サワシオン   作:西風 そら

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長様のお話

   

  

 

 

 蒼の里の住民の住まいは、組み立て式家屋のパォがメインだけれど、坂の上の長様の執務室は石を積んだ大きな建物だった。

 下の方の石は苔むし、長い年季が伺える。

 ここもそうだけれど、建物にも道具にも最近の新しい素材が使われていない。パォの被いも、何かの動物の皮を薄くなめした物だ。

 

 執務室の内部は高い天井に頑丈そうな棚が並び、古い飴色の家具が歴史ある雰囲気を醸していた。

 奥の大きな机に長様が座り、対座する来客用の長椅子に、シュウ、ネリ、ルッカの三人が収まっている。

 キオは、二頭の馬の養生をしていて少し遅れるらしい。

 

 三人は最初の自己紹介を済ませ、長様がセレス・ペトゥルという名前を名乗ってくれた所。

 部屋の隅の机で事務員風の男性が二人、書類仕事をしている。壁際の棚には、様々な素材の古い紙がぎっしりと詰まっている。

 

 ネリは受け入れの感謝を述べたのち、早速、沢山の付箋の挟まったノートを取り出した。

「そういう訳で、この大陸で起こった様々な近代の出来事について、蒼の長様の話をお伺いしたいのです」 

 

「すご――い、勉強家さんだぁ」

 チトが茶化しながらお茶を運んで来る。

 同い年くらいなのにと、シュウは少しムッとしたが

「はい、素晴らしいです。チトも見習いましょうね。歴史の成績が特にふるわないと教官が嘆いていらっしゃいましたよ」

 長殿がきっちりシメてくれた。

 

「うえぇ、長さま、なんで知ってるのぉ?」

「大切な生徒さんを預かっているんだから当然です」

 

「歴史なんて終わったコト勉強したって仕方ないじゃないですかぁ」

「ふふ、それは成人してから判断して下さい。執務室は貴方が働いてくれてとても助かっています。来るのを禁止にされては困りますから、頑張って成績を上げて下さいね」

「は、はぁい」

 

「蒼の里にも学校って……」

「児童労働について……」

「あは、妖精ったって、子供が言われる事は俺らとおんなじだね!」 

 三人同時に喋り始め、二人は遠慮して止め、ルッカの明るい声が残った。

 

「はい、子供たちの通う学舎(まなびや)は、蒼の里では修練所と呼んでいます。貴方たちの学校とは似ているようで、違います」

 

「そうなのぉ? ルッカたちのガッコって修練所と違うの? 行ってみたぁい」

「おいでおいで、あ、でもチトなんかが来たら、女の子みんな霞んじゃって大変だ」

「あはは~」

 

 長殿はニコニコと、仲良くなるのが早い子供たちを眺めている。

 

 寛容だな、とシュウは少し冷めた気持ちでいた。

 執務室って役場の首長室みたいな物だろう。そんな場所で子供が好き勝手に口を挟むなんて、自分たちには考えられない事だ。確かに子供の教育の仕方は随分違うのかもしれない。

 

「さて、この大陸の歴史と蒼の里の関わりについて聞きたいのですよね」

 長殿が話を戻した。

「実は私自身は語る程の物を持っていません。それよりは、里の歴史の専門家に会いに行った方がいいと思うんですが、どうですか?」

 

「穴掘りセンセ?」

 チトがまた口を挟んだ。

 

「『修練所』の教師の方ですか?」

 

「元だよ。歴史のセンセだったけど退役して、今はハウスの世話役をやってる。暇さえあれば遺跡に行って穴掘ってるから、穴掘りセンセ」

 

 長殿に聞いたのにチトに答えられ、シュウはまたムッとした。

 

 ネリは素直に、付箋付きノートをディパックにしまった。

「分かりました、是非会わせて下さい。でも、蒼の長様にも一つ、お話を頂きたいテーマがあるんです」 

 

「はい、何でしょう」

 

「太古から草原の平和を守って来た蒼の妖精民族の長として、今の草原に生きる民に対して、何かメッセージをお願いします」

 

(うわ、いきなりそんな事聞かれても困るだろう)

 シュウは、隣の女の子の大真面目な横顔を見やった。

 まぁ確かに、研究発表のラストにそれを持って来たらグッと絞まりが良くなるかもしれない。ネリ、普段は臆病な癖に、やりたい事に突き進んでいる時は空気を読まなくなるんだよな。

 

「ええ・・」

 長殿もやはり困惑の表情。

 しかも事務仕事をしていた隅の二人まで顔を上げて、興味津々に聞き入っている。

「ええとですね、まず、草原の平和を守っていた、というのは語弊がありますね。草原を平和に保っていたのは、貴方がた草原の民です」

 

