[完結]拝啓パパ上マエストロ様。トリニティでも私は元気です。 作:がくらん
「みんな、よく来てくれまして……うわぁ、うれしいなぁ。ここね、私の地元なんですよ。楽しそうでしょう?」
「アオちゃん……!」
「わぁい! ハスミちゃん」
駆け寄ってきたハスミちゃんの手を握って大きく上下に振ってあげます。
いやぁ、ようこそようこそ! 他のみんなにも一人ずつ握手して、歓迎の意をたっぷりと!
でもなんだかみんな遊びに来たってよりも、すごい安心したぁって顔をしてますね? なんで?
「アオちゃん、よく無事で……。本当に心配したんだから……」
「ええ? なにか大げさじゃない? 日曜日にちょっと帰省しただけで……」
「一ヶ月です」
「え?」
「アオちゃんがいなくなった日から、一ヶ月たってます」
「……ええ!!?」
え、普通に日帰りのつもりだったんですが? けどまだぜんぜん遊んでない気がするんですが?
あれ? でも確かにここにきてから何度か朝日を見ているような、いないような……
ってそうだ!
「じゃ、じゃあ仕事は!? 私たしか、ちょっと良くないけど、月曜にやればいいやって置いていった仕事がちょっとだけ、いやそこそこたくさん……?」
「……たまってる、かな。先輩が最低限は片づけてそうだったけど、アオちゃんの捜索とかで、あんまりそれどころでなかったし……?」
「ひええ! たいへんそう! 「何を遊びほうけていたんだ!」とか、どやされたりしないかなぁ……やだなぁ」
「……ふふふ。でも、アオちゃんが元気そうでよかった」
「笑わないでよぅ! 元気なのはその通りだけど!」
聞いていた周りのみんなからも忍び笑いが聞こえます。
もう恥ずかしいなぁ、とは思いましたが、特に怒ったりしているわけではなさそうで安心しました。
張りつめていた空気がほころんでいくのを感じます。
全然気がつきませんでしたが、どうやら心配をかけてしまったみたいです。
いくら地元の居心地が良かったからと言って、ちょっと反省せねばなりません。
「じゃあアオちゃん、帰ろう?」
「うーん……ぐふふふ! 帰るだなんて……!」
「……?」
わざとらしく悪ぶって笑って見せて、イケないことをする事を楽しんで、3歩、みんなの前から下がります。
延ばされた手が、一息では届かないように。
私を引き留められないように。
戸惑っているみなさんを前に、まずはクルリと回って見せます。
シロねえクロねえと似た意匠で作ってもらった、黒地に白い水玉模様のふわふわゆったりな長袖セーラー服。
普段はあまり出さない自慢のおみ足まで見せちゃうミニスカート。
動く度に青蛍光の縁取りがアクセントになる、私の自慢の一張羅です!
「もう今は夜……! どれだけ急いだって明日の朝までは寝るしかできません。……ならば今晩はもう、遊んじゃいましょう! みなさん、スランピアを案内しますよ!」
「……あ、アオちゃん!」
気を引き締めて、外ゆきの賢いお顔を作ってみせて、
「それでは、ごほん……『ここにはいろんな場所があるみたい! 一緒に冒険しよう!』」
私の原点の力、『メルヘンワールドの冒険』を再現しましょう。
スランピア内でだけ使える、ミメシスな私のとっておき。
みんなと一緒に、ファンタジーへと迷い込んでしまいましょう!
「……きひっ!」
「あ、アオちゃん!」
ツルギちゃんとハスミちゃんには白みがかった水色の。
「……!」
「うえぇ!?」
ミネさんとウイさんにはビビットな薄い赤紫の。
「これは……!」
「あ、あわわわ……!」
サクラコさんとヒナタさんには灰色しま模様の。
それぞれ2人ずつを薄い球形の膜が包んだかと思うと、そのままゆらいでなかの人ごと消えていきます。
私の兄弟達が待ち構えるスランピアの各所へ、迷い込まされていったわけです。
「さぁって、どこから合流いたしましょうか! あはは!」
そうだ! ここは『妖精』さんにお任せしてしまいましょう!
