[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。   作:がくらん

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ホラーハウスを、ご堪能あれ

 

 ゆっくりと、壊れかけた人形が1歩目の足をだした時。

 ミカは動いた。何かを考える前に。

 

 机の脇に備えられていた銃をとり、構える。

 そのまま躊躇なく、目の前の亡霊に向けて発砲した。

 

 たたたん、とトリガーを引くごとに、サブマシンガンからテンポよく弾が発射される。

 当たれば相手の体を衝撃が貫き、よろけ、近づくのが遅くなる……はずであったが……

 

「あ、当たらない……! なんで!?」

「…………ミカさん」

「……うぅっ! 当たってよ! 当たれ……!」

 

 こんなにも近くから撃っているというのに。

 銃口の向く先は全く安定せず、放たれる弾丸は大多数が明後日の方へ飛んでいく。

 

 時折は、当たる。

 しかしそれだけでは、相手を押しとどめるには不十分で。

 ゆっくり、ゆっくりと、この世を去ったはずの人間が、ミカとの距離を縮めてくる。

 ミカは後ずさりをして距離を作り、一発でも多く、弾丸を飛ばす。

 

「……っ! リロード……!」

「……ミカさん……ミカさんのヘイローって……よく見たら、きれいですよねぇ……」

「う、うるさい! うううっ……! 弾倉がはまらない……!」

 

 当然、打ち続ければリロードが必要になる。

 ミカは弾切れに即座に反応し、腰に備えていた次の弾倉を取り出した。

 そして銃へと装填しようとして、失敗する。

 なんど試みても、うまくはめることができない。

 

 それはなぜか。

 手が震えて、まともに弾倉を握ることさえできないと、ミカは気がついた。

 その気づきが、とある疑問へと変わっていく。

 ……はたして、震えているのは手なのか、それとも体全体なのか。

 ……そもそもなぜ、自分は震えているのか。

 

(……あ、私、怖がってるんだ)

 

 ミカは認識してしまった。自らを苛む、あまりにも大きすぎる恐怖を。

 

 弾が当たらない……すなわち照準がまったく定まらないのも、なんてことはない。

 恐怖のあまり銃を構える腕が震えて。体勢が崩れて。

 銃口をランダムに暴れさせていたにすぎないのだ。

 

 そんなことを、一瞬で理解して。

 全力で思考から追い出していたはずの恐怖が、勢いよくミカを支配して。

 

「……いいなぁ、ミカさん。私にくださいよ、そのヘイロー……ねぇ?」

 

 ーーあなたが壊した、私のヘイローの代わりに……

 

「ひっ……!」

 

 ただ、逃げることしか考えられなくなる。

 

 もう目前にまで迫ってきていたアオに背を向けて。

 重荷にしかならない銃を放り投げ、ミカは部屋の扉へと走り出す。

 

 いくらティーパーティーの執務室といっても、そう広い部屋ではない。

 一秒もしないうちに入り口までたどり着き、細く瀟洒なノブを捻ろうとしたが……

 

「う、動かない……なんで、なんで……!?」

「ねぇ、ミカさん、待ってくださいよぉ……」

「ひっ……開いてよ! 開いて! ……こうなったら!」

 

 ミカはスカートが翻るのも気にせずに、片足を大きく振り上げる。

 そしてそのまま、足裏を扉へと叩きつけた。

 

 ……この際、お行儀などに構ってはいられない!

 打ち破ってでも、まずは部屋を脱出する……!

 

「……うそ、壊せない? えい……! えいえいえいっ!! どうして!?」

 

 ミカの奮励はしかし、無為に終わる。

 全力で蹴破ろうとしても、どれだけ足を叩きつけても、扉の向こうへの道は開かれない。

 

「ふふふ……ミカさん、つーかまえた」

「ぐぅっ……!!」

 

 そのうちに、ミカへとアオがたどり着く。

 後ろから万力のような力で二の腕を掴まれ、ミカはうめき声をあげる。

 

 ……どうやら逃げることはできないらしい。

 ならばとミカは決心とともに、腕に絡むアオの手を振り払った。

 そしてその場で思い切り振り返り、体の回転をそのまま乗せて。

 

