未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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僕の女神(前)

 

 

 

語り終えた後、少尉殿は再び黙り込んでしまった。

それを区切りに、僕も動画の確認やネットの反響などの情報収集を一先ず終わらせる。

 

あの番組の終わりに、『罰ゲーム』と称して『バンジージャンプ』に臨む少尉殿の映像が流された。それ自体はさほど大した懲罰とも思えないが、色々と限界だったのだろう。事後に青い顔でフラついた少尉殿は、支えようとした番組スタッフに向かって盛大に吐いてしまった。モザイク処理の上に音声がカットされていたとはいえ、僕の受けた衝撃はどれほど言葉を尽くしても表現しきれない。

 

放送後の反響は大きかった。当然ながら、少尉殿に対する同情や番組への怒りの声もあるにはある。しかしそんなものを消し去ってしまうほど、少尉殿の失態を面白がる声の方が遥かに目立つ。

 

いつの間にか、僕は拳を固く握りしめていた。

 

「少尉殿」

 

呼びかけるも動きはない。致し方なく言葉を続ける。

 

「自分はこの状況を看過できません。どうにかして少尉殿の名誉を回復したい」

 

やはり答えはない。ため息をついた僕は、ちゃぶ台に臥せっている少尉殿の隣まで移動して腰を下ろすと、彼女の上半身を抱き起した。

 

ぐんにゃりと起き上がった彼女の顔は、なんとまあ涙でグチャグチャである。鼻水がちゃぶ台へと糸を引いている。

 

「ううう……」

 

僕の腕の中で両目を閉じ、口をわななかせてしゃくり上げる少尉殿。彼女の顔に溢れ出る様々な液体を見つめながら、僕は覚悟を決めた。

 

「……少尉殿、提案があります。自分は少尉殿に成り代わって、もう一度あの番組に出演しようと思います」

 

少尉殿のうめき声が、ぴたりと止まった。

 

「幸い、少尉殿と自分の外見はほぼ同一です。替え玉に気づく者は居ないはずだ」

 

彼女は鼻水をすするのも忘れ、信じられない物を見るような目で僕を見上げる。

 

「……ほ……ほんきか、ぐんそう」

「無論です。最高の成績を叩き出し、必ずや少尉殿の汚名を返上して見せます」

 

僕が言い切った瞬間、少尉殿の表情が目まぐるしく変わり始める。真剣に考え込む顔、苦い物を飲み込んだような渋面、そして最後に、ひどく楽しい事を想像しているような満面の笑み。

 

「い……いいよぉ〜、そんなの……」

 

否定の言葉とは裏腹に、期待に満ちた目がチラチラとこちらに向けられる。……許可を得られたようだ。僕は頷くと、さて何から手を付けるべきかと考え始めた。

 

 

 

 

その次の日から、僕は番組出演に向けて行動を開始した。

 

予想はしてはいたが、僕の『バラドル女学院』への出演はあっさりと認められた。

 

そもそも社長の春野が望んでいた事でもあり、話がやたらと早かった。僕が少尉殿に成り代わるという提案には少しばかり鼻白んだ様子だったが、奴は暫く考えてから妙に不快感を感じる笑顔でそれを了承した。

 

番組側もよほど少尉殿の出演を望んでいたのだろう。諸々の予定を無理矢理に曲げてねじ込まれた僕は、たった二日後には収録に臨んでいた。

 

当然ながら、少尉殿に成り代わるにあたって『女装』が必要だった。長い銀髪のウィッグを被り、無防備なスカートに戸惑いつつも女学生風の衣装を着用する。用意を終えて鏡に映した姿は自信が持てるものだった。唯一不安が残るのは声質の違いだったが、意識して高めの声を出せば似る程度には似ている。問題なしと判断した。

 

こうして僕は少尉殿、つまり『春野ハナ』として慌ただしく番組収録に臨んだのだが、それも今は終わりを迎えようとしている。結果は語るまでも無いだろう。当然の事ながら全問正解である。これは番組史上初の快挙でもあった。僕が少尉殿に成り代わっている事を知らない共演者達は一様に驚愕の表情を浮かべ、スタジオはバラエティ番組に流れてはいけない空気で満たされている。

 

「……ハナ、前回のアレは演技だったの?」

 

ハリセンを教壇に置きながら、顎沢が困惑の視線をこちらに向けている。

 

ここだ。少尉殿の名誉を挽回する正念場である。僕は嘲りの笑みをカメラに見せつけながら立ち上がった。

 

「当然だ。この私があんなバカでマヌケな阿呆である訳がなかろう」

 

そのまま教壇へと踵を鳴らしつつ歩みを進めると、気圧された様子の顎沢は慌てて僕に場所を譲る。壇上の主となった僕は、一段高い所からスタジオ全体を見下ろした。

 

「まったく、揃いも揃って上手く騙されてくれたものだ」

 

教壇に残されていたハリセンを拾い上げ、それを渾身の力を込めて叩きつける。派手に響いた破裂音に硬直する出演者達に向かって、僕は腹の底から声を張り上げた。

 

「いいかよく聞け貴様ら!私はこの世界に降り立った『女神』にも等しい存在である。私の尊さ、素晴らしさを、今から貴様らの愚鈍な頭にも理解できるよう懇切丁寧に説明してやる!!」

 

何も僕は宗教という非論理的なモードに染まっている訳ではない。この世界の人々に少尉殿の価値を説明しようとする際に、最も適した言葉が『女神』だったというだけのことである。

 

そう。少尉殿は僕らの女神だ。

 

息継ぎも忘れて少尉殿への礼賛の言葉を放ちながら、僕の意識はかつて体験した戦いへと飛んでいた。

 

 

 

 

今から語るのは、再生暦45年、西暦に直すと2317年の出来事だ。その年の僕らは、地上でも指折りの激戦区で戦っていた。

 

海兵は八回目の降下までに大半が戦死する。その八回目の降下作戦を全員無事に終える事ができた僕らは、指定された場所で回収してくれる船を待っていた。

A3のコックピットの中で灰色の空を見上げながら、僕は嫌な予感をどうしても消す事が出来なかった。事が上手く運びすぎていて、生還への実感が全く湧かなかったのだ。

 

その予感が正しかった事を、僕の視覚が教えてくれている。

 

『やっぱりな』

 

少尉殿の憮然とした声が頭の中に響く。

僕も同感だった。

 

上空から巨大な物体が近づいてくる。僕らを運ぶはずだった揚陸艦だ。今は敵が放ったであろう攻撃に艦首を貫かれて、始末に負えない鉄屑と化してしまっている。八十メートル級の巨体を軋ませながら落下するそれは、干からびた地面に乱暴な着陸を敢行して無数の破片と大量の粉塵を巻き上げた。

 

『素晴らしい。まったくもって素晴らしく最悪だ。06、敵の情報をくれ』

 

情報は間を置かずに送られて来た。射線から判明した敵の位置は、ここから七十キロ以上離れている。どうやら長射程のビーム兵器が使用された模様だが、濃密な嵐を貫通して尚これだけの破壊力を保つのだから、とんでもない代物である。揚陸艦と違ってマトが小さい僕らがあの距離から射抜かれるとは考えづらいが、複数の敵影が急速に接近中である。接敵した敵が支援観測を始めたら、長距離から撃たれ放題になるだろう。

 

『補給を受けずに逃げ切るのは無理だな。どうやら腹を括るしか無さそうだ』

 

少尉殿は機体を立ち上がらせた。

僕らもそれに続く。絶望的な状況に、半ば死を覚悟しながら。

 

 

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