ただ庚子様を幸せにしたかっただけのモブ裏鬼道   作:リョウタロス

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ゲゲゲの謎を観て庚子さんが不憫過ぎたので衝動的に書きました
ただあの人のセリフ少なすぎて割と口調が想像によるものなのはご了承ください


あなたを幸せにできたのなら

俺は端場(はしば) 薬人(やくと)

哭倉村を治める龍賀一族に属する長田 庚子様、時弥様の護衛として側に侍ることを許され仕えている裏鬼道の1人だ

 

表向きは長田家の使用人として仕えているが本来ならばこの仕事は自分よりも庚子様の夫であり裏鬼道筆頭である長田 幻治様のが適任だ

しかし普段長田様は龍賀一族長女である乙米様の側におり彼女らと共にいることの少ない。

その代わりとして俺がこの任へと立候補した

 

無論使用人として働いてもいる俺は庚子様、時弥様の身の回りの世話までこなし護衛を務めているため大変な事もある。それでも俺はこの仕事を好いている

何故なら俺は彼女を、庚子様のことを1人の女として好いて、恋をしているから……

 

この恋心に気付いたのは物心つく前、それこそ彼女が長田様と結婚するずっと前、ふとした拍子に見た彼女の笑み、それに心奪われた。言うなれば一目惚れだ

その一目惚れから今では彼女の笑みだけでなくあの瞳、可愛らしい声、彼女の様々な姿に愛しさを覚え何度胸を高鳴らせたかもわからない

外見だけじゃなく内面も好きだ。その可憐な姿からは想像もつかない我慢強さや強かさを垣間見た時には心を射抜かれたような想いを覚えたこともある。自分より小さな子に優しい声で語りかける時などその子供に嫉妬を覚えた。怯えてしどろもどろになっていた時は俺が護らねばと決意もしたものだ

 

無論この片思いは誰にも明かさず表にも出さないように胸に秘め続けている

元より身分違い、龍賀一族の三女であるあの方と裏鬼道所属とはいえ一介の術師でしかない自分では結ばれることも、ましてやこの村から連れ出す事など出来るわけもないとわかっている。だからこそせめて彼女の傷が増えないように、微細でもいいから心が軽くなるようにとお側で仕え続けてきた

 

 

彼女に仕える前、ただ片思いを隠し続けていただけの日々の中、彼女が俺の上司である長田様と結婚、しかも龍賀一族当主である時貞様の子を孕ます為あの爺(時貞様)に犯されたのだと知った時には腸が煮えくり返る想いを抱えそんな憤怒も嫉妬も、溢れ返りそうな激情全てを仮面を被るように隠し続けていた

 

それでも彼女が少しでも幸福を感じているのなら我慢はできた筈だった

けれど仮面夫婦以下の行動しか取らない長田様とその後ろで俯くだけの彼女を見て俺はすぐに動かずにはいられなかった

 

「護衛だと?うちのにか」

「はっ!失礼ながら長田様は乙米様にお付きになりご不在が多くあります。その間私が庚子様の護衛になれればと」

「……お前の気持ちは知っている。下手な真似をすれば丙江様を連れ出したあの男と同じ末路を辿るぞ」

「元より私ではあの方を逃がすことも添い遂げる事も出来ぬことは自覚しております。長田様と同じく、ただ傍でお守りしたいだけなのです」

「……はぁ、わかった。好きにしろ。あれにはお前を使用人として雇ったと伝えてやる」

「ありがとうございます」

 

こうして直談判の末、俺は長田家で仕え念願叶い庚子様の傍で使用人として働けることとなった

己の恋情を表に出せぬ故にただ粛々と仕事をこなすだけの日々、そんな使用人など庚子様にとってはただの一介の使用人でしかないだろう

けれど護衛として、恋心という私情を抜きにしても彼女の傍を離れず命じられるままに彼女の意に従い続ける日々は俺にとっては救いのような、夢のような日々だった

 

彼女の為に尽くせる

 

