[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
そろそろ夜が寒くない。半袖でもそう感じる季節になってきました。
窓からお部屋へ迷い込んできた、草木の青いにおいに誘われて。
夜のお散歩てけてけ、とことこ、のーこのこ。
早い子ならもうベッドで夢を見ていてもおかしくない、そんな時刻の学園を、お空を見ながら歩きます。
……満月って、意外と明るいんですよねぇ。
両手をちょっと広げてみれば地面にくっきり影が映って、私の即興ダンスをマネします。
ふふふ、たーのし。
「うーん、ちょっと興が乗りすぎてよくないですねぇ……このままじゃ朝までふらふらしちゃいそう……って、あれ?」
風の吹くまま、気の向くまま。
このまま進めばたどり着く、おなじみの噴水広場を遠目に見やって気がつきます。
どうやらベンチにひっそりと、先客が一名いらっしゃるようで?
特に隠れるつもりもないので、そのままゆっくり近づきながら、きっと初めましてのお相手を眺めます。
その子の体の向きの都合でしょうか、それともちょっと、うつむいているから? あちらはなかなか気がつきません。
うーん、顔を上げれば星空だって見えるのに元気がなさそう。もったいない。
そのまま、なんとなしに女の子の整った横顔をぼんやりと見つめます。
「……きれいな子ですねぇ」
その子が座っているのは、私もよく使ういつもの木製ベンチです。
ただその子の姿、月明かり帯びながら柔らかく腰掛ける様子は、噴水の水面からの優しい照り返しも含めて、薄く輝く女神様のようで。
夜を背景に光る桃色の長い髪は、妖しさとかわいらしさを両立させてて、なんだか吸い込まれてしまいそう。
見覚えがないのは、きっと関わりの薄い1年生だからでしょうか。あの髪は一度みたら忘れません。
見とれていれば、あっという間にお声の届く位置までやってきました。
さてはて、こんなに素晴らしい夜にこんなに可愛い後輩ちゃんに出会ってしまったのなら、やるべきことはただ一つ!
ふっふっふー、ナンパしーちゃお!
「きれいなお嬢さんこーんばーんは! ちょっとお隣良いですかー?」
「ひゃあ! ……え、いえ? ……すみません、おじゃまでしたか? でしたら私はすぐにどきますので……」
「むむっ、この権威高き正実の黒い制服を見て逃げ出そうとは! ……さてはお嬢さん、なにか悪いことでもたくらんでいたり!?」
「いえそんな、悪いことなんて……」
「でも大丈夫!」
「え?」
驚いてまん丸おめめになったお顔もかわいいです。
まずは相手にペースを握らせません。
ちょっとでもお話を聞いてもらえるように、多少強引でも引き留めて……
「実は私も今だけ“不良”正実委員でして! 今夜だけなら、ちょっとのおしゃべりで懐柔されてあげちゃいます!」
「え、ええ……?」
「げっへっへ……金色のお菓子か、鈴のようなお声はお持ちですかい……? 賄賂にはぴかぴか光るものと相場が決まっておりやすが……なーんて」
「…………」
「ようするに……こんなに心地よい夜なんですもの。おしゃべりいかが? お嬢さん……というわけなのですが……」
ちょ、ちょっとおふざけが過ぎたかな……? 調子に乗りすぎてしまったかな……?
そっと彼女の様子をうかがいます。
何を隠そう、この時点で私はとっても不審者です。
でも正実の制服のおかげで最低限の身分は保証されてる、はず……?
その保証があってさえ、この子が今の私を真っ向から嫌悪するようなら、相手がウイさんでもなければおとなしく身を引きます。
先輩相手と気を使わせて、むりやり相手をしてもらうのは本意ではありませんし。
……ウイさん相手だったらもう少し強引にいくかもですが、まぁ今はそれは関係なくって。
困惑でもいいから、ちょっとでもこの軽口に乗ってくれないですかね……?
もう少しお話させていただきたい所ではありますが……沈黙が長くなって、だんだん不安になってきて……
「…………」
「……え、えっと」
「…………」
「い、いかがでしょう……?」
「……っぷ、ふふふ」
「……っ!」
「ふふふ…… そんなに眉毛がハの字になっちゃって……どうしてそんな、声をかけてきたのはあなたなのに」
「えっ……そ、そんなに顔にでてました? ……えっと、ど、どうしてもあなたとお話したくてですね……でも迷惑だったらよくないなぁとか考えちゃって……って、何を言ってるんですかね! 私ね!」
「ふふ、あはは! そんなに心配そうな顔されたら、断れないじゃないですか……!」
「え!? なら!」
「……えっと、おしゃべりですか? ……ふふふ、私でよければ」
「やったぁ!」
「あんまり面白くはできないかもしれませんが」、なんて、顔を上げてつぶやく彼女の笑顔に、ちょっとどぎまぎしちゃいます。
とにもかくにも、とっかかりは作れました! あとは何か、共通の話題でも探せれば!
