[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。   作:がくらん

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みんなと私と調印式

『ーー各々、決められたターゲットを確実にしとめろ』

『はっ!』

 

「…………」

 

 アズサはサオリからの最後の伝令に、通信に参加したメンバーでは唯一ひとり、応答を返さず通信を終えた。

 背後に備える精鋭部隊に、ハンドサインで作戦の開始を伝える。

 

 ナギサがシャーレという外部の組織に匿われたことで、ミカおよびアリウスによるクーデター計画は一時中止された。

 それに合わせて離反する予定だったアズサも、いまだアリウスの組織下にある。

 

 アリウス内ではアズサは、スクワッドのリーダーであるサオリから直々に技術を仕込まれた、いわば弟子のような存在だ。

 アリウス内でもその実力は広く知られている。

 しかして、アズサは陽動班および特務精鋭隊の指揮権を預けられるにいたった。

 

 アズサ達が潜むのはトリニティ学園の外れの古校舎。

 臨時の祝日となった調印式当日に、この場へ近寄る生徒はなかった。

 別の場所で陽動班が騒ぎを起こして人目を引く内に、部隊はここからまっすぐにティーパーティーの居室を目指す。

 

 ターゲットは聖園ミカ。

 都合が良いことに、ミカはアリウスのことを同胞だと見なしている。

 対面さえできれば“ヘイローを破壊する爆弾”を命中させるのも簡単だろう。

 それが精鋭部隊の共通認識であった。

 

 特務精鋭部隊の数は、4人分隊が3組にアズサを加えた計13人と多くはない。

 アリウスの戦力の大半は、調印式襲撃作戦にアサインされている。

 

 そこでこの作戦では少ない人数を補うための策として、数多のブービートラップが用意されている。

 アズサが事前に仕掛けていたもので、これを使って警備の生徒をいなしつつ、部隊は進行する。

 

 アズサは、敵を引きつけ罠へと誘導できる進行ルートを策定し、部隊へ伝達した。

 トラップの配置図を共有し、部隊の全員の頭の中へたたき込んだ。

 

 ……だが、そうやって与えたトラップの配置情報は、すべて偽りである。

 

 アズサは緊張から出た汗で銃が滑らないよう、グリップを強く握り込んだ。

 

 作戦開始後すぐ、部隊をわざとトラップにかかるように進行させる。

 混乱するであろう部隊をアズサ一人で相手取り、できうる限り作戦を妨害する。

 

 しかし相手は腐っても精鋭である。

 人数差もあり、全てを倒すことなどとうていできない。

 この反抗行為で、アズサは自身が致命的な損傷を受けるだろうと予測していた。

 そこまでしてようやく、学内に残った治安維持組織が駆けつける程度には、時間が稼げるはずである。

 

 辛く、苦しい時間が続くだろう。下手をしたら、あっさりと返り討ちに会って、全てが無駄に終わるかもしれない。

 しかしアズサは、セイアと対面したあの夜、誓ったのだ。

 「全てが虚しくてもなお、今日の最善を尽くす」、と。

 

 アリウスにはびこる偽物の憎悪。

 それで誰かを傷つけることは、絶対にさせてはいけない。

 アズサは決意を新たにする。

 

 ……ただひとつ、調印式に向かっているミサイルの情報をきちんと伝えられなかったのだけが気にかかる。

 ミサイルという圧倒的な暴力を伴った奇襲作戦については、作戦直前まではいっさいの情報が伏せられていた。

 アズサ達どころか、工作班以外のほとんどの部隊は、今日初めて聞いた内容だった。

 

『ミサイル。注意』

 アズサは他のアリウス生の目を盗んで、先生へと短いメッセージを送った。

 今はあの大人が、短い時間で対処してくれることを祈ることしかできない。

 

 ……そしてそちらにばかり意識を割いてはいられない。

 まずはミカへの凶行を最低限阻止しなければ。

 

 アズサは心を落ち着かせて、目の前の状況へと思考を戻していく。

 そして機を見て、特務精鋭部隊へと一斉突入を……!

