サワシオン   作:西風 そら

34 / 44
三峰の村

    

 

 ――ヒュ――イィ

 

 尾根の高くなった場所で、博士が指笛を吹いた。

 澄み渡る音。

 そこから少し下ると、陽に照らされた山肌に、ヒトの手による屋根が見えて来た。

 

「あそこが私の故郷だ。三峰(みつみね)の村」

 博士は嬉しそうに言い、尾根道を外れて集落方面へと下り始めた。

 ネリ、マミヤと後を続く。

 

 遠目の集落は天然の棚になっている場所で、思ったより多くの建物と規則正しい畑がある。こんな山道しか通じていないような場所に、驚くほどちゃんとした村だ。

「あの畑は何を育てているんですか?」

「桑の木だ。養蚕をやっている」

「養蚕!」

 言葉だけは知っているけれど、やはりネリには未知の世界。

 

「湧き水に恵まれているからね」

 博士の言葉を聞いて、ネリはもう一度、崖にへばり付くような畑をみた。

 周囲は獣避けの塀で囲われ、電気なんか勿論無さそう。車道が無いなら限られた物資しか入って来ない。

 街育ちの自分は水や色んな物が身の回りにあるのを当たり前に育った。うっかり失礼な言葉を言わないように注意しなきゃ、と気を引き締めた。

 

 と、道の正面に二人の男女が現れ、パッと駆けて来た。

「キトロス先生、お久し振りです。ラーテが手紙を運んで来て、ワクワクしながら待っていました」

「お帰りなさい、先生。お会い出来るなんて、帰省していてラッキーだったわ」

 

 二人とも二十代前半くらい、茶色がかった黒髪に浅褐色の肌、アウトヘーベンで一番多く見掛けた山岳民族だ。

 ひとしきりの挨拶の後、二人は初対面のネリの方を見た。

 

「こ、こんにちは」

「こんにちは、初めてのお客さんはまず族長(ぞくちょう)と名乗り合う規則だから、自己紹介はちょっと待ってね」

「は、はい」

 ネリは緊張して口を閉じた。そう、こういう決まり事をキチンと守らなきゃ。

 

 前を徒歩で行く二人は、ニコニコして何かささやき合っている。

「ゲレゲレだね」

「うん、ゲレゲレだ」

 

「どうした? ディ、ララ」

 キトロス博士に聞かれて、二人は振り向いた。

「そのトカゲみたいな動物、僕ら子供の頃、五つ森で何回か乗せて貰った事があるんです。で、二人で勝手にゲレゲレって呼んでいました。喉がゲレゲレ鳴るんで」

「…………」

「久し振りに見た。懐かしいわあ」

 

「博士」

 ネリが口を開いた。

「ニ対三です。多数決で今の所ゲレゲレ有利」

「あ、ああ……」

 

 トカゲ馬は口をパックリ開いてケケケと鳴いた。

 

 

 ***

 

 

 木立の間に立派なトーテムポールが何本か見え、三峰集落の入り口に到着した。

 三人は手前で馬を下り、先程の二人、ディとララが馬を受け取って引いて行った。

 何人かの村人が出迎えてくれている。

 

「おかえり、キティ、疲れたろう」

「マミヤも元気だったかい?」

 

 怪訝な顔をしているネリに、マミヤがそっと言った。

「キティってのは博士の元の名前だ。ここではその名で育ったから、年配のヒトは大体そう呼ぶ」

「そうなんですか。私もここではそう呼んだ方がいいですか?」

 

「ネリは今まで通りでいい」

 博士が何だか慌てて言った。

「外で研究者として活動するのに女性名では最初の一歩で足枷になる。だから曾祖父の名を貰ったんだ。一応正式な手続きも踏んでいるんだぞ」 

 

「あ、はい」

 確かにキティという名は何というかその、守ってあげたくなるような稚(いとけな)い印象しか受けない。

 

「マミヤさんは本名ですか?」

「本名だよ」

 助手は綺麗な顔をしかめて答えた。

「将来何か発表する機会があったら、博士に勇ましい名前を付けて貰うんだ」

「楽しみです」

 

