[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
ハスミさんと入学式
ゲマトリアが組織として「崇高」の具現に失敗し、マエストロは岐路に立っていた。
芸術の完成には、新たなアプローチの模索が必要だった。
「トリニティにおける“太古の教義”について、いまだ私の理解は浅い」
「へ? どったのパパ?」
「キヴォトスの深淵を探るうちに、その存在にたどり着きこそした…… 興味は尽きないが、芸術へ昇華するには資料が満足にそろっていない」
「はぁ」
「我が娘たる人形よ。トリニティ総合学園へ入学し、シスターフッドに所属したまえ。そこでなら私が可能性を感じている“教義”の一端に触れる機会もあるだろう」
「もしかして私に頼み事です? えへへまっかせて! 教義? が何かは良くわかんないですけど? ふふふ、期待しちゃってください! パパ!」
「……期待か。そうだな。無理はするな…… それと、私の事は父と呼べ」
「あい、さー! パパ!」
「……やはり本命は、遺跡群の調査になるか」
「あれ? なんかあんまり信用してないです? なんでー!?」
マエストロはどこか幼く騒がしい声に背を向ける。
子女が入学するにあたって必要になる手配を、脳内で事細かにリストアップして考えながら。
―――
パパからのお願いがあってから幾月か、もろもろの準備に忙殺されておりましたが月日が流れるのは早いもの。
本日、私はトリニティへ入学になります!
高等部1年生として、シワ一つないパリパリの制服に身を包み、入学式の為にやって参りました。
ここは輝かしいトリニティ学園の正門前! ……なのですが……
「入学式の会場、いず、どこ?」
どうしてでしょう、高等部くらいの見た目の、私のような新入生って雰囲気の子がまったくいません。
それっぽい人がいたら適当についてこーって思ってたのに、当てが外れましたねぇ。
みんなスタスタ当たり前のように門をくぐってしまって。きっとそれぞれの行くべき場所があるのでしょう。数人ずつの友人っぽいグループごとにいろんな方へ散っていきます。
案内板とかも、特になし。守衛さんとかも、見あたらず……
「あわわわわ、置いて行かれる! なんかこう時間の流れ的ななにかに! 具体的には入学式の始まる時間に!」
「どうかされましたか?」
「うっきゃあ! びっくり! こんにちは!!」
「はい、ごきげんよう」
心配そうに声をかけてくれたのは、同世代くらいの黒いセーラー服の女の子でした。光を丸く反射する、濡れ羽色のセミロングがチャーミングです。
さらに言えば全体のシルエットも暗めで……って、え? 制服まで黒い! スカートが超ロング! なんで?
「制服改造してる!不良さんですか?」
「……これは正義実現委員会の制服です。この学園で私たちをご存じないということは、やはりあなたが外部転入生の」
「あ、はい! たぶんそれ私です! 高等部から転入になります、遊園アオ! ゆうぞの、アオ、です! 中等部まではアビドスにいたって事になってます!」
「なっている?」
「あっ! アビドスにいました!」
「? 個性的な方ですね」
「えへへー」
個性的だって、誉められちゃった。うれしい。
パパも良く言っています。芸術に個性は必要不可欠だって。まぁ芸術そのものの素養は絶望的だと諦められているんですがね……
「さて、私はハスミと申します。高等部1年、正義実現委員会所属、羽川ハスミです。今年度唯一の転入生の遊園さん…… あなたですね。あなたを案内するように言われています」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。私のことはアオでいいですよ。いやぁ、正直途方に暮れてたので助かりました。転入生ってもしかして珍しいんです?」
「では私のこともハスミと。少し前はあなたのようにアビドスから来る方も多かったようですが、それもここ数年はとんと聞きませんね」
「にゃるほどー。どうりで」
「学園の主要な地理については、会場へ向かい歩きながら説明しましょう。ではこちらへ」
「はーい」
せっかくなので案内という名の世間話を楽しみつつ、ハスミさんの後を追っていきます。おのぼりさんよろしく、歩道の双方にそびえる豪奢で荘厳な建物群を仰ぎながら。
あ、あっちに見えるのがトリニティスクエアの中央噴水かな?おっきいですねぇ。さらに向こうがきっと校舎。
土足で入るなんてとんでもないと思うような建物の、繊細な彫刻が刻まれた手すりに遠慮なく腰を引っかけて雑談する生徒たちに、カルチャーなギャップを感じたり、感じなかったり。
お嬢様っていっても、きゃいきゃい楽しそうなのはやっぱり女の子なんだなぁ。なーんて。
それでさらにあちらには大聖堂が、っとそうだそうだ。
「そういえばハスミさん、シスターフッドって知ってます? 私、優しいシスターさんって昔から憧れで…… できれば所属とかしたいなーとか思って」
「もちろん存じてはいますが……シスターフッドですか。あそこは一般の応募は受け付けていなかったかと」
「え、そうなんですか?」
「はい。優れた才覚とシスターへの適性を持つ者へ勧誘の声がかかるとは言われていますが、判断基準も明確でなく…… 残念ですが、アオさんがこれから相当な頭角を現すようでなければ所属は難しいかもしれません」
「はちゃー、そっかぁ」
これはちょっと困ったぞ。
とりあえず入学まではパパ上とそのお友達がなんとか手配してくれました。だからここからは私自身の手腕で! と意気込んでいましたのですが……
なにより、かなりに珍しいパパ上からの頼みごとです。成功すればそれはもうきっとめちゃくちゃに誉めてくれるはず! だったのですが……
必要なのはアピールでしょうが、なにをすればいいんでしょうね? 優れた才覚……? テストでいい点を採るとか? シスターへの適性……? ボランティアでお掃除とか?