 すなわちトラップへ自ら飛び込むよう、指示を下した……!

 

「……な、なんだ! 爆発!?」

「と、トラップだ! なぜ!

「配置図ではここにはなにも……ぎゃー!」

 

 走り出して100 mもいないうちに、次々とトラップが発動する。

 爆風や飛び交う危険物に翻弄される精鋭部隊を、数歩後ろからよく観察し、アズサは銃を構えた。

 

 ……初手、まだ裏切りに気がつかれていない内。

 この短い時間でどれだけ数が減らせるかが勝負だ。

 

 まずは最後尾、後方に立つアズサの間際で驚愕に足を止めていたアリウス生へ。

 弾丸を放とうとした、その時……

 

「今です! ヒナタさん、グレネードランチャーによる砲撃を!」

「はいサクラコさん! ……せいやー!」

「し、シスターフッド……!? 囲まれてるぞ!」

「どういうことだ! 作戦が事前に漏れていたのか……!?」

 

「……え?」

 

 唐突な援護に、硬直するアズサの目の前で。

 トラップによって身動きできないアリウス生を、突如現れたシスター達が包囲し、攻撃を加える。

 罠に砲撃に、度重なる被害を受け、アリウス生はひとりまたひとりと倒れ拘束されていく。

 

 離れた位置からそれらの一部始終を眺めたアズサは、銃を手にしたまま言葉を失っていた。

 

 もちろん、シスターフッドは心強い味方である。

 騒ぎを聞きつけて駆けつけてくれるとしたら、彼女たちであろうとも思っていた。

 しかし、どう考えても対応が早すぎる。

 

 どうして彼女たちがここに潜んでいたのか、そして、騒ぎを起こす前からアリウス生の存在を知っていたのか。

 その答えをもった人物が、アズサに近づき声をかけた。

 

「あら、眼がまん丸になってますよ。こんにちは、アズサちゃん」

「は、ハナコ……? どうして……?」

「ふふ、ひとりでイケナイことをしようとしてるお友達がいたので、シスターさんと一緒に助けに来ちゃいました」

「…………」

 

 「びっくりしちゃいました?」そう言って笑うハナコがあまりに普段通りで、感覚が狂いそうになる。

 

「……私がアリウスの手先だって、知ってたの?」

「はい。セイアさんから、ミネさん、アオさん、先生から私へ巡り巡って伝えてもらえました。……アズサちゃんがアリウスを裏切ろうとしてるのも、一緒に」

「……トラップの位置も、わかってたようだけど」

「ふふふ、ばれないように夜な夜なアズサちゃんの後をつけるの、ちょっとドキドキしちゃいました」

「そ、そうなのか……」

 

 当然ながら、アズサは尾行を察知するための訓練も受けている。

 しかしここ数日のどの場面でも、追従の気配はついぞ感じなかった。

 それほどまでに、自分は思い詰めていたのだろうか……いや、ハナコのストーキング能力がずば抜けていた可能性も、もちろんあるけれど。

 

「うふふ、3月でもないのに毎晩薄着でお散歩をして、もしかしたらお風邪を引いちゃったかもしれません」

「…………」

 

「だから責任を取って、アズサちゃんが裸で抱いて暖めてくださいね?」と、ハナコはわざとらしく肩を抱いて、寒そうに震えて見せる。

 この場にコハルがいたらきっと、「エッチなのはダメ! 死刑!」といつものセリフを聞かせてくれただろう。

 そしてヒフミが、「あはは……」と困ったように笑っていただろう。

 

 アズサはどこか、ずっと入り続けていた力が抜けていくのを自覚する。

 死すら辞さない暗い決意を、大切な仲間たちが吹き飛ばしてくれたように感じた。

 

「サクラコさん! この場のアリウスさん達は、全て捕縛できたようです!」

「ヒナタさんありがとうございます……今、別働隊から連絡がきましたね。どうやら、学内の部隊は一掃できたようです」

「それはよかった! とってもスムーズでしたね!」

 

