サワシオン   作:西風 そら

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ルッカ

 

   

  

 

 引っ越し先の新しい家の筋向かいが、塀の端が霞んじまってるようなデカイお屋敷だった。

 きらびやかな屋根飾りに高そうな庭木、門から玄関扉までの敷地だけで、俺んちがすっぽり収まっちまう。

 

 ごくたまに家族が出入りするのを見掛ける。ゴージャスな母親にゴージャスな父親。埋もれるように挟まれた子供は大人の雛形みたいな衣装を着せられ、人形みたいと思った。

 ま、どうせ一生喋る機会なんか無い子だ。

 

 だから、空き地でいつの間にか一緒に遊ぶようになった子がそいつだと気付くのに、時間が掛かった。

 

「おまえ、そこんちの子供だったの!?」

「……うん」

「……へえ」

 

「…………」

「……じゃな」

 

「……あしたも、あそんでくれる?」 

 

 そいつがすがるような顔をして、どう返事をしようかとためらった所で、豪華な扉が開いて豪華な男のヒトが現れた。

「おかえりシュウ、どこへ行っていた。そちらの子は友人かい?」 

 

 口角は上がっているが、他の部品が笑っていない。鼻梁にはシワが集まっている。

 まあ確かに、こちらは頭から靴先までボロボロで、あんたの息子には相応しくない貧乏ッタレだ。

 あ、追い払われるな、と思った。

 

 そこで、今まで彼の前を通り過ぎて行った他の子供みたいに、走り去る事も出来た。同年代の子供は一杯いる、友達なんか彼でなくたっていい。

 

 でも見てしまった。彼が、綺麗な面差しを歪めてヒュウヒュウと苦しそうに喉を狭めているのを。

 

「はいっ ルッカっていいますっ!」

 

 天にも届きそうな朗らかな声で、男性の次の言葉を止めさせた。

 気圧された男性は思わず、用意していたのと違う台詞を吐く。

「そ、そうか、元気だな」

 

「シュウのお父さん、つよそう! トリケラトプスみたいっ!」

 

「え、ああ、ルッカ君は恐竜が好きなのかい」

 

「はい、トリケラトプスはハクアキのチョウコツバンガタソウショクリュウで、つよくてカッコよくてヤサシイんですっ」

 

 このあたりで男性の鼻梁のシワは消えた。

 

「はは、元気なのはいいが、少し声を小さくしような。ご近所さんが驚いてしまう」

 

「はっ・・ハアイ、ムグ……」

 

 リスのように頬を膨らませ、素直に両手で口を押さえる仕草。六歳児が計算でやっているなんて誰も思わない。

 

 シュウのお父さんはそれ以上何も言わなかった。両親にもお達しは来なかったみたい。

 翌週には、シュウは新品の恐竜図鑑を抱えて空き地に現れた。

 

 別に恐竜なんか好きでも何でもないし、トリケラトプスなんて大人男性が好みそうな名前をあげてみただけだ。

 でも大人は安心するんだ、そういう、子供らしいモノが好きで、嬉しそうにハキハキと喋る子供。文章を語尾まできちんと喋れれば尚グッド。

 

(あんな凄そうな金持ちでも、上手いコト乗せられてくれるモンだな)

 

 この時ルッカは、自分に「ヒトに好かれる天然タラシ」の才能がある事を、自覚した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 放牧地を流れる川沿いを歩く、チトとルッカ。途中から湿地っぽくなり、木道が設えられている。

 やがて、白い花の茎が放射状に広がる湿地植物の群落が現れた。花は丸く小さく、まるで白い粒々を茎にまぶしたよう。

 

「ああ、丁度咲き始めだ」

 

 チトは足を止めて、木道にしゃがみこんだ。

「サワシオンっていうの」

 

「へえ」

 ルッカは反応に困った。わあ凄いという程の景色でもないし、地味な花だ。

「俺にはタコの吸盤の付いた足に見える」

 

「あははは、そう? 漢方薬の原料なんだ。ここで栽培してる。『スイタクラン』って聞いた事ない?」

「ないや、薬の名前なの?」

「まぁ、そんなに特別でもない普通の血の道の薬なんだけれどね。ボクはこの植物が大好きなんだ」 

「そうなんだ、渋い趣味だね」

 

 チトはしゃがんだまま木道の上から手を伸ばし、雑草をチョイチョイと抜き始めた。

「自然界の生存競争においては最弱。他の植物がちょっとでも入って来るともう負けて、芽を出さなくなる。昔、セレスさまが長になる前、ここにあるのを見付けて、木道を作って保護をした。今は長に就任して忙しくなったから、ボクが世話をしてる」

