[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。   作:がくらん

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時系列は不詳です。



おまけ「誰かが見た、少し未来のアオちゃん」
先生と3年生のアオ


 彼が先生と呼ばれる立場になってから、まださほどの時間はたっていない。

 しかし、生来“正しくあるべき”を信条にしてきた彼は、ここ数日どうにか少ない知り合いを頼りながらキヴォトスの各地を巡っていた。

 “彼”は、いや“先生”は、自発的により多くの生徒たちと接することで、自らの負うべき責任をきちんと認識しなおし、心身へすり込もうと努力していた。

 とはいえ……

 

「え!? も、もしかしてシャーレの先生ですか!?」

「うん、そうだよ。よろしくね。えっと良ければ君の名も教えてくれればーー」

「き、きゃー! ごめんなさいー!」

「ああ、待って! ……店員さん、それと私のコーヒー……」

 

 毎日のように動物園から脱走した珍獣のような扱いを受けるのには、さすがにちょっと身にこたえてきていた。

 たった今も、せっかく注文したコーヒーはテーブルには置かれず、ウェイトレスごと厨房の奥に消えていってしまった。

 

 なんの変哲もないカフェのオープンテラス。

 待ち合わせに指定されたその場所で、不意に周囲を見渡せば、そこにいた全ての生徒たちが目の合う直前に顔を背ける。

 先生に届くのは、グループごとで漏れ出たひそひそとした黄色い声のみである。

 

 悪意はない。しかし四面楚歌。

 先生はかろうじて渡してもらえたぬるいおしぼりを、手持ちぶさたに畳み直した。

 

「ハスミ、少し遅れているな……なにかあったのかな……?」

 

 不安に感じるのは相手の身を案じるから……だけではない。

 さらに大きな不安として、ハスミへの配慮が足りていなかったのではないかと、先生は思い始めていた。

 

 先生はトリニティ総合学園を訪れるにあたって、現状この学園の数少ない知り合いであったハスミを頼った。

 シャーレ就任初日の騒動は、たしかにキヴォトスにまだ慣れない先生の度肝を抜いた。

 だが同時に、その場にいた数人の生徒と最低限の交友を得ることができたのは、思いもよらぬ幸運であった。

 

 しかし、案内を頼んだその相手が約束の時間に現れない……

 もしやこれは、シャーレ、しいては連邦生徒会の権力を背景に、無理を言って困らせてしまっていたのではないだろうか。

 連絡の文面では快く引き受けてくれていたように感じたが、あくまでそれは表面上の対応で、本心はひどく億劫に感じていたのでは?

 先生は嘆息を漏らす。ああ、やっぱりこの立場にはまだ……

 

「……慣れないなぁ」

「なにが慣れないんです?」

「うわぁ!?」

「あちゃあ! びっくりさせちゃいましたね! ごめんなさい!」

 

 気がつけば先生の目の前、テーブル席の対面には一人の生徒が座っていた。

 制服が黒い。ハスミと同様に正義実現委員会の所属生徒であろうか。

 その生徒は深い夜空のような群青色の目を細め、快活に笑う。

 

「初めまして! あなたがシャーレの先生であってますよね?」

「う、うんそうだよ。ええっと、君は……?」

「私はハスミちゃんからのメッセンジャーです! 委員会でハスミちゃん、どうしても外せない急なお仕事ができちゃいましてですね…… 「本当に申し訳ないのですが、1時間ほどお待ちいただけますでしょうか」、と! 言づてです!」

 

 先生は会話の途中、伝言が発せられる場面にて、ハスミが頭を下げる姿を、本当に申し訳なさそうをした顔を幻視した。

 メッセンジャーの彼女は、それほどにハスミの口調や仕草を的確に表現してみせたのだろう。

 きっととても良くお互いを知っているのだろうなと、感心する。

 

「そうなんだね、うん、ありがとう。でもそれならモモトークなんかで連絡してくれれば、わざわざその一言のためにここまで来てくれなくても……」

「そ、れ、か、ら!」

「うん?」

「私、たった今から“暇つぶし屋さん”始めました!」

「ひ、暇つぶし屋さん……?」

「そうです! 先生、ただぼーっと待つだけだとちょっと退屈ですよね? だからよければ私、暇をつぶすお手伝いをしちゃいます! その間にあなたと仲良くなれたらなぁって思うんです!」

「そ、そうかい? それならせっかくだし、お願いしようかな」

「わぁい、やったぁ! ふふふそれでは、ハスミちゃんがくるまで1時間、ちょっと短い間ですがーー」

 

 ーーたくさんおしゃべりしちゃいましょう?