 答えながらネリは、発掘現場で、女性であることを振りかざして荒ぶっていた女学生を彼女が嫌悪していたのを思い出した。ああいうのは博士や彼女にとって、行く手を阻む瓦礫でしかないのだろう。

 でもマミヤさんが独り立ちする頃には、女性名でも枷にならない世の中になっているといいな、と思った。

 

 中央広場の奥の族長宅は一回り大きくて立派だった。

 内部は天井が高く見事な織りのタペストリーが掛けられている。それらの奥から、派手な羽飾りに重厚な民族衣装の男性が、ゆさゆさと走り出て来た。

 

「いつも突然帰ってくるな、キトロスは。客人を連れて来るならちゃんと言え。族長にはそれなりの体裁があるんだから」

「あるのか、お前に、体裁が」

「あるだろ、山奥の神秘的な村にイメージを抱いて来る訪問者の期待を壊しちゃいけないという、なんかこう、そういうのが」

「すまんすまん、今度から早い目に連絡する。しかし相変わらず細っこいな、ちゃんと食ってるか」

 

(あ、こちらではキトロス呼びなんだ)

 しかし久し振りらしいのに随分な挨拶だ。マミヤが小さな声で、喧嘩友達だからあまり気にするなと教えてくれた。

 ツェルト族長は髪が根本から真っ白だが、よく見ると髪も肌もツヤツヤで、何だったら博士よりも若そうだ。肌も目の色も薄いので、色素の少ない体質なのだろう。目尻と唇だけ赤味を帯びて、若い頃はさぞかし美少年だったろうと、どうでもいい事をネリは思った。

 後で聞いた話だと、博士とは二従兄弟(ふたいとこ)で、赤ん坊の頃から一番近くで育ったらしい。

 

「やぁマミヤ、いつもご苦労様、キトロスの世話は大変だろう」

 返事に困る事を言われてマミヤは、「こちらが先です」という感じでネリを前に押し出した。

 

 ネリは緊張しながら自己紹介し、族長は丁寧に一族の来客として迎えてくれた。

「サクジ教授のお弟子さんと聞きました。優秀でいらっしゃるのですね」

「いえいえいえ! そんなのじゃないです。下働きの小僧っ子に、親切に勉強先を紹介して下さっているだけで」

「どうでもいい者に自分の名で紹介はしますまい」

 

 教えられてネリは恐縮した。

『気遣って貰う』『気付かせて貰う』『感動させて貰う』。三峰へ来てから『貰う』ばかりだ。 

 

 

 ***

 

 

 食事をふるまわれ、その後奥の蔵書の間を見せて貰った。族長一族は代々医者の家系で、蔵書の数も半端ない。

 

「キトロスは子供の頃から入り浸って日がな一日文字を読んでいたな」

「ツェルトは一回読むと皆覚えてしまうから、辞書代わりになってくれて助かった」

 

 二人はここで独学し、街の高等学校に一発合格したという。

 ネリは目を白黒させながらも、習慣で棚の背表紙を追った。興味深いタイトルが星のように散りばめられている。

 

 ・・と、ネリの袖をマミヤが引っ張った。

「博士、私たち、馬の養生をして来ます」

 え? という顔のネリ。もうちょっとここの背表紙を見ていたい。

 

「馬はディとララに任せておけばよい。そちらのお嬢さんは書棚に興味がありそうだよ」

 

 はいはいはい! という顔のネリ。

 

「いえ、ネリにも泊まる所を教えておかねばならないし、お先に失礼します」

 マミヤに更に引っ張られ、ネリは無情にも夢みたいな部屋から連れ出されてしまった。

 

 風のように族長宅を暇(いとま)して、マミヤはズンズン歩く。ネリは着いて行きながら恨みがましい声を出した。

 

「マミヤさん、もぉ、マミヤさんったら」

「早く、もっと離れろ」

「??」

「私らが居座っちゃダメだ」

 ・・え?

「お邪魔だろう、久し振りに帰って来たんだから早くお二人にしてあげなくては」

 マミヤは真面目な声で事務的に言った。恋バナをする女子とは掛け離れた口調だが・・ 

 ・・えっ、えっえっええ?

