[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
ある朝いつも通りに正実へ出勤しますと、委員長が私を見つけて開口一番、言いました。
「アオ、あなたちょっとサンクトゥムタワーまで行ってきな」
「はい?」
「連邦生徒会長が会いたいってさ」
「はいぃ!?」
疑問は山のようにあれど、「指定された時間、すぐだから。急いでね」と重ねて言葉を受けます。
時計を見れば伝えられた時間までは、D.U.の行政区への移動時間を考慮すれば、ギリにもギリのタイミングでして。
とるものもとらずに飛び出して、電車に乗って、走って走って、たどり着いて。
受付もそこそこに応接間に通されたのが、ついさきほど。
約束の面談の開始まで、あと10分のことでした。
「……え? 結局、私どうしてここにいるんです?」
やっと一息ついた所で、当然のように浮かぶクエスチョンマークに答えてくれる方はいらっしゃいません。
「えっと、ええーっと……あわ……あわわわっ……!」
そして当惑の次に襲ってきたのは、緊張でした。
もうわけもわからぬまま、気が付けばあと数分でこのキヴォトスで一番偉い人と会うのです。
いくらお気楽気質な私といえど、準備もなしにこんな状況につっこまれれば緊張だってします!
さらに緊張を加速させるのが、このお部屋。なにせここは、“あの”連邦生徒会のお客さんへ対応するための応接間です。
トリニティとはまた違った格式高さを感じさせるクラシックな調度品や、ふかふかのカーペットに戸惑います。
なによりこの、柔らかすぎる革張りソファが逆に落ち着きません。
これ、どうやって座るのが正解なのでしょうか?
深く座りすぎるとふんぞり返って偉そうになっちゃうし、浅く座るには柔らかすぎるし前傾にもなって姿勢が悪いし……
え? もしかして中腰で背筋を伸ばすのが正解です?
このふとももの筋トレみたいな姿勢でずっといるべきです?
ああ、もういつ生徒会長がいらっしゃるかもわかりません。
出会い頭に粗相をしないためにも、常にしっかりとした姿勢を保たねば……!?
あ、まずいです。中途半端な空気イス状態で、足がぷるぷるしてくるぅ……
「う、うぐぅ……ううぐぐう……」
「……何をしてらっしゃるのですか?」
「うきゃあ!? も、もしかして連邦生徒会長です!? こんにちは! なんかテレビでみるのと感じが違いますね!?」
「……私は統括室の七神リンです。会長ではございません」
「えっ!? こ、これは失礼いたしましたー!!」
「止める間もなく土下座なさらないでください……」
「ひええ……すみません……」
失態です……慌てに慌てて謝意はから回って、お相手を単純に困らせてしまいました。
床に擦り付ける寸前だった顔をゆっくりと上げます。
すると目に入るのは、入り口すぐの場所に立つリンさんと名乗ったお一人だけ。
怪訝そうな目つきで私を見下ろしています。
連邦生徒会長はいらっしゃらないご様子です。
「遊園アオさん、お待たせして申し訳ありません。会長ですが、事前の会議が長引きお見えになるのが予定より遅くなりそうです。……と、伝えに参ったのですが」
「ああ、わざわざありがとうございます。でもリンさん、いつのまに部屋の中へ? 私ぜんぜん気が付かなくって……」
「ノックはしたのですが……応答がないまま、くぐもった声まで聞こえてきたもので。失礼は承知で入室させていただきました」
「こ、こちらこそごめんなさいー! いろいろ限界で上の空だったんですぅ……!」
「いえ、ご無事ならなによりです」
リンさんは何事もなかったかのように、すました顔でこの状況を流してくれます。
……私の体の熱が、すべて顔に集まったかのように感じます。
鏡を見なくてもわかります。これはきっと顔面全部、真っ赤に染まっておりますねぇ……!
