ただ庚子様を幸せにしたかっただけのモブ裏鬼道   作:リョウタロス

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零課様、メンマ様評価ありがとうございました

ここからは庚子の視点となります

※予約投稿時間を一部間違えておりました申し訳ありません




あなたがいたから

彼を(端場 薬人)として認識したのは私がお爺さまの相手をさせられるようになってからのことだった

 

龍賀の女は当主に身を捧げるのが映えある務め

そんなくだらない決まりの為に私の初めてはお父さまに奪われた

 

勿論この事を知ってるのはごく一部の者のみ

だから情事を終えた後の処理や着替えを持ってきてくれるのもその一部の者になる

裏鬼道である彼はそんな一部の中の1人だった

 

「こちら着替えになります。湯は既に張っておりますので」

「…………」

 

新しい服を持ってきて汚れてしまった身体を清める為の湯の準備も出来たことを伝えに来ただけの彼

あの時は初めてを奪われてまだ呆然とした状態で返事も出来なかったけれど血が出そうな程に握りしめた手が見えて少し気になったから離れる時に横顔も少しだけ覗いたの

その時に見えたのは身体を震わせ必死に歯を食いしばって何かを我慢して泣きそうなのに怒りを溢れさせたような怒りも悲しみも混じったようなそんな顔

 

お姉様達よりも出来が悪くて期待もされていない私にもこんな顔をしてくれる人がいるんだと思ったわ

誰も私を見てくれない世界の中で私だけを唯一見つめてくれる存在がいるのだと私の中で彼は仕えている中の1人から1人の人間として認識されるようになった

 

それからはまた私を私として見てくれるその顔が見たくて、名前も知らない彼とまた会いたくて当時はまだ結婚していなかった幻治さんにお願いをして私が相手をする日の番の役割は必ず彼にしてもらっていた

 

今思えば彼にはだいぶ酷な真似をしてしまったと思う

なにせ想い人がその親に犯されている音を戸一枚隔てたその先で聞かされることになるだなんて何かの罰か拷問でしかない

お父さまも幻治さんもそれをわかったうえで私のお願いを聞き入れたのでしょう。特にお父さまはその方が愉しめるからという理由で

 

それでも情事が終わった後、彼の顔を見る事がその時の私にとっての数少ない救いだった

私を見てくれるあの人といつか語りあわよくば恋仲になった妄想なんてものをしたこともあった

 

けれど私が孕んだ事がわかった途端、お父さまの命令で私は幻治さんと結婚させられることとなった

既に入り婿の克典さんと結婚しているとはいえ乙米姉様とあの人は互いに恋慕っているのを知ったうえでの命令

けれど私には逆らう事も、異を唱える勇気を出すことも出来ないまま私の姓は龍賀から長田へと変わった

 

それから少しして私に使用人という名目で護衛が付けられるようになるという話が幻治さんから私の下に届けられた

 

「護衛、ですか……」

「ええ、私の部下から1人、庚子様の下に付かせます。表向きは使用人という形ですが私がいない間、貴女を守る者は必要ですからね。今の貴女は貴女お一人の身体では無いのですから」

 

幻治さんの言葉があの忌まわしい種で私のなかに授かってしまった事を自覚させ今にも吐き出してしまいそうな気分になる

けれど続く言葉がそんな吐き気すら吹き飛ばし私の心に光明を差し込ませた

 

「そしてその護衛役には以前貴女が私に願い使命したあの男を就かせます」

「え──あの、彼が?」

 

夢ではないかと思った。目の前の幻治さんは名前の通り幻で実は自分は狐かなにかに化かされているのでは?とすら考えてしまう

あの私を見ていてくれた彼と、あの短い時間しか共にいれなかった彼と常に共にいられる

そんな希望に満ちた言葉と想像に私の心は舞い上がり期待に胸を膨らませる

 

「しかしあまり信用し過ぎないように。この護衛の任はその男からの提案によるもの。上手く貴女に近づき取り入ることで自分の立場を確実なものとするため利用しようとしているかもしれません。いや、案外貴女の身体が目当てという可能性もありますね」

「え……」

 

冷や水を浴びせられる、というのはこの時の気分の事を言うのでしょうね

浮かれていた私の心は幻治さんの続けた言葉でまっ逆さまに叩き落とされ上げていた熱が氷のように冷やされる

ああ、そうだ。確かに思えば自分は何も彼の事を知らない。なにせ知っているのは顔くらいのもの、名前すら知らずまともな会話だってしたことはないのに、と

 

「くれぐれも入れこみ過ぎないように。気をつけてくださいね」

 

幻治さんの言葉に返事も出来ないままその時の私は痛む頭を押さえて頭のなかで自問自答を繰り返すことしか出来なかった

 

 

そして彼が来てくれたのは話をされたその翌日──

 

端場 薬人(はしば やくと)と申します。これよりしばらく庚子様のお世話をさせていただきます」

 

私の前で膝をつき"どうぞ よろしくお願いいたします"と頭を下げる彼を見ても私の心は昨日までのような熱を持てず私を狙う獣か寄生虫のようにしか感じられなかった

 

