サワシオン   作:西風 そら

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信じる土台

 

 

   

 

 

「ハルさんの……ハルさんの『仕事』って、何なんですか?」

 

 こらえきれずに聞くネリに、目の前の紫の前髪の女の子は無表情に口を開いた。

 

「お前はどう説明された?」

 

「え……困っている子供……術の力に振り回されて困っている子に、抑え方を教えてるって。実際私も十歳の時から通って、抑えておけるようになったし」

 

「お前の他に訓練を受けている子供はいたか?」

 

「それは……たまたまいなかっただけじゃないですか」

 

「方便だな。術力を抑えるだけならハールートがやればよい。ちょいと折り畳んで封をしてしまえば本人にももう開けない。放っておけば大人になる前に自然消滅する。わざわざ訓練に通わせる必要などないのだよ。目的は別の所にあった」

 

「ち、違う、ハルさんは!」

 

「お前を確保しておく為だ。お前を手懐けて懐に入れておくのが目的だったのだよ。

 草原に散らばった我らの血の滴から突然変異の術力を持つ子供を見い出して、私に報告する事。それが奴がここから出て行きたがった時に、私が出した条件だった」

 

「っ・・!」

 

 

    ***

 

   

 読んでいた頁に影が落ちて、ふと顔を上げると戸口にハルさんが立っていた。

 

『ここの書物は気に入ったか』

 

『はい、凄く面白いです。学校の図書室にも似たタイトルの書物はあるのに、何でかな』

『ふむ、一つは、年代』

『そんなに変わりますか?』

 

『価値観なんざその時々の流行り廃りがある。個人の欲望より自己犠牲が尊ばれる時代もあれば、あっという間に覆されて、家や生まれに縛られるのなんぞ馬鹿馬鹿しいと口に出して言ってもいい時代になる。二十年も経てば過去の礼節なぞ笑い話だ』

『まあ』

 

『あとはまあ……その書棚の持ち主のヒトとなり。図書室と違って個人の好みで集められた書物だからな』

『ハルさんの好み?』

『いや、俺の物はその棚の一部分しかない』

『え、そうなんですか?』

 

『ああ、書物は読んでやると喜ぶ。その棚の主も喜ぶ。だからネリが居てくれて良かった』

 

 それまでネリの周囲にはそんな事を言ってくれるヒトはいなかった。家族も学校の先生も、友達と外を駆け回らず下を向いて書物にばかり没頭する子を、『悪い子』と決め付けた。

 集団に合わせる事の出来ない悪い子。

 

 術の力が出現した時、両親は恥ずかしいみっともないと大仰に嘆いて、弟たちと一緒に責め立てた。その不安な時期にハルさんに出会えた事、ネリは本当に運が良かったと思っている。

 もっと自分を大事にしていいんだと教えてくれた。広い目を教えてくれた。

 良かったんだ、良い事だったと思いたい。

 

 

   ***   

 

 

 白い空間、女の子を睨むように、ネリは口をへの字に曲げる。

 対面している女の子は紫の瞳をキュッと細めた。

 

「あいつが浅はかにも報告を怠ったせいで、面倒な初対面になってしまった。おまけに更に面倒くさいセレスの奴まで飛び込んで来て…… お前とゆっくり話したかったから、急いで空へ飛び上がったら、目測を誤って結界を抜けてしまって……

 いや『クモの巣』がお前を見付けて襲って来たのは予定外だった。普段は術を使ってもランダムにしか反応しない奴だから油断して…… 余計に面倒な事になってしまった」

 

 何よそれ、面倒 面倒って、私とハルさんには関係ない……ん??

 いや、待って?

 今の沢山の言葉の中に、聞き捨てならない単語がひとつ混ざっていたような気がする。

 しかしネリの頭はまだ情報処理に追い付けていない。

 

「『クモの巣』が、私を見付けて?」

 違う、聞きたい所はそこじゃない。

 

「そうだ、アレが的にしているのはお前だ。中央の黒い穴に吸い込みたがっている」

 

「あ、あそこへ吸い込まれたら?」

 違う違う、先に聞かなきゃいけない事はそこじゃない。でも口が勝手に質問してしまう。

 

「さあ、私は向こうへ行った経験がないから分からない。少なくともこちらへ戻って来られない。この五百年一人も戻って来なかった。リオナも誰も」 

 

「え、リオ……え……?」

 新たな情報にまた思考を散らされる。

 

「ハールートはお前とリオナを重ねているのだろうな」

 

 だ れ ?