必死にうつむきながらも、どうにかこうにかソファへ座りなおしまして。
しばらく顔を両手で覆っていると、リンさんがお向かいに座ってくださる気配を感じました。
「……せっかく来ていただいたアオさんのお時間を無駄にするのも忍びありません。会長がいらっしゃる前にあらかじめ、私の方でお話を伺わせていただければと思いますが、よろしいですか?」
「あ、はい…… でもえっと、そもそも私、今日はどうして呼び出されたんです?」
「……はい? こちらの企画書を作成したのは、アオさんでは?」
「あっ! なんでそれがここに!? ついこないだ、ざざっと書いたやつです!」
「こちらは先日、会長が唐突に持ち出しまして……実行にあたり、ぜひ発案者からも詳細を聞いてみたい、と」
「実行……? はへぇ……いつのまにそんなお話に……?」
リンさんの手に収まっているその書類。
まさに私が数日前、どうにか現場の仕事量を減らせないかと夜中のテンション100%で仕上げた代物でありまして。
内容は勢い任せで、本当に演習を行うためには、まだ詰めるべき穴が残っていたはず……
ですのでこれをそのまま形にするのはちょっと難しいと、私は思っておりました。
せめてどこかのだれかの目に留まって、少しでも現場の苦労を知ってくれれば、といった程度の期待が詰まっていたものなんです。
それが、こんなサンクトゥムタワーだなんて立派な建物の、畏まった部屋の中で堂々と掲げられております。
連邦生徒会が……もしくは会長が興味をもって、これを実現しようとしていらっしゃる?
……あ! もしかして!
連邦生徒会は私の案をたたき台に、足りない部分は会長の権力と手腕で埋めて、無理矢理に形にしようとしてるとか?
なるほど! そうと考えれば、私を置いてけぼりにどんどん話が進んでいるのにもうなずけます!
ならば今日の私は発案者ではありますが、きっとせいぜいがアドバイザーですね!
とってもとっても気楽なものです!
「お任せください! なんでも聞いていただければ!」
「ありがとうございます。ではこちらをご覧いただいて……」
ざっとローテーブルに広げられたのは、朱のコメントが様々に入った企画書のコピーです。
もともと考慮すべき箇所はまとめてあったのでしょう。
リンさんは淀みなく質問をあげていきます。
「まず正義実現委員会にて、この計画を許容する下地はございますか?」
「最近の雰囲気なら大丈夫です! 反ゲヘナの委員もいますが、「うまくゲヘナ利用しちゃおう!」みたいに説得します!」
「ふむ、結構です」
まぁ、これはもちろん最初に出る懸念ですよね。
ただまぁ今の正実委員長はかなりの現実主義者なので、実際に現場が楽になるなら全体の感情は抑える方へ向けて動かすはずです。
「ではゲヘナ側はいかがですか? 賛同を得るためにはどのような方法をお考えで?」
「……一人でいいんです。現場近くで、演習の趣旨を理解してくれる協力者が誰か一人だけ作れれば、そこを起点に話はできます。前線で苦労してるのはお互い同じですから」
「ふむ、その誰かしらに心当たりはありますか?」
「いえ、具体的にはまだ……ただ、一番良い人はやっぱり“利用できるものは利用すべき”と考えるようなクレバーな方だと思っています。お互いにお互いを利用しあう形から、関係構築のとっかかりにしたいですね」
「なるほど」
まぁそんな都合のいい人材がいるのかどうなのかは、私にはさっぱり見当もつきません。
ですが! 最悪でも連邦生徒会なら、演習への参加を命じて強引に押し進めることもできますものね!
ゲヘナ側の責任者、いたら御の字くらいでいいのです!
いやぁ、やはり持つべきものは権力ですねぇ!
「では演習の会場については? 記載ではミレニアムの協力を要請すべきとありますが」
「両学園のどちらの敷地で開催してもカドが立ちますからねぇ。ならばミレニアムのスタジアムがちょうど良いでしょう」
「仮想敵に警備ロボの動員を期待したい、とあるのは?」
「目的が親睦ですから、対立を煽りかねないトリゲへ紅白戦はできません。だからなにがしかの仮想敵……ミレニアムの警備ロボット等を、協力して撃退する形が理想なのですが……」
「それではミレニアムの参加のメリットは?」
「正実と風紀委員の本気の動員なんて、それこそ下手したら学園機密レベルです。それら実戦データが得られると誘えば、乗ってくれるのでは? と考えています」
「なるほど、理解しました」
ミレニアムの演習への協力参加も、私がトリニティの一正実委員として要請するならば、はたしてどれだけの苦労があるか計り知れません。
実戦データというメリットを可能な限り数値化して、具体的に効果を示す。そんな本格的なプレゼンが必要でしょう。
ですがまぁ? 連邦生徒会主催なら?
ミレニアムで多少の不満があろうとも、まず間違いなく断られはしません!
虎の威を借る狐とは、まさにこのことです!
