[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
遊園アオ、3年生。
エデン条約編、開幕です。
待ち伏せ、ミカさん
私は夜が好きです。
春夏秋冬、いつだって夜はその季節らしいお顔を見せてくれます。
今はトリニティに来てから迎える、三回目の春の終わり、夏の始まり。
昼間はもうだいぶ暑くなって、迫る熱波の予感に気が滅入ってしまいますが、夜はまだまだ優しいまま。
二棟の校舎に挟まれた中庭は風の通り道。
涼しく吹き抜ける夜風はもう十分堪能したので、さあ、パトロールの続きと参りましょう。
校舎内へと舞い戻って、いくつもの教室をつなげる長く暗い廊下を進みます。
頼りにするのは懐中電灯と月明かりと、それからたまに現れる緑色の誘導灯です。
正実のお仕事のなかでも、現在嫌われ者のトップがこちら、夜の当直と治安維持のための見回りです。
昨年までは学区外縁部、すなわちゲヘナ近郊への出動が堂々の万年ワースト1位でございました。
けれど去年の演習が終わってすぐのころには、こちらの深夜労働に首位を奪還されまして。
もう覆ることはなさそうですね。
このお仕事ね。単純にね。眠いんですよ、普通はね。
一晩のほとんどを起きて動いて働いて、次の日も普通に授業があって。
これがキツくないという人はあんまりいません。
特に今日は、ついさっきまで正義実現委員会の新入委員歓迎パーティがありました。
そんなお祭り気分が終わった後の、気が抜けきった時ならなおさらです。
だから少しでも夜が好きな私が、今日は立候補してあげました。
ふふふ、少なくとも私は、夜の間は元気ですから。
明日のことは、しーらない。
で、そうそう、新入生歓迎会についてですが。
例年ならばもっともっと早い時期には終わっているはずの、この行事。
今年は諸々の事情で、延期に延期を重ねていました。
その諸々といえば例えばですね……
セイアさんが入院中とのことで、その不在の長期化で浮き出てきた学内行政の問題ですとか。
連邦生徒会長の失踪による、キヴォトス全体の大混乱ですとか。
急遽赴任されてきた大人、“先生”への対応のあれやこれやですとか。
そんな中でもナギサさんが頑張って破綻させなかった、エデン条約関連の警備計画ですとか。
とにかく様々な問題が一挙に押し寄せまして。
近頃は、学内外問わずみんながみんな、大わらわです。
そんななか、ようやく開かれた歓迎会です。盛り上がらないわけがありません。
昼過ぎに始まり、日が暮れて寮の点呼が近くなるまで、たくさんの新入生とお話することができました。
特にあの子、こないだ現場へムリに引っ張りだしてから、私を「アオちゃん先輩」なんて呼ぶようになっちゃった1年生ちゃんとか。
イチカちゃんと一緒になってコーラ片手に、私に絡んで遊ぶんです。
「遊園アオの良い所をあげつづけるゲーム!」とかって、二人で私を褒め殺しにしてきまして。
さすがの私でもなんか照れ臭くて恥ずかしくなって、肩身をすぼめて体が小さくなっちゃいました。
それでみんなが笑って、結局私も笑って、だいたいずっとそんな感じ。
「……でも、あーあ。楽しかったのに、終わっちゃったなぁ」
なんだかちょっと、寂しいというか虚しいというか。
そんな気持ちもありつつも、のんびりと。
私の足音と鼻歌だけが響く、静かな屋内を歩きます。
治安維持とはいっても、たいていは暇なものです。
それこそ昔は、夜の空き教室に不良さんがたむろしていることもあったそうです。
ですが少なくとも私が入学してからは、そんな事態はとんと聞いたこともありません。
「今日の朝日は、どこから拝みましょうかねぇ……っと?」
独り言をこぼしながら階段を上って、新しい廊下に入りましたところ。
奥の方に、ヘイローの輝きでしょうか? ぼんやりとした明かりを放つ人影を見つけます。
その方は教室の前でイスに座って、退屈そうに足を振っていたようですが……
あ、こちらに気がついたみたいですね。
「あ、やっときた。やっほー☆ こんばんは、アオちゃん」
「あ、こんばんは……えっと、聖園ミカさんですよね? どうしたんです? 忘れ物とか?」
「うーん、あなたにちょっと用事があって。今日は夜のパトロールだって聞いたから、わざわざ待ってたんだよ?」