 

 先生の目線の先で、彼女のゆるくウェーブしたボブヘアが、傾げる首に合わせてふわりと揺れた。

 目の前で惜しげもなく披露される、「楽しみ!」という感情で100%埋まった満面の笑みを見て。

 先生という異物に対しての物珍しさを感じさせつつも、なんの臆面もなく個人として仲良くしたいと告げる彼女の言葉を聞いて。

 ……今日は来て良かったかもしれないなと、先生の口から、誰にも聞こえないほどの小さなつぶやきがこぼれた。

 

 

ーーー

 

 

 先生は朝一番にいれたコーヒーを机に置いた。

 自分でいれたコーヒーは風味が弱くひどく苦いが、目を覚ますにはちょうど良い。

 このようなルーティンと言える仕草が、近頃はできあがってきていた。ようやく業務にも慣れてきた、ということかもしれない。

 

 時計を見やる。もうすぐ仕事開始の定時である。

 ……定時といっても、多忙がすぎてほぼ時間を問わず働いている先生には、いまいち意味のない事柄ではある。

 だが、生徒にとってはそうではない。もうすぐ、今日のシャーレ当番生徒がやってくる。

 

「お待たせしました! 遊園アオが参りましたよー! 首の長くなった方はいませんかー?」

「ははは、ここに居るよ。もうすぐキリンのようになってしまうところだった」

「では責任をとって、首を切ってつないでちょうど良いくらいに調節してあげます! 私そういうの得意なんですよ! さしあたってはダチョウくらいでいいですか?」

「それではまだ長いかなぁ」

「ではカエルくらい!」

「それでは首がなくなってしまっているね」

「あちゃー!」

 

 気が置けない雰囲気の中、適度な笑い声が朝のシャーレに響く。軽快な会話のリズムが心地よい。

 彼女、遊園アオとは知り合ってまだ間もないが、その存在にはずいぶんと助けられていた。

 

「で、こちらが本日私のこなすべき書類というわけですか……ずいぶんとまた高いタワーですね! 摩天楼だ!」

「すまないね。これらはどうしても君に頼みたくって、当番に来てくれる今日まで溜めてしまったんだ」

「うーん、そうまで言われると悪い気はしません……ふふふ、このアオちゃんにお任せあれ!」

 

 そう言ってアオはバリバリと高い高い仕事の山を、瞬く間に切り崩していく。

 

 先生は最近になり、気がついたことがある。当たり前のことではあるが、やはり専門性の高い業務については、それぞれに適性を持つ生徒に任せるのが良いらしい。

 例えば、シャーレの財務管理を任せるのならミレニアムのユウカが、多彩な事務書類を片づけるならばアビドスのアヤネが、あらゆる事件の現場感を確認するならばヴァルキューレのカンナが、それぞれ適している。

 そして彼女、トリニティのアオは、

 

「うーん、これは百鬼夜行で観光についてだからカホちゃんに。こっちはゲヘナ行きでも治安関係だから万魔殿よりもアコちゃんへ直接……あとこれはトリニティでティーパーティ宛てになってるけど、この内容ならサクラコさんのほうがいいかなぁっと……」

 

 学内外を問わず、ただただひたすらに顔が広い。

 さまざまな要人への通達や交渉、またはシャーレと各学園共同で行われる業務の計画調整などは、アオの専売特許と言って間違いないだろう。

 連絡を取るべき相手の人選のセンスもずば抜けており、書類の内容を見ては即座に各学園へ渡りを付けていく。

 先生が片づけるより10倍、いや下手をすれば100倍は仕事が早い。

 