その後も短い時間で手際よく問答が繰り返され、企画の中の脇が甘かった部分が補正されていきます。
打てば響くようというのは、まさにリンさんのような方のことを言うんですね。
本当に進行がスムーズで、驚かされるばかりです。
「さて、では……」
「……?」
おおむねの検討が片付いたタイミングのことでした。
リンさんが一瞬、唇をぎゅっと結んだかと思うと、元よりきれいで正しかった姿勢をさらにまっすぐにのばします。
「……最後にアオさん。あなた個人についてお伺いさせていただきます」
「はい? 私? ええまぁ、どうぞ……?」
「では……アオさんはゲヘナ学園という組織に対して、どのように感じておられますか?」
「え? えー……? うーん……べつになんとも……ニュートラルな感じ?」
「詳しくお願いできますか?」
「詳しくもなにも……うーん……?」
聞かれたのは、私について。……さてはて、これはどうしてでしょう?
まぁひとまず質問への答えを真剣に考えましょう。
ううむ……ゲヘナに対して、ですか。
「強いて言えば……みんな楽しそうでとってもよろしい! と思ってます」
「それだけですか? あなたは正義実現委員会として、傍若無人なゲヘナ生徒にはいつも迷惑をこうむっているのでは?」
「まぁ、そうですねぇ。迷惑といえば迷惑ですが……」
私、普段はあんまり具体的に物事を考えていないので、こうして聞かれるとちょっと困ってしまいます。
改めて、普段の思考をトレースしまして。
私がはたしてゲヘナへ……いえゲヘナだけではありません。
関わってきたすべての人々へ、どのようなスタンスで対応しているかと思い起こしてみれば……
「……私、出会った方全部に「今を楽しんでほしい!」って思ってるんです」
「……続けてください」
「えっとだから、トリニティとかゲヘナとか関係なくって……たとえば一般的にやっかいって言われるような、ヒャッハーってしてるゲヘナの方も、野望に燃えて政治闘争をやってるトリニティの方も、等しく「いいね!」って思ってるくらいで……まぁでも他の人に迷惑かけてたら、周りが楽しくなくなるので止めるんですが……ううん、なんかまとまりませんね。すみません」
「いえ、問題ありませんよ。……それで、さらに言うなら?」
「それで……だから……うん、そうだ!」
頭に浮かんではしっくりこない言葉を選びながら、私の中でたゆたっていた感情を言葉に整形していきます。
私がこの企画書を作った際、深夜のタガがはずれていた時、原動力になっていた感情はなんだったのか。
私はトリニティとゲヘナに、生徒のみなさんにどうなってほしいのか……
「みなさんにもっと無我夢中に、いっぱい遊んでほしいんです! さながらそう、“遊園地”の中にいるように!」
「……遊園地?」
「そうです! “遊園地”ってみんな別々の場所から集まって入園して、アトラクションでたまたま隣に座った人が誰かなんて知らなくって……でも「楽しい」って感情を共有できる……そんな場所で……」
「……それはちょっと、わかりますね」
「だから私は、キヴォトスが大きな“遊園地”のようになってほしい。……まだまだ一気にみんな仲良くとは、簡単には行きません。けど、せめて私の手の届く範囲……トリニティとゲヘナの現場くらいから、ちょっとずつでいいですから……すこしでも、みんなが楽しくなってくれるように!」
「……そうですか」
結局私の行き着く先は、
なんか、誘導されるままにしゃべり倒してしまいました。でも、ちょっとはいいこと言えたのでは?
それとも青臭くって恥ずかしいことを言ってしまっていたでしょうか?
気恥ずかしさにドキドキしながら、リンさんから次にいただける反応を待っていましたところ……
「すばらしい考えですね。それ、とっても良いと思います!」
「きゃあ! だれ!?」
唐突に扉が開かれて、どなたかの上半身が斜めにひょっこり飛び出しました。
長く重力にひかれて落ちる、空色と桃色のインナーカラーが目を引く綺麗なお御髪に、活発的な印象をうける大きなおめめと、たっぷりの笑顔。
あわわ、今度こそ以前ニュースのディスプレイごしで見た顔です……! もしかして、この方が……!?
「か、会長!? 連邦生徒会長!?」
「はい。私が連邦生徒会長です。こんにちは、アオさん」
「あわわ、こんにちは」
「……会長、入室するならば一言お声かけください」
「あはは、ごめんねリンちゃん」
そう! 彼女こそ我らがキヴォトスの、連邦生徒会長様でございます!
「ふふふ、アオさん。やはりあなたを見込んで正解でした。では連邦生徒会長の意志として、この件はすべてアオさんに一任するということで。よろしくお願いしますね」
「え? え? え?」
「ああでも、ごめんなさい。ちょっと今は立て込んでて……本当はもっとゆっくり話を聞きたかったんですが……また今度、ゆっくりお話ししましょう?」
「あ……わ、わかりました……?」
「アオさんならできると、私、知ってますから。がんばってくださいね」
「え? は、はい……!」
会長はそれだけ言うと、そのままするっと体を扉の向こうへ引っ込めて、どこかへ去っていってしまいました。
一瞬の出来事に混乱しながら凝視しつづけた扉はしかし、余韻を残してぱたりと閉じたきりで動かなくなってしまいました。
さて、はて……? ええっと? 今のは……?
