[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
マエストロはガラスのペン先をインクに浸しながら、空白の目立つ便箋を前に、発破の言葉を考える。
きっかけは娘からの手紙だ。筆まめなのか、矢継ぎ早に送られてくるそれを読むのが、近頃マエストロの新しい習慣になっていた。
[拝啓パパ上 マエストロ様
季節の変わり目は湿度が高くて、体が湿気って関節の動きが悪くなるから困りますよね。パパは不便をしていませんか? もしなにかいい対処法があったら私にも教えて欲しいです。
さてさて、私の近況ですが……正義実現委員会、とっても楽しいです! ツルギちゃんとの連携プレーもますます磨きが掛かって、ハスミさんの狙撃も加わればもう、私たちに敵なんてありません! ってくらいです! ……が!
どうしてもシスターフッドからはお声がかからないんですよねぇ。本当に不思議です。ひとまず委員会のお仕事をもうちょっとがんばって様子を見ようと思います。しばらくだめならまた別の手を考えないとです。
なかなかパパの欲しい手がかりを伝えられなくてごめんなさい。パパは不肖の娘にもいつも優しいですが、厳しくバシバシ言ってくれればお尻に火がつくかもしれません。
ぜひぜひ、激励のお手紙でもくださいな。
では、次こそは良い話が出来ますように祈って、〆ます! 敬具]
さりげなく返事の催促までされてしまったのには、マエストロも少々反省した。常と比較しては大人しい文面から、どうやら寂寥の想いにかられていることも伺える。
となれば、贈る言葉は、
「お前が最善と、心底から信じることをなせ」
いつか話して聞かせた「売れない絵を描く画家」の説話を添えて書き留め、封をする。
実のところ、もし娘が本当に辛いのならば父の頼みなど投げ出して帰ってきても良いとマエストロは考えていた。だがそれが紙面に落とされることは、ついぞなかった。
往々にして障壁は人を成長させると、マエストロは知っていたからだ。
ーーー
「初めましてになりますかね? 正義実現委員会の遊園アオです。よろしくお願いします」
「あ、えっと、初めまして……救護騎士団の蒼森ミネです…… 今日はよろしくお願いします……」
蒼森さん、というか救護騎士団にはあまり知り合いがいないのですよね。彼女に限らずほとんどの方がはじめましてです。なにせ私があんまりケガをしないので接点が少なくって……
とはいえ基本的に、正義実現委員はどうしてもケガが多くなりますから、昔から救護騎士団とも関係が深かったようです。
委員会へと「危険な作戦は控えるように!」とお説教をいただく機会も多く、正実の事情をくみながらも、完全に善意と心配で呈される苦言はそれももう身にしみます。
歴代の正実委員長でも救護騎士団の団員には頭が上がらない方が多かったとか。
ですので普段から持ちつ持たれつ、騎士団からの護衛や作業助手の依頼はままあり、今回私が担当するのもその一つになります。
「回診でしたっけ? それじゃあ向かいましょうか」
「は、はい。えっと道はこっちで……あ、あれ? あっちだっけ? あわわ、ごめんなさいぃ」
「落ち着いて落ち着いて、緊張しなくて大丈夫ですよ。今日はしっかり私が護衛しますから」
「すみません、ありがとうございます……」
目の前の小動物が申し訳なさそうに肩を丸めて縮こまります。
私もどちらかと言えば小柄ですがさらに一回り小さい彼女がそうすると、水色のショートカットの頭頂部ばかりがよく見えます。
目元も隠れ気味でおどおどしがちな彼女は、救護騎士団でも治療の腕が良く性根も優しい期待の新人さん、らしいのですが……
「本当に大丈夫ですか? わざわざこちらから不良のみなさんの方へ出向いて診てまわるなんて…… いや、もちろん蒼森さんに危害なんて、私が加えさせませやしませんが」
「は、はい! そのような方々は、満足な治療を受けられないことも多いと聞きます。だからきっと大丈夫! ……なはず、です……」
「そうですか……?」
会話の通り今日の私のお仕事は、不良のたむろする危険地帯へ回診に入る、救護騎士団員1名の護衛になります。
なんでも最近大きなグループ同士で抗争があったそうで、場所によっては路地裏すぐにケガ人がゴロゴロ転がっているのだとか。
とはいえ無頼を尊ぶ不良さんをわざわざ助けに、呼ばれてもいないのに郊外へ赴くというのは相当に珍しい、というか救護騎士団でも初めてのことらしいのです。