ひゃー、どうしよう。
「さて、こちらが入学式の会場になりますね」
「あ、もうついちゃった。おしゃべり楽しかったのに」
「そう感じてもらえたなら良かったです。実は私も、正義実現委員会としてはこれが初めてのお仕事でしたから、不安にさせてしまっていたらどうしようかと」
「え、そうだったんですか!? とっても丁寧で安心感があって雑談まで楽しませてもらって…初めてでこれはちょっと尊敬ものですよ?」
「ふふふ、お上手ですね。うれしいです。ですがアオさんとするお話は私も自然と楽しくて、だから緊張せずに職務を全うできたのかもしれません。こちらこそ、ありがとうございました」
「え、そんな……でへへ」
照れを笑ったごまかした私ですが、よく見るとハスミさんはちょっとだけ頬が赤くて気恥ずかしそうで、でも誇らしげに微笑んで、先ほどまではずっと引き絞られていた口元から、ぺろりと小さな舌を見せてくれました。
意外なお茶目さんに私がぽけえっと見とれていると、「ごほん!」と一つ、咳払い。
「アオさん。もし今後も何かお困りのことがありましたら、遠慮なくお声かけください。短い間でしたが、これも何かの縁でしょう。……同級生ですからね、次は友人としてお会いできるのを楽しみにしています」
「あ! ではではそのときはもっと砕けて話してくれますか?」
「それは、これからの関係次第でしょう」
「えー、けちです。即答でもちろんって言ってほしかったなぁ」
「ふふふ」
口元へ手を添えて笑うのがサマになっていて、なんかいいなぁと感じました。そんでなんか、こう……がんばろ! って、思いました。
シスターフッドへの道はなんだか前途多難っぽいけど、学友としてハスミさんに見劣りしないトリニティ生に、シスターさんに、私はなるぞと心に誓います。
えいえいおーと胸で呟いて顔を上げれば、キヴォトスの青空と満開の桜が広がっています。とってもきれいで純粋なこの風景も、こうして私を応援してくれているのだから、きっとうまくいきますよね?
―――
これはちょっとだけ昔のお話。
きらびやかな廃墟。そんな矛盾した場所で生まれた私と兄弟たち。
お友達が少ないのは少し気にくわないけれど、でもここには、かつてそこに有ったたくさんの「楽しい!」って感情が残っている。
だからわたし達も楽しく遊んで、遊んで、ずっと遊んで、いくつもの夜が更けてから、ある日訪れた大人は言いました。
「なるほど、この廃墟に刻まれた“喜び”が複製され、繰り返される。名付けるならば、“ミメシス”であろうか。自然発生した芸術は芸術足り得るのか。なるほど、興味深い」
「……あなた、おとな?」
「ほう、人型の個体は口が利けるのか」
「もしかして、パパ?」
「いいや、その認識は間違っている。しかし認識の発生にはすべからく根拠が伴う。無意識であればなおさらだ。私も無意識を認識するという矛盾から始まる芸術を探求した時期もあったが今は――」
「うーん、なんか良くわからないけど、やっぱりパパかも!」
「いいや、お前は私の作品ではない」
「もう帰らなきゃだよね! いっぱい遊んだから! パパと一緒に、お外に帰るー!」
「いや、だから……」
「シロ姉クロ姉! あとついでにゴズ助も! またねー!」
「……」
大きく大きく手を振って、私はパパと一緒に遊園地を出る。
遊園地は、特別な場所。ずっとはいられない、いつかは帰らなきゃいけない、そんな場所。いっぱい遊んだら、おうちに帰って、また特別な日に連れてきてもらうんだ。たとえば、テストでいい点をとったとき、かけっこで一番になったとき、誕生日のとき。
あれ? わたしの誕生日っていつだっけ? 誕生日って言えばプレゼント! ねぇパパ、パパ、わたしね? わたしもね? 銃がほしいの。みんな持ってるのに、私のはないから。あれ? みんなって誰だっけ?兄弟のシロ姉達とは違う、誰かさんな“みんな”、それがどんな人だかは、わかんないけど。
「離れたまえ」
「やだー」
背中に飛び乗って、つるつるの2つの首にしがみついて、わたしは“初めて”おうちに帰った。ゲマトリアっていう、暗くて、じめじめしてて、でも楽しいことのいっぱいある、とっても暖かいおうちへ。
そして物語が始まるのは、それからずっとずっと後のこと。