 

「そそ、そうなんですか? まったく気付きませんでした」

「そうか? まあネリだしな」

 

 

 

   ***

 

    

 

 言い合いながらネリとマミヤは、居住区の端の厩(うまや)まで歩いた。

 手前の繋ぎ場で、さっきの女性ララが、馬の爪に油を塗っている所だ。

 

「これで終わりよ」

「ありがとう、ララ、遅れて申し訳ない」

「いいわよ、久し振りにゲレゲレに触れて楽しかったわ」

 

 房の奥では手入れして貰ってサッパリした顔のトカゲ馬が、楕円の顔に黒い目をパチパチしている。思わず「カワイイ」と口に出してしまった。

 ララは長い三つ編みを揺らしてクスクス笑った。

 

「丁度良かったわ。博士のお土産を荷車に積んだけれどけっこう重くて。兄さんは仕事に行ってしまったし。運ぶのを手伝ってくれない?」

「了解」

「わかりました」

 

 小さな荷車に油紙の包みがギッシリ。確かに重そうだ。

 三人で荷車を押して厩を出た。

 道々、ネリは初対面の挨拶をし、ララは自己紹介をしてくれた。

 兄のディとは二つ違い、街の高等の学校を出た後、兄は三峰に戻り、妹は下界に残って貿易関係の仕事であちこち飛び回っている。今日はたまたま帰省していたらしい。

 

 灌木を抜けて前が開け、細く水が流れる向こうに、水車と大きな建物が見えた。

 

「ね、見て、あれが養蚕小屋」

 急にララのテンションが上がった。

「小屋って言っても大きいでしょ。村の皆が大切にしている歴史的建造物ってやつよ。どうよ、あの真っ黒でツヤツヤな梁。あれは改築してもずっと残しているのよ」

「は、はい」

「あそこでずっと何世代も蚕を育てて絹を作って。もうずっとずっと千年以上。あっ、今日は糸取り場が稼働してる、ほらあっち、湯気の立っている所」

 興奮して更に早口になる。

「街場では紡績は機械化されているけれど、ここの手作業の品質は他とは比べ物にならないの。本当、見比べたら一目で分かる、全然違うんだから」

 

 ララの熱い語りに、マミヤは口出ししないで黙っている。どうやら火が付いたら止まらなくなるタイプみたいだ。

 ネリはもう一度、湯気を上げる建物を見た。休憩時間なのか、女たちがぞろぞろと肩を回しながら出て来る。思ったより大人数だがほとんどが年寄りだ。

 

「だからさ、そういう価値をきっちり世間に知らしめて浸透させれば、需要だって上がる。これはキトロス先生の受け売り」

「誇れる産業があれば皆……大人も子供も、安心してここで暮らせますよね」

 

 ララは目を丸くしてネリを見た。そして少し落ち着いた。

 

「そう。実は、私が幼児の頃、若いヒトが極端に少なくなって、限界集落になりかけたらしいの。その時、博士号を取得したばかりのキトロス先生がヒーローのように戻って来たのよ。何をしたと思う?」

「えっと……」

 ララにロックオンされてネリは押され気味。

 

「ヒントをあげようか」

 いきなり横からディが現れた。

 

「わっ」

「兄さん、仕事は?」

「本日は終了。でもみんな待ってる、早く行こう」

 ディは荷車の後ろに回って力強く押し始めた。

「じゃさっきのヒントな。『特に出ていってしまうのは、子供が生まれてこれからって家族だった』。何でだろうね?」

「えっと…… 子供の、教育、ですか?」

 

「「ピンポン」」

 兄妹は同時に言った。

「昔と違って、親が子供の将来の為に、外の社会で渡り合える『学問』を身に付けてやりたいと思うようになった」

 

 四人は角を曲がって居住区を抜けた。

 途端、目の前が開ける。

 

「だから作ってくれた。キトロス先生とツェルト族長が頑張って」

 

 先程の養蚕小屋と同じくらいの大きさの建物が、開かれた広場にドンと鎮座している。

 ・・学校!!

 陽がたっぷり入る広い窓から、小さい顔が鈴なりでこちらを見ている。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。