[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
・ベアトリーチェとやっかいなお人形
・遊園アオ:メモロビ風の先生への語りかけ
・カンナさんと護送バス
・ベアトリーチェとやっかいなお人形
「あ! ベアトの
ゲマトリアの会合のための秘匿された領域へ、ベアトリーチェは現れる。
出迎えたのはどうにも芝居がかった、とある人形の声。
会合の定刻までもうわずかというのに、異形の男たち……他のゲマトリアの面々は見当たらない。
「……人形、お前だけ?」
「うっすうっす! 他のみなさんは、すぐ戻るって言ってさっき出て行きやしたあ!」
「……そう」
「茶ぁ! もってきやすね!」
「……」
人形は部屋の奥に消えていく。
地下室がゆえに無遠慮にひびく足音に、ベアトリーチェが眉をひそめる。
「……相変わらず、やかましいわね」
不快ではある。だがベアトリーチェは激高もしないし、まして人形を叱責することもしない。
なぜなら、人形の態度が“ああ”なったのは、ベアトリーチェの指導の賜物であるからして。
あの人形をマエストロが連れ帰った時分はちょうど、ベアトリーチェがアリウスの生徒の扱いについて試行錯誤を繰り返していたころであった。
“大人”として生徒とどのような関係性を築くことが、もっとも効率良く生徒を支配できるのか。
ベアトリーチェはいくつかの候補のなかから、ひとつの有望な案、“極道”と呼ばれる組織がよく利用する“義理の家族関係”を、当時はまだ幼かった人形で試した。
この試行はベアトリーチェにとっては、結果的には有益であった。
たしかに未熟な精神に刻みこんだ「
しかしこの関係はひたすらに大げさで、なにより舎弟は声が大きい。単純にうるさい。
その騒々しい様は自身の性には合わないものであると、ベアトリーチェは気がつくことができた。
人形を使って先行してテストを行っていなければ、今頃アリウス全生徒が、あのノリでベアトリーチェのことを「
……無益な空想を、ベアトリーチェは頭を振って脳から追い出す。
とても気分が悪い。
「お待たせしやした!
「ご苦労……またこれ?」
「
「そう……じゃあお前はその辺に立ってなさい」
「うッス!」
濁った茶……苦みしか感じずまったく好みではないそれと、触感も色も気にくわない甘味のはずのそれ。
これらにはまったく手を付けず、適当な脇に寄せる。
……人形はたしかに従順になった。
途中からは直接指導をしなくとも、適当な古い映像資料を与えるだけで十分だったのも、都合がよかった。
しかしどこかいびつに凝り固まった“
ベアトリーチェは後悔する。
人形が来た当初ならいざ知らず、いまさら無理矢理にでも矯正すれば、マエストロが黙ってはいない。
ほかの男どもも、マエストロの味方にまわるであろう。
仲間意識など皆無ではあるが、今、ゲマトリアを追放されるのは得策ではない。
……ひたすらに、面倒だ。ベアトリーチェは人形に隠れて唇を噛む。
少なくとも人形以外には同様の“教育”を行わなかったのは、本当に僥倖であった。
「人形。今日は会合のあと、私についてきなさい」
「うッス! ……めずらしいッスね? どこへ行くんですかい?」
「……黙ってついてくればいいのよ」
「あいあいサーッス!」
ベアトリーチェは考える。
このうっとうしい人形の態度をどうにか変化させたい。
そこでベアトリーチェは人形に、アリウスの自治区と生徒たちを見せることを画策する。
周りすべてが「マダム」と呼ぶ人物を、たった1人「
さらに言えば、アリウス自治区をトリニティの制服を着て歩くのだ。
アリウスの支配者たるベアトリーチェに侍ってさえいれば、アリウス生から直接的な暴力をうけることはない。
しかし、無数にうけるであろう憎悪に染まった視線は、並大抵の苦痛ではないはずだ。
(さすがにこの人形も、おとなしくなるはず……)
ベアトリーチェには、このような些事に、いつまでもかまけているヒマはなかった。
「色彩」に接続するという自らの念願は、このまま順調に事が進めば、もう1年もせずに成就される。
詰めを誤らないためにも、計画に専念したい。
……だが、何事もうまくいかない事柄というのはあるもので。
……時間は飛んで、半日後。
その日、人形がアリウス自治区で起こしたバカ騒ぎを、ベアトリーチェは努めて忘れることにした。
何一つ望んだ成果は得られず、身を引き絞るような倦怠感だけが残った。
もう、あれは放っておこう。広大な盤面において、あれはさして重要な駒ではない。