元のアトラクションの『妖精』さんは、行く先を照らしてくれる照明代わりのオブジェクトでしたが、ここではちょっと力を与えてあげましてっと。
近寄ってきたどこか人っぽい形の光球に、指先でツイと触れると視界がパチっと光ります。
まぶしさに目を細めて、再度開けたころには浮遊感。
戦場は、すぐ下に……!
ーーー
最初に放り出された先はスランピア城前の大広場でした。
ここをテリトリーにしているシロねえは、元気な曲芸師のネズミさん。
大玉乗りとボール爆弾のジャグリングが得意な、私の爆弾のお師匠様です!
「きいええええ!!!」
「おお、やってますねぇ! ……シロねえ! アオがきましたよ! さぁ合体です!」
「……!!」
大玉に乗って縦横無尽に走り回るシロねえと、それに追いすがるツルギちゃん。
そこに後ろから飛び込んで、シロねえの背中にしがみつきます!
バランスを崩しかけながらも再び走り出すちょうどその時、
「……そこです!」
「うわぁ! 今、ハスミちゃんの狙撃がかすめた! シロねえ止まらないで!」
「!!」
ツルギちゃんからひたすら追われ、少しでも足を止めるとハスミちゃんにしとめられる。
シロねえこれよく一人でしのいでいましたね!?
でも、私が来たからにはもう大丈夫です!
「ふふふ! シロねえ見ててね! 私の爆弾さばきも正実の実戦で上達しているのです! そーれ!」
「……? ……!!」
後ろを向いてこちらへ銃口を向けるツルギちゃんへ、大中小無数のボール爆弾を放ります。
どれも爆発範囲も起爆タイミングもばらばらにして、威力の予測が不可能になるよう工夫しました!
さらに追加でサブマシンガンの弾幕で誘導すれば、この爆発の嵐を抜けられる人などいはしません!
いはしない……はずなのにっ!
「なんでツルギちゃん、スイスイついてくるんですかねー!?」
「きいいいひひ!!!」
爆発も弾幕も、針穴に糸を通すように、配置した私ですら気がつかないような小さな隙間をくぐり抜けて、ツルギちゃんが肉薄します。
私、戦闘については相当上手になったはずなのに、なんでー!?
「きひ! ……アオの爆弾だ。誰より私が、よく知っている!」
「……っひゅー! ツルギちゃんかっこいいー!!」
そんな風に言われたら、ちょっとキュンと来ちゃうじゃないですか!
って、そんな事言ってる場合じゃないんです! 追いつかれたらアウトなんです!
このままじゃまずい、やられちゃう!
なーので! とっておきをご用意します!
「シロねえ! デカデカ大玉用意ー! 私がどうにか左右の退路をふさぎます! っ投げてー!」
「……!!」
シロねえが身長の3倍はあろうかという大玉を頭上へ掲げます。
これをぶつけて、ツルギちゃんを追い払おうという算段です……!
きちんと真正面からヒットするように、頼りないとはいえ私も爆弾でサポートします……!
シロねえがここぞというタイミングで大きく振りかぶって、両手でスローイン!
左右の爆弾に気を取られているはずのツルギちゃんへ飛んでいって……やったかっ!?
「きぃひはははああ!!」
「は、跳ね返されたー!?」
大玉に視界をふさがれた向こう側で、ツルギちゃんのショットガンが、私の聞き慣れたよりもずっとずっと大きな音をたてました。
その瞬間、向かっていたはずの大玉が勢いそのままこちらへ返ってきます!
お、大きすぎて遠近感が狂ってますが、これはもしかして、もしかしなくても……!
「あ、あわわっ! シロねえ危ない! 逃げろー!!」
「……!?? ……っ!!」
「シロねえー!!」
私こそとっさに逃れられましたが、まともに食らったシロねえは目を回して倒れます。
うひゃあ、これはもうダメですね!
