[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
「ぶへぇ……もう全部話すので許してくださいぃ」
「……まだ何もしていないけれど」
「あの牢屋はやですぅ……トリニティにはちゃんと帰りたいんですぅ……」
「……そう」
よく考えれば、私の帰る場所は給食部ではなくってトリニティでした。
なんだかあの場の雰囲気に流されかけていましたが、それはそれ。
地下特有の薄暗さ、うちっぱなしコンクリートの壁、飾り気のない正方形の机と座面が硬くて冷たいイス。
ヒナさんの後を追って戦々恐々としながら歩き続けて、たどり着いたのはゲヘナの特別牢……ではなく、そこに隣接した取り調べ室です。
イスに座れば、変装のおかげでちょっと短いスカートのせいで、お尻がひんやり、もじもじしちゃいます。
正面に座るのは、ヒナさん。その奥に、部屋の入り口を固める風紀委員がお二人。
私は壁を背後に、まぶしいライトを突きつけられます。
頭数では負けてて、逃げ口はふさがれ……ちょっとでも変なことを言えば扉を出てすぐにある、鉄格子の向こうに突っ込まれるのでしょう。
とっても合理的で圧迫感を感じる配置に、思わずほれぼれしちゃいます。
……うそです。やっぱり怖いですぅ。
「で、まずはあなたの所属と名前を教えてもらえるかしら?」
「……トリニティからきました。
「……遊園アオ……名前を見たことがあるわね。あなた、正義実現委員会の?」
「な、なんでそれを!?」
「ゲヘナ風紀委員の情報部を甘く見ないでちょうだい……仮想敵の人員名簿くらいは、頭に入っているわ」
「うひゃあ……」
さらに重ねて、「さすがに顔までは知らなかったけれど」とひとりごちるヒナさんの超然ぶりに、冷や汗をかきます。
……周りに控えていた他の風紀委員の子も「すげー……」って顔をしてますね。
やっぱり名前だけで一瞬で相手の素性を看破できるのは、さすがのゲヘナ情報部といえどヒナさんだけ、なんでしょうか。
先ほど牢の付近を歩いたときも、ヒナさんを一目見ただけで震え出す子がいましたし……
ヒナさんって実は、風紀委員の中でも、特にとってもすごい子なのでは……?
「……それにしても、仮想敵、ですかぁ」
「それがなにか?」
「いえやっぱりゲヘナ風紀委員会は、ウチの正義実現委員会には、あんまり良い感情がないんだなぁと思いまして」
「……それはそちらも同じではないの?」
「そうかなぁ……? そうでもないかも……? アコさんのおかげで」
「……? アコのおかげ?」
いぶかしげに小首をかしげるヒナさん。このお姿だけなら、もう抱きしめちゃいたいくらいに愛らしい見た目をしているのですが……
この状況では、さすがにちっとも侮れません。
さてはて、正実内でのゲヘナへの感情……最近はどうでしょうかね……?
実は今、正実では絶賛、ゲヘナのおいしいお茶菓子ブームが起こっております。
というのも、アコさんってお手紙を返してくれる時、必ずなにかお菓子をつけてくれるんですよね。
それを毎度私が大喜びで正実のみなさんに振る舞うものだから、知らなかった様々な銘菓でお茶会が盛り上がること盛り上がること。
いつもアコさんからのお手紙には必ず、「もうこの手紙が最後ですからね! 次はないですからね!」と書いてあるのですが……
こちらからもその都度お礼のトリニティ銘菓を送ると、ちゃんとまたお手紙を返してくれるあたり、アコさん、とってもとっても律儀で優しくって……!
と、いったことを、ヒナさんに説明していきます。
「……最近アコがやたらめったら百貨店やら地元の菓子店を調べていると思ったら、そういうこと」
「アコさん、文ではあーだこーだ言ってても、結局なんだかんだ丁寧で優しくって、私大好きです!」
「……そう。そもそも、どうしてアコとそんなに親しくなったの? あまり接点がないと思うのだけれど」
「いやぁ、たしかこの前の春先だったでしょうか? 現場で二人っきりで閉じこめられまして……」
「……ああ、なるほど。あの時の」
ヒナさんがいともたやすく納得してくれたのに、驚きます。
アコさんが以前、正実の誰かと窮地に陥ったお話はご存じのようでしたが……よくこんなにすぐに思い至りましたね。
ヒナさんの記憶力が桁違いなのか……それとももしかして、ヒナさんはアコさんと親しい間柄なのでしょうか?
