未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
黒と白。
二機のXA―213が、互いの胴体を刺し貫いている。
赤く燃える落日を背景にしたそれは、黒く長い影を荒野に落としていた。
戦場は、二機の沈黙と同時に動きを完全に止めた。
そこかしこに破損した歩行戦車が膝をつき、あちこちで灰色の小型機が凍死した羽虫のように転がっている。移動音、爆発音、打撃音、あらゆる戦いの音は消え去り、ただ大気が揺らぐ音だけしか聞こえない。
突然の結末に呆然とする私の眼前に、淡々と文字列が表示され始める。
『勝敗結果:例外小隊の勝利』
『報酬:期限付き人類存続の保証 』
なんだ、これは。
いや、こんなのはどうでもいい、早く機体を回収しないと。
そうしないと、二人が消えてしまう。
私は大隊司令部へと回収要請を出そうとした。だが、できない。新たに11個もの敵マーカーがセントラルユニット近傍に現れたからだ。近距離なので光学センサーで十分に識別できた。あれほどの猛威を振るった白いXA―213が、さらに11機。それらが整然とこちらへと移動している。
知らぬ間に私は乾いた笑い声を上げていた。笑うしかないじゃないか。武器を構える気すら起きなかった。私は⋯⋯私達は、
11機の白いXA―213は、少佐と軍曹の機体を取り囲むと円陣を組んだ。どれくらい時間が過ぎただろうか。やがて円陣を解いた一群は、まるで私たちなど見えていないかのように悠然とセントラルユニットへと戻っていく。
それからおよそ一時間後。近隣で待機していた回収部隊が現場に到着した。
機体の残骸には、少佐と軍曹が宿る副脳は、残っていなかった。
※
あの戦いから、半月が過ぎた。
帰還した私は、まるで自動機械のように生きている。
あんなに楽しみにしていたダンとの結婚式が、今は通過すべき行事の一つでしかない。
幸いにも、ダンは私を無理に慰めようとしなかった。ただひたすらに見守ってくれている。私には勿体ない男だと思う。
悪いことばかりではない。あれほど億劫だったデスクワークが全く苦にならなくなった。今も捗りすぎて、自分が生物であることを忘れてしまっていた。喉の渇きをようやく思い出した私は、デスクの上のマグカップへと手を伸ばす。
ふと、視界に私の携帯端末が映り込んだ。
理由もなく、私はマグカップではなく携帯端末を拾い上げていた。何をやっているんだろうと思う私の前で、手が勝手に軍曹の電話番号を選択している。
呼び出し音が鳴り始めた。
驚いた。
鳴るとは思っていなかったのだ。
私は端末を耳に押し当てる。周囲の雑音が消え、つづいて執務室の景色が、肉体の感覚が溶け去っていく。まるで鳴り響く無機質な呼び出し音だけがこの世界に存在しているかのように。
『⋯⋯もしもし?』
スピーカーから、声が。
『もしもし?06か?』
視界が狭くなっていく。呼吸がうまくできない。
私は苦労して息を吸い込み、震えないように願いながら声を押し出す。
「⋯⋯軍曹」
『06だな?!おいお前、いつこっちに来たんだ』
「こっち……?」
『北赤羽にだよ!』
それからしばらく、要領を得ない会話が続いた。
私が何とか把握した所によると、軍曹と少佐は今も二人で暮らしているらしい。漂流物によって破壊されたはずの、あの北赤羽のアパートで。
だが、聞く限り、二人は明らかに異質な世界に住んでいる。そこには猫や鳥、虫といった見慣れた生物が存在する一方で、人の姿が全く無いらしい。スーパーの食料はいくら取っても減ることが無く、電力と水、それにガスは誰の管理もないまま無限に供給され続け、出したゴミもいつの間にか消えている。
明らかに、なんらかの仮想世界に閉じ込められているとしか思えない。
『なんかモヤモヤするが、まぁ便利だからな。文句はない』
「本当に大丈夫なのか」
『何がだ?』
「寂しいとか、怖いとか、そういう気持ちにはならんのか」
軍曹は少しばかり驚いた様子だった。
『⋯⋯考えもしなかった。少尉殿が一緒だから平気だ。むしろ幸せすぎて怖くなる事があるな。先週は車で宮ヶ瀬って所まで行ってきたぞ。少尉殿の運転が怖すぎて、それしか覚えてないけどな』
なんて能天気なんだ。私の不安をどうしてくれるのだ。
