サワシオン   作:西風 そら

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 最終話です


合歓(ねむ)の家
合歓(ねむ)の家


  

   

  最終話です。

 

  ***

  

 

 冬の手前の庭木の手入れは地味に大仕事だ。

 枝を切り詰めて根に冬ごもりの自覚をさせねばならない。

 

 ネリが借りている郊外の一軒家の庭はそんなに広くないが、凝り性の家主が外国から取り寄せた樹木を植えたりしていたので、一年目に何もせずにいたら危うく枯らしかけた。慌てて市街地の息子の所で暮らす家主の元へ指導を仰ぎに行った。

 家主にしたら自分が老いた時点で庭の事は諦めていたようだが、ひ孫みたいな歳の店子が元気な花を咲かせてくれるのを喜んで、春には菓子などを持って見に来てくれる。

 

 四冬目ともなると慣れた物。

 ネリは大きな剪定鋏を操って、庭木をバッサバッサと刈り詰めて行く。

 特に家主が子供の頃から鎮座しているという合歓(ねむ)の相手が大仕事だ。夏には良い日陰になってくれるが、放って置くと雪にやられる。

 一所懸命背伸びして、高い枝をバシバシ落としている所で、垣根に知った顔が現れた。

 

「まるでシザー魔神だな」

 

「シュウ!?」

 

「手伝おうか?」

「わあ助かる! 高い所だけお願い出来る?」

 

 娘は木っ葉だらけの帽子と前掛けを払って、屈託のない笑顔を見せる。

 

 

 縦長の古いアーチ窓から斜めの光が入る、ネリの書庫兼居間。

 夏に採れたレモングラスが青磁色の茶器で香りをたてる。

 

「書物、増えてない?」

「ちょっとだよ。サクジ教授の書斎の片付けを手伝った時、いらないって仰るのを頂いた」

「僕より学生しているな」

 

 シュウは苦笑いしながら茶器に口を付ける。

 独り暮らしを始めた頃は危なっかしくて見ていられなかったネリだけれど、驚く程早く馴染んで、もう十年もここに住んでいるような貫禄を付けている。

 進学はしなかったのにいつの間にか伝手を作って、夢に向かって確実に突き進んでいる。さすがだ。

 

「シュウはどうなの? 院付属校の二年目なんて選択科目が網の目のように複雑って聞いたけれど」

「家庭教師が卒業生で、上手にやるコツを教えてくれてさ。あと、同級生で情報回したり」

「そう、さすがシュウね」

 

「と言ってもネリとルッカがいない事にまだ慣れないよ。一人だと進路ひとつ決められないであたふたしている」

「まさか、シュウが?」

「何だかんだ言って二人に影響される事が多かったんだよ、僕」

「…………」

 

「うん? いいな、この茶器」

「ああ、飲み口の口当たりが良いでしょ」

「何処で買ったの?」

「お友達に頂いたの」

 

「へえ、洒落た友達だね」

 

 

 ***

 

 

 久しぶりの懐かしいバス停に降り立ったら、困っていそうな女の子を見掛けた。それは当然助けなくてはならない。

 

「ヤッホ、凄い荷物だね、何処まで行くの、手伝おうか?」

 

 ベンチに小山のようなリュックを置いて横で突っ立っていた娘は、網目のカンカン帽のひさしを上げて、声を掛けて来た赤毛の少年を見上げた。ガラスのようなキラキラした瞳。

 

(やべ! 超絶キレイな娘(コ)じゃん!)

 こういう子は難易度が高い。

「あ、ビックリした? ダイジョブダイジョブ、俺さ、死んだ祖父ちゃんの遺言で困っているヒトは助けなきゃならないの。でないと夢枕に立たれて説教される」

 

 大概の初対面はこの辺りでクスッと和らいでくれるのだが、手強そうなガラスの乙女は口の端を少し震わせただけで微動だにしない。

 ここは意地でも天然ヒトタラシの才能を発揮してやると、次の一手を考えていると、

 

「待たせたな、マミヤ」

 

 影が差して、筋骨逞しい人物が現れた。

 なんだカップルだったのかと罰悪く身を引いたが、よく見ると後から来たのも女性だ。

 

「ん、どうかしたのか?」

「博士、こちらの方が荷物を見て手伝いを進言してくださった」

「ああ、そうか。それはご親切にありがとう」

 濃い肌色の女性はこちらも珍しい黄色い瞳を細めて少年を見下ろした。

 

「いえいえ、か弱い女性が困っていたら助けるのが当たり前ですから。でも連れがいらしたなら俺はお呼びじゃないですね」

「なんだ、私はか弱い女性じゃないのか?」

「・・・・」

「冗談だ」

 俺の三倍もありそうな筋肉をしておいて、意地が悪いな、このヒト。

 