その悦びこそが原動力となり無意識にせよ彼女を心から気遣う言動も出てしまっていたがそれのおかげもあり庚子様も少しずつ信頼を寄せてくれるようになっていた

 

しかしそんな日々も彼女が孕み腹が大きくなっていくごとに俺の中での暗い感情も比例するかのように大きくなっていった

その孕ませた男が誰か知っているが故に俺の中で隠し続けていた憤怒が、嫉妬がドロドロと、グツグツと自分の中で沸き上がってくることを感じながらも必死に彼女の前ではいつも通りを装った

その鬱憤をぶつけるように合間の時間を見て行われる修行にて自分の身体も、同じ裏鬼道の修行相手すら痛めつけるような過酷な修行に身を投じ禁域で正気を失った妖怪共と限界まで殺しあった事もあった

 

そうして遂に産まれた彼女の子

時弥と後に名付けられたその子と共に俺の中では練られ続けていたどす黒い感情の中から憎悪と殺意が産まれ落ちていた

 

あの爺が憎い、あの爺の種が孕ませ産まれたこの赤子が憎いと

いつも通りの表情の仮面の下でその憎悪も殺意もグツグツと煮えたぎり続けていた

しかし俺は見た、見てしまった。彼女が時弥様を抱いて俺が惚れたあの微笑みを浮かべた姿を

 

彼女にとっては今までは無かった一族の中での自分の価値が生まれたという打算もあった故の微笑みだったのかもしれない

けれど彼女の幸福の為にこの子は必要なのだとわかった瞬間に自分の中で煮えたぎっていた時弥様への殺意も憎悪も、まるで水をかけられたように冷め、溶けるように消えていった

 

あの爺(時貞様)は今だに憎い。けれど彼女が時弥様の幸福を、無事を望むなら俺もそれに殉じよう

それが彼女の幸福であるのならば、俺はこの身を捧げてでも庚子様と時弥様を……

 

 

 

時弥様は身体は弱い所があるようで時折体調を崩すこともあったがそれでもすくすくと大きくなられてくれていった

やった事もない赤子の世話に四苦八苦しながらも経験のある女中達に手本を教わり庚子様と共に時弥様をお世話する日々は彼女お一人に侍る生活よりも忙しなく、そして楽しかった

もしも彼女と夫婦になれていたのならこんな風だったろうかなどとそんな愚かな妄想もしてしまう程に

俺も庚子様と時弥様と平凡ながらも心から笑うことができた日々だった

 

 

時は流れ遂にあの腐れじじ……時貞様が亡くなられた

その葬式に俺は参列出来ず外で他の裏鬼道の仲間と共に見張りをすることとなったが後から庚子様が時麿様の次の跡継ぎは時弥様になるのだと嬉しそうに話してくれた

 

けれど裏鬼道である俺も、そして庚子様も知ってしまっている

当主になるということはいずれ時弥様はあの窖の結界の維持も担うことになることもそしてそれを行うのは生半可なものでは無理だということも……

 

裏鬼道として仕えている自分にはどうしようもないことだとはわかっている。たとえ抜けたとしても守りきることすら出来ずに無意味に死ぬことも

これからあれの維持の為に身を捧げる事になるであろう時弥様の事を思いながら俺は嬉しそうに語る庚子様に上手く笑いかけてあげられただろうか……

 

 

 

葬儀の次の日、お籠りを終えるとあの時麿様が亡くなられた、いや、誰かに殺されたらしい

庚子様のお傍に侍る自分はあまり見ていなかったが時麿様殺しの疑いのあるよそ者とその前に来た客人の2人が長田様の屋敷の座敷牢の部屋へ置くこととなったようだ。作る飯の量を増やさねば

 

そして予想外なことに時弥様、そして沙代様もそのよそ者2人に懐いてしまった

物珍しさ故だろうか。頭の痛いことだがこの村の為に彼らには消えてもらうことになるのだろう。時弥様へは……なんと言い訳をすればよいのか考えると胸が痛む。こういった言葉を考えるのは不得手だが庚子様へも相談し共に考えてもらう必要があるかもしれない