「どっかいっちゃえ! ……っやあ!!」

 

 背後の化け物へ、拳を振り抜く。

 

「……あぐっ!」

「や、やった!」

 

 全身全霊を込めた腕は見事、アオの顔面を打ち抜いた。

 その衝撃でアオは首から上だけが外れて飛んでいき、反対側の壁に音を立ててぶつかる。

 跳ね返って床に落ちた頭は、二つに割れていた。

 

「……や、やったやった! なんだ、最初っからこうしてれば……!」

 

 ミカはいまだ早鐘を打つ心臓の音を聞きながら、天を見上げ、安堵に浸る。

 自身の並外れた膂力ならば、どんなに怖いものだって打ち倒せる!

 そんな自信を取り戻しかけたが、しかし……

 

「あはははは!」

「ひぃっ……」

 

 恐怖を打ち払った喜びと開放感もつかの間に。

 床の生首が、狂気を宿して笑い出した。

 

 ……ごろりと。

 2つの破片に別れた頭が、それぞれに転がり、ミカへと顔の前面を向ける。

 のろのろと動く眼球が、ミカをとらえる。

 

「あははは……! おっかしいんだ! ……ヘイローがなくても大丈夫なんですよ? ……首がとれたくらい、なんだっていうんですか……! ふふふふふ……!」

「あ、あ……やめて、来ないで……あっ……」

 

 首なしのアオの体が再度動きだし、ミカへ向けてジワジワと歩み寄る。

 ミカは足がもつれ、尻餅をつき、腰が抜けて立ち上がれない。

 迫り来る胴だけの人形を下から見上げながら、懸命に尻を引きずって後ずさるも……

 

「はーい、いきどまり」

「……あっ、ああ。なんで……やめてよ……やめて、はなして!」

 

 部屋のすみの壁際へと、とうとう追いつめられた。

 呼吸が荒くなる。見開いたままの目が乾いて、痛みすら感じる。

 

 そのまま覆い被さるように迫ってきたアオの体は、両手をのばし、ミカの二つの肩を強く強く押さえ込んだ。

 ……人形の、頭の乗っていたはずの箇所に、否が応でも目がいく。

 首の断面は……中が空洞になっていて、深く、不気味な黒い穴ぼこに見えた。

 

「な、なに!? ど、どうするつもりなの……!?」

「うーん、そうですねぇ……ミカさんを押さえてて、これじゃ両手が使えないし……あはは、そうだ! みんな、出ておいでー!」

『ハーイ!』

「……えっ……ひぇ……!」

 

 やや遠く、床に落ちたままのアオの声に従って。

 無数の返答が……不快で、甲高くて耳が痛くなるような声が、室内に響きわたった。

 

 その音の発生源は、ミカの目の前の虚ろな体。

 先ほどから見つめていたままだった首の穴から、なにかがうごめき、這い上がってくる。

 ……それは気色が悪いほどに大げさな笑顔が張り付いた、手のひらサイズのアオを模した小さな人形たち。

 

 

「きもちわる……!」

「え、ひどいですねぇ……ね、みんな?」

『ウン! ヒドイ!』

『ナンダトー!』

『文句アンノカー!』

『イケイケー!ノボレー!』

「やっ! こ、こないで……! こないで! きゃああああ!」

 

 ……2体、3体、4体5体わらわらと、いくつもの小さなアオが首の穴から湧いて出て。

 アオの腕を伝ってミカへと渡り、肩から頭へとよじ登ってくる。

 必死に首を振ってもお構いなしと、ちびアオ達はミカの長い髪をロープのように使って上る。

 ミカは自分が髪を伸ばしていたことを、激しく強烈に後悔した。

 

「ね、私、思いついたんですよ」

「なに……やめてよ、もう……やだ……」

「……ミカさんが、今の私みたいになれば、ヘイロー、ひらひらって離れて飛んで、捕まえられるんじゃないかなぁって。……それを私の頭に乗せればいいんじゃないかなぁって」

「え……?」

「そう、たとえば……」

 

 ーーあたまをふたつに、割ってみるとか。

 

 ニタァと笑うアオの言葉にあわせて。

 アオの体の、首の穴の周辺に残っていたちびアオ達が。

 黒で塗りつぶされたような、首の空洞の奥底から。

 

 ーーひと振りの、鈍色に輝く大鉈を取り出した。

 

「……あ。……あ、あ、やめ……え……や……」

 

 ミカの体にしがみついたちびアオ達が、ミカの頭を固く固定し。

 他のちびアオ達が、数体がかりで、大きな鉈を振り上げて。

 

「大丈夫ですよミカさん……頭が割れるのって」

 

 ーーそんなに痛くはないですよ?