「え、私に用事? こんな時間にこんな場所で?」
「そうそう☆」
この不思議な状況が夢ではないかとも疑いますが、もちろんそんなこともなく。
まったくもって心当たりがないまま、ミカさんが待っていた場所にすぐ近くの、教室の中へと誘われます。
「ちょっとおしゃべりでもしようよ。あなたとは、少しは話してみたかったんだよね」
ミカさんの星雲のようなヘイローが、淡く妖しく、光りました。
ーーー
「それでさー、ナギちゃんたらロールケーキを放りなげちゃってさぁ」
「ああなるほど、だから中身は生クリームじゃなくって、あずき餡だったんですねぇ」
「そうそう! あはは、笑っちゃったよー」
「あははは!」
かれこれ三十分から一時間くらいは、こうして笑い合っていたでしょうか。
ミカさんと二人、おしゃべりの内容は本当にたわいのないものばかりです。
ミカさんが廊下で待っていた状況は、確かに不思議でした。不可解でした。不気味で、不穏でもありました。
でも、おしゃべりと聞いてじっとしていられる私ではありませんでした!
「おしゃべり!? しますします!」と即答したら、「え? ほんとに?」と心底驚かれたのは、それはそれで心外でした。
「誘ったのはミカさんの方じゃないですか!」なんて、あとちょっとで口から出ちゃう所でした。
さて、本日の会談用のスペシャルステージは、夜の教室です。
普段は授業を受けるために使うこの部屋も、時間が異なるだけで雰囲気がてんで変わります。
特に今は、明るさのほとんどを窓の外のお月様に頑張ってもらっている感じです。
「電気つけない方が、ワクワクすると思うんだよね☆」とはミカさんの言です。
これを風情が有って良いと思うか、怖くて不安と思うかはその人次第といったところでしょうか。
ちなみに私は大歓迎です! 白く薄く光って見えるカーテンも、きらきらと自然に輝くミカさんも、とっても神秘的ですばらしいですね!
「はー、笑った笑った。ちょっとお腹が疲れちゃったよ」
「ですねぇ」
「…………」
「…………」
「それで、さ」
「はい、なんでしょう?」
しかし、この不思議な情景を無邪気に楽しんでいられるのは、この辺までのご様子です。
学園の重鎮たるミカさんが、私を待ちかまえて夜の学校に一人きり。
明らかに通常ではない状況で、本題へ入るまでのつなぎの雑談が終わろうとしています。
ミカさんはごくごく自然体で、特に緊張などは見られません。
「お茶菓子でもあったらよかったね」なんてつぶやきが聞こえましたが、私はあえて反応しません。
その後ミカさんはちょっとだけ間をおいてから、話し始めます。
「……ね、アオちゃん。あなたってたくさんの人と仲がいいよね?」
「はい! お友達は多い方ですね! これ、実はちょっと自慢なんです!」
「うんうん。……じゃあさ、アオちゃんはどうしても嫌いな人と仲良くしなきゃいけないときってどうする?」
「……え? 嫌いな人ですか?」
「そうそう、見るだけでイライラしちゃって、でもお仕事とかいろんな理由でどうしても一緒にいなきゃいけない……そんなとき、その人とはどうやってお付き合いしていく?」
「……うーん?」
これはミカさんから見た、ゲヘナ学園のことを言っているんでしょうか。
……そう考えるにはなんだかしっくりときませんが、ひとまず私が答えるとしたら。
「私なら……とりあえずその方を好きになります」
「え? イヤな相手なのに? どうして?」
「だって仲良くなるって、結局は大なり小なり、お互いがお互いを好きになるってことですから……だったら先に好きになっちゃった方が手っ取り早いです」
「えー?」
「これは私の持論なんですが……自分と他人との関係って、鏡みたいなものですから。こっちが本心から好きになれば、お相手もなんだかんだ、好きになってくれるものですよ」
「うーん、そうかなぁ? 私はそうは思わないけど……」
どこか不服そうなミカさんは、さらに言い募ります。
「だとしても、ほんとにほんとにイヤな相手なんだよ? たとえば……嫌みったらしくて小難しい言葉を並べて、話してるといつもこっちを小バカにしてくるような……そんなのどうやって好きになるの?」
「なんか妙に詳しくないですか……? でもまぁ、もしそんな感じでも……」
