[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
「委員長に紅茶のおいしい入れ方を教わったんです」
きっかけはハスミさんのそんな一言でした。
正義実現委員会に与えられた部屋の一角、休憩用のティーテーブルにつくのは、私とツルギちゃん。
目の前でハスミさんが丁寧にティーポットを傾けるのを、好奇心に任せて見つめます。
「わぁ、すごい。いい香りこっちまで漂ってくるぅ」
「きひ……ありがとう、ハスミ」
「いえいえ、練習につきあってもらっている形になりますから、お礼を言うのは私の方ですよ、ツルギ」
「えー? そんなに手際よくって何言ってるのハスミさん。謙遜しちゃってさ、もー」
「ふふふ、言い過ぎですよ、もう」
はにかむハスミさんを横目に、ツルギちゃんへとアイコンタクト。
――これはまんざらでもなさそうですねぇ。
――そうだな、嬉しそうだ。
戦場で培った目と目で話す特殊技能を無駄遣いして、一緒にきひひと忍び笑いまでしちゃいます。
「はいどうぞ。茶葉は委員長に分けてもらったとても良いものです。ぜひ香りを楽しんで」
「やったぁ! おいしそう! ずずずっ、あっちぃ!」
「こら! アオさん、はしたないですよ。めっ、です!」
「ひええ、ごめんなさいー……!」
楽しみが過ぎて思わず飛びついてしまいました。しょんぼり肩を落として反省します。
トリニティに来る前に、一通りのマナーはパパからしっかり教わってるんですから。
だから私だってやろうと思えばちゃんとできるんです。パパの顔に泥を塗らない為にもしっかりしなきゃいけません……!
「ほら、ツルギのまっすぐな姿勢を見習って、アオさんもしっかりしてくださいね? ただでさえ転入生ということで色眼鏡で見られることが多いのですから」
「わあ、ほんとだ。ツルギちゃんきれいだねぇ」
「きぃひひ……! やめてくれ照れる」
普段の猫背はどこへやら、しなやかさを保ちつつもまっすぐな背筋は、鍛えられた体幹のたまものでしょうか。
トリニティ生は幼年のころからテーブルマナーをたたき込まれて生活するとも聞きます。私も友人ばかりの席と、気を抜いている場合ではありません。
私が収まりの良い腕の位置を模索しながら、なんとなしにハスミさんと目が合った時。
ハスミさんから、あたかも今思いつきました、といったような声が上がります。
「そういえば」と発して続く言葉は、
「以前から気になっていたのですが、アオさんはツルギのことは「ちゃん」をつけて呼びますよね? アオさんにしては珍しい気がするのですが、なにかきっかけなどあったのですか?」
「え、きっかけ? いえ、とくには……? なんかツルギちゃんと初めましてってしたときに、そう呼んだ方が喜んでくれそうだなぁって思ったんだったかな?」
「……そうだな。初めて会ったときから、「ツルギちゃん」だ。……はじめは面食らったが、悪くないと思っている」
「うん! それなら良かった!」
「なるほど……アオさんの直感と感性のなせる技、でしょうか……」
私、ちょっと自慢なのですが、人の機微には聡いところがあるのです。えっへん!
そんな天賦の才を持った私には、ハスミさんが何か言いたげに、所在なくもそもそとしているのもお見通しです。
ふふふ、さてはさてはー?
「もしかしてハスミさんも、呼ばれ方、「ハスミちゃん」がよかったりしてー?」
「……! ……まぁお恥ずかしながら、より親密そうに見えてうらやましいなとは少々思っていまして……よければ私も――」
「でもだめでーす!」
「な、なぜですか!?」
ショックを受けるハスミさんへと、ふっふっふーと悪い顔を向けてあげて。
「わたしからの「ちゃん」が欲しいなら、ハスミさんの私への敬語の撤廃が交換条件です! なんだかんだでハスミさんがずーっと敬語のまんまなの、実は気にしてるんですからね!」
「え!? いえ、確かにずっと敬語で接してはいますが、それは私が敬語で話すことに慣れているからでして……」
「入学式の時、今後の関係次第でくだけてくれるっていったじゃないですかー! このうそつきー!」
「……ハスミ、嘘は良くない」
「う、うそだなんて! そんなつもりは……!」
あわあわ、あわあわ、ハスミさんが見たこともないほどにうろたえます。
両手を鳩尾の前で縮こまらせ、漆黒の髪の毛先は揺れる頭にあわせて、肩のあたりでふるふるきらきらと輝きます。
実を言えば私も、パパやその友達なんかの大人ばかりに囲まれて育ちましたから、敬語がちの方が気が楽、という気持ちもわかります。
でもそれはそれ、これはこれ!