 急転直下と言えるほどに短い時間の内に、トリニティにて活動していたアリウス生は鎮圧されたらしい。

 

 しかし、アズサは思う。

 不埒モノがまだここに……アズサ自身のみが捕まらずに、残っている。

 

「シスターサクラコ……私は……? 私も、アリウスとして活動してきて……」

「……アズサさんは、捕縛対象から外されております。ここまで被害が少なくすんだのは、あなたの優れたトラップ群に助けられたからです。私からも感謝をさせてください」

「で、でも……」

「あなたの立場はアオさんから伺っておりました。ですからどうか、お気になさらず」

「そんな……」

 

 そんなことは許されないのでは……?

 自分にも償うべき罪があるのでは……?

 そう思い、掠れた声で尋ねるアズサに、サクラコは続ける。

 

「……もしそれでも気に病んでいらっしゃるなら、シスターフッドへの所属には興味はございませんか? アズサさんは誠実で素晴らしい生徒だと、かねてより伝え聞いておりましたしーー」

「え……」

「はいサクラコさんストップです。なーんでこのタイミングでそれを言っちゃいますかねぇ……。それじゃあまるで、「見逃して欲しければ傘下に入れ」って言ってるみたいですよ?」

「……はっ! アズサさんすみません……! 決して、そんなつもりでは……!」

「いや、大丈夫……」

 

 アズサの前にハナコが割り込み、サクラコを諫める。

 

 ……今日で人生が終わると、アズサは考えていた。

 よしんば生き残ったとしても、残りの期間はずっと塀の中から出られないとも思っていた。

 しかしその考えが覆されていく。

 

 ……どうやら私はまだ、普通の学生のままでいられるらしい。

 

 そう気がつくと、とある欲がむくむくと起きあがってくる。

 我慢して押さえ込んでいたはずの、「本当はやりたかったこと」が、胸の中から飛び出してくる。

 

「サクラコ、シスターフッドへの所属、誘ってもらえて嬉しいのだけど……」

「……はい。やはり頷いてはもらえませんか?」

「ううん、ちがうんだ。……所属は前向きに考えてる。でもその、私……もう少し補習授業部で過ごしてからでもいいかな……? もうちょっとだけ、ヒフミ達と遊んでから考えたくて……その、不誠実でとても申し訳ないんだけど……」

「あら、ふふふ。それはもちろん、構いませんよ」

「……ああもう! アズサちゃんは可愛いですね! ぎゅーっとしちゃいます!」

「は、ハナコやめて恥ずかしい……」

「ダメでーす。ふふふ、やはり補習授業部といたしましては、この子を簡単にはさしあげられませんね!」

「あ、あわわ……」

 

 ハナコにじゃれつかれて、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 サクラコやヒナタが暖かく微笑んでいるのをみて、顔がかーっと熱くなる。

 

「ハナコさんったら、アオさんみたいな喜び方をするんですから」

「そうですねぇ。あんなふうに抱きつかれると、引きはがせなくなっちゃうんですよね……私に抱きつくアオさんって、あんな感じなのかな?」

「アズサさん、お誘いについてのお返事はまた後ほどで結構ですよ。……ヒナタさん、ひとまず今は、お仕事を片づけましょうか」

「はい!」

 

 シスター達を引き連れて、二人は去っていく。

 捕縛されたアリウス生も同様に引っ立てられて、連れられて行った。

 残されたアズサはまだふわふわとした感覚のまま、ハナコの好きにされていた。

 

 いつの間にか3本の三つ編みができてきたあたりで、アズサはハッと気がつく。

 そうだ、アリウスの狙いはここだけではない……!

 まだこの平和な学園には、エデン条約には危機が迫っているはずである!

