何世紀もの何世紀もの昔、人界を護るべくして己の身を封印した神「戦神 アレス」がいた。そして現在、アレスの封印が解かれ1人の人間にユメが託される。
道と道が繋がる時、再び神話が紡がれる………………
━━━おい
アラームの忌々しい音が、部屋中に響いている。窓から差し込む光が、朝を伝えようと
「…………なんか変な夢を見てた気がする」
寝ぼけながらもひとまず顔を洗おうと、重い体を起こし洗面台に向かった。ギシギシと嫌な音を立てるこのアパートも早く出たいと思っているところだ。だが、バイトだけじゃそんなお金は貯まらない。どうしたものか……毎日のようにこんなことを考えていた。
顔を洗い、ふと時計を見ると針は10時52分を指していた。バイトの時間は11時からで遅刻寸前だ。一瞬にして血の気が引いていくのがわかった。
「なんだよ、またかよ!」
戦は急いで支度を済まし、電気をつけたまま、アパートから飛び出した。戦はバイトの遅刻常習犯だ。
季節は夏から秋へと変わり、ようやく過ごしやすくなったところだった。走っている時、風が少し心地よいのだ。
「すみません!遅れました!」
「今日はギリセーフだね〜」
ニヤリと笑い、そう言ったのは
戦はコンビニでバイトをして過ごしているいわゆるフリーターだ。
「次遅刻したら、もんじゃ奢りな」
そう脅してきたのは戦の高校時代からの親友
「新しい遺跡発見のニュース見たか?」
英が最近のトレンドの話題を切り出すと戦が食いついた。
「そういえば最近めっちゃくちゃ多いよな。だいたい何かしらで見るし」
「だね〜歴史の教科書も一変されちゃったりして」
「噂ですけど弥生時代かそれよりも前のものらしいですよ」
日本で次々と見つかる"太古の遺物"は歴史学者だけでなく多くの日本人を騒がせていた。
「雑談もいいけど早く仕事しよっか」
「は、はい!」
店長がそう言うと、戦らは急いで仕事を始めた。
戦たちの業務は単純だ。客が来れば挨拶をし、商品を渡されればお会計をする。客が居ない時には、商品の品出し、在庫確認を行い、フロアやトイレ等の掃除である。特に流れがある訳ではなくただ、臨機応変に仕事をこなすのがこの店舗のモットーだ。
いつも通り業務をこなしていると、入店音が鳴り扉の方に目をやると、暗い表情をした少女が佇んでいた。肩まで伸ばした綺麗な黒髪に濁った翡翠の瞳。戦は少し見惚れてしまっていた。ずっと立ち尽くしている彼女を見て英は、ひとまず声をかけた。
「お客様、どうされましたか?」
「もう時間がないの……」
少女はそう言うと、店を去った。変な客だなとは思ったものの特に触れることなく、2人は仕事に戻った。なんでも、あのような客は珍しくはないという。もう慣れてしまったのだろう。だが戦は、少女の濁った瞳に違和感を覚えていた…………
それから業務を終え、あのボロいアパートに帰宅した。ニュースでは、またもや太古の遺品が発掘されたというものばかりで只事では無いのだと理解する。この異様なまでに見つかる遺品。捏造を疑うものもいる。
戦はオカルトや歴史が好きな青年で、この事象に深く興味を持っていた。
家に帰ってからはずっと、スマホやパソコンで太古の遺品について取り憑かれたかのように調べていた。結局わかったことは、英が言っていた「弥生時代かそれよりも前のもの」ということだけだった。
戦の頭にはずっと、今日の濁った翡翠の瞳をした少女がいる。なんであんな暗い表情をしていたのかなど考えても仕方の無い問いが飛び交っている。すると、ポストの中に何かが入る音がした。ポストの中の紙に手を伸ばし紙を見ると、電気代の請求書だった。戦は朝、電気をつけたままバイトに向かったことを思い出した。戦には遅刻しそうな時よく電気をつけたままにする癖がある。
「まじか…………」
電気代は約11000円で、一人暮らしの電気代の約2倍である。とてつもない金額を見た戦は、太古の遺品などどうでも良くなってしまっている。今は、どうやって生活していくか。それで頭がいっぱいになってしまっていた。
