第1話 棺とガラスはぶち破るもの
目を覚ますと、三人は真っ暗な空間にいた。
いつの間に眠ってしまっていたのか。自分たちは確か、ボスから下された敵対組織の殲滅任務にあたっていたはずなのに。
気を失う直前の記憶を思い起こそうとするが、なぜか頭の中に靄がかかったようにぼんやりとしていて、うまく思い出せない。
そもそもここはどこだ。
周囲の様子を探ろうと手を伸ばせば、指先に冷たく固い感触が触れた。
どうやら自分は今、四方が壁に囲まれた箱のようなものに入っているようだ。
目の前の壁に耳を押し当ててみれば、外から何者かの話し声のようなものが聞こえてきた。
そこまで認識したところで、三人の脳裏には「自分たちは知らぬ間に敵スタンドの攻撃を受け、身柄を拘束されてしまったのか?」という嫌な憶測がよぎった。
だが、そんなことで怯むような可愛げのある性格を彼らはしていない。
むしろ、そういった状況こそ彼らの本領を発揮するのだ。
特に、三人の中で最も短気な性格をしているギアッチョは自分を捕まえた(かもしれない)犯人が外にいるという状況に、いとも簡単に頭に血がのぼった。
壁越しに外の様子が聞こえてくるということは、それほどぶ厚い代物ではないのであろう。
案の定、目の前をふさいでいた壁――もとより彼を収容していた『棺』の蓋は、彼の力任せの殴打を前にあっさりと打ち砕かれた。
「ギャーーーーッ!? な、何事なんだゾ!?」
鋼鉄の蓋が吹き飛ぶと同時にギアッチョの前に現れたのは、大量の棺が浮かび上がる不可思議極まりない部屋と、耳から青い炎を発する二足歩行の猫だった。
猫は、棺の蓋をぶち破り中から這い出てきたギアッチョの姿に、腰を抜かして驚いているようだ。
一方のギアッチョはといえば、自身が置かれた異様な状況に困惑しながらもそれを一切顔に出さずに、足元で騒ぐ猫をギロリと睨みつけた。
「テメーかァ……オレをこんな妙ちくりんな場所にブチこみやがったんは……!!」
「は、はぁ!? なに言ってやがんだ!? オメーの事なんか、オレ様、これっぽちも知らねーんだゾ!?」
「あ゛ぁ!? しらばっくれようってのか、このクソ猫がァ!!」
ギアッチョの怒声に、猫の耳と尻尾の毛が一斉に逆立つ。
人語を話す猫……などという代物、この世に存在するはずがない。
ということは十中八九こいつは、誰かが発動させたスタンドなのだろう。
全身から冷気を放ちながらにじり寄っていくギアッチョの気迫に押され、徐々に後退していく猫。
そんな時だ。ギアッチョの背後から聞きなれた女の声がしたのは。
振り返れば、そこには『蓋部分がハート型にくりぬかれた棺』の前で佇むミアの姿があった。
どうやら自身のスタンド能力を使ってあの閉鎖空間から抜け出してきたようで、目の前に広がる光景を前に「うわ、なにここ」と怪訝な表情を浮かべていた。
「ミア、無事だったんか」
「ええ。状況はあなた同様、まったくもって理解不能だけれど。……メローネは?」
「ここだぜ。ここ」
姿が見えないメローネを探すため二人が視線を漂わせた時、どこからか少しくぐもった男の声が聞こえてきた。
反射的にその声の方へと視線を向けると、二人が眠っていた棺に挟まれるような形で置かれた棺がガタガタと揺れている。
どうやら、その中にメローネが閉じ込められているようだ。
「なんだ、気が付いていたんじゃあない。何してんのよ」
「それがこの扉? 中々に重たくてな。オレ一人の力じゃあ開きそうにないんだ」
「テメー、それでもギャングか!?」
そう言いつつも、メローネが閉じ込められている棺を力任せに蹴りつけ、強引に蓋を開けるギアッチョ。
「
「うるせぇ。テメーはもっと体鍛えろや。情けねぇ」
ようやく狭い棺の中から解放されたメローネは、笑いながらギアッチョに礼を言うと、そのまま室内の様子に視線を向けた。
まるでどこかの屋敷のホールを彷彿とさせるような広い空間だ。
宙に浮かぶ無数の棺たちと、部屋の真ん中にたたずむ巨大な鏡がなんとも奇妙というか……非現実な雰囲気をかもしだしている。
「まるでファンタジー映画の中ね」
「ああ、この前アジトで見ていたやつか」
「そう。メローネが途中で寝落ちしたやつ」
「オメー、いっつもそうだよな。飽き性っつーか、気分屋っつーかよ~~……」
「しょうがないだろう? あの日はベイビィの教育で徹夜したあとだったんだ」
「ぶなあぁぁ~~~!!!」
