サワシオン   作:西風 そら

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巡り合わせ

 

 

 

 今度は本当に朝陽が顔を出した。

 四人は眠る事も忘れて延々話を続けている。

 

 ネリは族長の横へ行って日記を見せて貰っている。初期の日記は本当に紙が脆くて、族長だって手袋をして慎重に繰っている。

 マミヤは長椅子に腰かけて、博士はその膝枕で寝転んでいる。

 

「裏地図の件、公にしないんですか?」

「ん――? 今は駄目。フンヌル教授が仕切っている間は、功を急いで何をやらかすか分からない」

「はい……」

 確かにそう。プライド優先で大切な遺物を踏み潰す事も厭わない一団だ。

 

「いつか科学が発達して、表面の物を剥がさなくても透けて見られる時代が来るといいな」

「まるで魔法ですね」

「そうだな、でもきっと来る」

 

 

   ***

 

 

 キトロス博士が「ああそうだ」とガラス棚を指差し、寝転んだまま族長を顎でしゃくった。

「そこに私の『名無しの歴史書』がある。ネリに見せてやってくれ」

 

「僕を誰だと思っているんだ。一応族長なのだが」

 言いながらも族長は立って、ガラス戸を開いて萌木色のそれを取り出してネリに渡してくれた。

 

「私の宝物。ひい爺さんに貰った」

「わあ、表紙の色が微妙に違う」

 立ち上がって受け取り、しげしげ眺めるネリ。

 

「手染めらしいからな。まあやっぱり表紙の文字は消えてしまっている」

 

「博士のも、ヒトからヒトに受け継がれているのですね」

 ネリは丁寧にページを繰る。と、最後のページで目を見開いた。遊び紙の白紙に古いインクの署名がある。

 キトロスというのは博士の曾祖父の名。隣にもうひとつ名前……ハ……ル……?

 

「ハールート……はーるーとおお!!」

 

 またもやの絶叫に、隣の族長も長椅子の二人もビクッと揺れた。

 

「何だ何だ、どうした?」

「いえ、ハ、ハールートって名前の知り合いがいて」

「ああ、その署名は僕のひいお爺ちゃん。『砂漠の精霊』って意味だから、わりとポピュラーな名前なんじゃないか?」

「そ、そうなんですか……そりゃ、そうですよね……はぁびっくりした……ただの同名かあ」

「大昔の人物だよ、キトロス爺さんと仲良しだったらしい」

 

「族長と博士みたいにですか?」

 マミヤにフイと言われて、二人の大人は意表を突かれた顔を見合わせた。

 

「すごい偶然です」

 ネリが続ける。

「私にその書物をくれたヒト、友達のお父さんなんだけれど、やっぱりハールートって名前だったんです」

 

「ほお」

「素晴らしい巡り合わせだな」

 

 

 

 ***

 

 

 

 二人の少女が宿舎に帰ったあと。

 族長は萌木色の歴史書の表紙をなでながら長椅子に寝ころんだままの博士にごちる。

 

「まったく、表紙の装丁を自分でやりたいと革をなめす所から始めるとか、どんだけ酔狂だよ、君のひい爺さんは」

「拘った染料を使って、表紙の文字が化学反応で消失してしまったのは、お前のひい爺さんのせいだろ。お陰で今や、出所不明の幻の書物扱い」

「元はと言えば君のひい爺さんだろ」

「いいやお前のひい爺さんのせいだ」

 言い合いを一往復したあと、二人は黙ってしまった。

 

「参ったなあ、あの娘」

 族長がポツンと切り出す。

「何で教えてやらない? あの歴史書は、うちのひい爺さんズが出版した物だって。別に支障はないだろ?」

「うん……」

「君はいつも変な所で言いそびれるな」

 