 

「……っやーーー!!!!」

 

 今、ミカの頭頂へと、その鈍い刃が落とされる。

 ……その直前に。

 

「アオ、待って! ストップ! ストーップ!!」

「ミカさん! ご無事ですか!?」

 

 あれほどまでに堅く動かなかったはずの扉が開き、部屋へと飛び込んできた二つの人影があった。

 

「え……せ、先生……?ナギちゃん……?」

「ミカさんから離れなさい! この……!」

『ウワー』

『ナンデー』

「アオ、やりすぎだよ! すこし驚かすだけって言ってたでしょう!」

「……えー? そんな言うほど、やりすぎてました?」

「言うほどだったよ!!」

「でも、この鉈もほら、スポンジ製……」

「そういうことじゃないの!」

「むぅ……」

 

 アオの胴体は先生によってミカから引きはがされ、ちびアオ達はナギサが方々へ放り投げる。

 ミカが呆然としていると、アオの体は先生に叱られながら、とぼとぼと歩いて自分の頭を拾い上げた。

 そのまま割れていた頭をくっつけて、体の上へガチャンと填める。

 

「がったーい」

「コラ! アオ、ちゃんと聞いてるの?」

「……はぁい」

 

 不承不承。そんな声でアオが鳴く。

 

「ミカさん、お気は確かですか? お漏らしはしてないですか?」

「し、してないよ! ……え? ナギちゃん、どういうこと?」

「……特殊な事情があって、アオさんは生存しておりました……信じ難いでしょうが、あれでアオさんは健全な状態なのです」

「う、うそぉ……?」

 

 思わずミカは、素っ頓狂な声を上げた。

 気の抜けたミカへと、ナギサは神妙な面持ちで語り掛ける。

 

「……そして、私は真実をすでに聞きました。ミカさん、あなたがどれほどのことをしてしまったのか、全て」

「……あ、そっか。ナギちゃん、もう知ってるんだ……私がとっても悪い子だったってこと……」

「ええ……」

 

 どうやらミカの悪行は、すでにナギサの知るところとなっていたらしい。

 その事実が、ミカを打ちのめす。

 あまりに急な状況の変化に、ひとまず恐怖はどこかへ飛んだ。

 代わって、心へと洪水のように入り込んできたのが、絶望感。

 

 ……もうどうでもいいや。なにもかも、どうにでもなればいい。

 そうやって投げやりになりつつあったミカに対して、ナギサはしかし、言葉を続ける。

 

「ですが……」

「ん……?」

 

 ナギサはそっと、扉の方へと目をやった。

 その先からもう一人、静かに、室内へと入ってきた人物をみて、ミカは目を見開く。

 

「……やぁ、ミカ。久しぶりだね」

「せ、セイアちゃん……! どうして……うそっ……!」

「……セイアさんは、襲撃犯を説得してヘイローの破壊を免れていたとのことで……今までミネさんの所へ、身を寄せていたようです」

「……そ、そうだったんだ……セイアちゃん、生きてたんだ」

「……身の危険を感じてね。少し、偽の情報を流させてもらった。……騙すようなマネをして悪かったね。ミカ」

「ああ、そっか……そっかぁ……」

 

 ミカの心中で、さまざまな感情が渦巻く。

 感極まる、と表現してもいい。

 

 この数ヶ月ほどの間で、自身が犯してきた無数の醜い行為が、脳裏を走り去っていく。

 愚かにも自暴自棄になって重ね続けた、数々の罪が身を苛む。

 

 ……しかし“意図せずセイアを害してしまった”という「後悔」が。

 全ての絶望の起点となっていた「呪い」が、今、祓われた。

 

