グリムの襲撃から逃げ出したギアッチョ、メローネ、ミアの三人は校舎近くに建てられた図書館らしき建物の中で身を隠していた。
「ッたく。なんなんだよ、さっきのはよォ~~~~ッ!!」
部屋の中央に設置された椅子に乱暴に腰を下ろしたギアッチョが、苛立ちを隠すことなく声を上げる。
「さっきの猫……いや、タヌキか? あれはやはり、今回始末した敵組織がけしかけたスタンドだろうか?」
「あの連中なら一人残らず始末したろーが。大体、もしあれが敵のスタンドなら、どうして『服をよこせ』なんて妙な要求をしてくんだよ」
そう言いながら、ギアッチョは改めて自分の体に視線を落とす。
どこかの宗教団体が着てそうな趣味の悪い(※個人の感想です)礼服は、袖や腰回りが無駄にヒラヒラしていて邪魔くさい。
靴だって、普段自分が好んで着用しているものとは系統が違うため、履き心地が悪いったらありゃしない。
挙句の果てには、携帯やサイフなどの普段持ち歩いている物品までなくなっている始末。
始めはあの猫もどきが全て仕組んだことかと思ったが、こうして冷静になってみるとどうにも不可解な点が多すぎる。
「状況はよくわからないままだが、このままこの場所に留まって面倒なことになっても厄介だ。任務も終わったことだし、早いところアジトに帰ろうぜ」
メローネの提案に最初は不服そうに眉を顰めたギアッチョだったが、「これ以上面倒事に巻き込まれても追加の報酬は出ねぇしな」と思い直し、渋々といった様子で腰を上げた。
「おいミア。あの猫もどきが来る前にとっとと帰んぞ。『扉』繋げろや」
腹に渦巻くイラ立ちをなんとか飲み込んで、部屋の隅で佇むミアに声をかけるギアッチョだったが、当の彼女はなぜか正面の壁を見つめたまま動こうとしない。
「オイ、聞いてんのか~~?」
不審に思ったギアッチョが再び声をかけると、ようやく振り返ったミアがなんとも言いづらそうに視線を逸らしながら口を開いた。
「……開かない」
「は?」
「アジト行きの扉が、開かないの。……どういうわけか」
「はあぁぁ~~~~!?」
予想だにしないミアの言葉に、ギアッチョは思わず声を荒らげた。
二人のやり取りを見ていたメローネも不思議そうに首を傾げる。
ミアのスタンド『タトゥード・ハート』は、スタンドをとりつかせた物に扉を作る能力だ。
他のスタンド同様、発動方法や効果範囲にいろいろと制約はあるが、基本的に彼らは任務先からアジトに帰る際はミアの能力を使って扉を繋ぎ、そこを通って帰っている。(なんて言ったって交通費がかからないから)
だから今回もいつも通り、彼女の能力を使ってさっさと帰ってしまおうと思ったのだが……。
「スタンド能力自体が使えない、ってことか?」
「いや、それは普通に使えるのよ。さっき棺から出たときもちゃんと使えたし」
「じゃあなんでアジト行きの扉は開かねぇんだよ!」
「知らないわよ! 私だってこんなの初めてなんだから!」
いつも問題なく扱えているはずの自分のスタンド能力が思ったように発動しないことに内心焦っているのか、珍しく声を荒らげるミア。
そんな時。図書館の扉が勢いよく開かれ、小さな影が飛び込んできた。
「オレ様の鼻から逃げられると思ったか! ニンゲンめ!」
現れたのは案の定というか、先ほど襲い掛かってきたグリムであった。
自分たちが着ている服がそんなに欲しいのか。動物特有の嗅覚の良さを活かして居場所を突き止めてきたらしい。
グリムは薄暗い室内でギアッチョたちの姿をとらえると、今度こそ逃げられないように彼らの周囲を青白い炎で包み込んだ。
「チッ……しつけぇ野郎だぜ」
「ギアッチョが大声出すからよ」
「オメーがちんたらしてっからだろ」
「は?」
「あ゛?」
「二人とも、今は痴話喧嘩してる場合じゃあないと思うが?」
「してねぇわッ!」
「してないわッ!」
「わーお、息ぴったり」
ギアッチョとミアの息のあった否定にメローネがどこか楽しげに反応する。
それを見ていたグリムは、相変わらず自分だけ蚊帳の外にされていることにムッと眉を顰めたが、すぐに気をとりなおして目の前の人間たちに向き直った。