となると以前から、ちょっと気になっていたことがありまして……
「……えっと、ヒナさん。アコさんとよくお話ってします? もししてるなら、アコさん、私についてなにか言ってたりしませんか……?」
「……どういうこと?」
「いえ……ぎりぎりお手紙のやりとりは続けさせていただけてるとはいえ、私のやり方、ちょっと強引かもでしたから……本当はアコさんに嫌われていないかちょっと不安で……」
「…………なるほど」
押し黙って考えるヒナさんを、覚悟を持って注視します。
いえ、注視できてるかな……? 不安げに上目づかいになってないかな……?
もっと何かを言い訳したくなるのをぐっとこらえて、待つこと数秒。
「……あなたの名前は、アコの口からは聞いたことはないけれど」
「……な、ないけれど?」
「お菓子を選ぶアコはいつも楽しそうだったから、おそらく大丈夫ではないかしら」
「……っ! やっぱりアコさん優しいやったー!」
「ただその態度は嫌がられると思う」
「なんでー!?」
ヒナさんの表情は変化が乏しくってわかりにくいですが、今この瞬間はわかります。
さては呆れておられますね!?
でもいいんですー。嬉しいから浮かれるのも仕方ないんですー!
もう! アコさんったら素直じゃないんだからー!
「はしゃいでいるところ、悪いけれど」
「あ、はい」
「……そろそろ本題に入るわ。……遊園アオ。そもそもあなたは、何のためにゲヘナへ?」
「ぐえぇ……え、えーっと……」
ヒナさんのにらみつける攻撃。
これ、魔法かなにかでも使っていないですかね?
さながら私の周りの空間ごと、圧力がかけられているかのようで。
私の体が物理的に”きしみ”の音をあげますし、口からはカエルのつぶれたような声が鳴ってしまいます。
「あ、あはは……ゲヘナってどんなとこなのかなー? って気になって来ちゃった感じで……」
「は?」
「あ、いやごめんなさい、本当のこと言います許して……」
「次はないわ」
「はいぃ……」
さすがに今のおふざけは蛮勇でしたね……反省です……
とはいえ、本当の目的も、今言ったこととあんまり違ってはいなくてですね。
「えっと……今回の潜入の目的は、ゲヘナの意識調査です」
「意識調査、ね。続けて?」
「つまりですね、ゲヘナの方たちとか風紀委員のみなさまとかって、実のところトリニティのこと、どう思っているの? とか。あとは、ゲヘナの常識ってどういうものなの? とか。……実際に見てみたらちょっと予想以上に世紀末な感じで、戸惑っちゃいましたけど」
「それは、なんのために?」
「……私、生粋のトリニティ生ではないので。トリニティとゲヘナのいざこざのこと、先輩たちから話こそ聞いてきましたが、あんまり実感がわかないんですよ。だから、現地で空気感を知っておきたかったんです。……私の、やりたいことのために」
「やりたいこと?」
「はい!」
目の前のヒナさんの、紫紺に染まる目をじっと見つめます。
正直、こうして風紀委員につかまって尋問をうけるなんて状況は、任務の前はまったく想定していませんでした。
ですがこうやって私を捕まえてくれたのが……ちゃんと面と向かって話を聞いてくれているのが、風紀委員の中でも影響力を持っていそうなヒナさんだったのは、とんでもないほどの幸運であるのです。
なぜなら、この度の潜入に際しましては、実はもう一つ目標がございまして。
それをヒナさんならば、叶えてくれるかもしれないから。
……だから、いまこの場で、私は手札を明かすことにします!
「やりたいこと、やらなきゃいけないこと、です! ……ヒナさん、いえ、ゲヘナ風紀委員のみなさまに、私から提案があるんです!」
「……なにかしら?」
「トリニティ正義実現委員会とゲヘナ風紀委員会。この2つの組織で”合同火力演習”を、したいのです!」
「……合同火力、演習?」
「そうです! ヒナさん! 楽しい合同訓練で、ちょっとでも親睦を深められればなと、私、考えておりまして!」
そう! このアオちゃんが、お互いの距離を無理矢理にでも縮めてやろうというのです!
きょとんとする首を傾げるヒナさんへ、さぁ今こそ、渾身のプレゼンテーションを始めましょう!
