[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
遊園アオ2年生、秋ごろのお話。
みなさん、やっぱりチャーハンはパラパラ派ですか?
強めの火加減や、卵と絡めたり、マヨネーズを加えてみたり……チャーハンをべっちゃりさせない方法はいろいろとありますが、実はひとつ外道とも言えるような裏技があるのです。
それは……最初にいれる油を、めーっちゃ多くすることです!
もちろんできあがったチャーハンはギトギトになります。でも米粒はパラパラなんです。
だからどんなに頑固なゲヘナっ子にも、「チャーハンがパラパラじゃない!」だなんて、文句はいわせません!
「ですよね! フウカさん! とりゃー!」
「そんなことより量! とにかくたくさん、がんばって知らない人!」
「はーい! かしこまりー!」
私が両手をひろげてやっと抱えられるような大きな大きな中華鍋。
これに山盛りになったご飯を気合いと根性で回します。
お隣ではフウカさんが目にもとまらない包丁さばきで焼いたお肉やネギを刻み、何個もの卵を同時に割ってまぜまぜしています。
フウカさんの準備した具材と調味料をお鍋に追加して、ざっと仕上げたらお皿にあげて、また卵を炒める最初の行程から次の分を……!
「おーい! まだかー!」
「え? 今日チャーハンだけ……? おうどん食べたかったのにー」
「遅いぞー! 給食部なにやってんの!」
「チャーハンならパラパラよこせパラパラー!」
今日のゲヘナ給食部のメニューはチャーハン一択です。
なぜってこの広い厨房でも、今働ける人は私とフウカさんの二人だけ……他は作れる人がいないから……!
「今がんばって作ってるんですー! 待っててくださいってー!」
「う、ううぅ……先輩たち、なんで……どこいっちゃったの……」
「わ、わ、フウカさん、あとちょっと、もう15分でお昼終わりですから……! 泣かないでがんばりましょ!」
「ううう……うん……」
給食部のフウカさんをなだめすかし、どうにかこうにかお客様をさばいていきます。
せめてお客様には、カウンターへ詰め寄ってまで騒がないでほしいんですが、そちらにかまってあげる時間も惜しいです。
どうせ文句を言っても変わりません。せっせ、せっせと手を動かします。
さて、そもそもどうして私、遊園アオがゲヘナ学園の給食作りを手伝っているかといいますと……
今日、私はとある事情でゲヘナ学園に潜入調査に参りました。
目的はいくつかありますが、ひとまず情報収集の定番といえば、RPGゲームなら酒場! 学園なら学生食堂の喧噪の中です!
適当になにか軽食を頼んで摘みながら、ゲヘナさん達の会話に耳をすまそうと画策していたのですが……
案内板をたよりに学食までたどり着いてみて、そこで目にした光景は……これぞまさしく阿鼻叫喚と言えるもので……
カウンターに押し寄せてやれ「遅い!」だの、やれ「まずい!」だのと罵詈雑言を浴びせる、たくさんのゲヘナガール達。
なぜかたった一人、ぼろぼろと涙をこぼしながら必死に料理を作る給食部員。
名札を見れば、お名前は愛清フウカさん。
なんだかんだでトリニティのおハイソな風景に染まってしまっていた私は、この光景に固まってしまいます。
……ここに居座って、この状況を眺め続けるんですか?
そう思って耐えきれず、潜入任務という本職をなぐり捨て、厨房へ手伝いを名乗り出た私をいったいだれが責められましょうか。
そうして飛び込みの私の助力が入って、ちょっとだけ混乱から立ち直った給食部のフウカさんは宣言しました。「……もう今日は、無限にチャーハンを作るよ!」と。
ヤケと覚悟に極まったフウカさんは、今まさに、戦場のど真ん中で敵を威嚇する戦士のようで。
その目に宿った迫力にちょっとだけびびりながらも、ひたすらに中華鍋をゆすること、早一時間……
ようやく終わりが見えてきました!
重い鉄鍋を握り続けた腕が限界に達する前に、どうにか切り抜けることが出来そうです……!