「違っていたら申し訳ないが、もしかしてクリンゲルCCJr.のルッカ選手だったりするか?」

「え、はい・・」

「おお!」

 博士と呼ばれた大柄な女性は両手をパンと打ち鳴らした。

「Jr.選抜の試合を拝見した。身体の大きな種族を相手に臆する事無く前に出る姿に、大いに感動させられた。サインを頂けるか? うちの学校の子たちも蹴球が大好きなんだ」

 

「あ、はいはい!」

 赤毛の青年、ルッカは純粋な笑顔になって、女性の差し出したスカーフに勢い良くサインをした。好きな事を仕事にして好きな事で誉めて貰えるようになったのは嬉しい。

 

 

 結局大荷物を担いで女性二名の前を歩くルッカ。行き先が奇遇にも一緒だったのだ。

 

「大丈夫か? 未来の名キーパーに身体を痛められても困るのだが」

「平気平気、そんな柔な鍛え方してないって。それよりネリと知り合いだとかビックリした」

 

 ルッカはそこそこ重いリュックを担ぎ直しながら、後ろの二人を振り返る。

 ネリの奴、本人は地味で内気な癖に、何でか周囲にコッテリ癖の強い人物が寄って来るんだよな……

 しかもこんな冗談みたいに綺麗な娘(コ)……と、カンカン帽をチラ見していると、マミヤと呼ばれたその娘がツツと寄って来た。

「さっきの話……」

 

 ん? なになに? ネリの友人だと知って気を許してくれたのかな?

 

「ご老祖が夢枕に立つという話。幽霊などは存在しない。大概は精神がストレスを溜め込んだ脳の疲労の産物だそうだ。

 酷いようなら医者に掛かった方がいい。貴方の活躍に支障が出たら博士が悲しむ」

「…………」

「何だったら知り合いに名医がいるが……」

「いえ、いいです……」

 

 

 ***

 

 

「キトロス博士! マミヤさん!」

 

 刈りたての草いきれの庭をくぐって、淡い栗毛の娘が飛び出して来た。

 

「俺はよ!」

「ルッカぁ――!!」

 

 遅れて眼鏡男子が玄関から出て来る。

「久し振り、ルッカ。シニアチーム昇格おめでとう。飛び級なんてさすがルッカだ」

 

 

 ポーチにて五人、初対面の者は自己紹介を済ませる。

 キトロス博士が面々を見渡して、改めてネリに向き直った。

「久しぶりの友達が集まる日だったのだな、済まなかった」

 

「トンでもない! 本当にたまたまなの。嬉しいヒトが重ねて訪ねて来てくれて、なんて素敵な日かしら」

「僕も、高名なキトロス博士にお会い出来て光栄です」

 

「ふふ、ありがとう。しかし学会の事前準備が詰まっていて、すぐに学院の方へ行かねばならん。取り急ぎの用事を一つ済ませに来たんだ」

 

 言うと博士は手甲を巻いて、短い口笛をヒュッと吹く。

 途端、上空から影が過って

 

「ラーテ!!」

 

 片方の翼に白い帯のある鷹が滑るように降りて来た。

 ネリは勿論大喜びだが、ルッカとシュウも目を真ん丸だ。

 

「か・・かっけえ――!!」

「聞いていたよりずっと迫力だ!」

 

「ネリ、約束どおり、ラーテにネリの家を刷り込みさせて貰うぞ」

 

「は、はい、じゃあ本当に?」

「たまの手紙を届ける。サクジ教授への急の連絡も頼んでしまうが」

「もちろん、もちろんオッケーです!」

「ありがたい」

 

「俺! 俺んちも、刷り込んで!」

 安定のルッカ。

 

「はは、残念だが、鷹から手紙を外す作業は、三峰の鷹匠の長(ちょう)から指導を受けねば許可されない。ネリはうちへ来た時、簡易だが指導を受けている」

「手紙の筒を外して褒美をあげるだけの資格よ。博士みたいに鷹を腕に受けたり命令したりは出来ないわ」

 

「なぁんだ、まあネリだしな」

 

 

 博士は院へ出掛け、マミヤは残って皆で鷹の止まり木を作った。切ったばかりの合歓(ねむ)の枝が役に立ってくれた。

 ルッカはずっとマミヤを気にしているが、残念ながら蹴球ファンは博士だけなようだった。

 

 居間で四人でお茶を飲む。

 シュウが茶器を誉めたら、マミヤはガラスの瞳を細めて喜んだ。慌ててルッカも誉める。

 古い居間に古い書物棚、新しい出逢い、未来を話す子供たち。

 

 そうしてこれからこの家も、きっと様々な歴史を刻んで行く。

 

 

 

 

 ~合歓の家・了~

 

 

 ~サワシオン・完了~

 

 

 

  

 

 

 

 

 




 
挿し絵:お茶会
【挿絵表示】


挿し絵:夕焼けにラーテを眺める
【挿絵表示】



これにてサワシオン終了です。
長のお付き合い、まことにありがとうございました。
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