「さぁハスミさん! あなたが「ハスミちゃん」になりたいのならー? あなたの口で、そう頼んでくれればいいんだよー? もちろん敬語抜きで!」
「……私は敬語のままでもいいからな。無理をするな」
「しゃらっぷ! ツルギちゃん! そこで甘やかしてはいけません! ほらハスミさん、早く早く」
「ぬ、うぬぬう……!」
ちょっとかわいそうなくらい震えてるけど、ここはしっかりと待ちの姿勢で見つめます。
まだかなー? まだかなー?
「アオさん……私のことは「ちゃん」をつけて、呼んでくれ……?」
「ぶぶー! かわいくないのでリトライ! あと私へも「ちゃん」がいいかな!」
「ええっ!? えっと……アオちゃん、これからは私のこと、ハスミちゃんって呼んでほしいな……?」
「おっけー! ハスミちゃん、これからもよろしくね!」
「よ、よろしくね!」
「おお……顔が真っ赤だ」
「ツルギ! ちゃかさないでください」
「……すまん」
やったぁ! これで私たちの仲もまた一歩前進です!
普段敬語ばかりのハスミちゃんが唯一くだけて接してくれる、それが私。ふふふ、この関係はもう、親友といわれても過言ではないのでは!?
うれしさのあまり小躍りしていると、「お行儀が悪い!」と怒られてしまいました。やーい照れ隠しー。
「と、ところでアオちゃん……慣れませんね」
「はいなんでしょう! ハスミちゃん」
「ええっとたしかアオちゃんが、この会のためにお茶菓子を用意してくれるっていってなかった、かな? ……たしか有名なお店のプリンを、と」
「ああそういえば! それならちょっとお使いを頼んだんだー。ちょっと遅れるって言ってたけど、そろそろ来るかな?」
「……? 他にも今日は参加者が? ならもうひとつティーカップを用意しないと……だよね?」
「うん、時間があるならぜひ一緒にとは言ってあるけど、どうだろうな、あの子。最近いつも忙しそうだし……」
「待て、ハスミ、アオ……外からなにか聞こえる」
「え?」
ーーそいつを止めろー! 中にいれるな!
ーーお、抑えられません! 危険ですー!
ーー退避、たいひー!
確かに聞こえる緊迫した声に、ツルギちゃんが臨戦の構えへうつります。
この様子、お外の正実委員が誰か、なにかの騒動に巻き込まれているようです。
……ふとそこで私の中にピンっとひとつ、ひらめくものがありました。俗に言う、悪い予感というやつです。
冷や汗をかきながら、いまにも飛び出しそうなツルギちゃんの腕をそっと捕まえて、今のうちに出来る限りの説明を……ああでももう時間が……!
慌ててしまって行動を決めきれないうちに、響くのは、木製の何かが打ち据えられる、爆音――
「アオさんはこちらにいらっしゃいますね!? 約束のお菓子をお持ちしました!!!」
「あ、蒼森ミネ!?」
「あぁ、やっぱりー!」
壊れんばかりの衝撃を伴って、正実の正面扉が叩き開けられました。
そこにはやっぱり、プリンのお買い物を頼んだミネさんが、腰に手を当て仁王立ち。
ああ、これは大失敗の予感……
「蒼森ミネ! 最近は現場をめちゃくちゃにするばかりか、また意味の分からないことをして! なにか私たちに反感でもあるのですか!?」
「……? いえ、私はこれをアオさんに届けにきただけです。道中多少の“救護”こそございましたが、他意はありません」
「あなたの言う“救護”ってだから、なんなんですか!!」
「待って待ってハスミちゃんどうどうどう……」
「アオちゃん、どうして蒼森ミネをかばうの!?」
「いえ、彼女がこうなったのには私にもちょっと責任があるというか……」
「責任!??」
責任があるの、ちょっとですかね……? もしかして多大にあったりしますかね?