「ツルギちゃんすごーい! シロねえごめーん! ……じゃあ、次です! 『妖精』さん、カモーン!」
「ま、待ってアオちゃん!」
「二人とも、また後ほどー!」
下手に留まって捕まる前に『妖精』に触れて次の開場へ!
一瞬の光に包まれてから、またも浮遊感。
場所が変わってここはクロねえが持ち場の、破れたサーカステントの上空です。
見下ろすとクロねえは、いくつものメリーゴーランドの木馬や無人のゴーカートを魔法のステッキで操り、堂々とした可愛らしさで場を支配していました。
ここに迷い込まされていたミネさんとウイさんは、四方八方から迫るクロねえのカート達を必死に避けるばかりです。
ふふふ、これはいい場面にきましたね!
まずは着地点にちょうど来ていたゴーカートへ飛び乗って!
「クロねえ! カート一台借りますね!」
「……!」
「っ……アオさん! 救護の妨げをするのですか!?」
「はーい! ちょっとだけオジャマしますよー!」
「ならばアオさんも含め救護するまで!」
盛大にドリフトをかまし円を描くように走りながら、ミネさんへ向け銃を乱射します。
ふふふ、見さらせこのドライビングテクニック! 「ゴーカート場の青き閃光」とは私のことです!
「ウイさんは機をうかがっていてください! まずは私が数を減らします」
「き、機をうかがうって……ひやあ!」
「減らせるものならやってみてくださいな! クロねえ! 援護するからミネさんからやっつけちゃいましょう! 木馬とカートを集中させて!」
「!!」
先ほどの失敗は、私がシロねえのすぐ近くにいたことだと思います……!
だから攻撃が集中して、まとめてやられてしまいました……
なのでここでは、私は援護をメインに担いましょう!
ミネさんが大きく動けなくなるように、つかず離れずの距離から、散らばるような弾丸で囲みます。
そこへクロねえが魔法のステッキをふりあげれば、今まではランダムに爆走していたカート達が一斉にミネさんへ頭を向けました。
「全方位360°同時突進! 逃げ場はありませんよ! いっけー!」
「……っく、ならば上へ跳ぶまで!」
「ふふふ! かかりましたね!」
「なっ……!」
そうすればほら、ミネさんは真上へ跳躍するしかありません。
ならばそのタイミングでちょうど体当たりできるよう、壊されて裏返ったカートを踏んで跳ぶまでです!
「ミネさん覚悟ー! ……って、うわっ! 銃撃!?」
あとは突撃して、仕留めるだけという場面で、あらぬ方から跳んできた弾丸がカートのタイヤを襲います……!
ああ、カートの向きが変わっちゃう! これじゃあミネさんに届かない!
「やってやりました。わざわざ無視するとか、ひどいので……!」
「ウイさん!?」
「ありがとうございますウイさん! それでは……! きゅう、ごー!!」
「ああ、カートたちがぁ!」
一瞬の隙を突かれて自由にしてしまったミネさんが、集まったカートを空中から一網打尽に破壊してしましました。
ぐぬぬ、ウイさんの銃がスナイパーライフルなのは知っていましたが、ここまでの腕を持つとは……! 帰ったら正実に勧誘しましょうか……?
なにはともあれ空中で体勢を立て直して、またクロねえと一緒に攻撃の準備を……って、あれ? このカートの軌道の行き先って……
「わ、わ、クロねえ! 避けて! ぶつかります! ……きゃあー!」
「……!? ……!!」
無理に立て直そうとして半ば制御を失ったカートが、クロねえに見事つっこみました……
クロねえは吹っ飛ばされて目を回して、あ、カラスさん達、連れてかないでぇ。
……これはもうどうにもなりません!
