[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
天雨アコさんと二人きり
「わぁん、ガレキで天井までふさがってるー! 通れないー! 帰れないー!」
「うるさいですよトリニティ! そんなの見ればわかるのだから騒がないでください!」
「ひええ! ごめんなさい! あと私は遊園アオです……トリニティって名前じゃないですぅ……」
「天雨アコです! ……って、今は自己紹介なんてしてる場合じゃないでしょう! どうにか上に戻る方法を考えなきゃいけないんです。だというのに、あなたは泣いてわめいて……少しは大人しくなれないんですか?」
「お、おとなしく……なりました! あ、お茶ありますけどいります?」
「今度は急にニコニコと! 情緒が不安定ですね!」
「り、理不尽!」
確かに悲観ばかりはよくないなぁと、必死に取り繕った笑顔はするどいツッコミに切って捨てられてしまいました。
ほへぇと息をつきながら、周りに広がるコンクリ敷きの地下道跡を見渡します。
なぜか生きている古びた蛍光灯は、チカチカと瞬きながらも私たちを照らしてくれています。
学園郊外の廃墟地区、トリニティとゲヘナ、どちらの学区ともはっきりしない緩衝地帯には、遺跡とも廃屋ともつかない大型建造物が無数に並んでいます。
本日この地域にてばったり出くわしたのが、我らが正義実現委員会と、ゲヘナの風紀委員会です。
つい先日この周辺で大規模な発破騒ぎを起こしたとあるテロ集団を、なんとお互いが知らぬまま同時に追っていたようで。
でもってそのテロ集団は、妙に狡猾で悪知恵が働き、いつの間にやら誘導されて。
うまくはち合わさせられた、出会い頭を爆薬でドカン。
運悪く地下区域に落ちたのが私と、目の前のゲヘナ風紀委員のアコさんでした、というのが現状までの事の経緯です。
ひとまず幸いなことに、天井はしっかりと埋まっていて、さらなる崩落はなさそうです。
ですが奥を見ても、無限に同じタイルが繰り返される通路は遠近感に欠き、しばらく向こうで直角に曲がっていて先は見えません。
どこかにつながっている雰囲気はありますが、外に出られる保証はありません……
「まぁ、こういう時は下手に動くより待ってた方が確実ですね。はい、お紅茶暖かいですよ」
「いつの間にかレジャーシートまで…… は? 今、スカートの中から出しました?」
「秘密のポケットがあるんです!」
「うさんくさいですね」
「えへへ、照れます」
「なんでです?」
秘密のポケット、正確には私の太もも収納ですね。
パパに体の調整について免許皆伝をいただいた直後、私は思いつきました。
せっかくですし、普通の人は持てない個性を体に仕込むのもいいのでは……!? と!
そこで手始めにいじってみたのがこちら! 強度に影響のない範囲で両足に穴をあけて作った収納スペースです!
ぱかっと開いて緊急食料とかちょっとした水筒とか、隙間にレジャーシートくらいなら入るので結構便利!
スカートをまくって隠し武器を出す女スパイごっこもできます。かっこいいでしょう!
……ですが、腕に銃火器を仕込んでの、“なんちゃらバスター!” みたいなのは、さすがにパパに止められました。
ぐぬう、自らの感性に従えって言ってたのはパパだったのにぃ。
「……そもそもお茶があろうとなかろうと、そんな悠長なことを言っている場合ですか? 私たちはどこか出口がないか探索にでる必要があるのでは?」
「いえ闇雲に歩いて、さらに深部へ迷い込んだら助かるものも助かりません。……私たち正義実現委員会って、実は結構優秀ですから。待ってれば、じきに救出にきますよ。それはあなたの風紀委員会も同じでは?」
「むっ……知ったような口をききますね……!」
いささか物言いたげではありますが、一応は同意してくれたようです。
アコさんがシートの端っこに座ってくれたので、湯気をたたせる水筒の蓋のコップを渡してあげます。
一時の休戦に息をつきながら、しかしどうにもひとつ、不思議に感じることがありまして……
このように少人数で部隊からはぐれた際には、喫緊の危険がない限り、大人しく救助を待つのが常道だと思っていましたが……ゲヘナでは勝手が違うのでしょうか。
それともこちらのアコさん、あんまり前線仕事に慣れていない……?