 

 

 

   ***

 

 

 

 ヒュオッと風がかすめた。

 草と埃の匂い。

 ネリの周囲の白が薄くなった。

(あれ、外なの、ここ?)

 次の風はゴォと吹き、顔と髪をなぶって周囲のモヤを全部吹き飛ばした。

 

「?!?」

 青……見慣れた青い空……

 そうだ、()()()()()()()()って言ったんだ、このヒト。

 太陽と白い雲、彼方に丸い地平線。

 

「ぎゃあああああっ!!」

 

 空の中だ、青い空のまん真中。

 遥か足の下に小さな木々と霞んだ草原、糸みたいなバス道。

  

「ひいっ、いやっ! 下ろして、下ろしてえええ!」

 背中が縮み上がる、頭が沸騰する。

 

「ど、どうした、雲から出ただけだろ、ずっとここに居たんだぞ」

 正面の女の子は少し慌てて、両手をがっしり握り直してくれた。

 しかしそんなのではネリの恐怖は治まらない。

 

「いぃやぁぁあああ、おろして!! じめん、じめんに・・」

 

「いや、踏んでただろ、さっきまで」

「ないよお、ないないないない!」

 

 ネリの足は空を掻く。今いる場所を知らなかった時は普通に信用していた地面が、現実が見えたとたん消えて失くなった。

 もう足をバタバタさせて女の子にすがり付くしかない。

 女の子の方も、無表情を崩して、思わずといった感じで声に感情が入っている。

 

「慌てているから立てないんだ。信じろ、雲で見えなかっただけで、ずっと同じ高さに立っていたんだぞ」

「だめえぇぇ」

「とにかく落ち着け」

「いやいやいやいや!」

 

「思い出せ、お前の地面。お前が信じているお前の土台」

「なにって?」

 

「お前の信じるモノ!」

 

 信じる……? 信じるって??

「ハ、ハルさん、ハルさんを信じてる……」

 しかしネリの足は相変わらず空を掻くばかり。

 ハルさんを信じる事はまやかしだっていうの?

 

「それはもう効いている。お前が私の仮りそめの姿に掴まっていられるのは、我が弟子のセレスとハールートを信じているからだ」

「そうなの?」

「ちゃんと効いているだろ。ゆっくり思い出せ、お前が信頼して足を置いていられる土台」

 

 え・・ドダイ・・家? 家族は二人の弟の物だ、あそこにネリの居場所は無い。

 ・・友達? 友達は好きだけれどネリとは違う生き物だ。これから大人になってどんどん離れていく。

 結局『アレ』しか残らない。でもアレって、信頼する土台って言ってもいいの? いつものように笑われるだけじゃないの?

 

 また風が吹いた。

 足元の反射が水面のように波を作り、ネリは酔いそうにクラクラする。

 もうダメ、笑われるのなんかどうでもいい。

 

「れ……れれ、歴史! 歴史を信じてる!」

 

 破れかぶれ。しようがない、ネリはそれしか持っていないんだもん。

「歴史は裏切らない、だってもう起こった事だ。後世のヒトがどう語ろうと、あった事は動かない、歴史を一生懸命作ったヒトたちを信じてる!」

 

 ネリの足裏にグニッと感触。

 

「何故そう思う?」

 

「だって今、世界はちゃんと流れてるじゃないの!」

 

 足がガシリと地面に立った。

 

 気が付くと、ネリは女の子と両手を繋いだまま同じ床に立っていた。相変わらず風にさざ波を立てているが、不思議に安心出来る。

 上下の感覚も重力もある。しっかりと()()()()()()()()()

 正面の女の子が息を吐くように微笑んだ。

 

 

 

 

 

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