「改めまして、こんばんは! 正実所属の2年、遊園アオと申します!」
「はい、私は浦和ハナコです。1年です。アオさんですか……やっぱり先輩だったんですね」
「ハナコちゃん! かわいくって良いお名前! ……って、むむ? 浦和ハナコちゃん……?」
「……なんでしょう?」
お名前を聞いた瞬間に引っかかるものを感じます。
浦和ハナコ……この響き、つい最近どこかで耳にしたような……?
……あ! そうだ!
「ハナコちゃん! もしかして、最近シスターフッドの歌住サクラコさんにお会いしましたか?」
「っ……! はい、まぁ……」
「やっぱり! サクラコさん、私もお友達なんですが、この間からハナコちゃんのことべた褒めで……! 「成績、気品、礼儀に立ち振る舞いまで、彼女すべてに目を見張るものがあります。とても素晴らしい方です」って! いやぁ、サクラコさんってば、にっこにこで話してくれたんですから!」
「……はは、そんなにお褒めいただけるなんて、恐縮です」
「…………うーん?」
「……? どうかしましたか?」
今のかすかな不穏な雰囲気、もしかして、もしかしなくても……なにか地雷を踏みましたね……?
普通ならまず気がつかないような小さな小さな違和感でしたが、対人つよつよのアオちゃんセンサーは見逃しません。
ぴーぽーぺかぺか、渾身のレッドアラームをあげています。
でも、ええっと、何がだめだったんでしょう?
ハナコちゃん、実はサクラコさんが苦手だったとか? ……サクラコさん、確かに勘違いされやすいけど、確信はできません。
それとも良い成績は、かなり無理して確保しているとか……?
学園生活自体になにか不安があるとか……?
ううん、ちょっと情報が少なくってわかりませんが、掘り下げるのはよろしくない。
ええい、ここはひとまず、がらっと話題を変えまして……
「……やっ、ごめんなさい、あんまりお顔がきれいだから、ちょっと見とれちゃってました……てへへ」
「えっ!? あ、ありがとうございます……?」
あわわ……会話に脈絡がなくなって、ハナコちゃんを困惑させてしまいました。
唐突に話題を探すはめになって、思わず本音が漏れてしまって。
でもなんかもう、口からでちゃったものは仕方ないので、今はこのままつっきります!
「血色もいいのにお肌もすごくきれいで、月明かりでもわかるくらいにキメが細かくって……なにか特別なスキンケアとかしてます?」
「いえ……お風呂上がりに普通の化粧水とか乳液くらいで……。でも、アオさんもそんな、とってもお顔が整ってますし……」
「え? ……えへへー、まぁ私はパパに見てもらってますからね!」
「パパ? ……見てもらってる?」
「ですです!」
ふふ、勢いに任せてしゃべっていたら、なんか誉め返されちゃいました。これは素直にうれしいです!
まぁ9割9分はお世辞でしょうが、お顔を良く言ってもらえるのには私ってば弱くって。
なぜって私のお顔はパパが丹誠込めて整えてくれたものですから!
ある程度は自立したといっても、繊細な技術が必要なお顔いじりは、まだまだパパの領域です。パーツが数mm動くだけで、印象が全く違いますから。怖くて私にはまだ手が付けられません。
だからお顔が褒められるのは、すなわちパパが褒められること。
これがうれしくないはずがありません!
「お顔だけじゃありません! 体の仕上がりも、まだまだたびたび見てもらってます!」
「……えっ!? 体を!?」
「です! 昔なんかはそれだけじゃなくって、よくなでてもらったりも!」
「な、なるほど……? ……え、まさか」
ちょっと怪訝な顔をされるハナコちゃん。
ええっと、どうかされました?
「……ちなみに失礼ですが……その、お父様とは、血のつながりとかは……?」
「え? ありませんよ?」
「え、え……!? じゃあもしかして、パパってそういう“活動”の……“パトロンのような”パパですか?」
「……? まぁパトロンといえば、パトロンなんでしょうか……?」
「こ、これは……そんな……! 私、こんなこと聞いてしまっていいんでしょうか……!」
「……?」
そりゃあ親として学費とかは出してもらっているでしょうし、パトロンといえば、そうですが……
血のつながり? いきなりどうして、そんなお話に?
ハナコちゃんお顔も真っ赤にして、でもよくよく見れば、かすかに目の奥が輝いてて……?
……まぁいいや! どうしてかはわかりませんが、どうやらパパの話は食いつきが良いとみました!
「まぁもうだいぶん昔、最初は私が勝手にパパについていったんですが……いつからか、なんだかんだで私に興味を持っていただけたようでして」
「あわ……あわわ……!」
「あのころは私も幼かったですが、最近になってからは手取り足取りいろいろと教えてもらって……って、ごめんなさい、私の話ばっかりで……」
「いえ! いいんです! もっと聞かせてください!」
「え? そうですか……? ……まぁそうおっしゃるなら」
私の言葉を前のめりに聞いてくれるハナコちゃんは、先ほど出会った時よりも何倍も生き生きとして見えます。
いったい何がハナコちゃんの琴線にふれたのかはわかりません。
でも元気になってくれたのはよかったな。
それでもって、せっかくパパのことを思う存分自慢できるこの機会、逃すわけにはまいりません!