 

「……っ! ハナコ! 私はすぐに調印式の会場へ……!」

「あ、そっちはたぶん大丈夫ですよ」

「なぜっ! ミサイルだって飛んでくるはずで、今頃とてもひどい混乱に……!」

「いえいえ心配はいりませんって。だって……」

 

 ーーアオさんと先生が、あちらにはいるんですから。

 

「ね?」

「…………」

 

 ハナコの言葉を受けて、押し黙ってしまう。

 “あの二人がいれば大丈夫”。

 そんな戯れ言のような一言に、どこか納得してしまった自分がいた。

 

 アズサは古聖堂のある方角へ視線を向ける。

 ……その向こうで繰り広げられているのははたして、悪い大人の綿密な計画からなる、一流の悲劇か。

 それとも全てを打ち砕く、ピエロが即席で企画した三流の喜劇か。

 

 明らかになるまでの時間は、そう長くはない。

 

 

ーーー

 

 

『AMASおよびステルスドローン1024機、同期リンクオールグリーン。半径5 kmの全アリウス生徒を補足。索敵地図情報を更新するわ。……ミレニアムができるのはここまでよ。みな、あとは頼むわね』

 

『みなさーん! 聞こえていましたよね? リオさんがぜーんぶお膳立てしてくれました! かくれんぼはなし! あとはやっつけるだけ! では位置について、ごー!』

『おー!!』

 

 「ウルガータアッパー」によって、大きな大きな“ミサイル花火”を打ち上げた直後。

 私が上空から轟かしたかけ声を合図に、古聖堂に詰めていた正義実現委員会と風紀委員会が一斉に飛び出します。

 

 これら二つの組織に与えられた任務は、“アリウス生徒の撃破”です!

 リオさんをはじめとしたミレニアムの方々によって、あらかじめばら撒かれていたステルスドローンによりまして。

 目標たるアリウス生の位置情報は、完全に明らかにされています。

 

 さらに至れり尽くせりなこととしましては。

 出撃した皆さん一人一人には、リオさんが調整した戦闘補助ドローンが追従します。

 

 そのドローンによって常時空中投影される周辺地図は、まるでシューティングゲームの画面の隅に添えられているミニマップのよう。

 付近のアリウス生の所在を表す赤い点が、リアルタイムで表示されます。

 

 隠れてたって無駄ですよっと、正実と風紀委員のみなさんは片っ端からアリウス生を補足しては、奇襲をかけていきまして。

 撃破されてノビてしまったアリウスちゃん達が、道ばたに小さなお山を作ります……!

 

「きぃいいひゃはははは! ついて来てるか? ヒナ!」

「……心配する暇があるならもっとペースをあげなさい、ツルギ」

「きいぃぃやああああ!!」

「お二人とも、撃ちもらしの「救護」は私におまかせを! っはあー!!」

 

 特にメインの交戦地帯の先頭あたり……だれですかツルギちゃんとヒナさんと、それからミネさんを一カ所にまとめたのは……

 

 数を頼りに真正面から受けようとしたアリウス生達は、ツルギちゃんのショットガン数発で物の見事に一網打尽にされまして。

 ビビって前衛から下がったり、中途半端に後方から援護していたアリウス生は、ヒナさんの掃射で戦場のチリと消えていきます……!

 その二つを避けられた方は、運がよかったのか悪かったのか……ミネさんの「救護」鉄拳の餌食になっていきました。

 

 マップを見れば、一番大きな部隊を示していたであろう赤い点の集合が、縦にまっぷたつにされています。

 ひええ、これは恐ろしいやら頼もしいやら……

 

 そんな様子を軽く確認しながら、私は私のやるべきことに取りかかりまましょう!

 

 まずはつい先ほど爆発して、絶賛燃えさかっているゲヘナの飛行船を「ダマススの招聘レスキュー」で捕まえます。

 無事に下船しました面々は、私を見上げて固まっちゃいました。

 

 そんなひきつった顔の万魔殿の皆さんに……特に、陰でエデン条約を台無しにしようとしていたマコトさんには。

 軽い脅しも込めて、それはそれは小さな“獅子の救済ボム”をプレゼントです! 頭をアフロにしちゃいます……!