「自業自得だなー。実家に帰ろうかな………いやそれはダメだ」
戦は大学に行くと親と喧嘩し上京したものの、結局フリーターをしている自分が愚かで恥ずかしく家族に合わせる顔がない。
同時刻、英が帰宅している最中、大量の雨が降っており、雷が鳴っている。傘に雨が当たり大きな音を継続させている。雷が嫌いな英は雷が鳴る度に、雷と呼応するかのように歩くスピードが速くなっていた。
雷の音は非常に大きく、鼓膜が破れたと錯覚するほどの音もあった。今日の雷はいつもとは違い、一度鳴れば2度3度と続いて大きな落雷が起きる。まるで雷が何かを探しているかのように………
「あーうるさい。雷嫌いなんだよー」
独り言を言いながら雷の恐怖を紛らわそうとするもそう簡単にはいかなかった。鳴り続ける雷。家までの道のりがこんなにも遠かったのかと感じる程に英の恐怖は高まっていた。
そして雨がピタリと止んだ瞬間、目が焼けるほど眩しい光が辺りを包み込み、英は思わず目を閉じた。そして、大きな爆発音と共に英に落雷が直撃した。
その時、英の頭には1人の男と思わしき人物が見え、その男はこう言った。
「貴様に我のエレメントを与える………」
━━━エレメントって何だ?それにこいつ誰だ?━━━
遠のく意識の中で英は、その男のことだけを考えていた。
この大きな落雷を聞いた近所の住民が救急車を呼び、英は近くの総合医療センターに搬送された。
搬送後直ぐに手術を施そうとした医師は固まった。それは、落雷を受けたはず
結果英は、当分様子見という形で、入院することになった。
翌日、戦の元に一通の電話がかかってきていた。
英からの電話だった。英が入院をしていることに驚きはしたが、それよりも軽度の火傷と擦過傷だけで済んでいるという事実が戦を混乱させた。どういうことか何も理解できていないが、見舞いに行けば今よりかは現状を理解できるはずだと思い、英の病院に行くことにした。
増田英と記された病室に着き、ドアを開けると、ケロッとした表情で、雑誌片手に誰かからの差し入れであろううさぎ型に切られたりんごを頬張る英がいた。落雷が直撃した人間とは思えない程元気だ。
この状況を飲み込むよりも早くに荒くなっていた呼吸がマシになった。
そんな戦を見て英がこう言った。
「ぼーっと突っ立ってどうしたんだよ」
「いや、落雷直撃した割には怪我も酷くないしケロってしてるし……こっちの身にもなれっての」
「………心配かけさせたな」
「いいんだよ」
「あ、悪いけど、当分バイト行けないからシフト変わってくれよな」
「は?!」
突然の頼みに思わず大きな声が漏れてしまった。英と戦しかいない病室に戦の声が微かに反響しているのがわかる。
少し重い空気を軽々と壊してくるその頼み事は、戦にとっては全く都合の良いものではなかった。親友の頼みだから仕方なく承諾はしたものの、面倒臭いという感情は消えはなかった。
「まぁ、無理すんなよ」
戦が一言そう言うと英は小さく頷いた。
戦は手を振り、何も言わずに退室した。
「ほんとに何も無かったみたいな顔してたな」
安心感と違和感を抱え、人が少なくなった広いエントレンスを通り、自動ドアを通り夕日に包まれた街に出た。
風が戦の頬を擦った。
「うーわ寒!」
足早に病院を去り、帰路に着いた。
その日の夜、人気の少ない森の中、苔まみれになった小さな祠の前に全身黒づくめの男が立っていた。その男は、奇妙な笑みを浮かべ小さな声で笑っている。
「ククク、ついにこの時が来た!起きてもらおう、"アレス"。君がいなきゃ終わりも始まらないのだよ」
男はそう言うと祠に手をかざし、力を込め始めた。その手は異様な光を放ちながら縮小したり、拡大したりしている。そして、大きな衝撃と小さな音により祠は破壊され、赤色のモヤのような物が宙を舞い、街の方へと飛び去って行った…………
男はそのモヤを全てを見透かしたかのような目つきで眺めていた。
永く閉じられた錠に鍵が差し込まれた瞬間である。
これは、己のユメのため命を捧げてきた"戦士たち"の神話である。