「はぁまったく、こんな状況なのに気が削がれます……わりと香りが良いのがまた不可解ですが……これもしや、ゲヘナの茶葉ですか」
「あ、よくわかりましたね! 私、お茶っ葉の産地でいえば、トリニティのよりゲヘナの方が好みなんですよねー」
「……あざといですね……まさかこの状況を見越した仕込みですか?」
「さすがにこんな偶然は想定できませんってぇ……でもこれを淹れたのは私なので、香りを褒めてもらえたのはうれしいです!」
「調子に乗らないでください」
「ひぃん……」
ゲヘナ産、正実で出すと先輩方がご機嫌斜めになるので、個人的に楽しんでいたのがこんな所で役に立つとは……! 世の中わかりません。
話題がとぎれて気まずいのは勘弁願いたいので、この際だからと情報収集にいそしみます。
「ところで、あのテロ集団についてはアコさんはご存じで? 新興っぽくて、うちでは情報が少なくて……」
「ああ、あれは温泉開発部ですね。昔から活動はしていましたが、現在の部長の鬼怒川カスミが率いるようになってからは被害が拡大しています……本当に忌々しい……」
「温泉開発部? あの武装で?」
大量の爆薬と大型重機を従えて、火炎放射器をぶっ放すあの集団が?
え? 学園の転覆とか狙えそうな装備でしたが……?
「……疑う気持ちはわかりますが、ウソではありませんよ。近頃は所かまわず掘削して爆破するので、ゲヘナでも手を焼いているのです」
「ええ……なんですかそのトンチキ軍団は……」
「ですが、今回こそはかの鬼怒川カスミを捕獲するまたとないチャンスでしたのに……! 事務方の私たちなんかではなく、ヒナさんが出動出来ていれば……本当に、万魔殿の横やりが入らなければ……!」
アコさんは、ガレキの塵埃で汚れた白手袋をその手で握りしめ、隠し切れぬ悔しさを露わにします。
言葉の端からは恨み辛みが吹き出していて、それらが真っ黒に色のついた煙になって目に見えてしまいそうです。
ええっと、万魔殿といえばゲヘナの生徒会組織でしたっけ?
これは……なにか深い事情があるようで……
「えっと……その言いぶり、もしかしてアコさんは普段あんまり現場仕事にでるタイプではなかったり?」
「……そうですね。行政官見習いです」
「……え? ばりばり事務方の筆頭じゃないですか!? な、なんで本日はこんな前線まで……?」
「……行政官も、庶務や会計も、現場を知らなければならないと、万魔殿が唐突に言い出しましてね……! 今回の出撃はすべて内政畑の人員で占められています……!」
「……?? ……すべて? 現場に慣れた実働組の引率はなしに?」
「すべて、です…! 今日ここには、普段の武闘派委員は1人たりともおりません! そちらは今ごろ学園で、欠片も知識のない状態で書類仕事です! ああ、帰ったらどうせ一から手直しすることになるんです……! そして私たちは現場でせっかくの捕縛のチャンスを棒に振り……! どうして、こう! よけいなことばかり、万魔殿は……!!」
「…………」
そ、それは、気の毒に……
知りませんでした……ゲヘナ生徒会と風紀委員ってこんなに仲が悪かったんですね……
その後相づちを打ちながら聞いていれば出てくるわ出てくるわ……万魔殿の風紀委員会への嫌がらせの数々。
本当はあまり漏らしてはいけないと思われるゲヘナ学園内部事情が、ここぞとばかりに暴露されていきます。
私たち正義実現員会も時折、派閥に縛られた上層部からのめちゃくちゃな物言いに、不満を覚えることもあります。
ただ、目の前で額に血管が浮かばせて怨嗟の声をあげるアコさんほどではありません。
「前線指揮は専門でないとはいえ、それでも成功させて万魔殿の鼻を明かしてやろうと意気込んでいたのに……情けなくも罠にはまり、あまつさえトリニティと二人きり……なんという醜態でしょう……」
「……私はトリニティって名前じゃないですぅ」
「……遊園アオと二人きり……なんという醜態でしょう……」
「……あ、覚えてくれてたんだ。へへ……ご訂正、ありがとうございます」
アコさん、トリニティと憎々しげに言いながらも、なんだかんだで一緒に話をしてくれていたり、一度しか教えていない名前をきちんと記憶してくれていたり、節々にどことなく善性を感じます。
口調はトゲトゲしいけれど、なかなかちょっと憎めません……