「えいえい、よいしょよいしょ……あ、先生次はこれ確認してくださいー。おっけーならハンコも!」

「はいわかりました、っと……さて、私もがんばらねば」

 

 あらかじめ用意していた素案に対して、アオが相手の事情を汲んだ折衷案をまとめてくれれば、先生は傍らでそれを確認し、決裁をおろす。

 後日これらの計画が実行に移されていくだろう。

 本日はアオの時間を最大限有効に使えるよう、外へ出向く仕事は入れていない。出来うる限り彼女の力を借りて、これらを済ませてしまいたい。

 

「しかし、アオには来てもらう度に大変な仕事をさせてしまうね。疲れてしまって、正義実現委員会の仕事へ悪い影響があったりはしないかい?」

「あー……えーっと……」

「……?」

 

 どうにも返ってきた返事の歯切れが悪い。

 ……これは、思っていたよりも負担になってしまっていただろうか。

 先生は断腸の思いで当番の日を減らすなどの対策を考え始めたが。

 

「……大変お恥ずかしながら私、最近めーっちゃヒマなんですよ。なので、実を言うとシャーレのお仕事すごい楽しみだったり」

「それは光栄だけれど……アオがヒマ?本当に?」

「それが本当なんですねぇ…… ええっと先生、せっかくだから聞いてくださいよ! うちの後輩にイチカちゃんって子がいるんですけどーー」

 

 手を動かしながら、アオのささやかな愚痴を聞いていく。

 曰く、直属の部下がとても優秀で、上役のアオまで仕事が回って来ないのだとか。

 時折は重要な案件で頼ってもらえることもまだあるが、最近は委員会室の窓際の席で、ひなたぼっこに興じる時間ばかりになっている、と。

 

「もー! なにが「いやっ、アオちゃん先輩は座っててほしいっす」ですか! このまま夏になったら私、室内で天日干しのカラカラになっちゃいますよ!」

「そうなんだね……。でも、アオ。もしかしてその後輩のこと、とっても自慢に思ってるんじゃない?」

「……えー? ……ふふふ、わかっちゃいますー?」

「文句ばかりなのに、満面の笑顔で話されるとさすがにね」

「え! そんなにニヤニヤしてましたか!? 私!」

「あはは。確かにあの顔は、笑顔って言うよりもニヤニヤって表現した方がよかったかもしれないな」

「えー!? ちょっと恥ずかしいじゃないですか!」

 

 騒ぎながらも「でも、あんなに優秀で可愛い子はいませんよ!先生も会ってみればわかります!」とアオは続ける。

 それに対して先生は、(……相手を誉めている間の君の笑顔こそ、可愛らしいのでは?)とも感じていたが、口には出さなかった。

 得意げに後輩の事を語るアオを、もっと見ていたかった。

 

「アオは、イチカのことが好きなんだね」

「あ、勘違いしないでくださいね! イチカちゃんだけじゃありませんよ! 私ったら、お友達みーんな大好きなので!」

「それはすごい」

「私ほどの友達大好きっ子なんてキヴォトス広しと言えど……! ……まぁ、そこそこしかいないかな?」

「それは言い切ってもいいんじゃない?」

「ですかね? ……ですかも!」

 

 「私がナンバーワン!」と元気に張られた声を耳にしながら、先生はアオのことを微笑ましく見守る。

 やはりアオと一緒に仕事ができると、または彼女のよく求める「おしゃべり」ができると、心が暖かくなる。

 業務だけでなく心情的な意味でも、アオは先生の大切な支えのひとつになっていた。

 

 アオたち、親しい生徒たちとのふれあいのおかげで、今日も業務に身が入る。

 やっと慣れてきたこのキヴォトスで、これからも一人の大人として精一杯を尽くしていこうと、そう思えていた。

 

