[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
[拝啓パパ上 マエストロ様
秋になり、もう結構日が短くなってきました。私は暑いよりは寒いほうが好きですが、昼が短くなるのだけは、楽しい時間がすぐ終わってしまうようでいつも物悲しいです。パパもこの気持ち、わかりますかね?
さて本題で、パパ聞いてください。なんだか最近忙しいんです。
正実に所属して早半年、私たちの新人気分も抜けてきて、そろそろ3年生の先輩は引退も考える時期らしくてですね。引き継いで覚えなきゃいけない仕事が増えーる増える……!
な、の、で!
ちょっとパパの頼み事の対応はしばらくお休みします! ごめんなさい!
冬ごろになれば落ち着いて来るはずなので、そのころにまた!
もしパパの方で、もっと具体的な指示とかあれば先に伝えてくれると、いい感じのタイミングで動きやすいです。
わがままばっかりですが、あとでちゃんとやるので! それはほんとなので! どうぞよろしくお願いします! 敬具]
マエストロは天井を仰いだ。
「……これは反抗期か?」
「ククク、そうかもしれません」
マエストロは娘に対して、思春期特有の自我の高まりを感じていた。
横で見ていた黒服は、もし本当の反抗期がくればこんなものではないのでは? と内心で思っていたが、それを伝えると面倒そうなので、あえて短く肯定した。
ーーー
トリニティ中央の噴水広場に、生徒の憩いとなっているベンチがあります。
しかし今、このベンチは私専用のベッドになったのです! ふあはははー!!
「はっはっはー! もうやだー! 疲れたんですよもー!」
うでうでうで。うちあげられた魚のように長イスの上でのたうちます。
もちろん板敷きの腰置きも背もたれも鬼のように堅くって、ごりごりという石臼みたいな音が響くだけでちっとも心地よくありません。
でももう私は、ちょっとも起きあがりたくもないんです。
「先輩もさー! ちょっと私が愛嬌あふれんばかりだからってさー! 「来年度からの外部との調整役はお前だな」とかさー! 能力を買ってくれるのはいいんだけどさー!」
先輩に、「お前が適任だ」って言われたときは確かに嬉しかったですよ?
ああ、元気だけが取り柄でしたが、お仕事の役に立つこともあるんだなぁって、頼りにされるなら応えたいなぁとか。
「でもなーんで、戦闘班の庶務と兼任なんでしょうね! 日々の戦闘報告書をこしらえるのも私なんですが?? お仕事2倍! 死んじゃう!」
うきうきで、がんばって引き受けます! だなんて言ってしまったが運の尽きです。
次の日から引き継ぎと称して、もう毎日どころか毎時間ペースで、各派閥だか各分校だか他学園だかの偉い人達のとこに挨拶周りでございます。
指導してくれた先輩は言いました。「一度見聞きした名前と顔は絶対に忘れるな」って。
そう言った時の目が本当に虚無の色をしてて、これはちょっとやばい世界に入っちゃったと感づきました。
遅きに逸すること、このうえなし。
もう後戻りはできません……
「やぁんやぁん、この挨拶詣でが終わったらそこそこ落ち着くって先輩言ってたけど、そんなの絶対嘘ですってぇ…… ふえぇ、こんな仕事、ちょうど良い後輩が出来たら絶対全部おしつけてやるんですからぁ」
きっと前任のあの先輩も、さらに前々任の先輩も、みーんな同じ事を思っていたのでしょうね……
ああ、そうなるとあんまり強く非難できないなぁ。
きっとこの道は、数多くの正義実現委員会渉外担当が通ってきた道なのです……
……でもいやなものはいやなんですー!