「つ、次は負けませんからね! 覚えてやがれーってやつです!」
「……部品が散らかったままですよアオさん。お片づけはしないんですか?」
「煽るじゃないですかウイさん! 今日の私は怪盗でもメイドさんでもないからいいんですー! ……ではまた後で!」
「待ちなさい! 救護を!」
「ひゃー! 逃げろ! 『妖精』さん!」
ぎりぎりで『妖精』の光へ触れて体を投げ出し、最後の一カ所はマジック館へ!
こちらで待ち受けるは、不適な笑みでマジックショーを取り仕切る、私の弟のゴズ助です!
燕尾服をふとっちょな体でパツパツにしたオス猫ちゃん……ちょっと小生意気な、なんでもそつなくこなす自慢の弟くんですが、はてさて状況はいかがでしょう。
「やっほうサクラコさん、ヒナタさん! ご様子はいかがですー?」
「アオさん! この猫の私たちをからかう笑い声はどうにかならないのですか!?」
「あ、それ私も時々されるやつです! 後でこっぴどくとっちめておきますけど、今は私もゴズ助側なのであきらめて!」
「ふぬぬぅ……!」
サクラコさんこれ、相当うっぷん貯まってますねぇ。ゴズ助ったらどれだけ煽っているんでしょう?
不思議なマジックで3体に分身したゴズ助に、サクラコさんとヒナタさんが囲まれていますが……ふむ、分身を見破れずに攻めあぐねているようですね。
と、なれば!
「ゴズ助! あれをやりますよ!」
「??」
「なーんで通じないんですかね! あれです! シルクハットの奴! いつだったかいっぱい練習したじゃないですか!」
「……!!」
いまいち察しの悪い(決して、私の指示の出し方が悪かった訳ではありません)ゴズ助が、3つの特大シルクハットを並べます。
大きさは、人が1人と大型火器がいっぺんに詰め込めるくらいです。
こちらの1つに私がひょいと入り込みまして、絶対に目で追えないくらいに高速でシャッフルします。
私が入るハットは1つ、でも呼びかける声は3重になってサクラコさん達へ問いかけます!
「私がいるのはどーれでしょう? 間違えればめーっちゃ痛いびりびり攻撃です! ……正解すればーー」
「そこです!!」
「うっきゃあ! まだ説明の途中だったのに! 正解ですけど、なんでそんなに迷いなく!?」
「私がアオさんの声を聞き間違えるわけありません! この半年、どれだけお話したと思ってるんですか!」
「うれしい! でも今はもっと迷ってくれてほしかった!」
「!! ……っっ! ……っ!」
「ゴズ助は笑うなー! って、あ……やばいかも」
「??」
私の情けない叫び声に、ゴズ助が普段の優雅な立ち振る舞いはどこへやら、お腹を抱えてぎゃっぎゃと笑っているのですが……
あんまりツボに入ってしまったのか、笑っているの、本体だけです……?
「……! 本物はそれですか! ヒナタさん、今です!」
「はい! グレネード、全弾発射です! それー!」
「……!? ……!!」
「あー、ゴズ助! ……それは自業自得ですねぇ」
ヒナタさんの超火力が、笑い転げるゴズ助へ容赦なく降り注ぎました。もちろんこれでバタンきゅーです。
あちゃー、これは私の失態が原因です……?
いえ、悪いのはゴズ助です。そういうことにしておきましょう。まったく、お姉ちゃんを笑うからこうなるのです!