 

 

 

 

庚子様が乙米様、丙江様との話し合いにて呼び出された

時弥様を仕事の空いている他の使用人に任せ俺も護衛として乙米様と共にいる長田様のように庚子様の後ろへと侍る

乙米様は時弥様の体調が芳しくない事を伝えてもそれを庚子様の管理不足、早く連れてくるようにと一蹴する。徐々に酷くなっていく結界の綻び、そしてそれをなんとかする筈だった時麿様を失ったこと、様々な問題へのストレスもあるのだろうが、あれをどうにか出来る技術なぞ一朝一夕で身につける事など不可能に近い。それでも藁にも縋る思いなのはわかるが……

 

そんな不満を堪えるように唇を結ぶ庚子様の手が震えながらも俺の袖の端を指先でつまみ握りしめる

まるで迷子の幼子のように不安気で、けれど言い訳も泣き言もせず、ただ時弥様をみすみす渡すような真似だけはしたくないという母親としての強さも見えるその挙動に愛らしく感じながらもその仕草が乙米様に見られても違和感なく隠れるように庚子様へと少しだけ身を寄せた

 

丙江様、ふーんと訳知り顔でにやつくのおやめください

俺と庚子様は不倫関係ではありません。極めて健全な主従関係です

長田様もそんな目で見ないでください。

そもそもあんたと乙米様の距離のがもっと近いでしょうが。俺と庚子様の距離の前に自分の事を棚に上げるのやめてください

 

 

 

 

 

三姉妹で話し合ったその翌日、時麿様に続き丙江様も亡くなられた

確実に何か厄介な事態が進んでいるが悪い事というのは立て続けにやってくるようで時弥様の体調がさらに悪くなってきていた

庚子様と共に看病を続け、自作の薬も飲ませてたがその成果も芳しくはない。最悪の寸前の状態でなんとか保っているだけだ

庚子様も不安気で俺に何度も"大丈夫よね、時弥は治るわよね"と聞いてくる

その度に慰め励ますが原因に確証が持てない俺も言葉を放つ口が重くなる

ああ、申し訳ありません、庚子様

俺は貴女を悲しませることも不安にさせることも、時弥様を奪わせたくもないのに……力の無い自分が怨めしい

 

 

 

その日の夜に再び乙米様より庚子様が呼び出された

丙江様が殺されたこと、そしてもう結界の限界が近い故だろう

しかし今日の庚子様は先日よりもさらに険しい雰囲気を、いや、なにか覚悟を決めたような雰囲気を感じる

 

 

「ねえ、端場。貴方は私の味方よね?あの人でも、お姉様でも、お父さまでもなく」

 

乙米様の部屋へと向かう途中、突然前を歩く庚子様からそんな言葉を投げかけられた

あの人、長田様のことだろう。俺の答えは決まっている

 

「…勿論です、庚子様。私は貴女の味方であり続けます」

 

決まっている、筈だった。けれど答えが遅れたのは時弥様を治せていない力不足による罪悪感からだろうか

俺は……俺は今、前を向いたままの庚子様の目をみて同じ事を言えるのだろうか……

 

 

「そう、そうよね。貴方は私を裏切らない。貴方は常に私の側にいてくれるものね。ええ、そう。絶対に……絶対に」

 

 

 

「奪わせてなんてやるものですか」

 

 

 

 

 

 

「もうあれの限界まで猶予はありません。庚子、早く時弥を連れてきなさい」

 

来て早々乙米様の反論は許さないとばかりの剣幕で庚子様へと迫る

先日以上の雰囲気にいつもの庚子様ならたじろぎ頷いてしまっていたかもしれない

 

「お断りしますわ、お姉さま」

「なっ!?」

「!」

 

いつも気弱なあの人ではないような平時の乙米様にも負けぬ凛とした佇まい

まっすぐに乙米様の目を見て異を唱えたその姿には子を護る母親としての姿が見えた

 