 あはは、ワナワナと震えているのが見えますね!

 

 ……こうして万魔殿のみなさまへは、命を救ったという恩を売っておきました。

 後ほどこれを取り立てて、エデン条約に調印させます。

 内心でどう思っているかは知りませんが、絶対に、です……!

 

 次に、高みの見物を決め込んでいたサオリさんを、「砂漠の苦痛スマッシュ」で、ひっぱたいて地へ落とします。

 ちょっとズルして遊園地の外まで来てもらってる、スランピアの着ぐるみ達に回収してもらいましてっと……

 

 サオリさんがリーダーを勤めるアリウススクワッドは、とっても精強とのことですから。

 こちらだけはいくらツルギちゃん達でも、負けこそしないであろうものの、真正面からぶつかると、いくらかは被害が出かねません……!

 

 なのでスクワッドの撃破及び捕縛のメインどころは、私やスランピアのみんなで請け負うことになりました!

 今頃ミサキさんとヒヨリさん、アツコさんのところへは、たくさんのドール達とシロねえクロねえとゴズ助が、それぞれ向かっているはずでございます!

 捕まえましたら大勢の決着が付くまでは、パパが控える祭祀場に隔離しておく予定です。

 

 さて、ミサイルと飛行船とサオリさんと。

 ひとまず、私が巨大化してやらなきゃいけなかったタスクは終わりましたので、次にできることを探しますと……

 あ、あそこにいるのは!

 

『カンナさん! お疲れさまです!』

「……これはまた、アオさんはずいぶんと風変わりな様相ですね」

『へへ、パパと私で作りました! かっこいいでしょう? ……ところで、護送車ってもう来てますか?』

「ええ。キヴォトス中からかき集めて来ております。……私たちもそろそろ虜囚の回収にまわりましょうか」

『あ、それならお手伝いしますよ! スムーズすぎてなんかお時間余っちゃいました!』

「それは……助かりますね。お願いしましょう」

 

 正実と風紀委員の主な任務が敵の打破なら、捕縛の方はヴァルキューレや公安局のカンナさんのお役目です!

 

 アリウス生さん達、政治的な立場がそれはもう、非常に微妙でございますから……

 いろんな情報から推察しますに、悪いのはだいたいベアトリーチェ姐さんっぽいんですよねぇ……

 どちらかというと、アリウス分校は被害者というか情状酌量の余地があると言いますか。

 

 なので、確執の大きすぎるトリニティとゲヘナでは、あえて捕まえて回収はいたしません!

 この戦闘現場に駆けつけたヴァルキューレが、たまたま全員を捕縛し、収監するという計画になっています。

 その後のアリウス生の処遇については私にも考えがありますが……今はひとまず、置いておくことといたしまして……

 

 大量の手錠を両手に駆け回るヴァルキューレの皆さんの隙間から。

 いろんなところで気絶しているアリウス生さん達をつまみ上げては、ひとまとめにしてあげましょう。

 変に力が入ってケガをさせないように、そうっとそうっと……

 ときどき死んだふりをしていたアリウスちゃんが、半狂乱になって暴れるのも、そっと首根っこを摘んで気絶させます。

 

『暴れたら逆に危ないからねー。おとなしくしててねー』

「あっああっ……ああああっ!! ……きゅうぅ」

『よし!』

「かわいそうなことを……。きっと恐ろしく怖かったでしょうに……」

『そうですかねぇ? ちゃんと優しく絞めましたよ?』

「……言い方がもう物騒ですよ。本当に気をつけてくださいね?」

『はい!』

 

 さてはて、ほかに放置されちゃっている子はいませんかーっと。

 周囲を見渡しつつ、更新され続ける索敵マップを眺めますが……

 

『あれ? もしかしてもう全然残ってない? ……うわぁ、はやーい』

 

 なんか、あっという間に、会場周辺のアリウス生はあらかた倒されちゃったみたいです。

 