……まぁあとで一応お詫びにお菓子か何かは用意してあげますが。
なにはともあれ。
「うーん、これでみんな、やられちゃいましたか……」
「他の方々も無事に切り抜けていたのですか?」
「そうなんですよ。兄弟みーんな、やっつけられちゃって……いやぁ、やっぱり私のお友達はすごかったんですねぇ」
「……それもこれも、アオさんの人望のたまものでしょうか?」
「あ、ヒナタさんいいこと言いますね! 100点!」
「ふふ、ありがとうございます」
なーんか、楽しかったですねぇ。
兄弟もみんなも全力で大騒ぎして、体を動かして、たくさんたくさん遊びました。
立っていられないほどではない、けれど誰かに背負っていただけたなら一瞬で寝付いてしまいそうな、ほどよい疲労感が全身を包みます。
じゃあ、そろそろみんなで、
「いったん集まりましょうか。『メルヘンワールド』へ」
「……これは」
「さきほどの、光の膜……」
サクラコさんとヒナタさんと、きっと各所のみなさんも含め、またも光の膜に包まれます。
今度は膜は、すべてが深い深い群青色です。
それがみなさんを一カ所へ集めるのです。
私の原点、『メルヘンワールド』へ。
「これで、おしまいかー」
先に消えたサクラコさん達を見送って、私も追いかける前に、少しだけ空を見上げます。
「ここ」はやはり、どこか時間の進み方がおかしいのかもしれません。
太陽こそまだ顔を出すには時間がありそうですが、気がつけばもう、空がかすかに白んできておりました。
いえ、それとも楽しすぎて、時間がたつのが早く感じているだけでしょうか。
……どちらにしろ、帰る時間が近づいていますね。
ーーー
天井の抜けたとある建物の中、その中心に位置する大広間には一面の花畑があります。
薄暗い室内で淡く輝く、色とりどりの燐光の花たちです。
その中心に集まるみなさんに、努めて明るく声をかけます。
「はーい! みなさんお疲れさまでした!」
「アオちゃん、ここは……?」
「『メルヘンワールドの冒険』っていうアトラクションです! ……廃墟ですけど、私の実家のようなところです!」
「そっか……とても、きれいな場所ね」
「へへへ、でっしょー!」
代表して話してくれるのは、やっぱりハスミちゃんです。
この場所を誉めてもらうのは、なんだか面はゆいですね。
“私の実家”とは言いましたが、むしろ私そのものであるような、そんな場所ですから。
「アオちゃん……その、アオちゃんは今日、楽しかった? ……満足できた?」
「えっ? ……もっちろん! こんなに楽しかった日は生まれて初めてです! もう楽しみすぎてお腹いっぱいですよ!」
「そう、それはよかった……!」
わざとらしくお腹をつきだしてさすって見せて、みんなの笑いを誘います。
くすくすと響く幸せな笑い声のなかで、今日という日の思い出を噛みしめます。
……ああ、でもそうだ。みんなの前で言葉にして、改めて理解しました。
私はもう、本当に満足しているんです。
兄弟たちと友達のみんなと計り知れないほどの「歓喜」の時間を過ごして、これ以上の楽しみは、今日はもう打ち止めだって、そう思ってしまっているんです。
……だから、もう帰らねばいけません。
『遊園地は、特別な場所。ずっとはいられない、いつかは帰らなきゃいけない、そんな場所。』
これが私の、ミメシスとしての本能のようなところに記されている、「遊園地」の「定義」です。
楽しんだら帰らなきゃいけなくって、帰ったらまた誉められてもらえるような日々をおくって、ご褒美をもらえるようにがんばって……そしたら、また来られる場所。
……でも……だけど。
「……帰りたく、ないなぁ」
「……え?」
「……ぐすっ……ひぐっ、ぐしゅ……帰りたく、ないよぉ……! もっとみんなで、すごい楽しくて、もっとずっと……! ひぐっ、ううううう……!」
「な、泣かないで、アオちゃん……」
今日あった様々な出来事が、あまりにも楽しくって、本当はいけないって、わがままはよくないってわかっていても、どうしても、帰りたくなくって。
こんなの、私のミメシスの本懐すらも否定してしまう、本当に絶対にいけない事なのに。
「ううぅ、ぐうう……! やです……! やなんです……!」
「…………アオちゃん」
心がだだをこねるのが、目から涙となってあふれてしまう。
「遊園アオ」としても『メルヘンワールド』のミメシスとしても、最後の最後に設置していたはずのタガが、激情のあまり外れてしまう。
だからーー
「……やだ! 帰りたくない! やだ! やだやだやだー!」
ーーカンシャクが心を支配して、最悪の方法で、願いを叶えようとしてしまう……!