「あの子は私の子です。あの子が当主となるからといってむざむざそちらへ渡すつもりはありません。管理不足と言うのなら尚更に私は私の手であの子を管理します(救います)

 

「私が当主の母となるのなら、立場をわきまえてくださいますよね、お姉さま」

 

まさか庚子様がここまで反論し自分の立場を強く見せるようになるとはこの場にいた全員が予想外だった

故に乙米様も長田様も動けず呆気にとられ、俺は庚子様のその姿を目に焼き付け心を焦がし胸を高鳴らせ無意識のうちに口角が上げていた

 

「がっ!?」

「端場!?」

「そのまま取り押さえてなさい長田。まさか庚子がここまで反抗的になるなんて……。一体何を吹き込んだのかしら」

 

その表情を見られたからだろうか、俺は一瞬で長田様に床に転がされ取り押さえられていた

見下してくる乙米様の視線には侮蔑の色が、そして長田様の顔には余計な事をしてくれたなという苛立ちが見えている

恐らく俺が庚子様を唆しこうまで変えた原因だとでも思っているのだろう。とんだ勘違いだ、彼女が変わったのは彼女自身の意思と母親としての想い、つまり本人の力だ

俺などという話術も得意ではない使用人風情が変えられるわけが無い

 

「待ってください!端場は関係ありません!私が私の意思でこうしたのです!」

「この男が唆していない証拠などどこにもありません!しばらくこの男には謹慎を命じます。長田、きちんと躾け直しなさい」

「はっ、申し訳ありません」

 

先程までの庚子様の凛とした様子は見る影もなく取り乱している

大丈夫です、庚子様。すぐに戻りますから、それまで、少しの間だけ時弥様の看病をよろしくお願いします

 

「待って!彼を連れていかないで!端場!端場ぁ!」

 

だからそんな泣きそうな顔をなさらないでください

 

「申し訳ありません、庚子様」

 

貴女にそんな顔をさせてしまって

 

「端場ぁ!」

 

俺は必ずまたすぐ戻ってきますから

 

 

 

 

 

長田様に連れていかれた俺は本邸にある罪人を入れる為の牢の中へと入れられた

 

そうして牢の中で縛られた俺は庚子様を唆した罪という形で飯も水も与えられず躾という名の暴力を同僚達から受けることとなる

 

「長田様の嫁っこに手ぇ出すなんざ馬鹿な真似したなぁ!」

「あの人が当主の母になるから自分も取り分を増やそうって都合のいい夢でも見たかよ!」

「前から気にくわなかったんだてめえは!修行の時の分も兼ねてたっぷり痛めつけてやる!」

 

裏鬼道、人に仇なす妖怪を祓い封じる鬼道衆から道を外れた俺の同僚達は基本的に他人をいたぶり殺すことも愉しむ嗜虐趣味の輩が多い

こうやって長年共に務めていた同僚の俺にすら嬉々として棒で打ち、殴り、蹴りつける。刃物を出していないだけまだましというものか

 

「お前ならもう少し上手くやると思っていたんだがな」

「げほっ、おさだ、さま……」

 

俺を見下ろす長田様の目は冷ややかだ

けれどどこか同情染みた憐れみの色も入っているように感じるそれに気をとられていた俺の腹に長田様の容赦ない蹴りが突き刺さる

 

「がっ!?」

「この大事な時に!余計な事を!してくれたな!ただの村人だったならMの材料にでもしていたがお前にはまだ裏鬼道としての仕事が残っているんだぞ!」

「ぐっ!?ぁっ!?も゛うじわ、げっ!?あり、ま、ぜん……」

 

時麿様、丙江様を亡くした乙米様に余計な心労を負わせた苛立ちもあるのだろう

何発も蹴りを入れられ血を吐きながら芋虫のようにのたうちまわり謝罪をする俺に周りの同僚達も笑いまたしばらく躾は続けられた

 

 

 