 戦闘能力を持つアリウスさんを示すのは、赤い点のはずでしたが……

 これがもう一つたりともありません。

 黄色の点……気絶かケガで動けない、捕縛待ちのアリウスちゃんも、どの子もすぐにヴァルキューレが捕まえてくれそうです。

 

『な、なんかとってもあっさりでしたけど、とりあえずこの場は作戦完了! みなさんお疲れさまでーす!!』

「やったぁ! らくちんでラッキー!」

「え? もう終わり?」

「ちょっとアオちゃーん、暴れたりないんだけど!」

『文句なら三人でほとんど片づけちゃったツルギちゃん達に言ってくださーい!』

「きひっ……?」

『……………………』

『……みなさんツルギちゃんが相手だと黙っちゃうんですよねぇ! 言ってはなんですが、今に限れば私の方が攻撃力高いですよ? 生意気言う子には、なんとヒエロニムスぱんちです!』

「……アオちゃんなら、なに言っても許してくれるって信じてるよー!」

「それどういうことですかー!」

『あはははは』

 

 戦場に、勝ち鬨の声の代わりにほのぼのとした笑い声が響きわたります。

 それと同時に、トリニティ学園で治安維持……という名のアリウス陽動班への対応任務に当たっていたシスターフッドから通信が届きます。

 

『……よし! どうやらトリニティの方も無事に片づいたようですよ!』

「わぁい!」

「よかったー!」

「ふむ。あちらに「救護」は必要そうですか? もし必要ならすぐに向かいますが……」

『だいたい無傷らしいので、ミネさんは落ち着いてくださいね!? ……じゃあ私はいったん元の姿に戻ります! みなさんまたねー!』

『またねー!』

 

 ゆっくりと、ヒエロニムスと解け合っていた自我を乖離させていきまして、意識が祭祀場へと戻ってきます。

 離れる瞬間に、その場に残るヒエロさんの方へ意識を向けますと。

 ヒエロさんは古聖堂に寄り添って、二対の両手を合わせて祈りの造形で固まっているのが見えました。

 うんうん。神々しくってとってもよろしいですね! これにはパパも大満足でしょう!

 

「パパただいまー! ってあれ?」

「…………っち」

「捕まってしまうなんて、辛いですね、悲しいですね……」

「……ヒヨリ、少し黙ってて」

「(…………)」

 

 押し黙るパパの目線の先、祭祀場の真ん中には。

 声なき声で笑う着ぐるみ達に囲まれて。

 とっくに捕まって集められていたアリウススクワッドの皆さんが、ごろごろと転がされておりました。

 

「あらまごめんなさい、どうやらお待たせしましたね? パパ、スクワッドの皆さんはいつからこちらへ?」

「全員集まったのはつい先ほどだ。錠前サオリもたった今、目を覚ました」

「おー、結構しっかり叩いたし、下手したら数日は起きないかと思ってました」

 

 「すごいですねぇ」と感嘆の声をもらす私の、何が癪にさわったのか。

 全身ぼろぼろになったサオリさんが、圧力すら感じられそうなほどの眼光で私をにらみます。

 

「ここは……古聖堂の地下か……! ククク、どのような意図があったかは知らんが、ここへ連れてきたのは悪手だったな! 姫、ユスティナ聖徒会との「戒命」を今こそ!」

 

 サオリさんが興奮に顔を上げ、スクワッドの姫(?)さんとやらに指示を出しますが……

 どうにも他の方々の反応は、芳しくないようです。

 ミサキさんが、ゆっくりと()()()を振りながら、沈んだ声で答えます。

 

「……サオリ、それはもうやった」

「なに? どういうことだ!」

「……「戒命」の発動は、もうとっくに済んでいる。姫が言うには、ミメシスはもうどこかには出現しているらしいけど……」

「どこにもいないんですよね、ユスティナ聖徒会……ああ、悲しいですね……」

「(…………)」

「なんだと……? ロイヤルブラッドの力はどうなっている……!?」

 

「あはははは!」

「なにがおかしい!」

 

 サオリさんの起死回生の一手は、どうやら空振りのご様子です。

 その様子を見ていて思わず飛び出した笑い声を、サオリさんに咎められてしまいました。

 でもこんなの笑ってしまっても、しょうがないと思うんです……!