「えっ、でも……」

 

「蒼の里は、確かに草原の民から依頼を受けて、萬事の解決に飛び回っていた時代があります。それは、寿命が長く知恵と知識を蓄積している者……要するに、貴方たちの家族のおじいちゃんおばあちゃんですね……そういった者の、役割です。

 また様々な術に長けていたので、頼られる事も多かった。先ほど貴女の不調を診たような感じで。けれどそれは、貴女の親が病気の時に手を当ててくれるのの延長なんです。

 外から来る悪い奴をやっつけるのも、争い事を治めるのも、年長者や強い大人の役割。

 そうやって育んだ子供たちが今は一人立ちし、親の手を借りずとも上手に平和に暮らしている。そんな子孫を眺める親の感想は、『こんなに守ってやったんだぞ』ではないと思うんですが……どうですか?」  

 

「…………」

 ネリは口を結んで、一所懸命言われた事を咀嚼している。

 シュウも筆記用具を手にしているが、上手くまとめられないで止まっている。

 チトとじゃれあっていたルッカが

「草原全体が長――い時間、家族をしていたって感じ?」

 とケロリと聞いた。 

 

「そうですね」

 長殿は微笑みながら答えた。

「だからねえ、もう親を必要としなくなった者たちにメッセージと言われても、『末長く幸せに』ぐらいしかないですよ」

 

 隅の若い事務員が口を開いた。

「私はその、腰に剣を差して鷹のように飛び回っていた時代の執務室で働いてみたかったですよ」

 

「バキバキの体育会系だったって聞くぞ。休みなし三十連勤が当たり前とか」

 もう一人の事務員も参加する。

 

「いいですよ、それでも。史上最強って言われたナーガ・ラクシャ長の術を間近で見てみたかったなあ」

「史上最強は他にも何人か言われているだろ。俺は民間初の三人長の時代に勤めてみたかったよ。凄い先進的な頭脳を持った三人で、その時代に色んな新しいシステムが生まれたんだろ」

 

「すみませんねえ、貴方たちの代は、平凡な十人並みの長で」

 

「いえいえいえ」

 現長に言われて、盛り上がっていた二人は苦笑いしながら仕事に戻った。

 

 

 足音がして、戸口を開いてキオが現れる。緊張の表情で長殿に頭を下げて挨拶をした。

 

「ではキオも来た事だし、チト、客人の案内をお願いします」

「えっ、あの……」

「どうしました?」

 

「今日の勤務、午前だけってお願いしていましたよね……」

「ああ、午後から修練所に行くんでしたっけ。案内したらそのまま行っていいですよ」

「あ、はぁい」

 胸を撫で下ろした感じでチトは返事をした。

 

 

 

 

   ***

 

   

 

 

「こっちこっちぃ」

 

 執務室を出て、シュウ、ネリ、ルッカとキオの四人は、チトの案内で里裏への坂道を下る。

 歴史研究家の『穴掘りセンセ』は、修練所の近く、『ハウス』という所に住んでいるらしい。

 

「僕らのいう、考古学者って奴か」

「トレジャーハンターかもしれないぜ、お宝見せてくれるかな」

 

「ちょ、ちょっ……ゼェゼェ」

 

 男の子はともかく、ネリは、身軽いチトに着いて行けない。

 夕べ興奮して寝不足だったせいか、でなきゃ急降下を見た位で貧血なんて起こさなかった。

 

 まずキオが気付いて足を止め、次いでシュウも気付いた。

「ルッカ、チトくん……さん、もうちょっとペースを落としてくれ」

 

「あ、ごめぇん」

 

「午後から用事って言ってたよね、もしかして急いでいたの?」

 

「うぅん、今日は修練所で、年イチのレクリエーションがあって、ついそっちの事ばっか考えちゃってぇ。ごめんねぇ」

 

「学校の、レクリエーション!」

 シュウが声を上げた。

「それは是非優先させなきゃ。僕たちのせいで済まない。構わないからもう行ってくれ。場所なんか聞きながら行けば何とかなるから」

 

「えぇ、でもぉ」

 

「そもそも何でそんな日に勤務させるんだ。抗議しなきゃ駄目だ。声を上げないと大人はいつまでたっても変わらないぞ!」

 

 いきなりスイッチの入ったシュウに、今度はチトが慌てた。

「うぅん、同い年の子供が来るっていうから、お出迎え役は是非自分がやりたいって申し出たの。時間はまだ全然大丈夫だよ、長さまを責めないでぇ」

 