「……ねぇセイアちゃん、お顔、見せてよ」

「ん? 顔かい……?」

「そうそう……。あはは……確かに“顔が良い”や。私の記憶の中のセイアちゃんより、ずっとずっと“顔が良い”……」

「…………?」

「でも、そうなんだ……セイアちゃんも、アオちゃんも生きてたんだ……私、“人殺し”じゃなかったんだぁ……」

「ミカさん……」

「よかった。よかったよぉ……ごめんねぇセイアちゃん……ごめんねぇ……ひぐ、うううう……」

「ミカ……」

「ひゅぐ……うえええ……ごめんなさい。ごめんなさい、ナギちゃぁん、セイアちゃん……! うええええ……!」

 

 ミカは泣く。後悔を胸に、謝りながら。

 ナギサとセイアは、そんなミカを抱きしめる。

 

 ……二人はミカへ、「許す」と簡単には言えない。

 それほど大きな過ちを、ミカは犯しているのだから。

 

 しかし、泣いているミカの背を無言で叩き、慰めてやることはできた。

 ミカにとってはそれだけでよかった。

 ふたりがまだ、自分を見捨ててはいない。

 どうしようもないほどに愚かな自分を、許容してくれている。

 その実感を与えてもらっただけで、今のミカには十分だった。

 

 三人は抱き合う。

 ミカの嗚咽と、いつの間にかつられていた、二人のすすり泣く声が、静かに重なる。

 

 ティーパーティーが、本当の意味で一体になる。

 この時間はそんな、特別な夜の一刻であった。

 

 

ーーー

 

 

「うんうん……これぞ友情ですよねぇ。よかったですねぇ……」

「アオ! よそ見しないの!」

「うぐぅ……」

 

 ティーパーティーのみなさんが、麗しい友情を築いている傍らで。

 どうやらやりすぎたらしい私は、先生にこっぴどく叱られます。

 

 確かに少々、興が乗りすぎてしまったきらいはありましたが……

 もう少し演じたいシチュエーションもあったのになぁ、なんて。

 どこかやり切れていない、不本意な気持ちも残っています。

 

「……どうしてアオはそう、恐怖にだけは鈍いんだか……そもそも色の変わる電気とか、あと破れない扉とか、あれどうやったの?」

「ああ、あれはこう、「……ここはスランピアの出張お化け屋敷、出張お化け屋敷……えい!」って念じたら、なんかできました!」

「……ああ、そうなんだね」

 

 この度の、“ミカさんびっくり大作戦!”におきましては。

 人払いなんかはナギサさんに頼んで、事前にこっそり行ったんですが……

 

 それとは別に、お部屋の雰囲気作りは私の「ミメシス力」を“ちょちょいのちょい”と発現させまして。

 「ここはお化け屋敷! 怖くても途中で抜け出せない!」。そんな概念を適用させておりました。

 

 おかげで扉からも窓も壁からも、どんな手段でも普通にはお外へ出られない、特別な環境になっていたのですが……

 それでもミカさんのお力は想像以上で、扉とか、一瞬だけ砕かれそうになって焦りました。

 まぁ結局はギリギリ大丈夫だったんでけどね。

 

 ……でもあの時もし扉が抜かれてたら、その裏に待機してた先生達にとんでもないダメージが入っていたかもしれません。

 どうにか耐えてくれて、本当に良かったです。

 

「ってことは、その小さいアオも、“ミメシスのなんちゃら”で動かしているの?」

「あ、いえこれはリオさんに頼んでちゃちゃっと作ってもらいました、ちびロボです!」

「い、いつのまに……」

「ふっふっふ、かわいいでしょう? リオさんの力作なだけあって、簡単な指示だけでもそこそこ動いてくれるんです! ほら、おどれー!」

『ハーイ』

 

 特製のちびアオちゃん達が、一糸乱れずクルクルとその場で回ります。

 そのままぴょんと飛び跳ねて、かわいいバレエダンサー達は、みんなでペコリとお辞儀をしました。

 うーん、やっぱりリオさんに自律型ロボを作らせれば、右にでる者はいませんね!

