サワシオン   作:西風 そら

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月夜の暗躍

 

   

 発掘作業が始まって一週間ばかりが過ぎた。

 ネリは相変わらず発掘はやらせて貰えず雑用ばかりだが、気が利いてよく働くので、フンヌル一団以外からは好かれていた。

 

 キトロス博士は地図の復元チームに加わって精密作業の才能を如何なく発揮し、マミヤは狭い所の掘削を専門にやっている。

 しかし二人は『ある区切り』を考えていた。

 

 

 早朝……と言うにはまだまだ暗い、パン屋ですら起き出していない夜明け前。

 鷹小屋代わりの温室の扉を開いて、ラーテを連れ出す人影があった。

 続いて母屋の裏口から、カンテラを持った細い影が出る。

 二つの影は門の外で合流した。

 

 逞しい肩に鷹を乗せるのはキトロス博士。

 後に続くのは助手のマミヤ。彼女の持つカンテラには覆いが掛けられ、足元だけを照らすようになっている。

 

「ネリに気付かれなかったか」

「熟睡していました。ぼちぼち疲れがたまる頃でしょうから」

「では行こうか」

 

 二人は気配を殺して壁沿いを歩き始めた。

 

「ネリには話しても問題ないのではと」

 ポソリと溢す助手に、博士はいつもと違うまろやかな表情になった。

「マミィにそんな事を言わせるなんて、私はヤキモチを焼いてしまいそうだ」

「そんなんじゃないです」

 

「だがやはり巻き込むのはよくない」

「はい……」

 

 二人はこれからちょっと、()()()()事をやりに行く。

 

 居住区を抜けてヒトの住まない廃墟群に入ると、博士は鷹を放した。

 月夜とはいえ暗闇の中、鷹は躊躇なく上がって行く。

「本当に見えるんだ……」

「先祖代々夜目の効く鷹だからな。下手したら私より見えているかもしれない」 

「鳥類学会に発表したら大騒ぎになりそうです」

「やだよ、取り上げられる」

 

 博士は肩を竦めて廃墟に足を踏み入れた。鷹ほどじゃないけれど、博士の夜目だってかなりな物だ。

 よくあんなにスイスイ歩けるなと、マミヤは薄いカンテラを頼りに瓦礫の中を苦労して着いて行った。

 やがて発掘現場、復元中の大壁の前に立つ。

 

 壁は横長で高さ七尺、幅三間。

 地図は端から端まで描かれ、復元された部分には帆布の覆いが掛けてある。今煉瓦が剥がされているのは全体の半分程だ。

 絵は高級な保護材が塗られていたので、表面の煉瓦は比較的剥がしやすかった。だが傷付けないよう洗い出すにはかなりの手慣が必要で、昼間の博士はそちらの面で大活躍している。

 

「さてと」

 博士は担いで来た袋から愛用の道具を取り出し、それから壁の覆いを丁寧に外した。黄色と緑の色鮮やかな地図が現れる。

 

「五百年前の物とは思えませんね」

「表面の煉瓦が戦火や盗掘から守ってくれた」

 煉瓦が積まれた年代はもう鑑定されていて、四百七十年程前の大きな侵攻のあった頃。

 煉瓦の積み方が雑でやっつけ仕事な事から、敵に周辺の地形を渡さぬよう隠したのではと推測されている。

 

「どの位やるんですか」 

「結果が出るまでだが……手っ取り早く済んでくれればいいな」

 言いながら博士は壁の側面に回り、むき出しになった断面に幅広のノミを当て始めた。地図に対して真横から裏側へノミを入れる形だ。

 

 ――コンコンコン

 慎重にゲンノウでノミを叩く。

 マミヤは隣でカンテラで照らしながら鼻息も漏らさぬよう息を殺している。

 

 何ヵ所か、ノミをゆっくり入れて引いて、やがて博士の目が見開いた。

「あった」

 

「ありましたか」

 マミヤも興奮した小声で返す。

 

「ここだけ手応えがスッと抜ける。裏に空間があるんだ。この周囲から進めてみる」

 博士は長ノミに持ち替えて更に掘り進め、最後は長い薄板で側面から下部に向かって切れ込みを入れ始めた。一度抜けると後は素直に切れて行く。

 地図の下隅を頂点に、壁から剥がすような形になる。

 

 ――ミシ

 