「あの娘……ネリ、私が女性学者だとも知らなかったんだ。先入観無しで書物を読んで好いてくれた。それがえらく嬉しくて、つい」

「つい?」

「だってあの娘、お前が大幅に加筆した『谷間に幽かに残る音』を、叙情的すぎて別の何かが乗り移ったみたいだとか、言い当てるんだぞ」

「ほほお」

 

「読み取る力が秀でているんだ。『名無しの歴史書』とうちのひい爺さんなんかを結びつけたら、遠からず見抜かれちまうだろ」

「なにを?」

「私の著書が、ひい爺さんたちの受け売りだって。文章の癖とかそっくりなんだから」

「いや、それは……」

 

 博士は幼少時、族長家の閉架書庫に入り込み、ヤンの日記の発表されていない部分や、それを見て実際にその地を訪れた曾祖父たちの冒険記を読んで育った。大人になって自らもその地へ赴いて執筆したのが彼女の著書群なのだが、確かに曾祖父の文章に影響は受けている。

 

「僕は正真正銘君の著作だと思うがね」

 

 族長は言うが、博士は首を横に振る。

 

「『キトロス博士』なんてのは、三峰の教育に箔を付ける為の()()だ。ディたち優秀な卒業生が持ち上げてくれ、ララがフットワーク軽く各地で著書を売り込んでくれるから有名なだけ。現実の私はヘボで、ドジで、考え無しに突っ走る、どうしようもない奴だ……」

 

 族長は溜め息を吐きながら立ち上がって、たまにこうやって落ち込みモードに入ってしまう幼馴染みの赤っぽい黒髪をポンポンと撫でた。

 

(それでも、あの娘に巡り会って縁(えにし)を結べたのは、君ならではだと思うんだけれどな)

 

 

 

 ***

 

 

 

 三峰での三日間は、ネリにとって夢みたいな時間だった。

 鷹の養殖場でニコ毛のふわふわしたヒナに会えたし、訓練の様子も見せて貰えた。

 お望みの族長宅で、棚の蔵書を好きなだけ見せて貰えた。

 学校へ誘われたので授業を受けさせて貰えるのかしらと思ったら、ディ先生にハメられて教壇に立たされた。生徒たちからの質問攻めでフラフラになった。

 ララや子供たちとハイキングに出て、尾根歩きにも大分慣れた。

 

「時間がどれだけあっても足りませんん!」

 

 悲鳴を上げながらも出発の時が来て、ネリは愛馬(ゲレゲレ)に跨がる。

 アマノジャクっ子が自作の羽根飾りをくれた。

 ララがその羽根飾りに道中守りの繭玉を足してくれた。

 

 同じく出発準備を整え馬に上がったキトロス博士に、族長がそっと寄る。

「なぁキトロス、ネリに、自分の歴史書に記念サインをしてくれって頼まれた」

「お前のサイン?」

 

「開いてビビった。ラストのページに誰の署名があったと思う? リィ・グレーネだと」

「・・本物か?」

「その前の頁にヤークト翁の口癖も書いてあったからな」

「……」

「どんな経緯を辿ってんだよ、あの書物」

「……」

 

「いくら何でもそんなページに寄せ書きみたいに署名をするなんて嫌だからね。革表紙をめくって裏にこっそり書いておいた」

「うん?」

「『三峰の山懐から』ってタイトルと、『著者・三峰のヤン』と『編纂・キトロス/ハールート』。今度は消えない堅牢度の高いインクで」

「何をやってくれてんだ」

「たまたま偶然見付ける時が来るかもしれないね」

 

「……お前の署名はよ」

「あ、忘れた」

「何だそれは」

「次に『帰って』来てくれた時に書くって伝えておいて」

 

 族長は先祖代々変わらないいたずらっぽい目でウインクをした。

 博士は肩をすぼめて馬を返し、出発の号令を掛ける。

 

 ララも交えた四頭の馬は、尾根を目指して手を振って、三峰の青い空に溶けた。

 

 

 

 

 

     ~カラコーの遺跡にて・了~

 

 

 

 

 

 

 

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