[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
[拝啓パパ上 マエストロ様
みんなが巻いているマフラーが、それぞれカラフルで可愛らしくって大変ワクワクする季節になりました。私も正実の黒い制服に合うマフラーがないか探しているのですが、パパは何色がいいと思いますか?
さて、秋口にお願いされてからずいぶんお時間をいただいてしまいましたが……「ユスティナ聖徒会の日誌」の入手、がってん承知いたしました!
ようやっとお仕事に余裕が出てきましたので、こちら、本格的に狙っていこうかと思います!
古書館は普段から人は少ないですし、夜にはさらに警備が手薄になるはずです……!
しっかり下調べして、絶対に手に入れて見せますので! 待っててくださいね! パパ!
敬具]
「……? ずいぶん気負っているようだ…… まあいい。物が届き次第、動く」
娘の心持ちが如何様でもマエストロのこれから成すことは変わらない。
なにがしかの佳境が、迫っていた。
ーーー
「草木も眠る丑三つ時」とは、いったい誰が言いだしたのでしょうね?
こうこうと輝き影を作る満月を背中に、怪盗アオちゃん、ユスティナ信徒ゆかりの品をいただきに、いざ参上でございます!
……いえ、特に予告状とかを出しているわけではないのですが。
全身タイツにスカーフの腰巻き、古き良き怪盗ルックに身を包み、古書館までの道を歩きます。
自警団による巡邏のルートもあらかじめ調べて、この時間ここを通らないことは確認済みです。
ぬふふ、完璧な計画に思わず含み笑いが漏れそうになりますが、それもガマンをいたしまして……!
たどり着きましたは古書館の正面、待っててください私のお宝!
「取り出したりまするはこちら! ゴルコンダさん印の「だいたいの扉はあけられる鍵」です! この子があれば、ちょちょいのちょいとー……ほら開いた!」
歴史を感じさせる分厚い木の正面口から聞こえた開錠の音は、それはもう重たく響くものでした。
でもそんな見た目だけはしっかりしていた扉も、ゴルコンダさんの秘密道具の前には形無しです。
「さてはて、お目当ての本も昼間に場所は確認済みですし、あとはささっと回収して帰るだけ……これは、いただきましたねっ!」
「……へあ?」
「ん……?」
テンションを上げて独り言を漏らして、楽しく楽しく館内に入ってすぐそこにはーー
「ぎゃー!! だれかいるー!!?」
「……ど、どろぼう! 強盗? に、逃げなきゃ……! ……っぎゃ!」
「ええ!? 転んだ! 頭打った! 気絶したー!!?」
こ、こんな時間の古書館にどうして人が!? これでは初手から作戦がだいなしです!
っていやいや作戦なんか今はどうでもよくって、それよりも大切なことがあるんです!
転んで頭を打ったらしい、誰かの様子をそっと伺います。
暗がりできちんと様子は見ていられませんでしたが、結構な勢いで滑っていたのはわかります。
小柄で体重が軽そうなのは幸いですが、それでもかなり危ないケガかもしれません……!
いま私ができる、彼女を助ける一番の方法は、
「ミーネさーん!! 救護一丁入りましたー!!!」
扉の外に顔を出してそう叫んで、カウントすること1、2、3、4、5……
「救護騎士団1年蒼森ミネ! これより救護を行います!」
「ミネさん、この子を!」
「さすがアオさん、もう救護を受け入れる体勢へ導いてありますね。頭を打ちましたか……診察します!」
「え、ああいや……はい、おねがいします……」
心臓が痛くなるほどの心配を抱えながら、横から伺うこと数分、「問題ありませんね。たんこぶ程度ですし、この氷嚢を当ててください。では」そう言ってミネさんは帰って行きました。
私が叫ぶといつでもどこでも5秒で来てくれるの、本当にすごいしありがたいのですが、これ、いったいどういう仕組みなんでしょうね……?
呼んでおいてなんですが、怒濤の救護に呆気にとられてしまいました……
ですがさらにその気持ちを追い越すように、安堵の気持ちが押し寄せてきます。
「はぁ、よかった。ありがとうございますミネさん……ってもう聞こえませんか。ですがびっくりこそしましたが、この子が気絶してくれたのは好都合でしたねぇ。それでは今のうちに……」
……今のうちに? お目当ての本を探すんですか? と自問自答。
ぐったりしているこの子を放って……?