いつの間にか意識を失っていた俺は辺りを見回すと既に長田様や同僚達は牢からいなくなっていた

他に仕事もあるうえこの緊急時、俺なんぞに構ってる暇もあまり無いのだろう。いつもより長田様の蹴りに力に入っていたのも頷ける

見張りもいないことを確認すると奥歯に隠した回復を早め痛みを麻痺させる丸薬を噛み砕いて呑み込み肩の関節を外す

外したことで緩んだ縄から抜け出るとまた関節を嵌め直し錠や周囲を観察する

 

だが残念なことに鍵どころか針金さえ無い今の状態では錠を解くことも壊すことも出来ない。最近では罪人も工場行きにされる為他の罪人もいないここへは懐柔しようにも人っ子一人寄りつかない為これも無理。これは詰みか……

ひとまずまた誰が入ってきても怪しまれぬよう縄の結び目を簡単に解けるものへと変え緩く自分を縛り直し次に来た奴が長田様以外ならのして出ようと算段をつけて牢の中でゆっくり待ち回復に務めることにした

 

 

 

「庚子様も時弥様もご無事だろうか……」

 

自分の事なぞよりも今はお二人の事だけが心配だ……

 

 

 

 

そこから恐らく丸一日以上、正確な時間はわからないが牢の中で放置されていた俺の下に近づく気配を感じ身を起こすと屋敷でもよく見かけたねずみ顔の雇われ小僧が牢の中を覗きこんでいた

 

 

「探しましたぜ端場の旦那。さ、どうぞ出てくだせえ」

「お前は……。誰の差し金だ?」

「庚子様でさぁ。今は乙米様も村長様らもいねえんで今のうちにと」

「わかった、恩に着る。こいつは俺からも駄賃だ。くれぐれも他に漏らさないでくれ」

「うひょ〜!ありがとうごぜぇます!」

 

錠を開けてくれた小僧に懐の財布から紙幣を数枚手渡すと小躍りする小僧に庚子様の場所も聞くと身体に走る痛みも無視して庚子様の下へと急いだ

 

 

 

 

 

「庚子様!」

「端場!良かった、生きてて、本当に……!ああ、でもこんなにも傷が」

 

庚子様の下に辿り着くと彼女は目に涙を浮かべて俺に抱きついてきた

傷が痛むがそんなのは関係無い。彼女の身体を受け止めて抱きしめその無事を確認する

 

「私の事はいいのです。それより庚子様も時弥様もご無事で?」

「私は大丈夫、貴方に誑かされて一時的に乱心していただけと家で謹慎させられていただけだから。それよりも時弥が!時弥が屋敷に連れていかれてしまって!」

「! 俺が煎じた薬は昨夜は飲ませていただけましたか?」

「いいえ、何を仕込まれているかわからないと貴方の作ってくれた薬は捨てられてしまったわ。やっぱりあの薬でないと不味いの?」

「……俺が与えていた薬は一時的に霊力を高める裏鬼道にも伝わる薬でした。ここ数日の時弥様の不調は術かなにかによるものと考えそれへ対抗する為に飲ませていたのです。ですが、それが無いとなると少々不味いかと」

 

薬の効果と俺の考えを聞いた庚子様の顔が青くなる

俺も一体何者がどういった術をかけているのかはわからないがこのままでは時弥様の命そのものが危ない

呪詛返しを行うことも、既に呪詛返しを行っているからこそ追加で行うことの難しい長田様に頼むことも出来なかった俺が出来た苦肉の策がこれ()だったが今から用意して間に合うかどうか

ならば俺が取るべき選択は──

 

「そうだわ、時麿兄様の部屋!お父さまから直接教えを受けてたあの人の部屋なら何か解決策があるかもしれないわ!」

「……確かに。私の知らない術が書かれた物があるかもしれません。では急ぎましょう、いつ幻治様達が屋敷へ戻るかもわかりません。では、失礼を」

「え、きゃっ!?」

 

 

 