「え、ええ、よろしく頼みますわ……」

 

私の身体が目当てかもしれないと聞いた時にはぞわりとした悪寒が身体を走り彼もお父さまの同類でしかないのだろうかという疑念が頭にこびりついて離れないのだ

その日私は寝所でもいつあの男が潜りこんでお父さまと同じことをしてこないかと心配で怯える兎のように震えて一睡もすることも出来なかった

 

 

そんな風に私にとって最悪のはじまりを迎えた彼を側に置いての生活は私が勝手に抱いた疑念のせいでしばらくは本当に酷いものだった

 

不安のせいで眠れずふらつく私を彼は支えてくれたけど怯えてしまった私は驚いて飛び退いたりわざと彼から少しでも離れる為に家に材料のない料理を食べたいと言って買いに行かせたり警戒の為に鳴子を作らせ寝所の戸に仕掛けたら鳴らしたのは珍しく帰ってきた幻治さんだったり

 

本当に、本当に色々と迷惑をかけてしまったけれど彼は嫌な顔は1つもせずに私を労り続けてくれた

そんな彼に私もどんどんと心を許してしまっていたけれど、なにより私の前ではころころと素直に感情が顔に出る彼を見ているうちに彼を疑う気になれなくなってしまっていた

私に拒絶されれば捨てられた子犬のような悲しそうな顔をし、褒めたり提案を受け入れれば顔を輝かせ、私が美味しそうにご飯を食べたり穏やかに過ごしてるだけでも慈愛を感じるような優しい笑みを浮かべてくれる彼

そんな彼と共にいる時間は不安で眠れもしないものから穏やかで安心できるものへと変わっていったわ

 

妊娠が進んでお腹が大きくなりはじめていくと彼の気遣いや私への労りはさらに増え、出産経験のある女性達にも聞いてまわったらしくて身重の私が立ち上がりやすいようにと家に似合わない洋風の椅子や机を用意したり動かなくても暇を潰せるようにと村の外での仕事をこなしたついでに私の趣味に合いそうな本を買ってきてくれたり妊娠中でも食べやすいものを作ってくれたりと他にも沢山の事をしてくれて今でもその時もらった物は思い出の品として大事にとっておいてある

 

けれどそんな彼も時折怖い眼をしていた時もあった

夜中にぼろぼろになって帰ってきた時や時折私のお腹を見た時の眼、まるで最初に会った時のような、いえそれ以上に怒りを感じる眼

すぐに隠していつものように彼は振る舞っていたけれどこのお腹の子が誰の子か知っているからこそのものなんだと私でもすぐに察しはついてしまった

 

─そして初めて会った時のあの表情も

──彼は私の為に怒りを向けてくれてたのだと

───私を私として貴方はずっと見続けてくれたんだと

 

─貴方が私が求め続けていた人なんだってわかったの─

 

 

 

それを理解してからは私はより一層彼に身を預けるようになっていたわ

あの人(幻治さん)の言葉で刺さっていた疑念も消え去って最初の頃の彼を疑っていた日々を後悔しながらも私を本当に見ていてくれると確信できる彼を信じ甘える幸せな日々を過ごして──

 

そうして時弥を産んだのよね

 

あの子を取り出すまでは痛くて苦しくて端場の手をずっと握り続けてた。痛みで力一杯握ってた筈なのに彼はそんなこと気にもせずに私を応援し続けてくれてたのはあの苦しかった中でも覚えてる

 

無事に産めたあの子を見た時は複雑な気持ちもあったわ

お父さまに孕まされ産んだ子。けれどこの子には何の罪も無い、男の子だから私のような目にあうことも無い

私がお腹を痛めて産んだ可愛い子を抱いてこの子の幸せを願うと自然と笑みが浮かんでいた

 

気づけば隣にいた端場が何故か泣いていたけれど彼も泣きながらこの子を護ると言ってくれたら私も連られて涙が出てきちゃってたわね

 

 

お父さまが名付け親となり時弥と名付けられたあの子は身体も弱くて度々熱を出しては死にかけるようなこともあった

そんな時は端場がすぐに自分で用意していた薬を飲ませてくれて医者を呼ぶ前に治療を施してくれるからすごく助かっていたわ

 

お互い子育てなんて初めてで経験者の人達にまた色々と聞いては試しての繰り返しで、大変だったけど本当の夫婦みたいで楽しかったわ

私がお乳を時弥にあげる度に彼は顔を赤くしてこっちを見ないようにして。可愛らしいのが2人もいた気分にもなったもの

 

 

そうやって時弥も大きくなって1人で動けるようになると今度は木彫りで玩具まで用意するようになって、積み木や木馬、あの子はもう乗らなくなっちゃったけど土蔵に今でも残ってるあれも大事な思い出ね

 

 

あれから時弥も大きくなって、3人で色んな事をしたわよね

小舟に乗って湖から村を見たり洋館のテラスで食事をしたりお正月には年始の挨拶や儀礼を済ませた後で端場が他の人と組んですごい速さで餅つきしたこともあったわね。あの時のお餅、時弥もすごい喜んで食べてた