「……いえやっぱり、目を覚ますまで待ちましょうか。それで、素直に謝りましょう」
このままこの子を捨て置けば、小心者の私じゃあ、良心の呵責にさいなまれて何もできっこありません。
そも、この状況で本が1冊でもなくなればきっと、私を止められなかったこの子が責められてしまいますよね……
こんな時間に古書館にいるってことはきっと、警備かなにかを任されているってことでしょうし。
それはちょっと、かわいそうですし、不本意です。
「ああ、これはミッション失敗ですねぇ……」
パパ、ごめんなさい。
もうちょっと追加でお時間、くださいな。
ーーー
「っへあ! ……あれ、私はどうして……そうだ、どろぼう……!」
「すいませんでしたー!!」
「うえぁあ! 土下座!? どうして……!?」
「ぶつけたところは痛みませんか?」
「あ、はい、だいじょうぶ、です……?」
ソファから起きあがった少女を、私の知る中で最大限の謝意を示す体勢でお迎えします。
堅いところに寝かせたままなのも気が引けて、場所も移動させました。
まだ混乱が冷めやらぬのでしょう。
私はひとまずなにも言わずに、彼女の気が落ち着いてくれるのを待ちます。
周りを見渡して、おそらくここが彼女自身のよく知る場所と気がついて、そこまでしてようやく、彼女の頭は状況に追いついてきてくれたようです。
「ええっと確認しますが……私はどろぼうのあなたと玄関ではち合わせて、驚いて頭を打ってーー」
「……介抱させていただいておりました」
「どろぼうなのに?」
「……救護騎士団の方も呼んですでに診てもらってて……」
「どろぼうなのに? 救護騎士団に連絡を?」
「その、どろぼうですが……呼んじゃいました」
「ばかですか」
「滅相もない……」
ひええ、改めて問いただされると針のむしろにくるまっているようです。
軽蔑と呆れの視線が肌に痛い……!
うぬぬぅ……
「……はぁ。それで、目的はなんですか?」
「え?」
「忍び込んでまで何をしたかったかって聞いてるんです。……ただのおばかさんとはいえ、介抱していただいたようですからね。事情くらいは聞いてあげますよ」
「え、え……うそ、すごいやさしいですね? もしかして天使ですか?」
「……からかってます? 前言撤回してヴァルキューレにつきだしてもいいんですよ?」
「ああいえ話します! ちょっと待って!」
というわけで目の前の天使様にすがりついて私の経緯をお伝えします。
かくかくしかじか「ユスティナ聖徒会の日誌が借りたいのです」っと。
すると返ってきたお答えがこちら。
「……? 別にその子なら、昼間に来てくれれば普通に貸し出しできますよ?」
「え?」
「確かにユスティナ聖徒会はトリニティの血なまぐさい歴史ではありますが、別に秘密でもなんでもないので」
「ええ!?」
「ただ、古書の扱いについての講習を数時間受けていただきますが……」
「受けます! すぐにでも! いくらでも!」
「そ、そうですか?」
そんな、そんなまさか……!
さも重要そうな古書館の本なのに、貸し出しできるとかまさかのまさかで!
パパ、もしかしてこれ知ってました? 本当に秘密の任務でもなんでもなく、ただのお使いだってわかって頼んでたんですか……!?
じゃあ同封されてたゴルコンダさんの「鍵」はなんだったんですか!
もしや今回のことに使えってことではなく? 「血が出る服」みたいな、たまたまただのプレゼントが状況にマッチしちゃっただけとかですか!?
今晩までの計画のほぼ全てが徒労であったと気がついた、そんな混乱のさなか、今度は急に今の格好が恥ずかしくなってきます。
女怪盗仕様の全身タイツ、これ完全にアブノーマルな人では!??
「……大丈夫ですか? 百面相して、なにか思うところでも?」
「着替えます!」
「へぇあ!?」
「変装用にもう一つ用意したメイド服に早着替えです! とーぅ!」
「わぁ、一瞬で……」
ーーある時は怪盗、またあるときはメイドの私の正体は……!
だなんてお約束がやりたくって、わくわくしながら練習したのに……!
それがこんなふうに披露されるとは……! さすがの私にも予想できはしませんでした。
ああ、もうやけっぱちです! 私は今すでにメイドさんなんですから、
「お詫びにお世話、します……!」
「へ?」
「おケガさせてしまったお詫びに、身の回りのお世話をします……! お部屋の様子を見た感じ、ここに住んでいるようなので! でもあんまりちゃんと生活できていないようなので! ……あと、この恥ずかしい行動の口止め料として……」
「そ、そんな押し掛けのお詫び、ありがた迷惑です! 私はひとりで全部できますので!」
「いや、普通にちょっと臭いますよ? あなたも、お部屋も」
「そんな!?」
この手の一人暮らし? は、始めにしっかりした生活習慣を作らなければ、ずっとずっと不衛生で居続ける羽目になります。
……私も今年の春先、トリニティに来たばかりの頃の寮生活は一人でそこそこ苦労しましたから、ちょっと気持ちはわかります。
ですがだからこそ、今このタイミングで生活スタイルを確立してしまえば、後々までずうっと規則正しくいられるはずなのです!