彼女を先に村から逃がす

庚子様と共に屋敷へ向かうと決めた俺は庚子様を横抱きで抱きかかえ太陽が落ち始めた道を駆ける

もう確実に時間がない。結界も、時弥様も、いや、この哭倉村そのものが限界が近いのかもしれない

逸る気持ちを速度に変えそれでも庚子様が苦しくないよう細心の注意を払いながら俺は屋敷に急ぐ

 

 

 

「止まって、端場。時麿兄様の部屋、誰かいるわ」

「この気配は……沙代様でしょうか」

 

 

いつもよりだいぶ人の少なくなった屋敷に忍びこみ時麿様の部屋まで進むが中に人の気配を感じ注意しながら襖を開き中を確認する

 

「庚子叔母様!?なんでここに……」

「沙代さんこそ、ここで何をしているんです?ここは時麿兄様の部屋ですよ」

 

謹慎させられていることも知っていたのだろう。予想外の人物が来たことに驚いてる沙代様だが彼女もここで何か調べていたのだろうか

 

「……お母様には内密にしていただけませんか」

「私達もここに調べ物があって来たのです。沙代さん、あなたも探していたのなら知りませんか?時麿兄様の記した本に「庚子様!」え……?」

 

庚子様を抱きしめ庇った背中が熱い

沙代様から出てきたあれは狂骨なのか?

とにかく今は逃げないと間違いなく殺される!

 

「お母様から命じられてきたんですね……。あなたも、私の邪魔をするなら!」

「ぐ、ぅっ……!庚子様一旦退きます!」

 

突然の沙代様の暴走に呆然としている庚子様を再び横抱きにし煙玉で煙幕を放ち沙代様が怯んだ隙に屋敷の奥へと逃走する

あれは不味い。あれに追いつかれたのならまず間違いなく俺は勝てない。庚子様も殺されてしまう。それだけは避けなければいけない

 

「は、端場!止まって!私を庇って貴方また傷が!」

「今は治療より逃走が先決です!あれにまた見つかれば今度こそ助かりません!」

 

傷から流れ出る血も囮としてどの道を通ったかもわからぬようにいくつもの床や壁に垂らしなんとか撒いたであろうと判断した所で手近な部屋に入りそこでようやく庚子様を降ろした

 

「はぁ……はぁ……ここまで来れば、ひとまずは、大丈夫かと……」

「と、とにかく貴方の血を止めないと!包帯、包帯を探して、いえこの着物を割けば……」

「大丈夫ですよ、念の為、薬と共に持ってきておりますので……。ですが、巻くのを、手伝っていただいても……」

「わ、わかったわ!」

 

長田家の家を出る前に持ち出していた私物の包帯と止血薬、痛み止めの丸薬を懐から取り出すと上の服を脱いで庚子様に手伝ってもらいながら傷口へと止血薬を塗り包帯を巻いていく

見苦しいものを見せたうえ主人に手伝わせるなど本来なら仕置物だが緊急時の生死の瀬戸際故に目を瞑ってほしい。あ、ほんとに目を瞑って包帯巻くのはやめてください庚子様?

 

「端場!貴方こんな馬鹿な事をして!こんなにも血を流して……私を庇って、貴方が死んだらどうするのよ……」

「はは、申し訳、ありません……。ですが、それならそれで本望かと……」

「馬鹿!私は貴方も時弥もいない世界なんて嫌よ!」

 

痛いです庚子様。流石に包帯キツく絞めすぎですもう少し緩めてくださいお願いします

 

 

「これで、一先ずの処置はできました。ありがとうございます、庚子様」

 

応急処置でしかないが痛み止めの丸薬も呑み少しは動けるようになったと判断すると傷だらけになった上着を着直し庚子様へと頭を下げる

 

「それで、どうするのこれから。お姉様どころか沙代さんにも出会すわけにはいかなくなったのなら時麿兄様の部屋にまた行くのも危険になってしまったわ」

「………私としては、今は一種の好機ではないかと思っております」

「まさか、この村から逃げるつもりなの……?」

 

俺の言葉の意味を一瞬で察したのか庚子様は目を丸くする

だが今しかないのだ、逃げるのなら

 