 ……だって、ねぇ?

 

「あはは、ユスティナ聖徒会! みなさんまだお気づきではない!」

「……どういうことだ」

「「戒命」でしたっけ? その準備を手伝ったのはパパですよ? ふふふ、だから思いっきり手を加えさせていただきました!」

「なんだと!」

「だって昼間でもお外でも、こんなにしっかり存在しているミメシスで、核として利用するのにすっごく都合がよかったんですもの! ……あは、何の話だって顔をしていますね! ……ユスティナの皆さんの存在を上書きして、今この場に出現しているミメシスとは、そうーー」

 

 ーー私たち、スランピアの仲間達でございます!

 

「アミューズメントドールのみなさん! 本当はいけないんですけど……ちょっとだけ、中のお顔を見せてあげちゃいましょう! ……今だけの特別ですよ? あはははは!」

「…………!?」

 

 周囲を取り囲んでいたクマやウサギのドール達が、一斉にその着ぐるみの頭を、バンザイをするように両手でいっきに持ち上げます。

 その下から出てきたのは……青白いお顔をベールとガスマスクで覆った、「威厳」のミメシスこと、ユスティナ聖徒会のお方々!

 今日は臨時のアルバイトで、遊園地もとい、古聖堂の周囲を盛り上げていただきましたとさ!

 

「あ、ああ……そんな……」

「!! ……! ……!!」

「?? ……!! …………!!」

「あれ、サオリさんが落ち込みすぎてるから、クマさん達が心配をしてますよ? こんなに楽しそうな光景なんです! 元気をだしてくださいな!」

「…………」

 

 スクワッドのみなさん、気落ちしてしまったのでしょうか。

 眼を伏せて黙りこくって、笑うドール達に囲まれて……あの4人の周りだけ、ドーナツのように「歓喜」の空白ができています。

 特にサオリさんはひどいもので。

 もともと拘束されていたのもありますが、体が完全に地に伏せて、起きあがることもできないご様子です。

 

「と言うわけで、あなた達の目論見は一から十までおしまいですね! あとはベアトの姐さんをやっつけるだけ!」

「ま、マダムを!? ……だが、マダムはアリウス自治区の最奥にいる……たどり着くまでには、まだ多くの同胞達が……」

「うーん。まぁたぶん大丈夫ですよ! だって……」

 

 言葉の途中、一人のかっこいい大人の姿が、脳裏にしっかりと浮かんできまして。

 

「あちらへ向かうのは、我らがシャーレの先生ですからね!」

 

 遠くでがんばる先生に、信頼のエールを今、送りました!

 

 

ーーー

 

 

 ミレニアムのドローンから送られてくる戦況図は、先生の持つシッテムの箱にも同期されていた。

 

 カタコンベの入り口に先生は立つ。

 仮に地上付近で不利になる箇所があれば、遊撃として援護に回る手はずであったが……どうやらその準備は、全くの不要であったらしい。

 

 いまこの瞬間まで、すべての作戦が無事に、危険なく遂行された。

 がんばった生徒たちを誉めてあげなければな、と先生は考えていた。

 

「さて、向こうは順調にいったようだし、そろそろ私たちも本命に取りかかろうか」

「うへ~、もうお仕事かぁ。おじさん、もうすこしのんびりしたかったなぁ」

「ちょっと、ホシノ先輩! しっかりしてください!」

「もー、セリカちゃんはせかせかしすぎですよー。もっと余裕を持って、ね?」

「ん、ノノミの言うとおり。私達なら楽勝」

「先輩方はさすがに場慣れしていますね……私もがんばらなきゃ……!」

 

 先生は、後ろに控える()()()()()()()の五人に声をかけた。

 アビドスの借金が0になってすぐ、かつてのアビドス廃校対策委員会は新生アビドス生徒会へと組織そのものを転換した。

 連邦生徒会へも申請書を提出し、すでに正式に認められている。

 

