大食堂から出て一年生たちの教室に向かったグリムとメローネだったが、タイミングの悪いことに、彼らが到着したときには教室はもぬけのカラと化していた。
当のエースはといえば、どうやらすでに寮へ帰ってしまったあとのようだ。
壁にかけられていたお喋りな肖像画から「寮への扉は東校舎の奥」だと教えてもらい急いで向かえば、数名の生徒たちの中にあの特徴的な『爆発頭』を発見する。
「こーーーらーーーーー!!!」
「げっ!! 見つかった!」
「てめー!! 待つんだゾ!! 1人だけ抜け駆けはさせねーんだゾ!」
「待てって言われて待つわけないっしょ! お先!」
「1人だけずるいんだゾ~! オレ様だってサボリたいんだゾ!」
大声で本音を叫びながら廊下を駆け抜けるグリムと逃げるエース。
そんな彼らを数メートル後ろから仕方なしに追うメローネだったが……。
「おい! メローネ! なにチンタラしてんだゾ!」
「はっ……ハァッ……『追跡』、するのは……! はぁっ……オレじゃあなく、ベイビィやギアッチョの役割だろぉがよ……!」
ご覧のとおり。日ごろからあまり体を動かさずにいるせいか、大した距離を走ったわけでもないというのにバテてしまっている。
仮にも暗殺者とは思えない体たらくぶりだが、仕方あるまい。
なんと言ったってメローネのスタンドは『遠隔自動操縦型』。本体と遠く離れた場所で活動してこそ、真価を発揮するスタンドなのだ。
ゆえに暗殺任務においても、他のチームメンバーがターゲットのいる場所まで直接赴いて戦うのに対し、彼の場合はターゲットから遠く離れた場所から『親』を通してチャットあるいはメールのような方法を通じて指示を出すのみ。
そんなデスクワークを主とする暗殺者がただ走るだけならばともかく、若さ溢れる健康体男子と運動能力に優れた小動物の全力ダッシュに追いつけるはずがない。
(オレの担当は頭脳労働なんだ。こんなふうに生身でターゲットを追いかけるなんて芸当、よほどの緊急事態でない限りやらねぇんだよ~~……!)
人間、慣れないことはやるものではない。
普段なら絶対にしない全力疾走という行為の末に生まれた脇腹の痛みに悶えながら、メローネは思う。
とはいえ、このままエースを放置して帰れば食堂で待つ二人に嫌味を言われることは容易く想像出来る。
さてどうしたものかと乱れた呼吸を整えながら考えていると、ふと視界の先にいいものを見つけた。
「おーい、そこの! 独創的なフェイスペイントをした人!」
「え。ぼ、僕のことか?」
メローネの呼びかけに振り向いたのは、顔の右側に大きなスペードのペイントを施した青年だった。
「そう君だ、君! 身長173センチ、ふたご座っぽいそこの君!」
「うえぇ!? ど、どうしてそれを……!?」
「おや? 当たっていたのか。今のは本当にただの『カン』だったんだがな」
『他人の皮膚の味からその人物の血液型を当てる』という非常に奇抜な特技をもつメローネだが、さすがに生年月日や身長、星座なんてものは皮膚の味だけで判断することは出来ない。
まあ、相手の容姿や行動パターンからなんとなく予測することは出来るだろうが、今回のように通りすがりの人間……それも会って数秒の人間を目視しただけで、その正確な情報を言い当てるなど不可能だ。
にもかかわらず偶然にもピタリと当ててしまうなんて……暗殺者としての自分の『カン』が冴えわたっているということなのか?
……と、いうのは今は置いておいて。
「そこのオメー! 突っ立ってないで、そこの爆発頭捕まえるんだゾ!!」
「誰が爆発頭だ!!」
「え? え!?」
「そいつ、女をキズモノにした挙句、その責任もとらずにトンズラこく最低男だぜ!」
「おい言いかたぁ!!」
「なんだって!? なんてふてぇ野郎だ……許せねぇ!!」
なんとも誤解を招く言い方だが、事実、『ハ[[rb:ートの女王の石像を黒焦> 女をキズモノ]]げ』にした挙句『罰[[rb:である窓拭き100枚から逃れよ > 責任もとらずにトンズラしよう]]う』としているのだ。あながち嘘とも言えまい。
とはいえ、事情を全く知らないスペードの彼は、メローネの言葉を額面通り受け取ったようで、『女に酷いことをしたくせに逃げ回る最低男』を捕まえるために魔法を放った!
