もう1人のバカ兄貴   作:佐倉シキ

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龍宮

 

 

 

 

 

一瞬で間合いを詰めた銀時が、渾身の力を籠めて龍の頭を殴りつけた。毒で踏ん張りが利かない龍宮の巨体は大きく傾き、床板が悲鳴を上げて軋む。

 

「おおおおおおお!!!」

 

銀時は喉を裂くような咆哮を上げた。気合と怒気を混じらせたその叫びは、戦場の空気を震わせる。全身の筋肉を引き絞り、刀を振るう。

 

一撃、二撃、三、四、五。怒涛の連撃が、龍宮の頭部を打ち据えるたび、硬い鱗が砕け飛び、血飛沫が弧を描いた。巨躯の龍は耐え切れず、喉奥から濁った血を吐き散らす。その血潮は床に落ちると蒸気を上げ、鉄錆の臭気が一層戦場を濃く染め上げる。

 

近距離で龍宮が咆哮を轟かせた。大地を震わせるほどの音波が平衡感覚を破壊しようとする。だが銀時はその意図を即座に察し、迷いなく顎下を狙い拳を打ち上げた。骨が砕ける乾いた音。龍宮の顎が跳ね上がり、瞬間的にその逆鱗があらわになる。

 

当然、そんな隙を見逃す者などいない。

 

「これでッ!!」

「終わりアルッ!!!」

 

星海坊主と神楽が、床を踏み抜かんばかりに地を蹴り、地響きとともに拳を握り締める。その双拳には、兄を奪われた憤怒と父としての執念が宿っていた。夜兎の怪力が唸りを上げ、振り抜かれた拳は雷鳴のような衝撃をもって龍宮の逆鱗を直撃する。

 

「───────ッ!!!」

 

龍宮の喉奥から、断末魔にも似た咆哮が迸った。巨体が弾き飛ばされ、床へと叩きつけられる。轟音とともに塔全体が大きく揺れ動き、木片が雨のように降り注ぎ、壁という壁に亀裂が走る。石と木が軋み合う嫌な音が戦場に満ち、このままでは塔そのものが崩落するのは時間の問題だと直感させた。銀時は焦燥を押し殺せず、低く舌打ちを放ちながら龍宮を睨み据える。

 

(夜兎2人に弱点ぶん殴られて、こんだけボコボコにしてなお、死なねぇのか)

 

銀時の胸に去来するのは戦慄と苛立ち。

 

血と傷に塗れた龍宮が、なおもゆったりとした動作で立ち上がる。だがその姿はもはやかつての威容を欠片も残してはいなかった。全身の鱗は砕け散り、剥き出しの肉は裂けて血を流し続ける。口元からはどす黒い血が垂れ流れ、鼻腔からも絶え間なく血が滴り落ちる。息を吐くたびに血の塊を咳き込み、床を濡らしていく。黄金に輝いていた瞳は赤黒く濁り、充血で曇り果て、今や光を失いつつある。

 

その巨体を覆っていた美しい毛並みも、今は血と汗と煙に塗れ、泥に汚され、荒れ果てた獣のように見える。毒が血流を蝕み、全身の力を削ぎ落としていた。足取りはふらつき、巨体の均衡すらまともに保てない。

 

それでも、龍宮は立ち上がった。

 

小さな戦士たちに負けてたまるかと、巨体を無理やり持ち上げ、千切れそうな喉から咆哮を吐き出す。その声は弱り果てていながらも、なお戦場を震わせ、胸の奥を殴るような威力を秘めていた。

 

「終わりだ。龍宮」

 

星海坊主が低く言い放ち、血塗れの傘を構える。その歩みは迷いなく、静かな決意に満ちていた。魈雲は沈黙を守り佇み、夕染は爪が食い込むほど拳を握りしめ、全身で緊張を放つ。銀時たちは星海坊主の背を見送り、短く互いの存在を確認し合ったのち、再び視線を龍宮とその決戦へと戻した。

 

龍宮はなおも立ち上がり、血塗れの前足を振り上げる。瀕死の体に宿る闘志が、最後の輝きを放つかのように瞳に宿っていた。星海坊主もそれを察し、拳を固く握り締め、残された力を振り絞る。

 

しかし2人が激突する刹那、その時は訪れなかった。

 

龍宮の足元で、崩れかけた床が重圧に耐えきれず轟音を立てて崩れ落ちたのだ。塔上の足場を失い、巨体は一気に重力に引かれ、下方へと落下を始める。龍宮は咄嗟に前足を伸ばし、崩れゆく床を必死に掴む。鋭い爪が木材を深々と削り裂きながら必死に留まろうとするが、下半身は既に宙へと投げ出され、巨体は不安定に揺れ続けていた。