「こちらをご覧くださいな!」
机にたたきつけるは一束の企画書……!
こちら、私がこないだふと思い立って一晩でざっと書き上げて、正実の委員長の机へ放り投げておいた、ご一冊!
なんか私の知らないうちに、とんとん拍子にお上の決裁が通っちゃった不届きもの!
その上、なぜかいつのまにか私が責任者とされていて、ここ最近の私の胃をすりつぶそうとしている、呪いの一品でございます!!
「さぁ、ヒナさん! 覚悟しておくんなまし! ついでにお願いですから、ゲヘナ側の現場責任者になってくださいな!」
「えぇ……?」
「はい。ではまずは1ページ目の、“前提”の項をご覧ください」
「そこは冷静に話すのね……」
勢いだけでは通じない空気を感じたので、瞬時に真面目モードへ切り替えまして、懇切丁寧に解説します。
冗談なんて一切なく、本当に、切実に、私はゲヘナの協力者を求めているのです……!
どうしてこんな突拍子もない案件が、瞬く間に偉い人のもとへと届いたのか、それはわかっておりません。
でもなんか、もうちゃんとやりきらないと怒られちゃいそうな流れにまで、なってしまっていますので!
だからお願い……! 通じてください! この気持ち!
私、この苦難を分け合える仲間を欲しておるのです!
ヒナさん、ヒナさん。こんな哀れな私を助けると思って、お情けひとつ、くださいなー!
ーーー
風紀委員会の事務室の端っこ。
パーテーションに区切られた打ち合わせ用の簡易スペースで、アコは書類のページをめくるヒナの向かいに座る。
「で、今ヒナさんの手にあるそれが、遊園アオが置いていった例の企画書ですか……」
「そう。なかなか良くまとまっているわ。アコも読んでみる?」
「いえ、ヒナさんが全部読んでからで結構ですよ。……それにしても良くまとまっている、ですか。……まったく遊園アオ、アレは妙に読み味の良い文章を書くんですよねぇ」
「そうね」
アコは、いくらか前に遊園アオから送られてきていた、茶菓子の包装を破いて空ける。
銘菓「トリニティの卵」。卵形のカステラ生地をホワイトチョコでコーティングした、よく見るようなおみやげ菓子。
アコは思う。この菓子のネーミングセンスは、はたしてトリニティ的に大丈夫なのでしょうか……
これでは羽根つき達が自らを鶏に見立てて、卵を産んだと言っているようなものではありません? むしろもしかして、これは羽つき達の自虐なのでは……? とも思うが、まぁ味はいいから、さておくこととして。
今までは自室に隠していたこれらトリニティ名物を、アオのことを知ったヒナとは、今後二人で分けることができる。
いくら甘味が好物だからといって、一人で食べきるのにも最近は無理が出てきていたので、ちょうど良い。
なによりアコとヒナとの、二人きりのちょっとした秘密にもなる。
遊園アオもたまにはやりますね、とか、アコは思っていた。
「それで、ヒナさんはそれ、どうするんですか?」
「遊園アオが言うとおり、この企画が通って現場の風通しが良くなれば、仕事はかなり楽になる。いちおう、私からも委員長には打診してみるけれど……」
「……今の委員長、根っからのトリニティ嫌いでしたよね? 入学した当初から正実とばちばちにやりあってたっていう……まず通らないのでは?」
「私もそう思うわ。ダメでもともと、ね」
「不憫ですねぇ」
そう、確かに書面の通りに演習が行われ、両校の懇談が滞りなくなされれば、現場での無駄な諍いは大幅に少なくなるだろう。
だがそれは理想論だ。
遊園アオが苦労してゲヘナへの潜入などを画策し、さらに運良くヒナに話を聞いてもらえてさえ、そんなものはまだ序の口で。
もう1歩先に進めようとしただけでも、対立の歴史という越えがたい壁がある。
(もし遊園アオから、手紙ごしで愚痴がくればどう対応をしたものか……)
物悲しい未来を予想して、アコは少しだけ憂鬱になる
その想像では、面倒な気分になりながらも、慰めの文をしたためるアコ自身が垣間見えた。
「そういえば、遊園アオの処遇は? ヒナさんの権限である程度は緩く収めたと言ってましたが、さすがに無罪放免とはいかなかったんですよね?」
「ああ、それならフウカの要望通り、一週間の給食部労務にしておいたわ」