――ガシャンッ!!
「ぐえぇっ! ナンダコレ!? 鍋!?」
妙な正義感に駆られた彼が「なんでもいいから重たい物」と願って発現したものは、なんと巨大な鍋……というか釜であった。
突如として頭上から降って来た代物にさしものエースも避けることは出来なかったようで、物の見事に下敷きになってしまっている。
「ぎゃははは! 見てみろ、メローネ! エースのヤツ、でっけぇ釜の下敷きになってペッタンコになってるんだゾ! だっせーゾ!」
「女を泣かせるなんて男の風上にもおけねぇ野郎だ!! 恥を知れ!!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 誤解だって、誤解!! オレはただ、学園長から言われた窓拭き100枚をだな……」
「……は? 窓拭き?」
エースの言葉にようやく何かおかしいと気づいたのか、スペードの青年が眉を顰める。
「今朝、そこの毛玉とじゃれてたらハートの女王の像がちょーっと焦げちゃって、学園長に罰として窓拭きしろって言われたんだよ。それをそいつが妙な感じで言いふらしたせいで、こんな大げさなことになっちゃってさあ」
「妙もなにも事実だろ?」
「だとしてもあんな言い方するかフツー!? あんなの聞いたら、誰がどう考えたってオレが悪モノみてぇじゃんかよ!」
「グレートセブンの石像に傷をつけた時点でどう考えても悪いのは君だろう。まったく、せっかく名門校に入学できたっていうのに初日から何をしてるんだか……」
スペードの青年がやれやれといった様子で正論を返せば、エースは子供のようにムッと唇を尖らせ「……るせーなぁ」と悪態をつく。
「つーかお前、誰?」
「僕はデュース。デュース・スペード。クラスメイトの顔くらい覚えたらどうだ? えーと……」
「お前も覚えてねーじゃん」
「とっ、とにかく! 学園長からの命令なら、真面目に取り組むことだ」
「はいはい。わかりましたよ~っと……。んじゃ、パパッと始めますか。…………ん?」
面倒くさそうに頭をかきながら諦めて食堂に向かおうとするエースだったが、ふと、ある事に気が付いてその動きをとめた。
「あっ! 毛玉がいない!」
見れば、ついさっきまでメローネの足元にいたはずのグリムがどこにもいない。
どうやら一同の意識がエースの方に逸れている間にこれ幸いと逃げ出したようだ。
「あんにゃろ~オレを身代わりにしたな!?」
「人の言葉を話してもさすがは猫だな。逃げ足が速い」
「いや、感心している場合じゃないっしょ! 捕まえにいくぞ!!」
身代わりにされたことがよほど気に入らないのか、息巻くエースとは裏腹に、メローネはなんとも面倒臭そうな表情を浮かばせる。
「オレが頼まれたのはあくまでアンタの身柄だけだからなぁ。あの猫がいようがいなかろうが問題はないんだが……」
「ふざけんな! 人のことでっけー釜で押しつぶして捕まえといて、自分だけ面倒事からおさらばなんてさせるわけねーだろ!」
「小動物相手にムキになるなよ。そもそもの話、アンタがアイツをからかってなければこんな面倒は起きてないんだぜ?」
「ッあぁ~~、うるせぇな! じゃあお前はいいわ! おい! えーっと、ジュース?」
「なっ、ジュースじゃない。デュースだ! でゅっ!」
「お前にも責任あんだから、あの毛玉捕まえるの手伝えよ!」
「なんで僕が!?」
突然矛先を向けられ、面食らった様子で一歩後ずさるデュース。
「お前が大釜なんて落としたせいで毛玉に逃げる隙を与えちまったんだろーが! いいからついてこい!」
「そこのトーヘンボクは魔法も使えないし戦力外!!」となんとも酷い言い草のエースに促されるまま、デュースも渋々といった様子で後をついて行った。