 

龍宮は視線を下に落とす。

 

眼下には地下都市の街並みが広がっていた。だがその光景は、かつての繁栄とは正反対の、炎に呑まれた地獄だった。

 

楼閣建築は燃え盛る火に呑まれ、黒焦げに崩れ果てる。華やかだった屋根瓦は瓦解し、燃え尽きた梁と柱が絶望の悲鳴を上げるように崩落していく。街路は火炎に焼かれ石畳は割れ、ひび割れからは白煙が噴き上がる。人で賑わっていた市場も、夜を彩っていた広場も、今や灰の山に変わり果てている。

 

風が吹くたび、灰が舞い散り、かつての栄華の名残を一切残さず、街そのものを塵と化す。熱気で視界は揺らぎ、煙は空を覆い、やがて黒い闇に溶け込んでいく。街の隅々まで炎は行き渡っていた。

 

(私の街が、無くなってる)

 

龍宮の心を突き抜けたのは、怒りでも悲しみでもなく、形容し難い空虚な感情だった。

 

塔の上から眺める街並みは、壮麗さを欠片も残さず、全てを灰に帰す無惨な光景。そこに在ったもの全てが煙に覆われ、崩れ去っていく。

 

「同じだな。俺の息子と。地球には因果応報なんて言葉があるがまさにその通りだ」

 

星海坊主は龍宮のそばに立ち、静かな声音で告げる。龍宮は体の大半を空中に晒しながらも、かろうじて顔だけを持ち上げ、上を見上げていた。

 

巨体が足場を求めて揺れ動くたび、塔全体がぐらりと傾き、崩壊の足音が迫っていた。

 

終わらせなければならない。

だが、その前に星海坊主にはひとつ、胸の奥に長く燻り続けてきた問いがあった。戦いの最中であろうと、どうしても確かめねばならない疑問が。

 

「アルタナに詳しい龍に出逢ったら聞いてみたい事がずっとあったんだ」

 

炎が爆ぜる音、木材が焼け弾ける音に紛れ、低く放たれたその声は銀時たちには届かなかった。だが、龍宮の耳には確かに届いていた。黄金の瞳がかすかに動き、血に濡れた口がわずかに歪む。

 

「アルタナ変異体は、その星のアルタナがないと生きられない。その星を出たら、後はその身に宿るアルタナが枯渇して死ぬ。結晶石を使っても少しの延命しかできなかった。俺にはアイツを救う手段が見つけられなかった。何かあったんじゃないかと、ずっと気になってたんだ」

 

声に滲むのは、戦士の威圧ではなく、家族としての苦渋。あの時どうして救えなかったのか、何か見落としてはいなかったのかという後悔が、重く胸を締めつけていた。

 

「今更、それを知ったところでどうにもならないと思うけどねぇ。“ない”って答えて欲しいの? それで、少しでも罪悪感を減らしたい?」

「そうかもな……」

 

星海坊主の声は苦く沈む。認めざるを得ない弱さがその言葉の端に漂っていた。

 

「ふふ。うふふふ。……内緒。その問いの答えは知らないままでいなよ。その方が人生に味が出る。色んなことに悩み迷って、ウジウジしてる人生の方が美味しいよ、歯応えがあってねぇ」

「人の人生をスルメイカみたいに扱うんじゃねぇよ」

 

星海坊主が吐き捨てるように言い、傘を構え直した。戦士として、父として、迷いを断ち切る覚悟を示すように。だが龍宮は、なおもその場で言葉を紡いだ。

 

「少なくとも」

 

血に濡れた喉から絞り出す声は、今までにないほど静かだった。

 

「その人は幸運だったよ、きっと」

「ッ──」

 

思わず、星海坊主の手が止まる。

 

「長く虚な人生の中で、その人は愛をみつけた。何度壊そうとしても、忘れさせようとしても、江鷹の記憶の奥底には母の愛があった。忘れさせられたと思っていたけど、結局貴方達の味方になっちゃったもの。彼を捨てたのは私だけど、少しびっくりしたよぉ」

「お前……」

「良いねぇ、その人は……愛されて、愛したんだねぇ……家族ができたんだねぇ。愛ってものを手に入れられれば、少しは退屈が紛れるのかと思って探してみたんだけど、私には見つけられなかったからねぇ。愛せなかった。愛されなかった。だって分からないんだもの、今この時ですら」

 

