の中に、あなたを一人きりになんて出来ない」
ハナを喪うと同時に肉体の感覚を失い、少尉殿は常人ならば数分で発狂しかねない牢獄の中で一人きりなのだ。そんな状況を一秒だって許せるわけがない。
「何を言っても無駄です、少尉殿。どっちにしたって僕は、
長い沈黙が続いた。
数分か、一時間か。
僕らは時間の感覚を失っていた。
不意に、目の前に表示され続けていた警告文が消えた。続いて複写を開始する手続きが実行され始める。安堵した僕はシートの中で脱力した。
「ありがとうございます、少尉殿」
『貴様は本当に酷い奴だ』
少尉殿の声は、ほとんど消えてしまいそうにか細かった。僕は敢えて明るい声でそれに応える。
「申し訳ありません。そちらにもう一人の僕が行きますので、苦情はそちらにお願いします」
程なく、『実行準備完了』の文字が表示された。最終確認段階だ。
『軍曹』
少尉殿の声が、上官の声に戻っている。僕は思わず姿勢を正した。
「何でありましょうか、少尉殿」
『貴様を愛している。誰よりも』
僕は強く目を閉じた。うめき声が喉から勝手に溢れ出てくる。
これから生まれるであろうもう一人の自分を、僕は激しく憎んだ。僕がこれほど渇望しているものを、そいつは易々と手に入れるのだ。
それでも祈らずにはいられない。どうかもう一人の自分が、暗闇に閉じ込められている大切な人の支えとなれるように。
「待ってて下さい。今から会いに行きます」