そのような事情を踏まえれば、正実内でも武闘派として名を馳せつつある私としては、伝えておかなければいけないことが一つ。
「蒼森さん、今日は不良のみなさんにお会いする度、まずは私が一暴れしますのでちょっと離れていてくださいね」
「えっ!? ど、どうしてですか……?」
「ああいう手前にはまずは威嚇して優位に立たないと話も聞いてもらえません。だから出会って最初に一人二人やっつけてからが本番です。一息ついてから手当でもカウンセリングでも、蒼森さんのするべきことをしてください」
「そういうもの、なんですか……?」
「そういうもの、です」
肩を落とした蒼森さんを見て、内心へじんわりと罪悪感が広がります。とはいえこればかりは譲れません。
そのまま数分の無言が続いた後、先導していた蒼森さんがふと立ち止まりうつむいてしまいます。
「……遊園さんも、こんなことはやめるべきだと思いますか?」
「……わたしも? 他にもこの回診に反対する人が多いんですか?」
「救護騎士団のみなさまはそろってやめるべきだと言ってくれます。手を振り払う人まで助ける必要はない、と。より救うべき方から手を差し出すべきだ、と。なにより私が進んで危険にさらされるのは心苦しい、と。
でも、どんな方でもケガは痛いはずなんです。病気は苦しいはずなんです。孤独は辛いはずなんです……私は、そんなすべての方を少しだけでも助けてあげたい。
……ずっとそう言い続けた私へ先輩は、護衛を遣わすからまずは一度やってみなさい、と」
「……なるほど」
「……ですが、さきほど遊園さんのお話を聞いてハっとしました。ケガした方の目の前に立ちさえすれば、治療が出来ると思ってました。害がなければ、どんな方でも受け入れてくれると考えていました……
考えが足りなかったのは私なのでしょうか……? 先輩の言うとおり、おとなしく診療所で患者を待っていればいいのでしょうか……?」
「……」
ここでその通りだと帰らせるのは簡単です。
危険は避けるべきことで、心優しいこの子がふてくされた不良のみなさまに心身ともに傷つけられるのを防ぐのはきっと正しいことだと思います。
ですが、それでも……!
「ここでひとつ、蒼森さんは“売れない画家”が“売れない絵”を、どうして描くと思いますか? 食うにも困るほど貧窮した画家が、です。」
「……え? いえ、わかりません、どうしてでしょう」
「正解はもちろん様々ではあるでしょうが……私はこう考えています。きっと書いてる本人は決して“売れない絵”を描いているつもりはないのです。その画家が持つ全力の“芸術”を込めて、それこそが世界でもっとも美しいと信じて絵を描いているのです」
「それは……もちろんそうでしょうが……」
「全霊がこめられた“芸術”にはいつか必ず理解者が現れて、作品は世に残るでしょう。妥協して売りやすいだろう流行りの絵でも書き始めれば、こうはいきません」
「……」
「これは受け売りの持論ですが、一本筋の通った人の“芯”は、どんな状況も困難も良い方へ動かすと私は信じています。
たとえば敬虔な正義実現委員ならば、“正義”の名の下に比類無き力を発揮します。たとえば私ならば……ちょっと単純かもしれませんが、パパに誉めてもらう「喜び」を胸に日々がんばっています。あわよくばご褒美に遊園地へ連れて行ってもらえれば、とか考えています」
「……ふふ」
今朝会った時からどこか悲痛に覆われていた顔に、少しだけ笑みが浮かびます。
確かに蒼森さんのやろうとしていることは、理想ばかり先走った危険な行いです。
ですが、彼女の理想が現実につぶされそうになっているのを目の当たりにして、なによりこんなにかわいい女の子が泣きそうになっているのを目の前にして、私はその想いを無下にできません!
「蒼森さん、あなたはどうですか? いまの話を聞いて、あなたの“芯”はどう感じていますか? いいえ、あなたの“芯”は、なんですか?」
「私の“芯”……」
真剣に、本当に真剣に蒼森さんは自らの手のひらを見つめます。その手にはまった、純白の手袋を開いて閉じて、しばし。
「“救護”!それこそが、私の“芯”です!!」
蒼森さんがうつむいていた顔を上げ、私をまっすぐに見つめます。前髪に隠れていた碧の両目が輝いて、まぶしくて目を細めてしまいそうです。
心なしか彼女の頭上の薄い橙のヘイローも光が増しているように感じますが、え、気のせいですかね?