 

「でもやっぱりミカさんへの脅かし、もうちょっとやれた気がするんですよねぇ……もう少しだけ進めば、展開にオチがついて最高でしたのに……」

「だからすでにやりすぎなんだって……。ちなみに私達が止めなければ、あの後はどうなる予定だったの?」

「あ、それ聞いちゃいますー? ふふふー、あそこでスポンジ鉈を頭にぶつけて、ついでにテラーの波動を、せいやっ! って当てます。そしたらミカさん、きっと気絶するでしょう?」

「そ、そうなんだ……?」

「気を失ったミカさんを机に座らせ直して、すこし待機して……ミカさんが目を覚まして「ああ、夢だったんだ! よかった!」ってなった所を、後ろから「ばぁ!!」って……」

「……あそこでストップかけて良かったなぁ」

「うーん。お約束だと思うんですけどねぇ」

「……いいかいアオ、よく聞いてね? 確かにお化け屋敷とかホラー映画ではありがちな展開でも、ここはれっきとした現実だからーー」

 

 その後はおとなしく、先生からの淡々としたお説教をちょうだいします。

 ……話の内容を要約すれば、「ホラーはフィクションだから楽しいの。現実になったらそれはもう、ただの精神攻撃なの」って感じでしょうか。

 

 そこまで丁寧に言われて、ようやく少しわかってきました。

 このたびの一連の流れが、私のやらかしが、お遊びではなく全て精神攻撃だったと考えると……

 ……確かに少々やりすぎてしまったかもしれません。

 

 「あちゃあ」と頭を抱えました。さすがにこれにはちゃんと反省します。

 後でミカさんには、きちんとごめんなさいをしましょうね……

 

 とか考えていたら、ちょうどナギサさん達が近づいてきまして。

 

「ほら。ミカさん。アオさんにも……」

「うん、わかってるよナギちゃん……あ、アオちゃん、その……」

「ん? なんですか?」

「ひっ……!」

「ミカ、気を確かに。落ちついて、ゆっくり話すんだ」

「あ、ありがとうセイアちゃん……その、ごめんねアオちゃん、怖がっちゃって……」

「いえいえ、問題ないですよ。私もさっきは、少し怖がらせすぎてしまったようですし……どうも、すみませんでした」

「あっ……うん、大丈夫、大丈夫だよ。……それより、私からも……」

 

 ミカさんは小刻みに震えておりました。

 その両脇を、ナギサさんとセイアさんが支えてあげていて。

 ミカさん、きっと恐怖がぶり返して、うつむきそうになっているのでしょう。

 でもそれを我慢して、上目遣いながらもちらちらと、どうにか私へ顔を向けています。

 

「アオちゃん、その……ひどいことして、ごめんなさい……謝って許してもらえるようなことじゃないと思うけど……」

「いえいえ! それでも謝ってくださいまして、ありがとうございます。……私もキツめの仕返しをしちゃいましたし……うん! これでおあいこですね!」

「え……? で、でも……アオちゃんはヘイローも壊れてて……こんなくらいじゃ、全然つり合わないよ……?」

「私がいいって言ったらいいんです! ……あっ! でもクーデター未遂とかは別ですよ? そっちはそっちで、後できっちり裁かれてくださいね!」

「それはもちろん、わかってるけど……」

 

 なんだかミカさん、納得がいっていないご様子ですので、もう一声!

 

「それなら今度、また一緒にお茶会でもしませんか?」

「……お茶会? そんなのでいいの?」

「いいんです! おしゃべりして、今度こそお友達になりましょう! あの夜の校舎の続きです! なんと今の私はヘイローがないから、今度は“爆弾”があっても大丈夫!」

「わぁお、すっごいブラックジョークだね……」

 

 ミカさんは少しだけ苦笑をしてから、ひとつ、息を吐きました。

 そして、今度こそまっすぐと、私へ見つめてくれまして。

 

「でも、うん……あはは。またいつか……いつになるか分からないけど、お茶会をしよう。よろしくね……☆」

「はい! えへへー!」

 

 書類仕事によって作られた寝不足のクマと、つい先ほどの涙のあととで、真っ赤にはれぼったくなったミカさんの目。

 それが、静かに細められて、ささやかな笑顔に変わります。

 