ですが、つい先ほどまで怒りに燃えてたのが一転、崩れ落ちんばかりに肩を落として、今は見ていられないほどに痛々しい……
アコさんの境遇を想像してみましょう。
慣れない仕事をいきなり任され、経験不足のために予期できない苦労に振り回され、持っていたはずのプライドがヤスリで削られるようにじりじり痛む。
わかります……それって、苦しいですよね……
私も、かつての外回りに連れ出されてすぐのころを思い出します。
もっとも辛い時期には、3日に1回はヒナタさんを抱きしめにシスターフッドへ赴きました。
ヒナタさんがたまたま不在の折りには、代わりにサクラコさんに抱きついたりして。
「物足りないなぁ……」とこぼして、まぁ、ちょっと本気気味に怒られたこともありました。
つまり今のアコさんを見て、共感して、今の私がどうなるかと言うと……
「……ふえぇっ」
「は?」
「ふええ……ひっぐ、ぐしゅう……アコさん、アコさんも大変なんですねぇ……ずびぃ」
「は、え? なんであなたが泣くんです? ……え?」
「知らないお仕事は大変ですよね……ぐずぅ、わかります。わかりますよぉ……!」
「うわっ! よ、よらないでください! ハナたれ! 汚いです!」
「うえ、うえええぇぇ……!!」
「だから、どうして……!?」
みっともなくも、涙がちょちょぎれるという訳です……!
でも今この場で辛い気持ちでがんばっているのは私ではありません……!
泣く目を拭うのもほどほどに、今は少しでもアコさんへお声をかけるのです……!
目の前で苦しむアコさんに、少しでも元気を出してもらいたいから!
「アコさんはがんばってます……! ずびっ……こんな場所で汚れてもめげずに……不安でも気丈に振る舞って……! すごいと思う……ふええぇぇ……!」
「……っ! なにを言い出すかと思えば……そんな薄っぺらな!」
「確かに、うぐぅ……語彙の足りない、薄っぺらい言葉かもですが……! ぐすっ……! 私は、私はすごいと思ってるんです! えらいと思ってるんですぅ……ぶええええ!」
「あ、あなたにそんなことを言われても……! 別にっ……別に……! っぐ……うううぅ……!」
「ぐずっ……アコさん、泣かないで……泣かないで……」
「な、泣いてなんか……泣いてなんかぁ……! うぐぅ……! ぐうぅぅぅ……!!」
アコさんが唇を噛みしめて肩を思い切りいきらせて、わき出る激情を漏らすまいと全身で抵抗します。
……だけどそれでも、口の端から染み出してしまうアコさんの嗚咽が地下の壁に反響して、私の心を揺さぶって……
「アコさん……アコさん……! ふええぇぇ……!」
「この、よくも……遊園アオ……! ううっ……! ぐううぅぅぅ!」
だばだばと、もうどうして泣いているかもよくわからない私と。
涙がこぼれないように片目を閉じつつ、もう片方の目で私を睨むアコさんと。
意味もなく、どうしてそうしているかもわからず、お互いにお互いの名前を言葉にしながら、二人で泣きつづけ……
泣き疲れてぐったりしたころになってようやく、救助の部隊がやってきました。
「くっ……! 覚えてなさい! 遊園アオ!!」
そう吐き捨ててゲヘナへ引き上げていくアコさんの背中を、私は鼻をかみながら見送ります。
「……私は、応援してますからね……! アコさん!」
お互いそれぞれの学園の治安維持組織の中間層。きっと感じる苦労は一緒です。
風紀委員会とは今までは衝突も多かったけれど、それはきっと誤解が原因で。
理解し合えればもっと協力できるのでは? と、そんな風に感じられた一日でした。
……次に会ったときは、もっと仲良くなれればいいなぁ。
ーーー
「ね、アオちゃん、ゲヘナからあなた宛に小包が届いているけど……」
「あ、ありがとーハスミちゃん……でもだれからだろ?」
「天雨アコさん、ですって。匿名で委員会宛なら爆弾テロも疑ったけど、アオちゃん宛ならもしかしたら安全かもって」
「あ! アコさん! こないだ一緒に地下に落ちた風紀委員のアコさん!」
「ああ、一緒に泣いて苦労を偲びあったっていう、あの?」
「そうそう!」
つい先日のゲヘナ温泉開発部騒ぎからここの所、平和な日々が続いております。
外部とのお仕事もちょっとだけ空白期間で、委員会のみんなと久しぶりにたっぷりお話しができて私はとても満足です!