「さあ、丸焼きにされたくなかったらその服を――ふぎゃっ!?」
ニヤリと嫌味な笑みを浮かべながらグリムが一歩踏み出した瞬間、背後から伸ばされてきた紐のような物体が彼の体を打ち付け、締め上げる。
突然の出来事に驚く一同。
グリム自身も悲鳴を上げながら抵抗するが、それはビクともしない。
「痛ぇゾ! なんだぁこの紐!」
「紐ではありません! 愛のムチです!」
聞き覚えのない男の声とともに姿を現したのは、カラスのような仮面を被った長身の男だった。
黒を基調とした服装に身を包み、頭部には小型の鏡を模した飾りのついたシルクハット。
肩にはマントを掛けており、手には奇妙な形をしたステッキを持っている。
「ああ、やっと見つけました。君たち、今年の新入生ですね? ダメじゃありませんか。勝手に[[rb:扉 > ゲート]]から出るなんて! それに、まだ手懐けられていない使い魔の同伴は校則違反ですよ」
「離せ~! オレ様はこんなヤツの使い魔じゃねぇんだゾ!」
「はいはい、反抗的な使い魔はみんなそう言うんです。少し静かにしていましょうね」
カラス男はそう言うと、足元でぐるぐる巻きにされたグリムを抱え上げ、その手で口を塞ぐ。
「まったく。勝手に扉を開けて出てきてしまった新入生など前代未聞です! しかも三人もなんて! はぁ……どれだけせっかちさんなんですか」
「おい、また変なのが出たぞ」
「そろそろウンザリしてきたわね」
目の前で繰り広げられる奇妙な展開の数々に、メローネとミアは面倒くさそうな表情を浮かべた。
そんな彼らをよそに、カラス男は粛々と言葉を続ける。
「さあさあ、とっくに入学式は始まっていますよ。鏡の間へ行きましょう」
「状況がのみこめないんだが……。アンタなのか? オレたちをこんな妙な場所へ連れてきたのは」
「妙な場所とはなんですか。ここは由緒正しき魔法士を養成するための学園、『ナイトレイブンカレッジ』ですよ!」
ナイトレイブンカレッジ。聞いたことがない名前だ。
男の言葉をバカ正直に受け取るのなら、どうやらこの不可思議な場所は魔法士(?)を育てるための学園らしく、自分たちはなぜかそこの新入生だと思われているようだ。
「……おっと! 長話をしている場合ではありませんでした。早くしないと入学式が終わってしまう」
ムチです巻き状態にされたグリムを抱えながら「さあさあ、行きますよ」と歩き出すカラス男。
だが数歩進んだところで三人がついてきていない事に気が付き、すぐにまた戻って来た。
「おや? どうしました? まさか入学式からサボろうだなんて考えてるわけじゃありませんよね?」
「……こんなこと、改めて言うのもバカらしいけれど。私たちが『新入生』? あなた、なにか思い違いをしているんじゃあなくて?」
「思い違いなんてあるわけないでしょう? 君たちは間違いなく、闇の鏡に魂の資質を認められた新入生。君たちが目覚めた時に入っていた棺とその服が、なによりの証拠です!」
「それは全部アンタが仕組んだことだろ? どこの誰だかは知らねぇが、狙いはなんなんだ?」
「はぁ……君たち、どうやらまだ意識がはっきりとしてないようですねぇ……。空間転移魔法の影響で記憶が混乱してるのか……まあ、よくあることです」
なんとも要領を得ない話の連続に警戒心を強めるミアやメローネ。一方カラス男の方はやれやれといった様子で肩をすくめている。
その姿からはこちらに対する敵意などは感じられないが、だからといって油断するわけにもいかない。
「とにかく、こんなところでお喋りしている暇はないんです。説明ならあとでしますから、早く入学式に向かいますよ!」
「お断りするわ。信用出来ない」
「信用って……失礼ですね。私は正真正銘、この学園の学園長、『ディア・クロウリー』ですよ!」
「その『学園』自体が信用ならないって話だろ。大体、どこの誰かも分からない相手にいきなり拉致られて、はいそうですかってついて行くバカがどこにいるんだよ」
「なんですかさっきから人聞きの悪いことばかり! 君たちは自分たちの意思でこの学園への入学を決めたんですよ!? ああもう! いいから早くしてください! 入学式が終わってしまう!」