 

「そうなんだ、偉いな、チト」

 隣に屈んで、ルッカも一緒に雑草を取った。

 

「セレスさま、本当は植物学者になりたかったんだ。でも、長の家系だし術力を一杯持って生まれちゃったからね、長を引き受けるしかなかった」

 

 ルッカはびっくりしてマジマジとチトを見た。

「そ、そんな事、部外者の俺に言っちゃっていい訳?」

 

「他所で言い振らしたりしないだろ、ルッカは」

「う、うん……」

 

「ルッカはいい奴だな」

 見ると、チトはルッカの方に正面向いて、空みたいな青い瞳をじっと向けている。

「でも『嘘つき』だよね。嘘つかなくてもいい奴なのに」

 

 ルッカは弾かれたように立ち上がった。

 チトはしゃがんだまま、赤毛の少年の見開かれた目を、まばたきもせずに見上げている。

 

「な、何が分かるんだよ、今日初めて会ったくせに!」

「毎日会ってるから分かるって訳でもないでしょ」

 

「チトだって『嘘つき』じゃないか!」

「…………」

「喋り方、全然違うだろ、二人きりになってから。普段はめっちゃ自分を『作ってる』だろ」

「あ……バレちゃったぁ?」

「今更戻しても遅いっ」

 

 水色の綿帽子みたいな頭の子供は、フワッと立って、先に立って木道を歩き始めた。

「そろそろ戻り始めよう。執務室で待ち合わせでしょ」

「あ、ああ」

 本当に、この植物を見せたかっただけなのか……?

 

 

「ボク()はねぇ、『役に立つ便利な子供』でいる為だよ。外から来た初めてのヒトにボクを出迎えに出せば、大概の訪問者は警戒心が飛んで、好感度がキュンって上がる」

「自分で言うのが怖いわ」

 

 連れ立って歩く道、チトは素の低い声になって、つらつらと喋る。

 

「ガチで執務室に正式採用されたいんだ。セレスさまの側でずっと働いていたい。でもどうしても成績が上がらない。修練所からの推薦枠には、やっぱりそれなりの席順が必要な訳で。

 おミソで末っ子で何の後ろ楯もないボクは、この容姿が武器になる内に、執務室の方から欲しがって貰えるくらい、ガッツリ食い込んでおきたいの」

「うん、そうか……」

 

「でもルッカにカワイイカワイイって連呼された時、全部見透かされてる気がした」

「あれは……」

「ルッカ、相手の欲しい言葉を並べてくれるよね。凄い才能だと思うけれど、本音は一つも喋らないんな」

「まあ……ごめん」

 

「謝らなくていいよ、僕もそうだし。本音しか喋んない奴が、いい奴とは限らないし」

「ああ、そうだな」

 

 

 木道が終わって、放牧地の土手が見えて来た。あの辺に行くと通行人がいるし、何だったらシュウ達と合流するかもしれない。

 

「…………あのさ、語っていい?」  

「聞かせて」

 

「親父が山師でさ。小さい時は夜逃げ同然で何回も引っ越した。今の街で親父がマトモに勤めてられんのは、多分シュウの父親が根回ししてくれてるお陰。

 本当は中等の学校なんか行ける経済状況じゃなかったのに、そのタイミングで親父の給料が上がったんだ」 

「あらぁ……」

 

「何かさあ、俺といると、シュウの『息が詰まる発作?』って奴が出ないんだってさ。シュウの両親がそう言っていたらしいんだけれど、発作の原因については考えないんだな、って思った」

「……アハ……」

 

「これでも結構ガンジガラメな訳。天然でも演じてなきゃやってられっか! ってな」 

「そか……」

 

「まあ、シュウがイイ奴で、俺があいつの事を普通に好きでいられるのが救い。ネリのほう向いてるのが見え見えだから、寝たフリしたり、突っ込まれ役やったり、色々援護してんだけど、下っ手クソなんだよな、あいつ」

 

 これにはすぐに返事をしないで、チトは伺うようにルッカを見た。それは一瞬で、有ったか無かったか分からないような視線だったが。

 

「そだね、頑張ってはいるんだけど遠距離砲すぎて着弾点がズレてるっていうか。キオなんて多分何も考えずただ面倒見が良いだけなんだから、対抗心持ったってしようがないのに」

 

「君が煽ったんだろ!」

 

 二人は声を上げて笑った。

 

「チトと二人の時は素でいていい? 本当は計算高くて根暗で嫌な奴なんだ、俺」

 

「いいよいいよ、ボクもいい?」

 

「おう」 

 

 

 

 

 





挿し絵:湿原のチト
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