 ……ミカさんの「本物の」笑顔を、私は今、きっと初めて見たんですね。

 とっても純真で可愛いらしくって……また次に会ったとき、この笑顔をもう一度引き出すのが、私の当面の目標になそうです。

 

「……アオ、少しいいかい?」

「あれ、セイアさん? なんでしょう?」

「いや、私からもお礼が言いたくてね」

「……え、お礼ですか?」

「……私とミカの未来は、もっと複雑に絡み合い、理不尽な困難に、ただ深く消沈していくはずだったんだ……だが、どうやら君が、変えてくれたらしい」

「……ほへぇ?」

「“未来視”だよ。私の力のようなもの。……アズサの襲撃を受けてから、私は夢と現の狭間で、無限の可能性を視続けた。現在と未来が混ざり合い、判別がつかない日々を過ごしていた」

「ふ、ふむふむ……?」

「だが、それが収束しつつある。……アオ、君を基点に不条理な不幸は切り捨てられ、ただ、ごく普通の青春が訪れつつある」

「は、はい……?」

「残る未来の可能性は二つにまで絞られた。あえて単純に区別するならば、キヴォトスの未来は安寧か、滅亡か……明日の調印式で、それが決まる」

「な、なんと……」

「だが、あまり心配はいらないだろう。……アオ、君はただのびのびと、輪の中心にいて欲しい。それがきっと、最も素晴らしい未来を引き寄せるはずだ」

「う、うーん……」

 

 セイアさんのお話……難しいですね……!

 でも私は、途中で理解をあきらめずに、しっかりとセイアさんの目を見て聞いていました。

 だから、なんとなくはわかります!

 セイアさんの言いたいことって、ようするに……

 

「なるほど! 「明日の調印式では、がんばってね!」ってことですよね!」

「……まぁ、おおむねその通り」

「えっへっへ! お任せください! 私、がんばっちゃいます! あと先生も!」

「……ん? 私がどうかしたのかい?」

 

 どこか一歩遠くから、私たちを眺めていた先生を輪の中へ引っ張り込みます。

 そして私はがんばって背伸びをして、先生との身長差を埋めてですね……

 がっちりと肩を組んで、ここに、宣言します!

 

「先生、明日は一緒に、エデン条約を守りきりますよ! おー!」

「あはは、うん、がんばろうね。おー!」

 

 かけ声と共に、握り拳を振り上げました。

 そして拳をそのまま下ろして、先生と目を合わせて、グータッチして、二人でニシシと笑います。

 

 さぁ! やって来ませいアリウスのみなさんよ、ベアトリーチェの姐さんよ!

 「私」と、「私の友達」と、「私のパパ達」が……!

 「私達」が! みんなで寄ってたかって、捕まえてやっつけてしまいますからね!

 はっはっはー!

 

 

ーーー

 

 

 今日は行楽日和になる。そう確信できるような、暑くも寒くもない、ちょうどいい空気をはらんだ朝のこと。

 高く澄んだ青空を背景に、クロノススクールの報道飛行船が中継映像を発信する。

 

『こちらは本日予定されている、エデン条約調印式の会場前でございます!』

『みなさんご覧ください! 式典は午後の予定ではありますが、すでに両校の生徒が会場へと続々と集まってきております!』

『あ、あちらは旗手の方々でしょうか……一部ではトリニティとゲヘナで朗らかに談笑している様子も伺えます!』

『長い長い対立の歴史を持つ両校ですが、噂では雪解けの気配もあるのだとか!?』

『本日のニュースは終日、エデン条約特集となります! 両校生徒へのインタビュー、調印式典の中継など、内容は盛りだくさん! どうぞ、お楽しみに!』

 

 この映像を、アリウスの錠前サオリは嫌悪を含んだ視線で見送った。

 

「ヘドがでる……!」

 

 サオリは苛立ちを吐き捨てた。

 そのまま身を翻して、暗く汚れた路地裏へと潜んでいく。

 

「今日、終わらせる……! すべてを……!」

 

 まがい物の憎悪が、平和の式典を、融和への意志を、手折ろうとしていた。

 







次回、エデン条約調印式です。
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