あまりにも話が嚙み合わない状況に痺れを切らしたのか、カラス男――クロウリーはミアの腕を摑むと強引に連れていこうとする。
その行動にミアが逆らおうとするより前に、今まで不気味なほど静かだったギアッチョが彼の腕を掴んだ。
「さっきから黙って聞いてりゃあよ~~~~……ワケわかんねぇことばっか言いやがって……。つまりは素直に口割るつもりはねぇっつーことだなァ~~? あ゛ぁ!?」
「ですから! 今は長話をしてる暇はないと何度も言って……っ、冷たッ!?」
突如、右腕に違和感を感じ、クロウリーが声を上げる。
見れば、ギアッチョの全身から身も凍るほどの冷気が溢れ、鷲掴みにされた自身の右手首を凍結させているではないか。
とっさに振り払おうとするが、ブチ切れモードのギアッチョが力を弱めるはずもなく、むしろより強くなっていく一方だった。
「な、なんだァ!? こいつの周りだけ、急にむっちゃ寒くなったんだゾ!?」
「や、やめなさい! 一体なにをするつもりなんですか!?」
知らぬ間に知らぬ場所に連れてこられ、服は替えられ、持ち物は奪われ、人語を解する猫に襲われたかと思えば、正体不明の男から『新入生』だの『魔法』だのと意味の分からない言葉を連呼される。
……もう限界だった。
ギロリ、と下から憎々しげに睨みつけるギアッチョの眼光にクロウリーは思わず身震いをする。
目の前にいる彼らは齢十いくつの少年たち。
それも、魔力に優れた妖精族でも身体能力に優れた獣人属でもない、ただの人間だ。
いくら闇の鏡に選ばれた素質ある者とはいえ、彼らはまだいわゆる魔法士の卵。自分と比べれば赤子同然の存在。
いざとなればこちらが魔法でどうにでもできる。
そのはずなのに、なんなのだ? この胃の底から震えあがるような威圧感は?
クロウリーは本能で感じていた。この男は危険だ、と。
こいつには相手の生命を尊重するという、人間なら誰しもがもつべき道徳概念が一切ない。
『自分たちに害のある存在である』……そう認識したが最後、自分を再起不能にすることをもいとわない。
そんな『凄み』があるのだ!
「き、君たち!! そんなところで見てないで彼を止めてください!!」
「いや無理」
「これでもギアッチョにしては耐えた方だぜ」
必死に助けを求めるクロウリーにミアとメローネは揃って首を横に振る。
なんとも薄情な返答だが、仕方あるまい。
彼らにとってもクロウリーの存在は『突然現れて意味の分からない事をほざく不審者』なのだ。
こちらの質問にもまともに答えてくれないし。となれば、あとは実力行使しかないだろう。
そうこうしている間にも氷はクロウリーの右上腕まで進行しており、このままでは全身が凍りつくのも時間の問題である。
「わ、わかりました! わかりましたよ! 説明するから、とにかくいったん落ち着いてください!」
そう言うと、クロウリーは大慌てで三人がいるこの場所についての説明を始めた。
先にも言ったように、この不可思議な場所の名前は『ナイトレイブンカレッジ』。
世界中から選ばれた類稀なる才能をもつ魔法士の卵が集まる、『ツイステッドワンダーランド』きっての名門魔法士養成学校である。
この学園に入学できるのは『闇の鏡』に優秀な魔法士の資質を認められた者のみに限り、選ばれた者は『扉』を使って世界中からこの学園へ集められる。
曰く、闇の鏡に選ばれた新入生たちのところには『扉』を乗せた黒い馬車が迎えに来るらしく、三人のところにも来たはずだ……とクロウリーは言うが、当然ながら三人にそのような記憶はなかった。
「……と、いうわけです。どうです? 話を聞いて、少しは自分たちの置かれた状況について思い出せましたか?」
「面白い話だな」
「現実味がなさすぎる」
「頭湧いてんじゃあねぇのかァ~~?? こいつよォ~~……」
「ああもう! 結局信用してくれないんじゃないですか!」
各々反応は違えど、三人の心は完全に一致していた。
『そんな夢物語みたいな話を信じろと言われても無理がある』。
いや、むしろ、このようなバカげた話を聞いて「なるほど」という方がおかしいだろう。