「結界が破られても、張り直された後でも逃げるのは遅いのです。この混乱の最中、裏鬼道も出張り監視の目が少なくなっている今ならたとえ逃げても見つかる可能性は絶対ではありません。時弥様は私が助けに向かいますので貴女1人だけでも」

 

破られれば狂骨に、張り直された後なら裏鬼道に、どちらにせよ今を逃せばこの村を脱し逃げ切れる道はない

 

「……私も逃げ出せるならこんな場所からは逃げ出したいわ。でも、それは時弥も貴方も一緒でなければ嫌。あの子を取り戻して貴方と、3人で逃げるの」

 

ああ、わかっていた。彼女がこういう人だとは

だがだからこそ俺は──

 

彼女を村から逃がす

命を賭ける価値がある

 

「承知しました。時弥様を取り戻し共に出ましょう、この村を」

 

 

 

治療を終え方針を決め、気がつけばもう外は夜の帳が降りていた

結界の限界も近い筈なのに夕刻を最後に止んだ龍哭の揺れに怪訝に思いながらも辺りを慎重に伺い庚子様と共に窖に続く道のある工場の入口へと入っていく

 

「窖の底、時弥はそこにいると?」

「予測ですが、一番可能性は高いかと。結界を張り直すにも術に慣れていない者ならば直接その場に行く必要がありますので」

「でもそこにはお姉様や……あの人も」

「ええ、ですから先に降りていったと見えるよそ者、水木ともう一人の男を味方に引き入れます。時弥様には心を許していたあの2人なら事情を話せば聞き入れてくれるかと」

「沙代さんは……?」

「……賭けになってしまいますが、時弥様を救う、これをわかってもらえるように説得する他ないですね」

 

すぐに降りるつもりだったが地下で何か強大な気配を感じそれが無くなりしばらくしてから降りてみればそこはむせ返るような血の匂いの中、地獄絵図が広がっていた

 

「お、お姉様……幻治さんも……」

「…………」

 

乙米様も、長田様も、裏鬼道も、ここに務めていた村人達も、全てが血の海に沈み事切れた死体となっていた

死体にはどれも幾つもの噛み跡が見られその歯型は人間、いや屍人にされたMの材料達のものによく似ていた

俺は死体達を一瞥しそのうちの1つを別の死体のすぐ側に移動させると庚子様の方へと振り返る

 

「行きましょう、庚子様」

「で、でもお姉様達は……」

「ここでは全員を埋葬する時間も場所もありません。時弥様の事を考えるなら急ぐべきです」

「そう、そうよね……ごめんなさい、お姉様」

 

震える庚子様は顔を青く今にも吐きそうになっていた

無理もない、この方は時麿様の死体も、丙江様の死体も見てはいないのだ。死体に耐性などついていない状況でこれを見て失神も嘔吐もしていないだけ上出来なのだ

ここに着くまでよりも弱々しくなった足取りでも一歩踏み出したその身体を抱き寄せて支え開かれたままの扉の先へと進む

 

 

長田様、せめて(死後)は乙米様と共にお眠りください

俺もそのうちそちらに行きますから

 

 

 

 

長い長い鳥居の続く道を行く

少しでも早く着くためにと今日何度目かもわからぬ横抱きで庚子様を運び駆けるが通常時ならともかく疲労困憊の怪我人である今の状態では思うように速度も出ない

 

それでも腕に感じる庚子様の為にとなけなしの霊力気力を振り絞り脚を動かしもう何本目かもわからぬ鳥居の下をくぐっていく

 

「さ、さっきから龍哭とは違う揺れが続いてるわね……」

「はぁ、はぁ、恐らく、これは戦闘の音かと!よそ者達と、何かが戦ってるのでしょう!」

 

息も絶え絶え返事すらままならない

支え続ける腕も力が入りづらくなってきた

痛み止めも切れてきたのか身体中の傷が痛む

けれどこの方を、あの子の下へ届けなくては

俺などどうなってもいい、それでも庚子様と時弥様を会わせるまでは!