「……はぁ、会長はまた忙しない……すみませんアオさん、会長が大変な失礼を」
「あ、いえ、それは別に大丈夫なんですが……リンさん、さっきの会長、私たちのここでの会話を聞いていた風な話しぶりでしたが……」
もしかして、この部屋のどこかに盗聴器的ななにかでも? それとも実は会長、隣の部屋で聞いていました?
いや、そんなまどろっこしいことをする理由もないはずですが……
そんな私の疑問への答えは、常識を逸しておりまして。
「……はい。間違いなく、聞いていたのでしょう。……会長はたぐいまれなる聴覚をお持ちです。このサンクトゥムタワーの中でしたら、どこにいようと任意ですべての会話を聞き取れるとか」
「え……すご……。……でもあれ? 会長、さっきまで別の大事な会議に出てたんですよね? 私たちの話を聞きながら?」
「会長本人曰く、おおむね30程度は平行して思考ができるとのことですから。会議との同時視聴も、きっと造作もないのかと」
「……さすがにそれは誇張してません?」
「以前一度だけ、ミレニアム製の専用デバイスを使って、両手と両足の20の指で20の書類を同時作成しておられました。……最低でもその程度は可能なようです」
「え……それはさすがにちょっと気持ち悪い……あ、口が滑った」
「いえ、お気になさらず。……聞かなかったことにいたします」
「ははは……」
「ちょっと! 私は聞こえていますからね!」
「うわぁ! またでたぁ!」
私の乾いた笑いをかき消すように、再度上半身だけを部屋につっこんできた会長様。
神出鬼没、極まれり。一部の生徒から“超人”と呼ばれているだけのことはありますね……
「もう、せっかくアオさんに助け船をと思って戻ってきたのに」
「え? 助け船?」
「さすがのアオさんでも今回は経験不足でちょっと大変かもですからね。調停室に一言伝えて、生徒会印を捺してあげられるようにしておきました。あとでアユムちゃんを訪ねてくださいね」
「え、ありがとうございます……?」
「アオさん、それではまた会える日まで!」
「あ、はいぃ……」
あまりに素早いあれやこれに、会長の離れていく足音さえ、疾風でも吹き抜けたかのように聞こえてしまいます。
会長、もっと厳かな方かと思っていましたが、もしかしてまぁまぁ破天荒です?
……いえ、そりゃあアレくらいでないとキヴォトスのまとめ役なんてできないのかもしれませんが。
「……それではアオさん、調停室への案内に職員を呼んで参りますね」
「は、はい……それはご丁寧に、どうも」
「では、私はこれで失礼いたします。……アオさん、あなたの人柄は私も好ましく思いますよ。演習の結果、期待させていただきます。どうぞ、無理をなさらずに」
「あ、ありがとうございます……?」
去っていくリンさんは、最後にひとつ笑顔をこぼしてくださいました。
リンさんの柔らかい表情、まじめな時とのギャップもあって、とってもかわいらしいですね……だなんて、考えている場合ではなく。
あっという間に応接間に一人残されて、頭の中で先ほどまでの諸々を反芻していきます。
するとどうでしょう。勢いに流される中で、たちどころに決定されてしまっていた一つの事実が浮かび上がってきます。
「……もしかしてこの企画、私が全部、どうにかするんです?」
え? 本当に? 連邦生徒会がだいたいどうにかしてくれるんじゃ、なくってですか?
……うそぉ!?
「あ、あわわわ……た、大変だー!」
サンクトゥムタワーの一室で、私の情けない叫びが響きます。
断れるチャンスはもうはるか後ろに過ぎ去って。この期に及んで今さらできませんとも言えません……!
ああ、やっぱり、そんなに美味しい話があるはずがなかったのです……
私の企画は、私のもの……あたりまえですが責任者も私……そりゃあそうですよねぇ……
心のなかのウイさんが「アホですね」とつぶやくのを聴きつつ、まずは最大の難関、ゲヘナへ渡りを付ける算段を考え始めますが……
うわーん、なにも思いつきません!
もうこれは、なにはともあれ直接潜入してみるほかはないのでは!?