 

身体の弱い時弥の為に室内でも遊べる物を買ってきてくれたり外に遊びに出るときもあの子が退屈しないように肩車なんかしたりしてくれて貴方はずっと私だけでなく時弥も大事にしてくれて嬉しかった

 

外に出ることもできないこの村の中だけの暮らしでも私は幸せだった

 

 

……その幸せもこの1週間で本当に全てが終わってしまったけれど

 

お父さまが死んで、時麿兄様、丙江姉様、乙米姉様、あの人もどんどんと死んでしまって時弥もいなくなってしまった

 

きっと葬儀が終わった後の話をした時貴方がぎこちなく笑ったあの時からもう色々と崩れはじめてしまったのでしょうね

 

それでも私も頑張ったのよ?

貴方が隣にいたから、時弥を簡単に渡したくなくて貴方の袖を掴んでほんの少しだけだけど乙米姉様に反抗をして

あの時、貴方の袖を掴んでるのを丙江姉様にもあの人にも見られて変な目で見られちゃったわね

 

丙江姉様が死んで乙米姉様の部屋に行く前の会話、覚えてる?

貴方が私の味方であり続けるって言ってくれたのとても嬉しかった。私が貴方も時弥も守らなきゃって覚悟を決められた

私と時弥、そして貴方との幸せの為にも、たとえ乙米姉様でも幻治様でも、好きなようにさせはしないって

 

だから私なりに乙米姉様の真似をして上に立とうとしたけど、やっぱり駄目だったわね

私のせいで貴方にいらない疑いをかけられて酷い傷まで負わせて本当にごめんなさい

 

怖かったわ。もう貴方と一生会える事はないんじゃないかって。私のせいで貴方が殺されてしまうんじゃないかって

時弥まで連れていかれて心細くて一日中泣いてしまったもの

 

あの鼠顔の子を見つけられたのは本当に運が良かったわ

他の人に用があったのでしょうけど彼はちゃんと仕事をしてくれて貴方は私の元に帰ってきてくれた

 

でも沙代さんの時にも私のせいで貴方にまた傷を負わせてしまった

私が彼女にかける言葉を間違えてしまったせいで彼女を刺激してしまった。貴方の言うように時弥を守りたいからと先に言っておけば良かったのに

 

私が覚悟を決めてなにかをやろうとする度に空回りして貴方を傷つけることになって、本当に馬鹿な女でごめんなさい

 

それでもここまで着いてきてくれてありがとう

 

お父さまに犯されていた時も、時弥を産むまでの間も、産んでからも、貴方だけが私を支え続けてくれた

あの人が常に乙米姉様の下に侍っている時も、時弥を産んだ時も、辛い時は常に貴方が側に寄り添ってくれて楽しい時には必ず貴方や時弥がそこにいてくれた

貴方と時弥だけが私の全てだった

 

こんな私を好きでいてくれてありがとう

愛してくれて幸せでした

最期にあなたと愛を結べて私は幸せ者です

 

 

 

「端場……もう眠ってしまったの……?」

 

 

冷たくなった彼の身体を狂骨達に奪われないよう抱きしめ続ける

口付けをしてくれた時の体温はもう彼には残っていない

彼の喉笛から流れた血が私を汚しその冷たさが彼の死を物語っていた

 

狂骨達は私にも群がるけれど私も龍賀の一族だからだろうけど彼の言うところの霊力により殺されていないだけなのだろう

それでも影響はもちろんあり先程まで走馬灯のように思い出していた彼との思い出が少しずつ失くなっていく感覚がある

 

「孝三兄さんみたいにする気なのね……。でも、私はいや。彼との思い出は、薬人の事は忘れたくない!」

 

彼の重くなった身体を引きずるように崖まで運んでいく

共に死のうと約束したことまで忘れる前に、なにもかも失う前に私は逝くしかなかった

 

そんな時に1体の狂骨が私にまとわりついていた狂骨達を追い払い私の身体に恐る恐る触れて涙を流しはじめた

 

「カア……サマ……」

「時弥?時弥なの?」

 

こくりと頷く狂骨に右手を伸ばし抱きしめた

死んでこんな姿になってそれでも私を助けようとしてくれた我が子に涙が止まらなかった

 

「ごめんね!お母さん貴方を守れなくて!迎えに来るのが遅くなって、本当に……ごめんね……!」

「ウウ……ウアアアア……!」

 

共に涙を流し謝りながら抱きしめる

変わり果ててしまったとしても時弥を離したくないが既に他の狂骨達がまた集まってきてしまっている

私は時弥から離れると彼の身体を抱きしめたまま崖の淵に立つ

 

「時弥、私もすぐに逝くから待っててね」

「カアサマ……!」

 

最期に笑って私の身体は彼を抱きしめたまま深い深い谷底へと落ちていく

そんな落ちる中でも愛する彼とあの子との記憶を思い出せるだけ思い出しながら

 

ぐしゃりという音と共に私の意識は闇に途切れた




次のエピローグで終わりとなります
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