少し間を置いて、深呼吸をして考えます。
ちょっと言葉にしにくい私の心の中の感覚を、うまく伝えるために頭と言葉を整理しまして。
「そのイヤな人のこと、ミカさんはほんとに嫌いなんですかね?」
「ん? どういうこと?」
「私、誰が相手でも、誰かを一から十まで全部きらいになるのって、逆に難しいと思うんです」
私の中の結論を言えば、この通り。
でもこれだけじゃあちょっと説明が足りないので、補足を加えていきまして。
「よく言うじゃないですか。どんな人も探せば必ず良いところもあるって。その嫌みな人も……例えば……うん、顔が良いとか!」
「か、顔が良い……?」
「ですです! もう絶世の美形、もしくはこちらの好みどんぴしゃりなお顔をしてたりとか! ……まぁこれは適当に思いついた例え話ですけどね」
「……ふーん」
「ほかにも粗暴だけど優しいとか、不愛想だけどお仕事がすごくできるとか、頼りないけどいい匂いがするとか……良いところも悪いところも、人って絶対どっちもありますから。私なら、お相手の良いところを探して、まずは好きになります」
「…………」
「あとはこちらが好きになれば、向こうからも好きになってもらえて仲良くなれて、仲良くなればお互いもっといろんな好きが見つかって……そうやって、だんだんと親しくなるのではないかなぁ、と」
「……そっかぁ」
「実際私は、そうやって生きてきましたね!」と締めくくります。
……ですがまぁ、これがいわゆる理想論だってこともわかっているつもりです。
みなさんがみなさん、こんな風にうまくは行かないことも知っています。
なのでこんな回答で、ミカさんにご満足いただけるかはわかりません。
様子を伺おうと見つめていると、ミカさんはおもむろに立ち上がって、窓の近くへ歩いていきます。
「そっかそっか。でも、顔かぁ……確かに顔は良かったかもなぁ。細かい所はもう忘れてきちゃってるけど」
「ミカさん?」
ミカさんの姿が風にたなびくカーテンと重なって、あんまりお顔が見えません。
ですが私の耳に届く声には、寂しさとか悔恨とか、ひどく悲しい感情が乗っていたように聞こえました。
ミカさんにいったい何があったのか。
何がミカさんを、こんな声音にさせるのか。
もっと踏み込んで聞くべきだと、決心をしますが。
「ストップ。アオちゃんは座ってて☆」
「お、おっとっと……?」
近寄ろうと、イスを立とうとしたところを止められてしまいました。
「あはは、ちゃんとお話してみてわかったや。……私とあなた、やっぱり合わないね」
「そうでしょうか?」
「うんうん。……私はあなたみたいにはなれないって、はっきりわかった」
「……ミカさん?」
ミカさんがため息を一つ吐いて、続けます。
「……去年の演習はすごかったね! 私、びっくりしちゃったよ」
「演習……正実とゲヘナ風紀委員会とのやつですか?」
「そうそう。最初報告聞いたとき、ぜんぜん意味がわかんなかったもん」
先ほどまでとは打って変わって、ミカさんの言葉はふざけるようにはずんでいます。
……こうして話題を出すということはやはり、イヤな相手とはゲヘナ学園の事だったんでしょうか。
まだすこし違和感もありましたが、ひとまずおとなしく話を聞きます。
「私ね、ゲヘナって嫌いなんだ。なんか気持ち悪くて」
「そうなんですね」
「だからさ、ナギちゃんが進めてるエデン条約とか、ほんとに勘弁して欲しくってさ」
「……それはナギサさんには伝えてあるんです?」
「それとなく、かな? ちょくちょく「平和条約なんて無駄だよ。そんなのやめようよ」って言ってるのにさ。ナギちゃんたら、あんまりマジメに聞いてくれなくって」
「……なるほど」
「そんなわけでさ」
改めてミカさんが顔をこちらへ向けたとき。
その表情には、明らかな私への敵意が乗っていまして。
「あなたもジャマっけなんだよね。……ねぇ、ゲヘナ派筆頭の遊園アオちゃん?」
「げ、ゲヘナ派? 私、別にそんな……」
「……もういいよ、やっちゃって」
「え?」
ミカさんが私でない誰かに向かって、手を振ります。
その合図とともに部屋の暗がりから、ぱしゅんという気の抜けた音……サイレンサー付きの銃声が聞こえたと思えば。
「……ぐぅっ!」
こめかみを、金槌で殴られたような衝撃が襲いました……!