「遊園さん!」
「は、はい!?」
さきほどまででは考えられないような大声に、ちょっとびっくり。
「私、目が覚めました! 遊園さんのおっしゃるとおり、私の“救護”が私のなかで叫んでいます! 聞こえます! “救護”の声が!」
「え、あ、はい、よかったですね?」
「“救護”は言っています。 「救護が必要な場に救護を」。これこそが私の求めていた“救護”だったのですね! 行きましょう遊園さん! いえ、アオさん!」
「え、え、え?」
「悔やまれるべきことに、私にはまだ“救護”を行うには単純な腕力が足りません……! それはトレーニングなどで今後早急に身につけるとして、本日のところはアオさんだけが頼りです……! どうか、どうか私の“救護”に力をお貸しください……!」
「それは、もちろん、お仕事ですし……」
「まずはすべてを地に伏し、その後すべてを治す! 見ていてくださいアオさん! これが私の“救護”です!!」
「え? え? あわわわわ、これは、これはもしかして――」
なにか、いけない扉をひらいてしまったのでは……!?
予想をはるかに越える気迫にたじたじになりながら、走り出す蒼森さん、いえミネさんを追いかけます。
なんだか私、だれかを追いかけてばかりですね…… そんな現実逃避の思考を脇に、その日は蒼森さんが地域一角の不良さんを文字通り全て“救護”するまで、私は暴れ続けるハメになりました。
「救護騎士団と正義実現委員会の2人組には決して逆らうな。やつらは全てを無に返す」
そんな格言とも怪談ともつかない噂がこのときに発生したらしいのですが、私がそれを知ったのは、ずっとずっと後のことでした。
―――
夢を見ているな、と気がつきました。
まるまる数時間をミネさんに連れまわされて、疲れ切ってベッドに倒れた記憶があるのに加え、どうにも現状の様子がおかしいのです。
室内のはずなのに、天井よりもちょっと高いくらいから見下ろす視線の先。そこにはかつての、まだ私ではなかった「わたし」がたくさんの子供たちを先導していたのですから。
汽車のように連なったトロッコに乗ってファンタジー世界を練り歩く、「メルヘンワールドの冒険」という名のアトラクション。
「わたし」はその案内役のお人形として、たくさんのお友達とたくさんの冒険をしてきました。
わぁ、みんなこんにちは! あなたたちもここに迷い込んできたの?
ここには楽しくてすっごい、いろんな場所があるみたい! 一緒に冒険しよう!
見て、大きな虹色のお花が光ってる! あっ! あっちで妖精さんが手を振ってるよ! おーい!
ねぇ、このお菓子すっごくおいしそう…… え? 食べちゃだめって書いてある? ちょっとくらいならばれないって…… ほら、あーん!
きゃー! 怒った魔女が追いかけてきた! つかまったらヘイローをとられちゃう! みんな逃げて!
優しいドラゴンさんが倒してくれたよ! それに帰り道も教えてくれた! ありがとう!
今日はとっても楽しかったね! わたしたちはこれでお別れだけど、いつまでもずっとお友達だよ! ばいばーい!
笑いあり、スリルありの大人気アトラクションは、いつでもお友達の「喜び」であふれていました。
それをちょっと離れたところから見ていて、ふっと気がついたことがあります。
きっと私は「わたし」のころから、お友達のみんなを導いたり、共感してもらったり、助けてあげたりするのが好きだったんですね。
僭越ながらミネさんを導き、励ましてあげられたとき、困惑こそしましたがとても大きい喜びを感じました。
ツルギちゃんを助けるときはいつだって大変だけど達成感があるし、ハスミさんとのおしゃべりはたくさんの楽しい気持ちを共有できて大好きです。
これからも大好きな人たちと一緒に、さらにいえば将来仲良くなれるたくさんの人たちも加えて、何度でも「喜び」を感じることができればいいなと、強く強く思いました。
あんまりきちんとした考え事をしていたからでしょうか、だんだんとぼんやりしていた意識が浮かびあがって来るのを感じます。
もうすぐ夢は終わりのようです。起きたらこの夢のことは、今考えているかけがえのない大切な気持ちは忘れてしまうでしょうか。
「いつかみんなとも、遊園地に行ければいいな」
最後に浮かんだこの想いだけはどうしても覚えておきたくて、しっかりしっかり念じながら、私は夢から覚めるのでした。