「……うう、またみんなでお茶会したい、遊びに行きたい……でも戦闘班のツルギちゃんも部隊運用班の期待の星のハスミちゃんも忙しそうだし、癒しがないですってー! ……はぁ」
じたばたじたばた。時間はだいたい授業終わり。
夕方のこんなに目立つ場所で奇行に走ろうが、トリニティのお高い生徒さんたちは、ひたすらに目を逸らすばかりです。
……いや、普通に考えればこんな変人の近くには寄りたくないですよね。
それでも世の中の冷たい風にさらされるような気分になるんですよねぇ……とか、ぬぼーっと空を見上げながら考えていたのですが、
「そんな所に横になって、どうかされましたか……?」
「ひゃあ! シスターさん!? え? 私に話しかけました?」
「は、はい。もしかして気分が優れないとか……?」
「あ、いえ、そんなことは全然なくて、いえ……ジャマですよね、すみません」
「え、そ、そんな謝らないでください! ……なにかご事情があるのですよね。私のほうこそ、不躾に話しかけてすみません」
「う、うう……」
「え?」
「うわーん! 優しい! 今、優しくされると泣いちゃう! わぁん!」
「ええ!?? な、泣きやんでください……! ほら、ようしようし」
そんな私に心配を向けてくれたのは、たまたま通りかかった気弱げなシスターさんでした。
大切に抱えていた大荷物も地面に置いて、情けない私を慰めてくれます。
そしてこんな気疲れ100%のジャストタイミングで気遣いの声をかけられたら、誰だってころっといっちゃうはずなのです。
だから、思わず抱きついた私、わるくない。
泣き顔を相手の胸にうずめる形になってしまっても、動じないで受け入れてくれる包容力に甘えてしまいます。
……え、いや待って、なにこれ、
「やわらかい……!」
「……っ! そ、それはさすがに恥ずかしいです……」
「ご、ごめんなさいー!」
いやこれは素直にセクハラですね……
さっきまでの涙が嘘のように引き、代わりに冷や汗がでて、漏れ出た不敬をなんとか頭を下げて許してもらいます。
ついでに最近シスターさんを見かけたらほぼ条件反射で聞いている質問をひとつ。
「……話は変わりますがシスターさん、「太古の教義」って知ってます?」
「……!? せ、“正実のタイ子ちゃん”!??」
「なんて?」
「シスターフッドと見るや「タイコの教義って知ってます?」とだけ尋ねて去っていく正義実現委員会の女の子……都市伝説じゃなかったんですね!?」
「なんて!??」
ここのところ、シスターさんにはとりあえずこの単語を投げかけて、知ってそうかどうかだけ反応を見るってことをしていました。
その、あまりに正実のお仕事のほうが忙しくてですね……こんな雑な調査で濁していたのですが……いつの間に、そんな話になってたんです?
でもああどうりで。ここ数日は声をかけただけで、なぜかビクっとされるなぁとは思ってたんです……!
「あ、あわわ、聞かれてなにか答えてしまうとヘイローをかじられるって……!」
「どんな怪談ですか! そんなことしませんよ!?」
「……ほ、ほんとですか? よかった……」
「そんなに安心されるほどです……?」
忙しさと進捗のなさにやさぐれての行動がこんな影響を及ぼすなんて……!
……いや、おおむね自業自得でしょうか?
そんな気がしたら、また気力がぁ
「ぷしゅう。もう今日の私はおしまいです。空気が抜けました。ここでねんねします。おやすみなさい」
「え、え、え、そんな所じゃ風邪引きますよ……? せめて聖堂の仮眠室をお貸ししますからそちらまで……」
「あ、いえ、ごめんなさい。冗談です真に受けないで。ちゃんと寮に帰りますから……!」
「そうですか? ああ、よかったです」
「……っ!」
私、気がつきました。この子、あまりにいい子すぎる……!
あんまり適当なことを言い過ぎると、真面目に心配されちゃってちょっとこっちが申し訳なくなってしまいます。
……うう、偉い人たちに囲まれて、微笑と建前の鎧で完全武装の世間話をしてた直後に、これは……きくぅ。
シスターさんの理想のような、純真さと慈愛の心が身にしみます。
「な、なにはともあれ、心配してくださってありがとうございます。こんな会話でも、だいぶん気が紛れて楽になりました。 ……私ったらもう疲れすぎてて、すんごい奇行で怪しかったでしょうに」
「いえ、少しでも元気になられたならよかったです。これもシスターとしての勤めですから」
「うう、やっぱり、優しさに触れると暖かいですねぇ…… あ、自己紹介が遅れました。私、遊園アオといいます。ごらんの通り正義実現委員会の所属なので、今後もなにか一緒にお仕事をすることもあるかもですね。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。私は若葉ヒナタです。あれ……? 遊園アオさん?」
「どうしました?」
「いえ、アオさんのお名前、どこかで聞いたようなと思いまして……」
ヒナタさんが、立てた人差し指を顎のあたりに寄せて、首を傾けながら上の方のどこかを見やります。
まぁ、私も正実ではそこそこ暴れている方なので、その方面でなにか名前が挙がっているのか、なんて思っていましたが。
「あ、そうです。勧誘です。先輩の方々の話がちょっと聞こえて、遊園アオさんの名前が出て、正義実現委員会でなければ勧誘したかったなぁと話していたんでした」
「えっ!?」
「……あ、これもしかしたら、あんまり話してはいけないことだったかもしれません……すみません、聞かなかったことに……」
「いえいえいえ、聞かなかったことになんてそんな!」
え、勧誘に私の名前? ほんとに? やったぁ! これまでがんばったかいがありました!
