サワシオン   作:西風 そら

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シュウとルッカ

 

   

 

 

 

「今日、友達一人誘っていい?」

 

 九つの秋、初等の三年生に上がったばかりの昼休み。

 ルッカにそんな事を言われ、シュウは一瞬息が止まって返事が出来なかった。

 

 放課後、一緒に図書館へ行く約束をしていた。そこへ友達を一人誘うという。仕方がない、そんな日がいつか来ると思っていた。

 

 教室で、優等生の自分は程々の位置取りだけれど、ルッカは違う。

 運動神経抜群で誰からも好かれるクラスのヒーロー。周囲には自然とヒト垣が出来、一番賑やかなグループの中心はいつも彼。

 なのに、学外で自分といる時は二人きり。

 

 ひとえに旧家で厳めしい自分の家が原因だ。並みの子供は両親のお眼鏡にかなわないし、賢い子は最初から遠慮する。

 結果、唯一親にめっちゃ気に入られているルッカしか残らない。

 三年目の今年も彼と同クラスになれて、シュウは心底ホッとしていた。

 

 戸惑ったのを隠して、すぐにニッコリ「いいよ」、と返事をした。

 ルッカの事は掛け値なしに大好きだ。両親じゃないけれど、明るくて太陽みたいな彼といると、とても安らぐ。持病の息が苦しくなるのも起こらない。

 でも自分のせいで窮屈な思いをさせている事が心苦しい。だから彼の提案はなるべく受け入れるようにしている。

 

(最近、商店街の蹴球チームに入ったっていうし、そっちの友達かな。僕の他に仲のいい子が出来たって仕方がない、こちらには彼に付いて行ける運動能力なんかないんだから)

 

 そう思って覚悟していたのに、ルッカが連れて来たのは女の子だった。しかも何処で接点があったんだってくらい、文系の真面目な子。

 

「ネリだよ、隣のクラス。町内の一区画向こうに住んでる。ほら、商店街のすっごい薬臭い店。学校での生息場所は図書室」

 

「随分な紹介ね、ルッカくん」

 

「本当の事じゃん。読書の鬼だからシュウとも気が合うんじゃない?」

 

「そんな十把一絡げにされたらシュウさんが困るわよ」

 

「よ、呼び捨てでいいよ。あの、シュウです、宜しく」

 

「ネリです、宜しく。いきなり呼び捨ては何だから、慣れるまではシュウくんで」

 

 そんな感じで出会ったネリだが、結局呼び捨ててくれるのに三年掛かった。

 でもずっと一緒にいたのは、やっぱり気が合ったからだろう。

 高学年になる頃には周囲も認知する仲良しトリオとなり、ルッカが蹴球で忙しくなると二人だけで行動する事も多くなった。

 

 懸念していた両親だが、ネリに関しては何も言わなかった。結局彼らの基準とは何だったのだろうと、その頃には反抗心も芽生えていた。

 

 中等の学校に上がると、シュウは急に背が伸びて大人びた。声変わりも早かった。

 女の子たちの興味が、駆けっこの早い子から、現実的な優良物件へと移る時期。

 ネリがよそよそしくなったのを気にしていると、ルッカに、もっと周囲を見ろと怒られた。ネリが、自分狙いの女子連中に校舎裏に呼び出されたりしていたらしい。びっくりした。

 下手に庇っても逆効果なので、教室では彼女に合わせた。

 

 とにかく今のシュウに一番大切なのはネリ。側にいて貰いたい。他に友達を作ってもいいけれど、僕を一番にして欲しい。

 

 だって、僕が自分の意思で選んだ、両親に関与させない唯一の存在なんだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 図書館で、シュウがネリに関心を持ってくれた時、ルッカは心底ホッとした。

 やれやれと肩の憑き物が落ちる気分。

 ネリは気に入られると思ったんだ。

 真面目で一見しっかりしていそうだけれど、実はドン臭くておっちょこちょい。

 伸ばすと広がってしまいそうな栗毛を襟足で潔く切り揃えたベリーショート、何ひとつ主張しない素朴系の容姿は、モロあいつのタイプ。

 それくらい分かる、長年ムダに一緒にいた訳じゃない。

 