龍宮の黄金の瞳が遠くを見ていた。虚空を漂うように、もはやこの戦場すら見ていないかのように。

 

「死んだ人間の事を考えるなんて無駄でしかないけど、そうやって悩むのが貴方達みたいな生き物なんだものねぇ。存分に悩むと良いよ。私の街を燃やされたのがすっごく不快だから、問いの答えは絶対に教えてあげない」

「おい、燃やしたのはお前だろうが。流れるように人のせいにするんじゃねぇよ」

 

星海坊主は大きく息を吐き出すと、迷いを振り払うように再び傘を構え直した。

 

「うふふ……私の負けだ」

「じゃあな龍宮。息子が世話になった」

 

その言葉と同時に振り抜かれた一撃は、的確に逆鱗を打ち抜いた。硬質な鱗が砕け散る鈍い音が塔の内部に響き渡り、龍宮が床に引っ掛けていた爪が引き剥がされる。

 

支えを失った巨体が、重力に従って宙に浮いた。瞬間、塔全体が揺さぶられ、崩れかけた木材が軋みを上げて悲鳴のように鳴り響いた。

 

翼を持たぬ龍である龍宮に抗う術はない。ただ重さのままに、抗うことなく奈落へと引きずり込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ちる───────。

 

 

世界が反転し、視界が灼熱と炎に包まれながら、龍宮の意識の奥底で古い記憶が蘇った。

 

 

「お母さん!!」

 

かつて、漢服の裾が幼い少女に掴まれた。振り返った龍宮に向けられたのは、純粋な眼差し。首を傾げる彼女を見て、少女は間違えたと気づいたのか、はっとした顔で硬直する。すぐに母親が駆け寄り、娘の小さな頭を叩くと「申し訳ありません龍宮様!!」と顔を青ざめさせ、視線を合わせぬまま必死に子を抱き抱えて走り去っていった。

 

だがその瞬間、龍宮は初めて「しっかりと」顔を見られた。

初めて、他者と確かな視線を交わした。

 

子供という存在は恐れを知らぬものだと呆れながらも、普段ならば絶対に近づこうともしない弱者の女が、子のためならと迷いなく己に近づいたことに、龍宮はかすかに驚きを覚えていた。

 

それ以降、彼女は気まぐれのように親子の姿を目で追うようになった。無邪気で恐れを知らない子供たち。そんな幼子に愛を注ぐ親の姿を、永遠にも等しい退屈な時間の隙間で眺めるようになったのだ。

 

「目かな」

 

その眼差しが、自分に向けられるものとは全く違っていた。

 

取引の合間、オークションで寄った街角、無限に続く時の中で、龍宮は“家族”を見つめ続けた。

 

父親が小さな子を肩に乗せ、母親が笑顔でその姿を見上げる光景。子供が楽しげに手を伸ばし、太陽の下で子犬のように無邪気に跳ねる様子。

 

またあるときは家族が手を繋いで歩いていた。父親の逞しい手が子をしっかりと支え、母親が優しい眼差しで二人を見守る。その瞳には誇りと愛情が宿り、家族という絆が確かに形を取っているのが伝わってくる。

 

「愛情ってやつだねぇ」

 

龍宮はその言葉を心に浮かべた。

龍とは本来、群れず、番わず、ただ孤高に生きるもの。長い時を虚ろに漂い、気まぐれに集め、気まぐれに壊し、退屈を慰めるだけの存在。だがそこには満たされることのない虚しさが常にあった。

 

ふと視線を別の通りへと移す。

 

母親が子の手を引き、優しく微笑む。年老いた祖母が孫を膝に乗せ、皺だらけの眼差しに無限の愛を滲ませる。笑い声が上がるたびに浮かぶ穏やかな笑顔。その絆は、時間の積み重ねと共に培われたものであり、言葉では到底言い表せぬ重みを持っていた。

 

(家族……家族か……)

 

龍宮はただ、彼らの中に流れる目に見えぬ空気を感じ取っていた。

それは他の何ものにも似ていない。

親が子を見つめる眼差し、子が親を見上げる眼差し。そこには確かに“愛”という名のものがあった。

 

(ただ番い、繁殖しただけだというのに、他の生き物とは違う空気感がある。親子間の愛情はどの生物にも共通しているように見えるけど、やっぱり違うなぁ)

 

何が違うのか。

なぜあんなにも強く愛せるのか。

愛とはいったい何なのか。

 

龍宮がその問いを心に抱き始めたのは、その時からだった。

 