そのための礎を築いて差し上げるのが、メイドの仕事? で私のお詫び!
「ありがた迷惑と言われても結構です! ここが正念場ですよ! 古書館のヌシさん!」
「私は図書委員の古関ウイです。古書館のヌシではありません……! ……うへあ、これは大変な変人に絡まれてしまいました……」
「あ、ちなみに私は正義実現委員会の遊園アオです!」
「正実!? 権力持ちじゃないですかぁ! これだからお外は怖いんですって……!」
「さあまずはお風呂へ! その間に部屋の換気と掃除をしておきますので!」
「こんな夜中に!?」
「善は急げですよ!」
「もういやだ、たすけてぇ……」
数日後、いつもなにかの脂でしっとりしていたウイさんはすっかり清潔になって、しかもその身だしなみを維持できるだけの生活リズムを身につけてくれました。
食事も最初のころはインスタントか、さらに酷ければコーヒーとカロリーバー的なものですべてを済ませようとするので苦労しました……
ですが今では、3食ちゃんとした食事を自分で用意できるくらいには成長しております。
よくやりましたね! 私!
でもって私もちゃっかり古書取り扱い講習を履修して、ついに手に入れましたるは、「ユスティナ聖徒会の日誌」でございます!
わぁいわぁい! これでパパにも誉めてもらえます! 「遊園地」に連れて行ってもらえます!
いったいいつ以来でしょう、ずいぶん久しぶりのご褒美に舞い上がってしまいます。
シロ姉もクロ姉も元気かな? ゴズ助はまた太ってないかな?
ああ、楽しみで楽しみで、日々が愉快な空想だらけです!
日程は次の日曜日!
一日を楽しみきるのに必要なものをリストアップして鞄に詰めて、万全の準備を整えます。
まだ数日もあるのに気が早いですかね? ふふふ、私もそう思います! 気が早いですよね!
そうして私は、カレンダーの日付を数えて数えて、何度も数えて、約束の日を待つのでした。
ーーー
「ツルギ、お待たせしました」
「……ああ、では行こう」
遊園アオが、失踪した。
その報が正義実現委員会をはじめとしたトリニティ各所に伝わるのに、さして時間はかからなかった。
前日までに前兆はなく、とある日曜の朝に寮を出たきり、現在までトリニティどころか他学区での目撃情報すら皆無といった状況である。
……いや前兆がなかったというには、いささか語弊があるだろうか。
その日曜までの数日間、アオはいままでに類を見ないほどに機嫌が良かったと、数多に証言があがっていた。
それが失踪に関係しているのかどうか、いまだ確証は乏しく、情報は錯綜している。
「DUシラトリ区、第3業務地区……このビルの、最上階会議室」
「……気を抜くな」
「わかっております」
そんな中、アオと特に親しかったハスミ、ツルギ両名にとある“招待状”が届いた。
差出人はアオ本人。
招待された場所は、すでに廃墟となって久しい遊園地、“スランピア”。
ずいぶんと悪趣味な嗜好に、特にハスミは眉をひそめたが、今はどんなにわずかであろうと手がかりが欲されている。
さらにいえばこの“届いた者以外には認識することができない招待状”の存在自体が、きわめて不可解なこの度の失踪事件への、強い関与を感じさせた。
たとえどれだけ怪しかろうと、これに乗らない訳にはいかなかった。
“招待状”には「遊園地」への入場券に加えて、事前オリエンテーションと称された会合の日時と開催場所が併記されていた。
ハスミ、ツルギは現在、連れだってトリニティ学区を出て、このオリエンテーションの会場へ向かっている。
「この扉の向こうです」
「……外観に異変はない」
「そうですね……では、失礼します」
強い意志と意気込みをかけて開かれた扉はしかし、いともあっけなく開いて見せた。
「ようこそ。羽川ハスミ、剣先ツルギ。……これで招待者はそろったようだ……では」
その先に立っていたのは、すでに到着していた学園の面々が数名と、
「初めてお目にかかる。会うことができて光栄だ。私の名はマエストローー」
ーー遊園アオの、父である。
軋む木製の体と奇っ怪な双頭をこちらに向けた、異型の「大人」の姿であった。