いやでもまさかこんなことになるなんて……
入り口でだれかに一声かけてくれればお出迎えしたのにぃ……まさか正面突破してくるなんてぇ……
「さてアオさん、別の箇所で“救護”が私を呼んでいますので、せっかくのお誘いでしたがもうお暇させていただきます。次の回診では、どうぞまたよろしくお願いしますね。それでは」
「わ、はやーい」
「……もう見えなくなったな」
「もう! ほんと! いい加減にしてください!」
そして残されたのは、私たちの机にストンと置かれた紙箱がひとつだけ、です。
ほんと、嵐のような子ですね……。
ミネさん、最近ちょっと現場で暴走気味と耳にしたので、お茶会という平場のうちにハスミちゃんやツルギちゃんと顔をつないでおいて、いざという時には連携を、とか考えていたのですが……考えが甘かったようです……
ミネさんって、それでも落ち着いているときは、以前と変わらずとっても優しくて頼りになる救護騎士団員なんです。
ただ、暴走したときの活躍は一長一短……いえぎりぎり1.2長1短くらいでしょうか。鉄火場では、なんだかんだ良い結果に収まることが多いのが評価の難しいところです。
「まぁまぁまぁハスミちゃん、買ってきてもらえたこれ、食べましょ? きっとおいしいから、それで許してあげよ?」
「……はぁ、仕方ないですね」
「おいしいのか? その店のは」
「私も食べるのは初めてですが、評判は良いです」
「へへ、楽しみだね!」
なんとか一息ついて、箱を開けて、そこにあったのは……
「全部ぐっちゃぐっちゃじゃないですか! 蒼森ミネ! やっぱり許せません!!」
「あっちゃー」
「……もったいない」
振り回されて、箱の中でこぼれきったプリンでした……
……ところで、ミネさんってなんだかんだ救護騎士団でも出世しそうなんですよね。腕はいいですから。ほんと、なんだかんだ。
で、正実の幹部候補のハスミちゃんが、ミネさんに対してはこの調子。
ああ、これからきっと私が、二人を取り持つことになるんだろうなぁ。
そんな諦めにも似た悟りを抱きながら、箱の中にこぼれたプリンを指でつついて、一口ぺろり。あ、おいしい。
「はしたない!」
「ーーぎゃん!」
だからゲンコツは痛いですって!
そんなとこ先輩に似ないでくださいハスミちゃーん!
ーーー
マエストロは熱い緑茶が注がれた湯飲みの温度を手に楽しみつつ、同僚の出張みやげを口にしていた。
「黒服よ。このアビドス砂まんじゅうはまだ残っているだろうか。娘へも贈りたい」
「おや、お気に召したようで何よりです。ククク、マエストロさんがそう言うと思って、あらかじめ1箱多く用意していますよ」
「……そうか。恩に着よう」
マエストロは気まずそうにぎぎぎと鳴るが、ごまかしはせずに礼を言う。
他の諸々の議題に比較して、娘に関しては彼は相当に素直になると、ゲマトリア内では有名であった。
「マエストロ、わたくしからもご息女へひとつ、贈り物がございます」
「ゴルコンダ?」
「「血を流す服」。とある怪談をベースに「テクスト」を良い感じにして作りました。ご息女の活動にて、周囲の不信を取り除く一助としていただければ幸いです」
「そういうこった!」
「そうだな。そのようなものも必要となるか。まんじゅうと共に小包を仕立てるとしよう」
この場にベアトリーチェがいれば、なんだこいつら、と感じたかもしれない。テクストをいい感じにってなんだよ、とか、言ったかもしれない。
だが現実は得てして想像を越えるものである。
だからこそ彼らゲマトリアは、日々自身の仮説の、実験の「想定以上」を求めて、探求に身を置いているのだ。
結果と実務ばかりに執着し、ロマンを解さない女郎の出る幕は、今はない。
「クククッ……」
「フッ……」
「……」
「そういうこった!」
とある娘の存在を介して提供される、いっときの団らん。
極めて例外的なそれは、時間に溶かされて、夜は更けていく……