イスから吹き飛ばされ、床にたたきつけられ、立ち上がろうともがきます。
しかし強く揺すられた脳味噌が重力の方向を見失い、ついた両手が押すべき方向がわかりません。
「ほら逃げちゃうよ。早く縛ったら?」
「…………」
「なんか言えばいいのに。やっぱつまんないね。あなたたち」
闇の奥から現れたのは、武装した数人の生徒です。
床の上のイモムシになっている私を、手際よく縛り上げていきます。
そのガスマスク姿と服装や銃器を、そして胸元を飾るドクロの校章を、私はかつて見たことがありました。
「……そ、そのエンブレム……アリウスの?」
「アリウスのこと知ってるんだ。そりゃあ排除するの反対されないわけだね」
「……ミカ様。余計な情報を与えるのは控えていただきたく」
「別にいいじゃん、なに言ったって。メイドのみやげってやつ? どうせすぐ、やっつけるんだしさ」
「……やっつける? ……ぐっ!」
「しゃべるな」
そうこの方々は、いつかベアトの姐さんに連れられて歩いた、アリウス分校の生徒たちです。
どうして彼女たちがここにいるんでしょうか……?
そんな疑問を問いかける時間さえろくに与えられず、身動きができなくなった私はうつ伏せのまま押さえつけられます。
そして発言も、呼吸すらも難しくなるほど強く押しつぶされた私の背に。
冷たくて重たいなにかが、くっつけられました。
「それはね、“ヘイローを破壊する爆弾”なんだってさ」
「……っ!」
衝撃の事実に、絶句します。
にわかには信じにくいですが……背中のカタマリが、うっすらゴルコンダさんの気配を纏っているのに気がつきました
……ゴルコンダさんならばもしかしたら、そんな非常識な“爆弾”も作ることができるかもしれません。
そう思い至って、背筋が凍ったように堅く冷たくなります。
「あなた、ホントに警戒心が薄いよね。人のいない夜中の校舎、こーんな怪しいのに、のほほんって近づいてきちゃってさ」
「…………」
「襲われるなんて考えもしなかった? ダメだよ立場を自覚しなきゃ。私のことも、もっと疑うべきだったのに」
「…………」
「ああ、それともさっき言ってたみたいに、どっか私の良いところでも探してくれてたのかな? ……どう? 見つかった?」
「…………」
何かを話そうとしても、アリウスの子は決して力を緩めてはくれません。
そのまま、笑っているはずなのに今にも泣きそうな話しぶりで、ミカさんは言い切ります。
「まぁ、どうせ見つかりっこないよ。私みたいな“人殺し”に良いところなんて……初めからある訳ないもんね」
「…………っ!」
「うん! もういいや! アオちゃん、人生お疲れさま!」
“人殺し”。その言葉の真意を尋ねることもできないまま。
私は背中の爆弾ごと、部屋の隅へと蹴り飛ばされて、その場のみなさんから距離をとらされます。
「ばいばい。あなたとは最期に話せてよかったよ。……セイアちゃんとはできなかったからね」
「み、ミカさん……!」
ミカさんの顔に張り付いた、すべてが抜け落ちたような無表情が、私の心をざわつかせます。
今晩ここで話していて、ミカさんは私になにかを伝えたかったのだと。
意味深な言葉選びに、なにか深い感情が込められていたのだと、いまさらながら気がつきました。
私は内なる感情に任せて、自身でも理解できていない何かを、ミカさんへと叫んで伝えようとします。
……しかしそれは、叶いませんでした。
背中から伝わる暴力的な熱と圧力。
それが私の体に亀裂を走らせ、四肢や間接を砕いて、頭部を額から頬へかけて、斜めにまっぷたつに割ってしまって。