「私は、ずっとここにいる……! みんなと一緒に! 永遠にここで遊び続けるんだ……! 出てこい私の『魔女』!」
「あ、アオちゃん!?」
「ぐうぅ……! み、みんなのヘイローを取り上げちゃえ! みんなを永遠に、スランピアの住人にしちゃうんだー!!」
「……うっ……ぐうぅ……!」
私の背後に現れた巨大な『魔女』は、黒いトンガリ帽子にカギ鼻の、ステレオタイプで時代遅れな悪の『魔女』……!
その『魔女』がねじ曲がった木の杖を振り向ければ、みんなが頭を抑えてうずくまります。
みんなの苦しみの表情と声と共に、見えない何かが『魔女』へと、私のほうへと流れてくる……!
「ふ、ふふふ……なんで……ふふふふふ!」
……なぜか口からもれる自分の笑い声を聞いて、呆然として、心が苦しくなります。
どうしてこんな事をしてしまっているんだろうと、心のどこかで考えるけど、それすらもどこかヒト事で。
『魔女』を出してしまった以上、自分自身ですらこれを止めることができません……!
……もしかしたら私のミメシスの、『魔女』としての側面にまんまとしてやられたのかもしれません。
取り返しの付かないバッドエンドへ、誘導されたのかもしれません。
……しかし、私の涙と後悔でゆがみきった視界の中、立ち上がる影があります。
「……アオちゃんのお父様は、本当に聡明な方だよね」
「は、ハスミちゃん……?」
「……もし、もしも娘が『魔女』を出すならば……最悪の事態が起こってしまったのならばと、あらかじめ「これ」を、私に託してくれたの」
「そ、それは……?」
「……『ドラゴン』の牙で作った弾丸……とあるアトラクションの廃墟から掘り出した、作り物の『優しいドラゴン』さんの牙から」
「……っ!!」
『メルヘンワールド』で魔女を倒して、私たちを助けてくれる、『優しいドラゴン』さん……
その牙で弾丸を……? パパが……? いつのまに……?
「アオちゃん、ちょっと痛いかもしれないけど……」
「あ、ああ……!」
「でも、ガマンしてね……?」
「ぐしゅ、うう、ううう……! ううううう!!」
ハスミちゃんが苦しみに震える手で、必死に弾丸を装填します。
そしてその照準が私の額へ、私の背後の『魔女』へとぴったりと合わせられて。
その銃口に、『優しいドラゴン』の雄々しいアギトが重なって見えて。
「帰るよ! アオちゃん! ……わがまま、言わないの!」
「……っ! ……うん!」
圧倒的な衝撃を伴って、私は見事、打ち抜かれました。
仰向けに倒れゆく視界のなか、魔女の胸に数十センチはあろうかという大穴が開き、苦虫をかむような表情をして消えていくのを見送ります。
同時に、心に清涼な風がふくように、邪なたくらみが消えていきます。
なんかやっぱり、悪い魔法をかけられていたようですね……
へっへっへ、悪い『魔女』め、ざまぁみろです。私の親友は、すごいでしょ……?
「アオちゃん!」
ハスミちゃんが、みんなが駆け寄って支えてくれます。
「……大丈夫、大丈夫だよ。このくらいでどうにかなる私じゃありませんよ」
「……! よかった……本当に、よかった……!」
か細い声になりつつも自身の無事だけはどうにか伝えて、みんなに安心をしていただきます。
まぁ、最悪パパが直してくれるでしょう。だからミネさん、無理やりな救護は勘弁です……
「みんな、ありがとう……ありがとう、私の友達……ふふふ」
最後の最後、ゆっくりと瞳を閉じゆく間際、私をのぞき込むみんなの顔の向こう、ちょうど魔女がいたあたりから私へ向かってーー
「ああ、きれいだなぁ」
ーーなにか、光る円型が降りてくるのが見えました。
次回、エピローグです。