 

 

そうして走り続けようやく窖の底へと入る為の門が視界に入ったその時 鏡の割れるような音と共に魂にまで響く息の根も止めるような凄まじい咆哮が響き思わず脚を止めてしまっていた

 

「は、端場……い、今のは……端場?」

「お逃げください、庚子様」

「え……」

 

庚子様を降ろし元来た道の方へと促す

俺はその場で門の方へと向き直り懐にある最後の丸薬を噛み砕き呑み込む

さっきまでの熱に浮かされたような頭から熱が抜けるように冷静な思考が戻って来る

 

「もう時間切れです。結界が破られた以上ここにも狂骨は来ます。さぁ、お早く」

 

薄々わかってはいたことだ

工場のあの凄惨な跡、幼い時弥様が結界を張り直せる可能性、よそ者2人が結界の維持なぞ手伝ってくれるわけもないこと

本当に庚子様の事を思うならばあの提案をした時に無理やりにでも外へ連れ出してしまえば良かった

けれど俺は連れてきてしまった

時弥様という希望を捨てきれさせず騙すようにここまで連れてきてしまった

 

(庚子様と共にいられる時間を少しでも伸ばしたいと浅はかな欲望が出てしまっていたか。(想い人)を死地に連れてくるなんて本当に愚かな男だな俺は)

 

「約束も守れぬ不忠者で申し訳ありません。どうか貴女1人でも生き延び──庚子様?」

 

パシンと乾いた音が響く

丸薬の効果で麻痺した痛覚では理解が遅れたが俺は叩かれたのか、庚子様に

庚子様の顔を見れば泣いている。けれどその怒りも怯えも混じった表情はお側に侍るようになって初めて見た顔だった

 

「馬鹿言わないで!今さら私1人で逃げられるわけがないでしょう!私1人、生き延びたところで……なんの意味があるっていうのよ……」

「庚子様……」

 

「私の味方であり続けるって言ってくれたじゃない……なら、最期まで一緒にいなさいよ……」

 

何も言えなかった

俺を抱きしめ泣く彼女の幸せを祈りながらも俺は彼女の心を汲もうともしなかった

やはり俺では彼女を幸せにすることは出来ないのだろう

それでも俺は──

 

「申し訳ありません、庚子様」

「端場──」

 

彼女の身体を突き離した

俺を抱きしめる彼女の身体を抱きしめた

 

 

本当の忠臣ならそれでも生き延びてほしいのだと彼女の心を拒みここで彼女を突き離すのだろう

彼女に未来を残すのが正解なのだろう

それでも俺は最期まで共にいてほしいという彼女の願いを手にとってしまった

これも俺の浅ましい欲望のせいだろう

ずっと共にいたいと思っていた、ずっと一緒になりたいと思っていた、ずっと──愛を告げ結ばれたいと思った人の言葉を無下に出来る筈もなかった

 

「共に逝きましょう、庚子様。死した後は亡霊となってでも時弥様を見つけ出してみせます。ですが私は元より地獄に落ちる身、見つけ出したその後も貴女と共に行くことは出来ないでしょう」

「大丈夫、私も龍賀の娘でありあの子の母。探すのも地獄へ行くのも一緒よ」

 

自分の頬にも涙が伝う

死後も貴女と共にいれる

そんな救いをこんな外道に堕ちた自分に与えてくれるというのか

夢ならばこの時間を覚まさず永遠に過ごしていたい

けれどもう終わりが近づいている

聞こえるのだ、門の向こうから怨みのこもった狂骨達の声が

ならば夢の終わりにせめて最期にこれだけは伝えねば

 

 

「庚子様、長年あなたをお慕いしておりました。私──いえ、俺はあなたを愛しています」

 

 

「ええ、私も。あなたを愛しています、薬人」

 

 

あの日見た見惚れるような美しい笑みを浮かべ俺と庚子様の唇は重なり──

 

 

怨嗟の声の中俺の意識は闇に途切れた




続きは明日となります
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