後から思えばになりますが。
多少時間がかかろうとも、まずは落ち着いてアコさんに手紙で泣きつけば良かったのかもしれません。
ただ、頭の中は混乱の土砂でみちみちに埋まってしまっておりました。
それで正しい答えを導けるはずもなかったのです。
その日は後はもう、ゲヘナ変装セットを作るために大急ぎで調達した材料を、両腕にめいっぱい下げまして。
とぼとぼと帰路へと就いたのでした。
「ううーん、どうしてこうなったのー……?」
ーーー
トリニティ学園でもごく限られた者しか入室を許されない、ティーパーティーの談話室にて、ナギサは残り少ない紅茶の余韻を楽しむ。
定例の茶会を終えた後、くつろぐナギサへ向かって無遠慮に近づく影が一つ。
「ねぇナギちゃーん。あの企画書、本当に連邦生徒会に送っちゃったの?」
「ええ、送りましたよ?」
「ナギちゃん本気? ゲヘナとの親睦とか、普通に気持ち悪いんだけど」
「本気とは何のことでしょう?」
ティーパーティーのメンバーの内、セイアだけが先に退室してすぐのこと。
見計らっていたかのようにミカが話しかけてくる。
内容は先程までの会議で話題にあがった、例の企画書のことであった。
トリニティ正義実現委員会とゲヘナ風紀委員の合同火力演習。
この企画についてナギサは書類の提出こそ受けつけたが、ただそれだけ。
推進に向けた活動はしていない……ということになっている。
「先程も話したとおり、私はあの企画書の内容について
「うわぁ、目が笑ってないじゃん☆」
「そうとわかるのはミカさんだけです」
仮にあの企画が実行に移されるのならば、それは連邦生徒会から命じられた結果である。
そういった形におさめておかなければならないほどに、トリニティ全体には反ゲヘナの感情が根強く残っていた。
「……以前に連邦生徒会長は、トリニティとゲヘナの関係を憂慮していると発言しておりましたから。……微力ながらそのお手伝いを、と思いましてね」
「えー? それってただ媚び売ってるだけじゃない?」
「媚びとは人聞きが悪いですね。……特別にミカさんにもわかりやすく教えてあげますと、会長がこれに恩を感じていただければ、後々なにかの譲歩をいただけるかもしれません。そういうことです」
「うわぁ……やっぱり政治ってめんどくさい」
ナギサは脳内で今後の道筋を予測する。
今回の企画、連邦生徒会が主導するならば、ナギサにはなんらデメリットがない。
成功すればティーパーティー傘下の正義実現委員会が活動しやすくなるのは間違いない。
さらに、失敗したところで今後ともゲヘナが暴れるのは普段通りである。
むしろ大きく失敗するようであれば、計画を強行した連邦生徒会長の権勢が削られるはずだ。
結果として今後、連邦生徒会からのトリニティへの干渉を退けやすくなる可能性さえある。
「あー、そういえば、発案のあの子にはがっかりしたなー」
「正義実現委員会の遊園アオさんですね」
「そうそう。おしゃべりしてて楽しいから、結構お気に入りだったのに。かわいい顔してゲヘナ贔屓だったとか、すごーく失望しちゃう」
「彼女も内心では、ゲヘナをうまく利用しようとでも考えているのでは?」
「そうかなー? そうだったら、まだましだけど」
「それでもやっぱり、ちょっとひくよね」と嫌悪感を隠しもしないミカを見つつ、ナギサは考える。
遊園アオは学内のそこかしこに、派閥によらない独特な友好関係を作っていたはずだ。
ナギサは思案する。
遊園アオは発案者として、事が進めば間違いなく渦中に巻き込まれるだろう。
彼女が状況を処理し切れず打ちのめされるようなら、手をさしのべよう。
自派閥に組み込めれば、有用な生徒のひとりになる。
(どちらにせよ。連邦生徒会の動き次第ですね)
ナギサ個人としては、トリニティとゲヘナの融和が達成できるならば、それは確かに良いことだと考えている。
為政者として学園の治安改善を成すためならば、多少の嫌悪感は抑えて、ゆくゆくはティーパーティーとしても施策を行うべきであろう。
しかしそれは今ではない。
この度の企画の規模、すなわち現場で起こる小競り合いへの対策程度では、ティーパーティーとしてリスクを負うほどの価値は見いだせない。
……今後の連邦生徒会長へ、積極的に与するのか否かの試金石。
ナギサの中でこの度の企画は、そう位置づけられていた。
(連邦生徒会長のお手並みを拝見、といったところでしょうか)
最後に残った紅茶を口に含み、飲み干す。
隣でさえずるミカをしり目に、ナギサはトリニティにとっての最善を、ひとり思案し続けた。