艦隊これくしょん ~進化の因子宿す少女たち~ 作:玄武の使者
――鹿屋基地 港―――
「第3艦隊旗艦朝潮、無事に帰投しました。」
「ああ。通信が途絶した時は何事かと思ったが……」
「申し訳ありません。」
「詳しい事情は後で聞こう。それよりも、その艤装は……」
蔵馬提督は朝潮が背負っている艤装を見つめる。
彼女の艤装は一般的な朝潮型のモノとはかけ離れた形状に変化している。
さらに言えば、今の艤装はどの艦娘の艤装と一致しない。
「私にもよく分かりません。司令官も御存じないのですか?」
「ああ。艤装に関しては分からないことが多いからな。
だが、装着した艤装が勝手に変化するという事例は聞いたことがない。」
「艦娘の艤装はオーバーテクノロジーの塊みたいなものですからね。」
大鯨の言葉に提督と朝潮は同意する。
深海棲艦を倒すことができる艦娘の艤装は妖精にしか作ることができない。
妖精の技術力は人間のソレを超越しているので生み出された艤装はオーバーテクノロジーの産物である。
しかも、妖精は製作過程を頑なに秘匿しているので妖精の力を借りずに作ることは不可能だ。
一応、艤装に関する研究は行われているもののまったく分かっていない状態に近い。
「おっと。それについては俺から説明させてもらうぜ。」
「工廠長。何か知っているのですか?」
「ああ、知ってるともさ。朝潮嬢ちゃんの艤装が変化したのは“Pandora”っていうプログラムのせいさ。」
「「「“Pandora”(ですか)?」」」
「おう、正式名称は自己進化プログラムって言ってな。
その名の通り、艤装そのものを変化……いや、進化させることができるのさ。
上手く行けば駆逐艦でも砲撃戦で戦艦を葬り去ることもできるようになる代物だ。」
工廠長の言葉に3人は驚いた。
艦娘の艤装には第2次世界大戦期の軍艦に搭載された装備を小型化して搭載している。
多少の拡張性はあるが、駆逐艦に戦艦の主砲を搭載できないというような縛りが存在する。
それ故に火力の限界があり、駆逐艦では砲撃戦において戦艦に勝つのは不可能というのが鎮守府での常識。
しかし、【Pandora】が工廠長の言う通りの物ならば、その常識をぶち壊すことができる。
まさに夢のようなプログラムだ。
「言っとくが、俺が作り上げた訳じゃねえぞ? 詳しい仕様は俺も知らん。」
「……いつもながら妖精の気紛れっぷりには頭を悩ませるよ。」
そう言って、提督はため息を溢した。大鯨も朝潮も苦笑いを浮かべている。
鎮守府で工廠娘――工廠長が統括する艤装の製作に携わる妖精のこと――の気紛れっぷりは有名だ。
建造(艤装を作ること)や開発(装備を作ること)は工廠娘に資材を渡すことで行われる。
しかし、工廠娘は必ずしも提督が望む物を作ってくれる訳ではなく、作られる物は担当者の気分で決まる。
一応、渡す資材を調整することである程度は絞られるが、結局は妖精の気分次第なのだ。
「取り合えず、工廠長。その開発者から詳しい仕様を聞き出してくれないか?」
「ああ、いいぜ。今日は気分が良いからな。どんな頼みでも引き受けてやるよ!!」
「感謝する。それと、朝潮には通信途絶後の詳しい事情を聞きたいのだが……」
「提督。朝潮ちゃんも疲れてると思いますし、一先ず休憩させてからでも遅くないのでは?」
「大鯨の言う通りだな。そう言う訳だ、朝潮。
2時間後に執務室まで来てくれ。そこで詳しい報告を聞こう。」
「了解しました。」
蔵馬提督と大鯨は一足先に鎮守府庁舎へ戻る。
2人を見送った後、朝潮は艤装を外すために工廠長と共に第2工廠へと向かった。
―――鹿屋基地 執務室―――
第2工廠で艤装を外し、一風呂浴びた朝潮は言われた通りの時間に執務室にやって来た。
「さて、報告を聞こうか。」
「はい。」
朝潮は通信が途絶してしまった後の出来事の報告を始めた。
深海棲艦との戦闘を終えた帰り道、駆逐艦4隻と軽巡2隻から成る敵艦隊の奇襲を受ける。
6隻からの魚雷を受けた雷、電は大破してしまい、意識不明。そのまま戦闘に突入。
その後、暁と響の2人が中破し、このままでは全滅すると考えた朝潮が殿となって4人の撤退を援護。
そして、単独で奮戦するも敵の数には敵わず轟沈。運良く【Pandora】が発動し、生還。
それが鎮守府帰還までの大まかな流れである。
「まるで漫画のような出来事だな」
朝潮の報告を聞いた提督はそんな感想を漏らした。