 

「チト!」

 坂の下のT字路に、同年代の男の子が一人現れた。

「下級生の試合が一個早じまいになった。予定が前倒しだって!」

 

「ええっ」

 

「僕、先に行くよ、チトも急いで」

 子供は何かを脇に抱えて、来た道を駆け戻って行った。

 

 その抱えられた物を見て、今度はルッカにスイッチが入った。

「蹴球!」

 

「もしかしてレクリエーションって蹴球の試合なの?」

 

「うん、蹴球大会。今年は決勝に残ってて絶対に負けらんないのぉ」

 

「それは一大事だ!」

 飛び上がるルッカ。

 

「早く行って。僕たちは何とでもなるから」

 熱くなるシュウ。

 

「で、でも長さまの言霊(ことだま)は絶対に守らなきゃ……」

 

「よぉおし!」

 ルッカがいきなりチトに腕を絡めて駆け出した。

「俺、修練所を見学したい! ()()()()()して、チト」

 

 言葉の最後には、もうチトを引っ張って坂の下だ。

「あぁぁん、ルッカ強引ン」

 

「そうだな、別行動だ、後で執務室で合流しよう」

 

「オッケ――」 

 

 見送る三人を尻目に、二人はあっという間にT字路を左へ曲がって消えて行った。

 

「元気ね……」

「勝手に決めてしまってゴメンな、ネリ」

「うぅん、ルッカらしい気遣いだなと思って」

「まあ一石二鳥っぽかった。学校行ってる以外は蹴球か寝てるかって奴だ」

 

「どちらかというと、シュウがあんな風に言う方が驚いたわ」

「え、だって、子供にとってその年の行事は二度とやり直せないじゃないか」

「…………」

「……言い方、キツかった? 失礼だったかな」

「そんな事ない、ちゃんと伝わってると思う」

 

 二人の横を通り過ぎて、キオがトコトコと先に立って振り向いた。

 

「え……と、もしかして知ってるの? 穴掘りセンセの家」

 

 コクンと頷くキオ。

 な、何故さっき言わな……いや、興奮する男子二人の横では口を挟めなかっただろう。

 

 キオは先に立ってゆっくり歩き始める。

 後ろを二人で歩くと思いきや、シュウはキオの横へ行って並んだ。

 珍しいなと思いながら、ネリは反対隣へ付く。

 

 キオを真ん中に三人並んで歩く形になるが、ネリには凄く新鮮だった。

 街や学校ではこんな風に横に広がってブラブラ歩ける事なんかない。後ろからも前からもセカセカと通行人が来る。邪魔だって叱られる。

(こうやって友達とゆったり歩ける環境で育ったら、あの長様みたいにおおらかに、チトみたいに明るく物怖じなくなれるのかしら)

 そんな事を考えながらぼぉっと歩く。

 

 反対側のシュウは、今がキオと仲良くなるチャンスと、気張っていた。

「穴掘りセンセって、怖いヒト?」

 キオはシュウの方を向いて首を横に振る。

「優しいヒトなの? 良かった」

 キオは頷く。本当に小さい動作だ。

 

 でも受け答えはしてくれる。嫌がっている風には見えない。やっぱり、もっっっのすごい口下手なだけなんだ。気を付けて慎重に話し掛けていれば、きっと心を開いてくれる。

 

「えっとさ、僕、どうしても分からない事があるんだ。でも失礼と思って聞けなかった。この際聞いていい?」

 

 反対側のネリは、眉を寄せて心配そうにシュウを見る。

 キオも戸惑いながら頷いてくれた。

 

「チトって、男の子? 女の子?」

 

 向こうでネリが吹き出した。

 キオも釣られて、緊張していた頬を緩ませている。

 

「そう、私も分からなかったの。聞けないわよねぇ、ルッカならともかく。ねえ、どっちなの?」

 

 キオは肩を上げて首を横に振った。

 

「キオも分かんないのか、仲良さそうだったのに」

「最初に聞き損ねたら、どんどん聞けなくなって行くわよね」

「やっぱり分からないよなあ、僕だけじゃなくて良かった」

 

 ソバカスの少年の様子は大分ほぐれている。

 よし、この調子で次は喋って貰えるよう頑張るぞ。

 シュウは明るい気持ちで前を向く。

 今日は最善の日にしよう。

 せっかく、生まれて初めて両親に反抗してここへ来たんだから。

 

 

 彼らの後方、坂の下のT字路の反対側の山茶花(さざんか)林が、不穏にガサリと揺れたのに、三人は気付いていなかった。

 

 

 

 

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