 この作戦は、アビドス生徒会としての初めての対外任務となる。

 他校から認められるためにもと、五人の生徒たちの士気も高い。

 

「さて、ここからは少数精鋭だ。目標はベアトリーチェ……生徒を道具としか見ていない、卑劣な大人。道中は危険も多いと思うけど、私も指揮を執る。アビドスのみんななら、きっと大丈夫!」

『はい!』

 

 先生の鼓舞に対して、血気盛んに気勢をあげるアビドスの面々。

 アリウス自治区の掃討作戦に参加するのは生徒五人に先生一人……だけではなかった。

 沈黙をもって控えていた、最後の一人が声をかける。

 

「クックックッ……みなさま、勢い込んでいるところ申し訳ありませんが、“アオさんのテラー液”はしっかりとお持ちでございますね?」

「黒服……」

「あは~、おじさんはもちろん持ってるよ? これでしょ? 忘れるわけないよねぇ……。()()()()?」

「ん、割とおいしいから、私はこれ結構好き」

「えー? でもいつも思うけど怪しくない? これ」

「せ、セリカちゃん、黒服さんに失礼だよ…」

「あは、とーっても元気になれるので、私も好きですよー」

 

「クククッ……お持ちでしたら今のうちに服用を。ホシノさん以外はまだ「テラー化」の試行回数も少なく、あまり慣れていないでしょう。戦闘には私も同行して、影響を常にモニタリングいたします。摂取量は、都度細かく指示を出すので従ってください」

『はーい!』

 

 アビドス生徒会の全員が、小瓶にたゆたう、アオく曇った液体を口に含む。

 とたんに吹き荒れる、実体をもたない圧力の嵐。

 

ホシノ*テラーが、オーバーサイズの白ブラウスをはおり、薄緑のスカーフを巻く。

シロコ*テラーが、白い髪を手ですき、黒いドレスの裾を翻す。

ノノミ*テラーが、妖艶に微笑み、二丁の大型ミニガンを両脇に構える。

セリカ*テラーが、長く伸びた髪をポニーテールに結わえ直す。

アヤネ*テラーが、薄く色の付いたサングラス型デバイスに、メガネを付け替える。

 

 麗しく成長した五人を前に、先生と黒服は顔を見合わせ互いに頷く。

 

「やるよ、黒服」

「ええ、お供しますよ。先生」

 

 先に手を差し出したのは、はたしてどちらであったか。

 二人は自然と歩み寄り、互いに固く握手を交わす。

 

「最後にこれは、この場にはいらっしゃれなかったゴルコンダより……“ベアトリーチェを貫く弾丸”です。たった一発ですが、これを先生にと」

「ありがとう、預かるよ。……対話を試みて、もしそれでも必要となったら……大人として、責任をもって私が手を下す」

「ええ、それが良いでしょう。判断は先生にお任せいたしますよ。クックック……」

「うん……。それじゃあ、みんな行こうか!」

『えいえいおー!』

 

 姿こそ立派になった面々だが、かけ声はまだまだ子供らしい元気なものであった。

 先生はそれに少しだけ安心をして……大人として彼女たちを導けるよう、自信を見せて堂々と突入の指示を出す。

 

 暗く、鬱屈した地下の世界を、先生はその存在でもって切り開く。

 

 この日、この後数時間もないうちに。

 アリウス分校は……いや、ベアトリーチェの支配した悪辣で醜い矮小な世界は。

 たった七人の集団によって、いともたやすく崩壊した。

 









これはメタ視点のお話で…
ここのベアトリーチェさんは、アツコが手元にいなくて「儀式」ができませんでした。
だから描写もされないうちにボコボコにされて退場です。

あとそのおかげで、このアオちゃん世界は「色彩」にも見つかりませんでした。
プレナパテス達も来られません。
そんなわけで、最終編はまるまるカットです。


それでは次回、エピローグ。
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