「……え、それは並の禁固よりもずっと厳しいのでは?」
「いいのよ。それぐらいでないと反トリニティの過激派から反感を買うわ。……遊園アオ本人は喜んでいたけれどね」
「えぇ……?」
あの空腹時特有の暴言飛び交う、地獄のさなかに自ら飛び込む精神性を、アコは理解できない。
……が、遊園アオのことだ。飢えた猛獣のごときゲヘナ生すら、口八丁で絆してしまうのかもしれない。空恐ろしい……
「アコ、もうすぐ読み終わるわ。あとちょっと待っててくれれば……んん!?」
「ど、どうしました!? ヒナさん!」
「これ……」
「え? 最後のページです?」
「読めばわかるわ……」
声に出して狼狽えるという、ヒナにしては大変に珍しい様子に、アコは慌てる。
恐る恐る目に収めるのは、丁寧に並ぶ文章のうちの、最後の最後に後から追記されたのであろう部分。
いっそ場違いなほどに長い空行の後に、そっと添えられた一文を見て、驚愕に目を見開いた。
「……『なお、以上の計画は連邦生徒会長承認済みである』!? ご丁寧に連邦生徒会印まで!」
「……これでは、話が変わってくるわね」
「まったく! 連邦生徒会長肝いりなら、最初からそう言えばいいものを! こんなの、この企画はもうだれも蹴れないじゃないですか! ウチで言えばそれこそ万魔殿でも、否とはいえません……!」
「……むしろ、それが良くなかったのかもしれないわね」
「え? どういうことです?」
思考に沈むヒナから答えが返ってくるのを待ちながら、アコはせめて、少しでも心を落ち着かせる。
「これが連邦生徒会長が認めている案件ならば、アオが何もしなくても、そのうち万魔殿よりもさらに上からの指示で、私たち風紀委員にも演習参加が命令されていたでしょう」
「たしかにそれは、そうですが……」
「決して断ることができない合同演習。それもトリニティ発案で強制されたもの……これでゲヘナが荒れないほうがおかしいわ」
「あっ……」
「この演習、もう行われることはほぼ確実になっている。……その上で、企画の発案は、
「……というより、そうでもしないと一部の過激派が暴動をおこしますよね?」
「アオはそれを見越して、わざわざこの企画の存在を知らせるために、ゲヘナまでやってきたのね」
「でも、それならそうと多少なり親交のある私を頼ってくれれば……」
「この類の案件なら、現場からの発案でなければ違和感があるわ。……だからアコは頼らなかったのね」
「……遊園アオ、絶対にそこまで考えていないと思いますが」
「アコ」
「はい?」
ヒナからの親しくも厳しい、短慮を咎める視線がアコを貫く。
「あのアオの態度も、そう思わせるようなブラフかもしれないわ。油断しちゃダメ」
「……えぇ、まぁ。はい、わかりました……?」
……正直なところ、釈然としない。
だがこの連邦生徒会長のお墨付きを前にしては、個人の感情などすでに意味はなされない。
アコ達はすぐに動き出さねばならなかった。
「すぐに委員長に報告してくるわ。……準備に忙しくなるかしら。アコも覚悟をしておいた方がいいかも」
「……ああもう……これだから遊園アオは!」
雑談から仕事モードへと、颯爽と切り替えて身をひるがえすヒナにならい、アコも乱暴に席を立って、事務方の仲間たちへ急報を知らせに走る。
すぐに事態は動くであろうが、それでも先んじて対処できることを考える。
……連邦生徒会長までを動かすとは、はたしていったい、遊園アオはどんなマジックを使ったのか。
アレはまだゲヘナにいる。アコは彼女に直接問いに行こうとして……やめた。
口を利いてしまえばどうせまた、訳の分からない理論に振り回されて、困惑し、憤慨し、結局は協力させられるのだ。
(ならば最初から、関わってなどやるものですか……!)
アコは反感を糧に走り出す。
「……遊園アオなんて、せいぜいが散々に憶測で話されて、噂されて……そうして風邪とかひいて、くしゃみでもしていればいいのです!」
口から漏れるのは、愚にも付かない恨み節。
どこか遠くから、本当にくしゃみの音が聞こえてきた気がして。
それはそれで、なぜか余計に腹が立った。
次回は時間をちょっとさかのぼって、連邦生徒会と、今回の事の発端についてのお話になります。