 地図の一部が、下地ごと壁面から浮いた。

 助手は即座に、昼間作っておいた木台を下部に差し込む。地図が自重で折れてしまわないようにだ。

 博士は慎重に、パイの層のように地図と壁との隙間を広げて行く。地図部分は厚さが親指程だが、柔軟性のある素材なのか折れずに剥がれてくれる。それでも傷付けてはいけないからゆっくりゆっくりだ。

 

 マミヤは緊張しながら見つめる。

 博士の繊細で正確な手付きは本当に凄い。他に真似の出来る者などいないだろう。

 

 やがて、指三本分ほどの隙間が開いた。

 キトロス博士は顔を付けて覗き込む。僅かな光でも、そこにある物が彼女には見える筈だ。

 

「博士……?」

 

「マミヤ、見てみろ」

 

 顔を上げた柑橘色の瞳は恍惚の光を称えていた。

 

 

   ***

 

 

 マミヤはカンテラをかざして、その僅かな隙間を覗き込む。

 照らされた奥、壁側の面は平らで下地塗料が塗られ、その上に何か描かれている。

 

「何がある?」

「黒い線、表の物とは違う塗料で描かれています……やはり地図かと」

「……ビンゴだったな」

「お、おめでとうございます、博士」

「マミィのお陰だ」

「も、もう少し見てもいいですか」

「ああ、私は後ろからでも見える。二人で目に焼き付けよう」 

 

 カラコーの大地図の下には、覆い隠された別の地図があった。普通に考えればただの描き直しだろうと思われるのだが、どうやら博士にとっては特別な意味があるようだ。

 

「中央の太い線、あれは北への街道かな、山の印と……あ、文字が見える」

「あるな、もう少し明かりが欲しい」

「どうぞ」

「おお、ありがとう、少し広げるぞ」

「カラコーさんが描いた地図とは違う地図なんですか」

「そうだ、カラコー茶屋の物より広い範囲で、表には無い部分も描かれている。読めるか、マミヤ」

「文字は……あるんですけど、知らない言語だ、博士、交代して下さい」

「う――ん、あの文字は……」

「蒼の里で見た文字です。あ、『蒼の里』の場所も載ってるんだ、凄い!」

 

 二人は野性動物のように飛び上がった。

 カーバイトのランタンを掲げた栗毛の娘が、後ろから一緒に覗き込んでいる。

 

 

 ***

 

 

「ラーテの奴サボりやがって」

 キトロス博士は肩を上げて息を吐く。

 

「ラーテはネリを『仲間』と認識していたんでしょう」

 マミヤも呆れた溜め息を吐きながら、バケツで修復用の漆喰を練る。これも昼間用意しておいた、当時の素材に似せた速乾性の細工物だ。

 

「……すみません」

 壁を元に戻す作業を手伝いつつ、ネリは頭を垂れる。

「お二人が夜中にこっそり発掘現場に出掛けるなんて、ついワクワクしてしまって」

 

「ワクワクする所じゃないだろ。ここ押さえて、素手は駄目だ、手に何か巻け、ネリ」

「はい……あの」

「何だ」

「発表しないんですか? 地図がもう一枚あるって。カラコー茶屋の地図の下に別の地図があるなんて、私、博士の書物でもどこの資料でも見た事がないです」

 

 マミヤは作業しながら博士を見上げた。

 博士は目を細めて壁を見つめている。

 

「発表はしない、そこにある事をこの目で確かめたかっただけだ、私は。ネリはサクジ教授に報告するか?」

 

 娘は口を閉じた。

 他言はしないと言いたいけれど、キトロス博士と同じくらいにサクジ教授も大好きだ。生徒でもない自分を特別扱いしてくれているのも分かっている。

 

「ネリは誠実だな」

 博士は苦笑いした。

「分かった、この発見は、私が直にサクジ教授にお話したい。それまで黙していてくれ。それならいいだろう?」

 

「あ、はい、え?」

 ネリの眼が一拍おいて見開かれた。

「キトロス博士、クリンゲルにおいでになるの? やった! マミヤさん、是非うちに来て下さいね! 昨日話していた書物を全部見て欲しい!」

 

「分かった、分かったから手を離すな、そこはまだ固まっていない」

 

 やや和んだ所に

 

 ――ギィ! ギィ! ギィ!

 

 上空から鷹の甲高い声が響いた。

 

 

 上等のライトを煌々と照らして、三人ばかりの人影がやって来る。

 

 

 

 

 

 

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