「さーて、ちょっと一段落しましたね。先生、お紅茶いります? 出かけにハスミちゃんが水筒に入れてくれたんです!」

「ありがとう。いただこうかな。……って、え? その水筒いまどこから出したの? スカートの中?」

「え? どこってそりゃあ、太股に穴あけて作った収納スペースーー…… いや違うそうではなく! このスカート、裏に秘密のポケットがありまして!」

「ポ、ポケット……? そのしっかりしたサイズの水筒が入る程度の……? 結構重いよね、それ」

「……入るんです! もう、それ以上聞くならセクハラですよ!」

「ええ……?」

 

 とはいえ、このような唐突なカルチャーギャップには、いつまでも慣れることはできそうにないけれど……

 ……目の前でスカートをたくし上げて何かを取り出すのは、さすがにちょっと勘弁してほしい、かもしれないなぁ。

 苦笑をしながら、ぷりぷりと怒るアオからまだ暖かい紅茶を受け取る。

 口をつけて気分を切り替える。さぁ、一息ついたら今日ももうひと踏ん張りだ!

 「えいえいおー!」 とアオとともに気勢を上げるのも、また楽しいものであった。

 

 

ーーー

 

 

 どうして、アオがここに……?

 

「あっれぇ? 先生じゃないですか! こんな時間に奇遇ですね!」

 

 すでに時刻は真夜中といって差し支えない頃合い。

 まぶしく輝く青白いイルミネーションが、普段とはまったく異なる様相となったアオを照らし出す。

 

 その服装。正義実現委員会の制服ではなく、白黒のモノトーンと青の蛍光を基調とした、ステージ衣装。

 その肌。さらされた四肢には木目が走り、球体状の関節がなめらかに動く。

 そしてなにより、その目。らんらんと大きく見開かれたその瞼の奥から、「喜び」の色にのっぺりと染められた目がこちらを見ている。

 

「廃墟の遊園地が動き出すのは不思議ですか? これは“ミメシス”っていうんです! ここの「歓喜」の感情の複製体、らしいですよ?」

 

 「私のパパが名付けました!」と絶え間なく話す彼女から目が離せない。

 いや、目を離してはいけないと、強く感じる。

 一瞬でも目視による観測を怠れば、その瞬間に彼女がさらなる異形へと変わってしまいそうであったから。

 

 先生は無言のまま、背後に控える生徒たちへ陣形を整えるようサインをおくる。

 強く握りすぎたシッテムの箱からアロナの非難の声が聞こえるが、それも無視せざるをえない。

 手元だけで操作して戦闘指揮の準備を進めていく。

 

「でも残念なことに今日は私、なんの用意もないんです……来るなら来るって、言ってくれてればよかったのに……」

 

 それは単なる噂の調査のはずだった。

 廃墟のアトラクションが動き出す。迷い込んだ生徒がケガを負って帰ってくる。 

 きっとそれらの噂はただの噂でしかなくて、眠い目をこすりながら帰路に着くだけのはずだった。

 

「でも、代わりに私のねぇね達がきれいなパレードで歓迎しますよ! ……シロねえ、クロねえ! 先生は大人の中でもちょっと体が“もろい”みたいだから、“壊れないように”気をつけてあげてね!」

「……!!」

「……? ……!」

 

 現れたネズミの曲芸師とカラスの魔法少女を模したドール達が、音にならない笑い声をあげる。

 先生は独りごちる。はたして、どうしてこうなってしまったのか。

 だが原因の解明も、理由の探索も、そんなことを考えるヒマは今はない。

 唯一幸いなのは、この場には偶然にもトリニティの、アオの直接の知り合いが一人も居なかったことであろうか。

 きっと今のアオを見ればショックを受け動揺し、戦闘に支障がでていたはずだ。

 

「ええっと、ではせっかくですし、ここはパパに倣いましてーー」

 

ーーそれでは先生、盛大な、喝采の準備を!

 

「……よろしくおねがいしますね?」

 

 闇夜を背景に、アオが笑う。

 長い夜が、始まろうとしていた。






なお今のシロクロは、危害をあまり出さないようにとアオからきちんと指導された後とします。

すみませんが、よければアンケートにご協力ください。
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