そんな中に一瞬の緊迫をもたらしたゲヘナからの小包ですが、アコさんからとなれば、これはきっと安全でしょう。
周りのみんなも、「私と一緒に落ちた例の風紀委員」からと聞いて、肩の力を抜いています。
ふふふ、アコちゃんの良い風聞は、私が広めておきましたからね……!
「どれどれ中身は……うわぁ! なんか良さげなお菓子と、あとお手紙も!」
「わぁ、すごい。……やっぱりアオちゃんは誰かと仲良くなるのが上手だね」
「へっへー、それが取り柄ですから! でも一番はもちろんハスミちゃんだよ?」
「ふふふ、知ってる」
「へへへ、そっか!」
ハスミちゃんと軽くいちゃついてから、お手紙を開きます。
「ええっと……『遊園アオ様。この菓子折りで、あの場でもらったお茶の借りはチャラです。あと言い忘れていましたが、この前の出来事は他言しないように。私が泣いたこと、言いふらしたら許しません。いいですね。天雨アコ』……あちゃー」
「……言いふらさないようにって、アオちゃん……」
「もう手遅れですねぇ……」
あの騒ぎから帰って、私は地下で共に涙を流した風紀委員、アコさんの話を、それはもうしまくりました。
「みんな、ゲヘナはろくでなしばかりって言うけど、こんな方もいたよ! 風紀委員の立場は私たち正実と似てて、やっぱりあっちも大変な中でがんばってるみたいだよ!」と。
正実のみなさんも、言われてみればと考えてくれて、「今まで相手にしてきたのはゲヘナからトリニティに漏れ出た不良やテロリストや、たまに考えなしの一般生徒くらいだったなぁ」と。
「風紀委員も、べつにわざとこちらへ犯罪者を送ってたわけではないのかもね」と。
そんなわけでここのところ、正実でのゲヘナ風紀委員会への評判は、アコさんのおかげで鰻登りでありました。
ですが、この状況……もしかしてアコさんに知られたら……まずい、です?
「は、ハスミちゃーん! ど、どうしよう……! 私、よかれと思って……!」
「……まぁ、言ってしまったものはもう仕方ないから……アオちゃんなら、素直に謝るのが一番いいかも?」
「う、ううう、確かに! 謝るっ! 怒られそうだけどっ……! がんばるっ!」
そうと決まればお手紙と、なにかこちらからも贈り物を考えねば……!
ふええ、もうアコさんも隠したいなら早く言ってくれてればよかったのにー!
まずはお手紙の文面をどうするか……いつもパパにおくるような適当な書き出しじゃなくって、ちゃんとした時候の挨拶を考えて……!
「ふふふ、でもよかったねアオちゃん」
「な、なに笑ってるのハスミちゃん! 良かったってなにさー! 大変なんだよー!?」
「でも、もっとお話出来たら良かったって言ってたでしょ? これがきっかけで、その子と文通できるかもしれない」
「それはそうだけど! それはそれ、これはこれなのー!」
まったくハスミちゃんったら悠長に! ああ、どうすればアコさんに喜んでもらえるか……!
そうやってどたばたと準備して、その日の夕方には発送までこぎ着けて。
祈りを込めた贈り物が手元からなくなってから、気がついた。
お返事、来るかな。また次も怒ってるかな。呆れてるかな。ちょっとは喜んでくれるかな。
……ああ、楽しみだなぁ。
そんな風に、どうやら私は笑っていたみたい。
ふふふ、ごめんねアコさん。
あなたはどうにも、やっかいなヤカラに絡まれてしまったようですよー……ってね!