「……や、やりきった! これが、最後……!」
「ひゃー! フウカさんお疲れさまです!」
「ふぅー、はああぁぁ……すごい。ほ、ほんとにどうにかなった……!」
「なりましたねぇ……がんばりましたねぇ……! 私、腕が疲れてプルプルしちゃいそうです!」
「ふふ、ありがとう、とっても助かっちゃった。……それでえっと、あなた、お名前が……?」
「え? ……えー、公園(きみぞの)アカです! アカちゃんと呼んでください!」
「赤ちゃん?」
「アカちゃん!」
とっさに名乗った偽名の、微妙なイントネーションを訂正して。
フウカさんと手と手を取り合って、お互いにお互いをねぎらいます。
修羅場をくぐり抜けたフウカさんの目にはちょびっとだけ涙がたまっていて。
その涙は、達成感の色で染まった美しい宝石のような一滴で、目じりを華麗に彩っています。
「それにしてもフウカさん。そもそもどうして、たった1人でお仕事してたんです?」
「……それは……本当は先輩がもう1人いたんだけど……毎日あんまり忙しかったからかな……今日の準備中に急に叫びだして、どっか走っていっちゃって……」
「えぇ……?」
「だから、アカちゃんが来てくれたときは本当に嬉しくって……。……ありがとう、アカちゃん」
「へへへっ、なんのこれしき! お役に立てて良かったです!」
「……わぁ、優しい……泣きそう……」
「あわわわわ……!」
そんなことあります? ゲヘナの給食部ってそんなに大変なんでしょうか? ……いえ、あのクレーム満載な光景を見るにあながち本当なんだろうなぁ、だなんて、部外者の感想は置いておいて。
どうにも感情が高ぶっているご様子のフウカさんに、少しでも安心してもらえるように。
喜びのまま先ほどから握っている両の手を、改めて強く握りしめて差し上げます。
元気をだして。私がいるから!
そんな気持ちが伝わったのか、フウカさん、ちょっと驚きながらも、すごく優しく笑ってくれて。
先ほどまで、まさに地獄のような忙しさの中でしたが、その地獄が初対面の私と彼女に、確かな絆を作ってくれたように感じます。
「あ、でも……アカちゃん、ごめんなさい」
「……ん?」
優しい空気に包まれ、新しい出会いを噛みしめていたところで、どうにも不穏な謝罪がひとつ。
……なんだかイヤな予感が、背筋をぴぴっと走っていきますが、それでも続きを聞かなければいけなくって。
「あなたのこと、通報しちゃったんだ。……風紀委員会に」
「……え!? なんで!??」
「だってあなた、ゲヘナの生徒じゃないでしょう?」
「……ええ!?」
衝撃の告白に、一気に頭が真っ白になります。
ば、ばれてしまっておりますよ! 私のスパイ大作戦!
潜入の準備に手は抜いてなんかおりません。
制服はそっくりなのを特注してきっちりしっかり着ております!
黒のワイシャツに赤のネクタイって色合いがしっくり来てて、かっこいいですよね!
さらに念のため、かつて偽ヘイロー投影装置をつけていたアタッチメントを再利用して、ゲヘナっぽい付け角まで設置してます!
なんかヤギかヒツジか、大きめで後ろへくるんと丸く伸びてるやつです!
見た目だけなら完璧なゲヘナ生徒を装えていたはず……
それでも見破られてしまったという事実に、動揺を隠すことができません……!
「なんで、バレちゃいました……? ど、どうして……?」
「……だって、ゲヘナの子だったら」
「だったら……?」
「……絶対に、あのタイミングで手伝いになんか入ってくれないから……」
「…………え、えぇー?」
どこか悲しそうに、いえ、達観したように呟くフウカさん。
この言葉が当然のように成り立ってしまうゲヘナの環境にどん引きします。
あれを助けないのが当たり前……? そんな悲しい信用がありますか……?