最低限の関わりのみで、あとは自らの周囲から取り除ければそれでいい。
ベアトリーチェはその一日を、人形との関係すべてを、なかったことにしたかった。
だがしかし、その後もずっと、人形が彼女の前に現れる限り。
ベアトリーチェの受難は続く……
ーーー
・遊園アオ:メモロビ風の先生への語りかけ
[シャーレ休憩室、中庭に面したテラスにて]
[片足を根本からはずして日の光へと掲げ、その表面をのんびりと眺めるアオ]
[ご機嫌な鼻歌と、乾いた布で木を擦る音が聞こえてくる]
「あ! 先生! 見てくださいこの立派な太もも! めーっちゃ磨いたのでつるつるぴかぴか!」
「……え!? 知らなかったんですか!? 私の体のこと! ……いやぁ、もうみんな当たり前のように知ってるから、てっきりもう誰かから聞いてるかと思ってました。すみません、びっくりさせちゃいましたね」
「せっかくですし持ってみます? 驚かせたお詫びに、特別ですよ!」
「ね、意外と軽いですよねぇ。叩いたらいい音するんですよ? ほらコンコンって。でもすべすべなのはみんなの肌と変わりません! 特に今は、よーく手入れした直後なので!」
「……な、なんか、すっごく真剣に見てますね。そ、そんなに顔を近づけて、じっくり見られると、ちょっと……あはは……少し恥ずかしいかも……?」
「……はい! もうおしまいです! やっぱり先生ちょっと見すぎです! まったくもう! これ、私の生足なんですから! 次にやったら、ヤスリかけと仕上げ磨き、手伝ってもらいますからね!」
「……え? ぜひやってみたい? ……ふふふ、またまたご冗談をー!」
[アオの頭をなでると彼女は少しうつむいて、顔をくしゃりとさせた照れ笑いを見せてくれた]
ーーー
・カンナさんと護送バス
「はーい! もうすぐヴァルキューレに到着です! さっきの曲で、チキチキ! 突発カラオケ大会in護送バス! は、これにて終了でーす!」
「えー!」
「ウチまだ歌ってないー!」
「うそつけ! あんたさっきラブソング熱唱してたじゃん!」
「あ、あ、あ゛ー……うへぇデスボイスやりすぎたー。のど痛いー」
「アオちゃーん、また来るからねー!」
「バスガイドおもしろかったよー!」
「ありがとうございます! でも次来るなら、ちゃんと正規の手続きで来てくださいね! 廃墟地区から不法侵入はもうダメですよ!」
「えー! めんどくさいー」
「ゲヘナの寮の部屋、まだ残ってるかな? ちゃんと帰れるかなぁ」
「矯正局って脱獄できないっけ?」
「わがまま言うと次はツルギちゃんが来ますよー?」
『すいませんでしたー!』
「うーん! 素直でよろしい!」
ちょうど会話にオチが付いたところで、ゲヘナからのお客様を乗せていたバスが、目的地であるヴァルキューレ警察学校に到着します。
いえ、お客様はちょっと良いほうに脚色しすぎですね。
こちらの護送バス(大型観光バスを流用したもの)を、ぎちぎちに埋めておりまするは、トリニティ・ゲヘナ境界地区で“悪さ”をして捕縛された、強制送還ゲヘナっ子たちです。
バスが停まって点呼を終えたらすぐさま、警戒モードに切り替えまして。
手を縄でつながれ数珠繋ぎになりながらも、和気藹々とバスを降りてくるみなさんを、転んだりしないか見てあげながら、ヴァルキューレのお巡りさんへ引き渡します。
「みなさーん、もう“悪さ”しちゃだめですからねー! アオちゃんとの約束ですよー!」
『はーい!』
「よーし!」
沈みかけの赤い日差しに照らされて、みなさん笑顔で歩いていきます。
こういう子たちって、たいてい根は素朴で、お返事は素直で元気なんですよねぇ。
だからうまいことご機嫌にしてあげてれば、ありがたいことに結構“いい子”になっててくれます。
……もっと現場が荒れてるひどいときには、特に引き渡しの際には脱走を試みる子がいたり、共謀して罵詈雑言を叫びながら全員で暴れ回ったりってこともあるそうで。
そんなわけで対応の職員さんは、緊張気味にゲヘナっ子さん達を屋内へ収めていきます。
ほんと、いつ見ても大変そう…… お勤めご苦労様でございます。
「では、遊園アオさん。ご協力ありがとうございました」
「いえいえー」
ぎぎぎと閉じる悪者専用の出入り口を見送って、がちゃんと鍵の閉まる音を確認しまして。
さてさてあとは、正面入り口へまわって三階の公安局事務室へ向かいましょう。
護送完了の確認書類を出してもらいに行くわけですが、ここからだと回り道になっちゃって結構大変なんですよねぇ……
って、あっ! 今しがた、こちらに来てくれているあの方は!