気が付けば、私は笑いながら泣いていた。視界が滲んでいる。嗚咽を堪えるのに必死だ。
「そうか」
『少尉殿もお前と話したがると思うんだが、もう寝たところなんだ。明日また電話できるか?』
「あ、ああ。ぜひ頼む。05とも話してやってくれ。寂しがっている」
『そうだな。あいつには心配掛けちまったし、色々謝らないと』
知らぬ間に、私は以前のように明るい声で話せていた。なんの憂いもなく。
空気が輝いているように感じる。これからきっと、何もかもが上手く行くんだ。そう思えた。
目許を拭い、私は力を込めて言う。
「明日電話する。またな軍曹、ありがとう」
『ああ、またな』
通話を切り、私は携帯端末を胸に抱いて天井を見上げた。
だけど、奇跡はその一度きりだった。
もう二度と、軍曹への電話がつながる事はなかった。
※
最後の電話から、三年と少しが経過した。
世界はそんなに変わっていない。あちこちで戦争が起き、資源の浪費は止むことなく、そして環境は汚染され続けている。
一方で、私の身の回りには大きな変化があった。
まずは05だ。
なんとアイツ、A3を持って軍から脱走しやがった。まったくもって滅茶苦茶だが、よくよく考えてみれば、あのじゃじゃ馬が少佐以外の誰かの下で働く理由が無い。
脱走後、奴はたった一年で独自の組織を立ち上げた。05が気に食わないと思った奴を潰し、守りたいと思った者を守るという頭のおかしい組織だ。一部からは救世主として祀り上げられていると聞いて、私は大笑いしてしまった。もしまた会う機会があれば全力で煽ってやろうと思う。
歩行戦車大隊の
年に一度は隊員全員を集めてバカ騒ぎをしていたが、今年は参加できないかもしれないな。
C小隊について。連中もまた、米軍とは距離を置いて独自に動いているようだ。何度か連絡を交わしたが、今はセントラルユニットにちょっかいを掛ける国や組織に手痛い勉強をさせる事が主な仕事だと言っていた。真面目な奴らだ。
そして。
私はあの戦いの後で退役し、一人の主婦になった。
今は郊外の自然豊かな土地に家を構え、ダンと一緒に静かに暮らしている。
「ミミ」
まどろみから浮かび上がる途中で、ささやき声が聞こえた。
最近は寝ている時間の方が長くなってきた。眠くて仕方がない。
眠っている間、私は幸せな夢を見る。小隊のみんなと戦っている夢だ。なぜかダンも一緒にいて、そこでの私はいつも彼に守られる側だった。戦いの夢なんて言葉にすると悪夢みたいだけど、やはり私は、みんなと肩を並べて共に生きたあの時間が一番幸せだったのだろうと思う。
だから眠るのはいいんだが……目を覚ますたびに、ダンが辛そうな顔を隠して笑う。
「……おはよう、ダン」
「やあ、ミミ」
ベッドに腰を落とし、私の髪を撫でてくれる。
大きな手が温かい。
起きている間、私たちは大半の時間をダンの日常と私の夢の情報交換に費やす。
「今回も、俺は君を守れたかい?」
「カッコよかった。現実の貴方どおりに」
互いに微笑んだあと、私たちは何も言わずに見つめ合った。
初夏の風にカーテンが揺れて、その影が複雑に形を変えていく。
「……ねぇダン」
「なに?」
「わたし、あなたのお嫁さんを、ちゃんとやれなかった」
ダンは息を詰まらせるように口を閉じた。
そして無理やりな笑顔を浮かべてくれる。
「そんなことない。ミミは最高の奥さんだよ。俺は自分が世界一の幸せ者だってずっと思ってる。今も、ずっとずっと、ミミは俺の高嶺の花だよ」
いつもの大げさな言葉に、私は思わず笑ってしまった。
笑いながら、とても重くなってきた瞼を閉じる。
「ありがとう…………ダン」
兵器だった私を、幸せな奥さんにしてくれて。
あなたと過ごした一秒一秒を、そのすべてを、私は大切に抱えて行く。これからどこへ行くことになろうとも、絶対に離さない。
全身が泥に変わっていくみたいに眠い。
落ちていく私の瞼の裏に、行った事も無い河川敷の景色が鮮明に浮かび上がり始める。遥か遠くまで続く夕焼けの土手道だ。遠くに二人分の影が長く落ちているのが見える。
あんなに重たかった体が、今はこんなにも軽い。
私は胸いっぱいに息を吸ってから声を上げる。
少尉。
軍曹。
二人が振り返り、手を勢いよく振るのが見えた。
私は思い切り笑い、そして走り出す。
大好きな二人の元へ。