あまりにあまりなお話に、取り繕うための思考もまとまりません。
……ゲヘナって、こんなに過酷な学園だったんですね。
そうやって、茫然自失としていたのが良くありませんでした。
あの時……私がゲヘナ生でないと宣言された瞬間に、とっさに駆け出し食堂を飛び出していれば、きっと私は助かっていました。
でも、そうであったと気がつけたのは、後から冷静になってからこと。
手遅れになった私に、背後から近づく気配が一つ。
「……フウカ、それがスパイ容疑の?」
「あ、ヒナさん……はい、この子がそうです」
ぎぎぎと首を鳴らして振り返れば、そこにはゲヘナ風紀委員の腕章をつけた生徒が、入り口を塞ぐように堂々と立っておりました。
「……あ、終わった」
その子は見た目こそ小柄でかわいらしいお姿ですが……
その、オーラが……違いますよね……もう、あからさまに。
一目見ただけで、「わ、この子やばい強そう……」とわかってしまうほどの雰囲気の持ち主でして。
背中に背負う重機関銃の迫力も相まって、この食堂の唯一の出口を占拠されてしまえば、もう逃げ出せるビジョンがまったく持てなくなっちゃいます……
「報告ありがとう。……それじゃあ、あなた。おとなしく付いてくるなら手錠はかけないけれど?」
「……はい……ついていきます……」
「そう。良い判断ね。……なおさら、ゲヘナらしくないわ」
「て、手厳しいぃ……」
「あ、あの、ヒナさん……!」
「……?」
肩を落として連行される私を、フウカさんが引き留めてくれます。
「その子……アカちゃんですが、今日の給食部を本当にとっても助けてくれて……だから、怪しすぎるので通報はしたけど、処罰は優しくしてあげられませんか……?」
「……罰則は取り調べ次第だから、あまり期待はさせられないけれど」
「それでも、できる限りでかまいませんから……」
「……まぁ、考えておくわ」
ふ、フウカさん……!
ああ、よかった……そうですよね、それくらいの絆は、私たちの間に築けていたんですね……!
やっぱりあの時、私の任務を放り出してでも、手伝ってあげて良かった……!
……と、思っていた矢先に。
「……でも、それでももし、アカちゃんに罰がくだるようなら……」
「……ん?」
「給食部での苦役を……! 労働力として有効活用を……!」
「ええ!? く、苦役!? 労働力!? フウカさん!?」
「また一緒に働ける日を楽しみにしてるからね! アカちゃん!」
「フウカさん!? あなた思ってたよりだいぶん強かですねぇ!?」
苦味を耐えるような表情から一転、とってもいい笑顔で私の罰について語るフウカさん。
一方的に驚く私へ、ぱちんとウインクを決めて、一言。
「でないとゲへナでは生きていけないから!」
「それはたしかに!」
「……ほら、もう行くわよ」
「……ぐへぇ……すそ引っ張らないでぇ……」
ああ、そうですよね……!
そりゃあこの子も、この過酷なゲヘナで生活している生徒の一人なんですよね……!
初めてのゲヘナ100%の空気に目を白黒させてしまっているうちに、風紀委員の子(ヒナさんってお名前らしい?)に引っ立てられて、歩き出します。
「アカちゃん、無事に帰ってきてね! ……もう、一人はいやだから……!」
「……ああもう! そんなこと言われたら戻ってあげたくなっちゃいますね! がんばりますよ! 明日の献立を考えておいてくださいね!」
「はい!」
「……この子の処遇を決めるのは、私なのだけれど」
静かに漏らされたヒナさんのつぶやきは、私とフウカさんの友情を前に、儚く響くばかりです!
風紀委員の取り調べは、きっと厳しいものに違いありません。
でも、手にしみこんだこの中華風味な臭いを糧に、私、絶対に負けないんですから……!
待っててくださいね! フウカさん、私の中華鍋ちゃん! 明日になったら酢豚でもチンジャオロースでもなんでも作ってあげちゃいますからね!
……なんか、本来の目的を忘れかけているような気もしますが、まぁまぁひとまずそれはそれ。