それぞれ外れて飛んでいく両目が、別々に作る視界の中で……私の大切なヘイローが、みんなに分けてもらったヘイローが、壊れて光になって散っていきます。
そしてヘイローの最期のヒトカケラが、虚空へと溶けていくのを見届けたと同時に。
……私の意識は、深く深く沈んでいきました。
ーーー
「マダム。遊園アオの破壊に、昨晩成功したと報告が入りました」
「そう。それは朗報ね。ご苦労様」
「はっ!」
アリウス自治区の最奥にて、ベアトリーチェはワインの注がれたグラスを揺らす。
今日は特段に気分がいい。もうひとつ、とっておきの年代物でも栓を開けてしまおうか。
「遊園アオの残骸はいかがいたしましょう」
「……誰にも見つかりさえしなければ、あとはどうでもいいわ。カタコンベの奥にでも捨て置きなさい」
「マダムご自身は、遺体の確認をしなくてもよろしいのですか?」
「必要ないわ。あんなものに、わざわざ時間を割く価値はない」
「承知しました」
ベアトリーチェは、その人形をことさらに避けていた。
きっかけは、かつて人形がベアトリーチェのテリトリーを散々にひっかきまわしたことだったか。
それ以降、あたかも触れるだけで穢れがうつる、疫病神かなにかのように扱っていた。
聞けば人形はヘイローを破壊され、体はバラバラに砕け散ったらしいではないか。
確かにこの目で見れば、哀れな人形を笑ってやることもできるが……その為にさえ、近づきたいとは思わない。
「しかしマダム、良かったので? 遊園アオはマダムの協力者の所有物であると……故に手出しは無用だと、以前はおっしゃっておりましたが……」
「ふん。もう“儀式”は目前。“儀式”さえこなせば、あとはどうにでもなるわ」
「“儀式”、ですか……?」
「……忘れなさい」
「はっ」
そう、“儀式”である。
アリウスによるエデン条約調印式への介入と、その直後に予定されている、待望の“儀式”まで、残った時間は長くない。
“儀式”によってベアトリーチェは「色彩」に接触し、自身の生命のステージを一つ上の次元に押し上げる。
この計画において、あの人形の存在は非常にやっかいであった。
ゲヘナと親しく、例の先生とやらにも顔が利き、アリウス分校の存在とトリニティへの憎悪を認知しており、さらにその先がベアトリーチェにつながっていることも知っている。
加えて、あの人形の行動を予測するのは、絶対に不可能である。
あの人形が、計画に干渉しかねない位置に存在する。この事実にベアトリーチェは耐えられなかった。
ゆえに聖園ミカを誘導して、舞台の上から永久に追放した。
マエストロらには、「人形がエデン条約の混乱で傷つかないよう、事が終わるまで安全な場で保護しておく」とでも言っておけばよい。
いくら不審に思われようとも、別に構わない。
上位者へと至るまでの短い時間。これを稼げさえすれば問題ないと、ベアトリーチェは考える。
「ふふふ、哀れなものね。なにもかも」
ベアトリーチェは嘲笑する。自身以外のすべてのものを。
そして、ここまで完璧に遂行されている自身の計画について振り返り、悦に浸った。
つい先日のゲマトリアの会議では、小鳥遊ホシノを使って「崇高」に近づいた黒服に、延々と聞きたくもない自慢話をされたばかりだ。
あの男を見下し、握りつぶす日も近い。
血のように赤い酒精をベアトリーチェは飲み干す。酩酊が、彼女をさらに愉快にさせた。
ーーベアトリーチェは知らない。
ーー彼女が確認を怠った、人形の欠片が無造作にまとめられた麻袋が。
ーーだれもいないカタコンベの通路の片隅で。
ーー小さく微かに……しかし確実に、うごめいていたことを。
次話は先生視点です。