こんな状況でもどこかノンキな様子で雑談を始める三人に、ついにキレた猫が声を上げる。
「おい! ニンゲンども!! オレ様を無視してくっちゃべってんじゃねぇ!!」
「あ? あぁ、そういやいたな。オメー」
「ずいぶんと口の悪い猫だな。スタンドか?」
「うちの猫好きに見せたら喜びそうね」
彼らの態度が癪に障ったのか、猫はそのフォークのような形の尻尾をブンブンと振りながら、怒りに満ちた目で三人を睨みつける。
「オレ様は猫じゃねーんだゾ!!」
「いや、猫だろ」
「それかタヌキだな」
「タヌキって?」
「東洋に生息しているイヌ科の動物さ。黒っぽい毛色にずんぐりむっくりした体型。長い尻尾などが特徴」
「じゃあタヌキね」
「タヌキでもねぇ!! オレ様は大魔法士になる男、『グリム』様だ!!」
こちらは怒り心頭中だというのに、目の前にいる人間たちは相変わらずノンキな様子でこちらを見てくる。
こんな連中に、どうして自分がここまでコケにされなければならないのか。
腹立たしい展開ばかりにとうとう猫――グリムの堪忍袋の緒がぶち切れた。
「もう我慢ならねぇんだゾ!! おい、オメーら!! これ以上オレ様をバカにするってんなら――」
瞬間、周囲に青白い炎が浮かぶ。
「丸焼きだ!!」
ゴオッと勇ましい音をたてながら、三人を取り囲むかのように青い炎が展開される。
「おいこのタヌキ、炎を吐いたぞ」
「だからタヌキじゃねぇんだゾ!!」
「テメー、やっぱり新手のスタンドだな!!」
「すた、ん……? い、意味わかんねぇこと言ってオレ様を混乱させるんじゃねー!! とにかく! このまま丸焼きにされたくなければ、その服よこすんだゾ!!」
短い後ろ足で地団駄を踏みながら、グリムは声を荒らげた。
服、と言われて三人の視線がお互いの身体に向く。
この異様な状況を前についツッコミ忘れていたが、彼らは揃いも揃って気を失う直前に着ていた物とは違う、奇妙な漆黒色のローブに身を包んでいた。
なにかの紋章のような柄が金糸で刺繍されたそれは、ずいぶんと高価なものに思える。
だがこんな服、いつ着替えたのだろうか。まったく思い出せない。
「『服を寄こせ』って、あなたが私たちにこれを着せたんじゃあないの?」
「はあ!? オレ様がそんなことするはずねぇだろ!! いいから早くソレをよこすんだゾ!!」
「そう言われても……なあ?」
言いながら三人の視線が再びグリムへと向けられる。
「アンタのその体格じゃあ、この服は着られないと思うが?」
「ぶな!? そ……それは今はどうでもいいんだゾ!! とにかく! その服さえあれば、オレ様はこの学園の生徒になれるんだ!!」
「なに言ってんだこいつ」
まったくもって訳の分からないことを連呼するグリムに、ギアッチョが思わず呟く。
そもそも、このタヌキもどきが自分たちを棺の中に閉じ込めた犯人なのだろうか?
その割にはずいぶんと見当違いなことを言ってくるというかなんというか。
とにかく理解不能すぎる状況だ。
「オレは別に今すぐ脱いでやってもいいが?」
「オメー、それしたらスッポンポンだぞ」
「普段から裸みたいなもんじゃあない。むしろ今の方が異様よ」
「その認識がまずおかしいんだよなァ~~」
「おい、オメーら!! オレ様の話、聞いてんのか!?」
なかなか服を渡すそぶりを見せない三人に、グリムが再び声を荒らげる。
「もういい!! オレ様を怒らせたらどうなるか、覚悟するんだゾ!!」
瞬間、周囲にあがっていた火柱の勢いが更に強くなり、空間を歪ませるかのようにうねりだした。
その光景にさしもの三人も異変を感じ取り、険しい表情を浮かべる。
「どうやら冗談じゃあねぇみてぇだな……!!」
「ふっふっふっ! どーだ! オレ様を怒らせると怖ぇんだゾ! さあ、助かりたければ早く服を……って、あ!!」
ドヤ顔で語るグリムの姿など気にも留めず、三人はくるりと彼に背を見せると一斉に走り出した。
そして……。
――パリーンッ!!
「にゃに~~~~~~!!?」
なんと、窓を突き破って建物から脱出してしまったではないか!
先ほどまで自身の魔法で人間どもを捕まえた! と有頂天気分だったグリムも、一切のためらいのない彼らの行動にぎょっと目を見開いて固まってしまう。
「ハッ! ま、待つんだゾ!! 服ーーーーッ!!」
少しして我に返ったグリムが叫んだころにはもう遅く。
割れた窓の向こうで見える三人の後ろ姿はどんどんと小さくなるのであった。