「カンナさーん! それいつもの書類ですよね? わざわざ降りてきてくれたんですか?」
「ええ、まぁ。アオさんが担当の護送はいつも静かで助かっておりますから。私が階段を歩く程度はいたしませんと、バチが当たってしまいます」
「えへへ、ありがとうございます!」
「いえいえ」
護送のお仕事をする際には、いつもお世話になっているのがこのお方。
次期局長とも噂される公安局のエース、尾刃カンナさんでございます!
「狂犬」だなんて呼ばれることもあるそうですが、とんでもない!
私にとってはいつでも誠実に対応してくれる、とっても優しいおまわりさんです!
「アオさん、お疲れさまです。なんでも、今日は特別に人数が多かったとか?」
「そうなんですよぅ! ……もうだいぶ暑いですから、不良さんたちも元気にハメをはずしちゃうような時節ごろなんでしょうか」
「ふ、ふっ……そのような、風物詩のように言いませんでも」
「……はぁ、トリニティからゲヘナへ直送できれば楽ちんなんですがねぇ……いつも引き渡しの中継役、ありがとうございます」
「いえ、これもヴァルキューレにしかできない、重要な業務ですから」
「ひえぇ頼もしい。ありがたみ液に体がひたひたです」
「……いま、なんとおっしゃった? 液? ひたひた?」
「ひたひたー」
今回の子たちは、本来は矯正局に収監されるほどの悪事は働いていません。
せいぜいが、郊外でちょっと大規模な喧嘩騒ぎを起こしたくらいです。
だから本当は、お説教と数時間の反省部屋程度で済むはずなのですが……
……なんといっても、学園の境界を越えてしまったのがいただけませんでした。
特に学園同士の仲が悪いトリ・ゲへ間。
こちらの越境では、すべての事件にテロ疑惑がかかって、あっという間に公安局案件に大出世しちゃいます。
正実も公安局も、きっとゲヘナの担当部署も、みーんなお仕事が増えて、やになっちゃいます……
「……ところでどうでしょう? トリニティ・ゲヘナ間の引き渡し協定については、やはり目処はつきませんか」
「さっぱりですねぇ。どこかの派閥か何かが横やりを入れて止めてるんだと思うんですが……。……上はともかく、現場でくらいはもうちょっと融通を利かせたいんですけどねぇ。ゲヘナの風紀委員会さんあたりとは、なんかうまくやれないかなぁ」
「どこの組織もやはり気苦労はあるものですね……」
「……そりゃあ、そうですよぅ」
「はぁ……」とため息を吐いたのは、私とカンナさんで同時でした。
かぶってしまったことにお互いにちょっと目を丸くして、ちょっと見合って、小さく一緒に苦笑をしちゃって。
「はいやめやめ! 暗い話はおしまい! そんなことよりカンナさん! 例の約束は覚えてくれてますか!?」
「おや、約束。……くっくっ……なにかありましたでしょうか?」
「あーにやにやしてる! わざととぼけてますね!? ひどい!」
「はははっ……失敬、つい。……「3回連続で穏やかに護送が済んだら、一緒に食事を」でしたか。もちろん覚えておりますよ」
「わぁい! これでやっとゆっくりカンナさんとおしゃべりできます! がんばったかいがありました! ……あ、お仕事の方は大丈夫です? 終わるまで私、どこかで時間つぶしてましょうか?」
「いえ、アオさんが来ることは予定でわかっていましたから……本日の業務は片づけておきました。このまま出られますよ」
「ひゃー! かっこいい! うれしい! やったやった!」
「まったく、大げさな。私のような者とそのような……アオさんは物好きですね」
「えっへっへー!」
かつてどれだけ口説いても、「特定の学園の生徒と懇意になるのは職務上よろしくない」と、かわされ続けたカンナさん。
やっと捕まえられました! ふっへっへ。おまわりさんがお縄になるとは、これ如何にー!
バスの運転手さんには、私をおいて学園へ帰ってもらうようにお願いしまして。
小躍りしながらヴァルキューレの正門を出て、夕方の町に繰り出します。
さーて、なんのお話しようかなー? あ、門限までの電車も調べないと!
「カンナさん!」
「……はい、なんでしょう?」
「今日は、ぱーっ! と行きましょうね! ぱーっと!」
「ええ、お付き合いしますよ」
「いえーい!」
……私はもちろん楽しみます。
あとは加えて、ちょっとでもカンナさんの息抜きになってくれたら、うれしいんですが……
……ふんふん、ふすんっ! と鼻息込めて気合いをいれます。
それこそ私の、“楽しませ
がんばるぞ! おー! だなんて、夕日に向かって、腕を振り上げて……
となりで見ていたカンナさんに、きょとんとされてしまいました。
ははは、お恥ずかしいー。