 だっていい加減しんどかった。

 親父の仕事が順調なのは、シュウの父親が裏で根回してくれているから。お陰で夜逃げ生活からおさらば出来た。

 俺がシュウの親に気に入られたのは超ラッキーだったのだが、さすがに三年目も同じクラスにされた時、目眩がした。

 

 いやシュウは好きだよ。金持ちをひけらかさなくて謙虚だし、逆に気を遣いまくり。

 いい奴だ。でもこっちだって息を抜く暇が欲しいんだ。

 シュウはよくても、後ろに控えている両親が気紛れにいつ手のひらを返すか分からない。うちの家族も俺に望みを託して遠回しに圧を掛けて来る。

 

 だから、シュウの意識を自分以外に分散したかった。

 手頃な子はいないかと物色していた所に、図書室で見掛けた娘がドンピシャだった。

 同学年の隣のクラス、蹴球の応援に一回だけ来て、その時ちょっと話した事がある、商店街の香辛料屋の娘、ネリ。

 

「何読んでんの?」

「ル、ルッカくん? どうしたの、いきなり?」

「だから何読んでんのって」

「コショウ……胡椒の、道の、話……」

「へえっ、胡椒の道すげぇ。もうもうした中をくしゃみしながら歩いてんの?」

 

 クスッと吹き出させる事は出来た。掴みはオッケー。

 そうやって何日かアプローチを繰り返して、気安くなって。

 

「今日の放課後、シュウと図書館行くんだけど、一緒しない?」

「え、本当? 行きたいけれど……邪魔じゃない?」

「ないない、そろそろシュウに紹介したかったし」

 

 女の子は嬉しそうに頷く。いっちょあがり。

 

 それから四年。

 シュウは俺を離れてネリにぞっこん。俺はそこそこ自由だ、上手く行った。

 

 ただ肝心のネリは……

 紹介した直後はシュウと上手くやっていたようだが、最近はあやふや。

 特に中等の学校へ上がってから急激に離れて行っている。マズイ。

 シュウの奴がモテ期に入っちまったのが原因だが、のほほんとし過ぎなんだよ、もっと周りを見ろ。俺のフリーダムを守ってくれ。

 

 そんな訳で、このフィールドワークにかなり期待を寄せていたんだ。

 あわよくば、何かハプニングでも起こって急接近してくれないかと思っていた。

 

「ここまで起これとは言ってない!!」

 

 

 

   ***

 

 

 

 山茶花林の迷い道。

 踏み込もうとするシュウの手を、ルッカは必死に引っ張っている。

 

「行き過ぎ、行き過ぎだって、シュウ。俺まで林に入っちまう」

 

「うん、でも声が聞こえた気がしたんだ」

 

「長さんを待とうよ――」

 

「あの子、怖がりなんだ、また貧血起こして倒れてたりしたら……」

 

 本当にこいつ、ネリの事しか考えてないな。まあ俺が仕向けたんだが。

 

「だからってミイラ取りがミイラになっちゃしようがないじゃん。この奥にもヒトが住んでるっていうし、大丈夫だよ」

「ホント?」

 

「テオ叔父さんの身になれよ。あのヒト、お前がどこの誰だか知っていたら連れて来なかったぞ。でもお前に何かあったら、知りませんでしたじゃ済まないだろ」

「…………」

 

 やっとシュウは力を抜いて戻りかけた……が、

 

 ドカドカという蹄音。

 振り向くと、キオが自分の馬に乗って坂を駆け下りて来る。彼は執務室じゃなくて、自分の馬を取りに行ったんだ。

 

「キオ、何で馬?」

 

「馬は幻術に惑わされない」

 口の中でボソッと言って、二人の横を通り過ぎて林に躊躇なく踏み込む。

 

 ルッカの手の中で、シュウの拳がブルッと震えるのが分かった。

 あ・・! と握り直すのが一拍遅くて、キオを追って藪に入るシュウを繋ぎ留められなかった。

 

 

 

 

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