「そうですね。今回は本当に偶然に偶然が重なった結果です。」
基本的に轟沈した艦娘を助ける方法はない。
緊急ダメコンを搭載していれば轟沈は免れるが、そう簡単に手に入る物ではない。
【Pandora】が運良く起動し、ダメコンのような役割を果たしてくれなければ、朝潮も海の藻屑となっていただろう。
「朝潮、明日の遠征はキャンセルだ。その代わり……」
「新しい艤装の性能テスト、ですね?」
提督は首肯する。
「大鯨。天龍、龍田に伝言を頼む。
出撃を取りやめて、朝潮の代わりに遠征に行ってもらう」
「分かりました。」
大鯨が伝令のために執務室から出て行き、それほど広くない部屋に提督と朝潮だけが残される。
「……こうして2人っきりで話すのも久しぶりだな。」
「そうですね。大鯨さんに秘書艦を譲ってからは初めてかもしれません。」
朝潮はそう言いながら、近くにあった椅子を持ってきて提督の対面に座る。
普通なら怒られるような行動だが、蔵馬提督は特に咎めるようなことはしない。
顔つきから厳格な人に思われがちな彼であるが、実際はフランクな人間なのだ。
それを知っているのは初代秘書艦である朝潮と2代目秘書艦の大鯨ぐらいであろうが。
「それにしても、深海棲艦が奇襲か……。相手も段々と悪知恵が働くようになったものだ。」
「敵に学習能力がなければ、戦いがここまで長期化することはありません。」
「そうだな。」
朝潮の言葉に提督は相槌を打つ。
深海棲艦も最初は猪のように我武者羅に攻撃を仕掛けてくるような単純な行動しかしなかった。
しかし、艦娘が現れて何度も戦闘を重ねる内に敵も戦術という物を学習していき、戦いは今日に至る。
今では戦線が膠着状態に陥っており、状況がほとんど好転していない。
「しかし、奇襲戦法とは厄介な戦術を身に付けたな。」
「電探があれば便利ですが……」
「生憎と、潤沢な資材があるわけではないからな。」
蔵馬提督はため息を吐いた。
電探は正式名称を電波探信儀と言い、簡単に言えばレーダーの一種である。
これがあれば敵をいち早く発見したり、正確な砲撃を行うことができるようになる。
しかし、開発には多くのボーキサイトが必要になるので資材不足気味の鹿屋基地で開発するのは難しい。
他の鎮守府では、意地でも電探(その中でもレア度が高い電探)を開発しようとした結果、資材が枯渇したという話もちらほら報告されている。
「そういえば、訓練校から連絡が入った。神通の“
「私に続いて二人目……いえ、正確には鹿屋基地初めての“
「ああ。だが、生憎と神通の艤装は手元にないから着任は遅れそうだ。」
そう言った後、提督は「まったく……あの気紛れ妖精め」と小さく愚痴を言う。
ここで艦娘がどのようにして誕生するのか説明しよう。
各鎮守府が行っている適性検査をパスした少女たちは鎮守府内にある艦娘候補生育成訓練校に入学する。
数カ月に渡るカリキュラムをクリアした卒業生は艦娘候補生として鎮守府に登録される。
その後、艤装が完成次第、鎮守府に着任するという流れになっている。
訓練校に入学する少女の中には第2次世界大戦期に活躍した軍艦の記憶を受け継いでいる者が居る。
その軍艦時代の記憶を受け継いだ少女のことを【
鹿屋基地のエースである朝潮もこの【
【
しかし、【
さらにいえば、記憶を受け継いでいても、その記憶に蓋がされたままの場合があるので見つかるのは稀なのだ。
閑話休題
「―――っと、つい話しこんでしまったな。」
「そうですね。では、そろそろ部屋に戻ります。」
椅子を元の場所に戻して執務室が退出しようとする朝潮。
ドアノブに手を掛けた瞬間、蔵馬提督が再び口を開いて言った。
「朝潮。無事に帰ってきてくれてありがとう。」
恐い顔つきに似合わない優しそうな笑顔を浮かべる提督。
そんなに彼に朝潮もほほ笑みを浮かべた後、何も言わずに退出してしまった。
「……あんまりお姉ちゃんを待たせるもんじゃねえぞ。」
蔵馬提督は執務室で1人呟いた。
【Pandora】の説明まで入れるつもりでしたが、次回に持ち越すことにしました。
艦娘について補足しておくと……訓練校を出ると、すぐに艦娘になれる訳ではありません。艤装の個数に限りがあるので空いている艤装がなければ、候補生のままです。
9月5日 朝潮の提督の呼び方を「提督」から「司令官」へ変更。
なお、ゲームでは一人称は「朝潮」ですが、ここでは「私」にしています。