「パパは芸術家さんでして、作品作りには私も出来る限り協力してて……」
「では……! アオさんがモデルになってスケッチを手伝ったりとかも……? 例えば、裸婦とか……!」
「ラフスケッチ? うーん……? パパは造形表現が専門なので……でも、私をモデルにってことなら、ミニチュアを作ってくれたことはあったかな?」
「それはどのような?」
「成長記録みたいなものですかねぇ。私が大きくなる途中途中で、その時々の体の作りを模した1/6スケールの人形を作ってくれて……たしかまだ保管してあったはず?」
「ま、マニアックですね……!」
「そうですか?」
ふるふると興奮に震えるハナコちゃんに戸惑います。
なにか、話がかみ合っていないような……?
楽しそうなのは、良いのですが……
「あとは黒服さんたち……パパのお友達にも協力してもらって、もっと詳しく私の状態を確認したりも……」
「多人数!?」
「たくさんの大人が私のことであーだこーだって騒ぐのも、最初はびっくりしましたが、だいぶん慣れましたねぇ」
「わ、わ……!」
「あとで、わかりやすく私にも説明してくれて……とっても感謝しています!」
「すごいですね……!」
黒服さんたち、興味本位ではあったでしょう。
ですがおかげさまで私の「ミメシス」としての特性について明らかにできたのです。
良く知れていたからこそ、今の遊園地から独立した、健全な私があるといっても過言ではありません。
「あとはええっと……」
「……ふむふむ!」
そのまま聞かれるがまま、私が学園に来る前のたくさんの思い出を語っていきます。
ひとつのエピソードを披露すると、それにつられるように、忘れていたあれやこれやがどんどん脳裏によみがえってきて。
ああ私、大切に育てられてたんだなぁなんて、ちょっとほっこりした気持ちになってきたり。
ふふふ、こんな話を熱心に聞いてくれるハナコちゃんには、あとでちゃんとありがとうを伝えなきゃ!
……さて、楽しい時間は早いもの。
気づけば真上にあったはずのお月様がまぁまぁ傾いて、足下の影が伸びているのを見つけます。
ハイになっててまだまだ元気はありますが、そろそろお開きの時間でしょうか。
「名残惜しいですが」と、解散をきりだそうとした、そんな頃合いに。
「アオさん!」
「はい、なんでしょう?」
ずっと聞きにまわっていたハナコちゃんが、何か大きな意気込みを見せて声を発します。
「私……私、もちろんまだまだ、がんばってはみるつもりですが……」
「……ん?」
「もし……もし、なにもかもが吹っ切れたとき、やけになって、私自身を表に出す勇気が持てた、その時は……!」
「えっと……?」
「アオさん、あなたも私を“見て”くれますか?」
「え? えーっと……はい、よろこんで?」
「ありがとうございます!」
ハナコさんが作った今日一番の笑顔を見て、彼女を“月の女神”と感じていた考えを改めます。
彼女は本当は太陽の光が、すべてをさらけ出すようなそんな光が、似合っているのかもしれません。
今度は明るい時間にお会いしたいな。それで今度は、ハナコちゃんのお話もたくさん聞かせてほしいな。
コミュニケーションは双方向で分かり合い、お互いを理解しあうのが、とってもとっても楽しいのですから。
「それじゃあハナコちゃん! また会う日まで!」
「はい! アオさん、おやすみなさい!」
そうやって別れて、今晩の素晴らしい出会いの記憶を胸に抱いて。
めいっぱいに吸い込んだ夏へ近づく空気の、なんて清涼なことでしょう。
本格的に暑くなるまでは、明日からもまたしばらく、夜のお散歩をするのもいいかもしれませんねぇ。
まだまだ温くはない、涼しい風にスカートを揺らしながら、ゆっくり寮へと帰りました。
ーーー
翌日の夜。予想より早かったですが、さっそくハナコちゃんに再会しまして。
「アオさん! もし私が着て歩くなら、この授業用競泳水着とこっちのピンクストライプの水着(?)、どっちがいいと思います?」
「え? え? ……着て歩く?」
「まだ先のことですが、考え始めたら楽しくって……うふふ、うふふふふ……!」
「うーん……? まぁいっか! 私が思うにーー」
楽しそうなハナコちゃんの雰囲気に飲まれて、一瞬浮かんだ疑問は脇に置いちゃって。
この時の思考放棄を後悔するのは、おおむね数か月から1年弱は先のこと。
もうちょっと未来のお話でしたとさ。
……ええっと私のアホちん。 サクラコさんには、ごめんなさい。