どんなことでもキレ散らかすギアッチョですら冷静にツッコんでしまうほど、今の話には『現実味』というものが一切なかった。
半ばヤケクソになりながら話を終えた自分に対し向けられた三人の目は、まさに会話のなりたたないアホを見る目そのものであり、クロウリーはガクリと肩を落とす。
「もういい加減にしてください。一体どうすれば私の話を信用してくれるんですか……」
「そもそもテメーの存在自体が胡散臭すぎるンだよなァ~~~~」
「ああ……このままでは本当に入学式が終わってしまう……。学園長不在で入学式が終わるだなんて前代未聞です。あとで生徒や教員たちになんて言われるか……。かといって、新入生である君たちを放っておくわけにもいきませんし……」
「……なんかこいつ、だんだん可哀そうになってきたんだゾ」
もはやギアッチョの言葉にも反応する気力がないのか、クロウリーは地べたに膝を抱えて座り込んでしまった。
先ほどまでの勢いはどこへやら、ズーン……という効果音が聞こえてきそうなほどの落ち込みっぷりに、さすがの三人も顔を見合わせる。
「……どう思う?」
「どうもこうもねぇだろ。怪しすぎる」
「オレは面白そうだと思うが?」
「はあ? 正気かオメー」
「だって魔法なんてものが本当に存在するなら見てみたいじゃあないか」
「んなノンキなこと言っている場合かボケ。相手はオレらの敵かも知んねぇんだぞ」
「でももし本当に敵なら、あんな意味の分からない嘘吐く?」
「『君たちは魔法学校の新入生です』なんて嘘、マジに言ってたとしたら相当頭悪いぜ?」
「……確かにそうだがよォ~~……」
円陣を組むかのように顔を寄せ合いひそひそと話し込む三人。
そうやってしばらく話し合っているとやがて意見がまとまったらしく、傍らで落ち込んでいるクロウリーへと視線を向けた。
「おい、カラス男」
「ディア・クロウリーです。……なんですか」
「しょうがねぇから乗ってやるよ。テメーの戯言に」
「え!? 本当ですか!?」
予想外の言葉に顔を上げたクロウリーに対し、ギアッチョはフンと鼻を鳴らして腕を組む。
その態度は未だに不服そうなものだったが、これ以上ここで留まっていても埒が明かないと判断したのだろう。
なにはともあれようやく言うことを聞いてくれることになった三人に、クロウリーはホッと胸を撫でおろす。
「それは良かった! では、さっそく――」
「待って」
こうしてなんとか丸く収まったことに安堵し、改めて入学式が行われている会場に向かおうとするクロウリーに、ミアが声をかける。
「確かにあなたの話に『乗ってやる』と言った。けれど、私たちはまだあなたのことを完全に信用しているわけじゃあないの」
「そ、そうですか。いや、まあ、そこは仕方ないですね。とりあえず入学式にさえ出席していただければ私的に問題は……」
「だから。あなたの言うことを聞くにあたって、少しだけ『保険』をかけさせてもらう」
「…………へ?」
淡々とした口調でそう言うなり、ミアは背後にいたメローネに目配せをする。
そうして前に出てきた彼が持っていたのは――細長く鋭利な刃物のような代物であった。
「な、なんですか? 今度は一体なにをするつもりで……」
「あっあっ。そんなに身構えないでくれ。別にこれでアンタに酷いことをしようとか考えているわけじゃあない」
「いや、そんな物騒なものを持ちながら言われても説得力がありませんよ!」
「大丈夫。ただ少し、アンタの『血液』を採取するだけだ」
「血!?」
もはや驚きを通り越して恐怖すら覚え始めたクロウリーは、ブンブンと首を横に振りながらメローネの言葉を全力で拒絶する。
だがそんなことはお構いなしに、メローネはジリジリと距離を縮めてくるではないか。
「ちょ、ちょっと待ってください! ほ、本気ですか!? さすがに冗談ですよね? わ、私はこの学園の学園長ですよ!? そんなことをして、タダで済むと思って……わ、わ! ま、待ってください!! 話を! 話を聞いて――――」
クロウリーの必死の説得も虚しく、刃は無慈悲にも振り下ろされ、薄暗い図書館に彼の情けない悲鳴が響き渡った。