サワシオン   作:西風 そら

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カフェテラス

 

 

「ネリは高等学院のゼミ生なのか? 随分若く見えるが」

 

 オレンジの電球の灯るカフェテラス。

 猛禽が一緒なので外席になったのをキトロス博士は詫びたが、ネリは鷹の食事を間近に見られてワクワクしている。

 

「あ、いえ、学生じゃないんです」

 娘はまた両手を振る。

「去年の秋に中等の学校を卒業して、しばらく図書館で下働きをやっていたんです。学院の考古学研究室に書物を配達する内に、サクジ教授に顔を覚えて頂いて。

 歴史を教える者を目指していると言ったら、こういうお仕事を紹介して貰えるようになったんです。歴史学でも考古学でも若い内にあらゆる経験を積んでおけと。

 ボランティアといっても、報告書を書けば研究室からお手当てが出るんですよ」

 

「ほお」

 博士はにこやかに目を細めて聞いている。

 

「学校の教師でなくても、歴史を教える機会は幾らでもあると思うんです。ほら、歴史ってヒトからヒトへ受け継いで行く物じゃないですか」

 

「・・それもサクジ教授の教えかい?」

 

「いえ、これは……」

 娘は一拍ためらってから顔を上げた。

「自分で思ったんです。昔、本当に沢山教えて貰える機会があって……そのヒトたちの事を思い出す度に、自分もそういう一人になれたらと思うようになったんです」

 

「うん、そうか」

 キトロス博士はまた目を細めた。

(サクジ教授にも、さっきみたいに目を輝かせて食い気味に著書の感想を述べたのだろうな)

 物を教える立場なら、授業料を払って学びに来る学生が大切なのは勿論だ。が、この娘のような者も別な次元で大切にしたくなる。

(『お手当』はもしかしたら教授のポケットマネーかもしれないな……)

 

「しかし『鷹』で覚えられているとはな。ラーテを連れている事はあまり公にしていないのだが。サクジ教授に聞いたのか?」

 博士は特注した細切れ肉を鷹にくれてやりながら、ネリを覗き込んだ。

 

「はい、以前、現場が一緒になった時に見せて貰ったと」

「見せて貰った、ね……」

「はい?」

「いや、確かに好奇心旺盛でひとたび興味を持ったら逃さない方であった。それがあのお年で第一線を張っていらっしゃる秘訣なのだろう。ネリもその素質ありと見込まれているのかもしれないな」

 

「ええっ、私なんてとてもとても」

 娘はまた腕を振り回す。

 それから一拍おいてピタッと止まり、思い定めたように肩掛け鞄から布包みを取り出した。

 

「あの、好きな書物に鷹が出て来るので」

「んん?」

 

 大切そうにくるんだ布から出て来るのは、萌木色の革表紙の歴史書。

「これに出て来る歴史の語り部さんが、伝書鷹で遠くの土地と文通していたって」

 ネリはそっと言う。実は歴史研究者にその事を熱く語るとドン引きされるので、最近はあまり話さないようにしていたのだ。

 

 しかし博士はレモン色の瞳に光を過らせた。

「しまえ、ネリ」

「え」

 やっぱりダメだったかと、娘はしゅんと萎みかけた、が。

 

「希少品だ。骨董商で呆れるような相場が付いている」

「はい?」

「知っている者なら知っている。現存している物すべからく表紙の文字が消えていて、タイトルも出所も分からぬから『名無しの歴史書』と呼ばれている。こういう玄人商人の行き交う場ではさらさぬ方がいい」

「えっえっ、そんなんですか!?」

 ネリは慌てて書物を包み直した。

 

「大切にしているんだな」

「はい、宝物です」

 

「私も大切にしている」

「え、この書物、博士もお持ちで?」

「曾祖父から譲り受けた。ネリは?」

「私は恩人に頂きました。その前にも何人かの手を経ていて。そんなのを受け継がせて貰って、有り難く思っています」

 

「そうか」

 博士は三日月みたいな優しい目になった。

「私が鷹遣いを練習し始めたのはその書物の影響だ。お陰でラーテと巡り会えた」

「本当ですか!」

 

 ネリは浮き立つ気持ちだった。今までこの書物でこんなに話が広がった事がない。悪質客引きに絡まれて良かった!

 

 

「おやおや、キトロス女史ではないか」

 

 店の入り口から大仰な声が響いた。

 今しがた店から出て来た一団の真ん中で、恰幅のいい男性がふんぞり返っている。

 総白髪に気取った口髭の先がクルンとカールして、周囲には学生風の若者たちが侍(はべ)っている。

 

 博士が立ち上がっているのに気付いて、ネリも分からないながらに立った。

 

「お久し振りです、フンヌル教授。遠路遙々ご足労を」

 

「いやいや、貴重な遺跡であるから。儂クラスが出向かんと箔が着かんじゃろう」

 

 うわ、と眉をしかめるネリに、博士が小声で告げる。

「今回の調査の総責任者、中央学府から出向されて来たフンヌル教授だ」

 

「鳥なんかと飯食ってる」

「相変わらずの山猿博士」

 などの後ろの学生のコソコソ話に「こりゃ失礼だぞ」と諌める髭の口も蔑みを隠していない。

「明日からは儂が指揮を取ってやるのだから、現場も捗るだろう。安心して後方で繕い物でもしているがよい」

 

 一団が去ってからもネリはワナワナと震えていた。

 

「ネリ」

「は、はい」

「ネリはサクジ教授の紹介で来ている。せっかく学べる機会を作って頂いているのだから大切にしなさい。私は大概の事は慣れているから大丈夫、気にしなくていい」

「はい。でも誰から物を学ぶかは自分で決めたいと思います」

 

「そうか」

 博士は淡い栗毛の娘をじっと見た。

「なら改めて乾杯だ。明日からの発掘作業がネリにとって良い物になりますように」

「頑張ります」

「ほら、好きなだけ食べろ。追加で何か注文しようか?」

 

 出会って小半刻なのに、もうネリはこの琥珀色の博士に魅入られていた。

 強くておおらかで本当に鷹みたい。しかも本物の鷹も連れている。綺麗だなあ、博士も鷹も。羽根の一本一本が神様の作った造形みたい。

 

「ネリ、全然減っていないじゃないか、遠慮するな」

「は、はい、頂きますっ」

 ぼぉっとしている所に声を掛けられて、慌ててソーセージを頬張るネリ。

 

 ――プシュ

「アッチ! アヅヅ!」

「ああほら、水」

 

 ――ゴクゴクゴク

 

「あっ、しまったそれは……」

 

 

 

 

 

 

 

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