となると、今すぐにでも正実を辞めてフリーになれば、シスターフッドへの所属も、パパのお使いへ近づくことも……
と、そこまで考えて気がつきます。
それはもうシンプルな心情に、理屈がすべて、くつがえされます。
(あー、私、正実やめたくないですね……!)
その心情というのが、これです。
いま、毎日が楽しいです。正実のおかげで築けた関係が、能力が、その他もろもろ得られたものが、あまりにも多すぎます。
いくらお仕事大変だからって、それら全てを手放すだなんてとんでもない。
ああ、そっかぁ、私がお仕事がんばってるのって、そういうことなんだ。
パパのお使いのためっていうのがきっかけでこそありました。
ですが今はなにより、ハスミちゃんとツルギちゃんと、同期のみんなと先輩たちと、みんなとの楽しい時間が続くようにって、それが一番強くって。
だから私、たくさんたくさんがんばってたんですね……!
ふへへ、なんか意図せずお仕事への気力が復活した気がします!
「ヒナタさん!」
「ひゃあっ! ど、どうしましたか……?」
「ヒナタさん、あなたのおかげで私は大切なことに気が付けました! ぜひなにかお礼をさせてください! 具体的には晩ご飯とか、今から一緒にいかがですか? おごりますよ!」
「あ、いえ、お夕飯はシスターフッドの寮でとらないと……点呼もありますし……」
「なんと! じゃあまたのお休みに甘いものでもご一緒に、ぜひ……ぜひ!!」
「え……は、はい……その、よくわかりませんが、そこまでおっしゃるなら……」
「じゃあ連絡先を交換っと……! ああ、ええっと……私がいうのも何ですが、そんなに押しに弱いの、大丈夫ですか? いらぬ気苦労とかしてませんか?」
「……本当に、あなたがいうことではないと思います」
「あはは」
ベンチで死んでて、ちょっと泣いて、でもいきなり元気になって。
他人から見たら、私ったらまったくのわからんちんですよね。
いろいろと笑ってごまかして、それでも実はと、伝えたいことがありまして。
「……感謝しているのは本当なんです。こんなふざけた言い方になって、ごめんなさい」
「……そのお顔で、本当なのはわかっていますよ。お力になれたなら、私もうれしいです。ちょっとびっくりはしましたが」
「へへへ……ありがとう、ございます」
そのあともう少しヒナタさんとお話しをして、夕方も暮れに近づくころに、やっとお別れすることにしました。
ちょっと拘束しすぎちゃったかも。初対面なのに甘えすぎてしまいましたね。
……今日は一瞬、シスターフッドへの所属という、パパのお願いのための近道も手が届きそうに感じました。
でも私は、私のやりたいことを優先すると、決めてしまいました。
パパのための人形になりきれないちょっとの後悔と、でもなぜか感じる清々しさと、なんだか複雑な気持ちを手に引いて、私は寮へと帰ります。
「……私は私で、パパの娘なだけじゃなかったんですねぇ」
こんな気づきを、パパに直接伝えることは、きっとずっと、ないのでしょう。
だからこんな道の端っこで、周りに誰もいないのをよーく見てから、沈むお日様だけに呟いて、そっと聞かせてあげました。
ーーー
[古書館にて「ユスティナ聖徒会の日誌」もしくは、彼女らの思慮が滲む書籍を探索せよ。発見した暁には、報償は「遊園地」とする]
マエストロは自らがしたためたごくごく短い文章を、しきりに見つめ、熟考していた。
そこへふと、不躾けな陰が差し込まれる。
「おや、そのようにはっきりと「遊園地へ連れて行く」などと書いてよろしいのですか?」
「……黒服か」
横から割り込むように文が読みとられる。
本来ならば尽くされるべき礼儀が、娘をタテに省かれていた。
「「太古の教義」だなんて曖昧な単語一つで彼女を放り出したのも、わざと依頼を成功させない為かと推測しておりましたが…… たしか予測では、次に「遊園地」へ赴けば、ご息女は最悪の場合ーー」
「黒服」
「……ふむ」
黒服の言葉をさえぎったマエストロの声音に、しかしいらだちや非難の色はない。
しばし沈黙の後、マエストロは続ける。
「……あれが成してきた道程が行く末を決定する。その結末が如何様であってもそこに正誤はない。ただ一つの「芸術」が残る。私はそれを記憶し、称賛する」
「……なるほど」
マエストロは便りへ封をする。
その決断が変わらぬように、娘への言葉が書き換えられぬように、しっかりと。
「その場には、ご一緒しても?」
「好きにしたまえ」
「ではゴルコンダさん方にも声をおかけしますね」
「……」
マエストロは沈黙で答えた。