それから、また幾つもの季節を跨ぐほどの時が流れた頃のことだった。

濃い灰色の雲に覆われ、薄暗い光しか差さぬ星に、龍宮はやってきた。

この星に特別な理由があったわけではない。退屈を紛らわせるように、ただ珍しいものでも買い取ろうと、彼女は闇市へと足を運んだだけだった。だが、黄金に濡れた瞳がその場で見つけてしまった。忘れ得ぬものを。

 

「嫌だッ!! 行かないでよお母ちゃんッ!!」

 

湿った空気を震わせるように、ひときわ甲高い泣き声が響いた。

羽を持つ小さな天人の少女が、粗末な鎖で繋がれ、必死に泣き叫んでいる。鎖を握るのは薄汚れた衣を纏う商人の男。その小さな体は必死に大人の女にしがみついていた。

売られたのだと、龍宮はすぐに悟る。人身売買など、この宇宙では珍しい光景ではない。だが少女の声は、あまりに切実だった。

 

「うるさいな! もう金がないんだよ!! アンタは黙ってここにいろ!!」

「やだ!! やだやだお母ちゃんと一緒がいい!!」

「黙りなッ!!!」

 

母親は苛立ちに任せて、その小さな頬を全力で殴り飛ばした。鈍い音が響き、少女の身体が揺れる。

その手を荒々しく振り払うと、母は一瞥すらせず背を向け、足早に去っていった。

鎖に繋がれた少女は腫れた頬を押さえ、大粒の涙をこぼしながら声を振り絞る。

 

「お母ちゃんッ!! お母ちゃんッ!!」

 

その声は痛ましいほどに必死で、かすれることもなく母を呼び続ける。

龍宮の眼には、その瞳に怒りや恨みといった濁った色は一切見えなかった。ただひたすらに母を求める光だけが宿っていた。

 

(殴られ、捨てられ、それでもなお母を呼ぶのか……?)

 

非合理的だ、と龍宮は心の底から首を傾げる。状況を理解できぬほど幼いわけではない。なのにどうして、あの小さな心は母を手放さないのか。

 

その時だった。

少女の涙で潤んだ丸い瞳が、不意に龍宮を捉えた。

真っ直ぐに。

 

無垢で、恐れという概念を知らない光。

龍宮の黄金の瞳を射抜くその視線は、捕食者を前にしたはずの人間が本能的に示す恐怖を欠いていた。

大人であれば、その蛇のように尖った瞳孔を見ただけで本能が危険を叫び、すぐに目を逸らす。だが子供は違う。知らぬがゆえに、ただじっと見つめた。

 

「綺麗なお目目だね」

 

あまりにも馬鹿げた言葉。だが、龍宮の胸奥に奇妙なざわめきを生んだ。

同時に、欲しいと思った。

 

親子の間に流れる、あの目。あの愛情の輝き。

もしそれを、この自分に向けさせることができたなら、この永遠にも等しい虚しさが、ひょっとしたら埋められるのではないかと。

 

だが、その願いは当然のように裏切られた。

 

少女は何もできなかった。

ただ泣き、ただ悲しみ、ただ痩せ細っていった。

龍宮は食事を与え、珍しい玩具を与え、知識を詰め込むための書物を与えた。

しかし少女は頑なにそれらを拒んだ。

 

「家族に会いたいよぉッ! お母ちゃんに会いたいよぉ!」

 

泣き叫ぶ声が夜を裂く。

龍宮は本気で理解できなかった。

 

「なんでそんなに家族に会いたいの? 捨てられたって事が分からないのかなぁ? あ、捨てられたっていうのは要するに……う〜ん、分かりやすく言うと貴方のお母さんはお母さんじゃなくなったって事なんだけど……」

「お母ちゃんはお母ちゃんだもん!」

「説明が難しいなぁ。どう言えば貴方みたいな頭の悪い子に伝わるんだろう……」

「わかってるもん、捨てられたって……でもお母ちゃんがお母ちゃんである事に変わりはないもん」

「確かに肉体的な血族関係に変化はないけど、彼女は貴方の母親である事を否定すると思うよぉ? だって捨てたんだもん、ポイって。ゴミみたいに。それって、もう要らないって事だよ。あの子だっていつまでもお母さんお母さん言われたら困っちゃうと思うよ。そろそろ察してあげなよ。商品の評価は売人の評価に直結するからねぇ」

「龍宮さんは、分からないんだね……」

 

少女は出された食事を押しのけ、唇を固く閉ざした。

 

「食べなきゃダメだよぉ、叱るよぉ」と柔らかく促しても、その眼差しは変わらなかった。

 

「お母ちゃんが私を捨てても、私の誕生日にケーキを作ってくれた事実は消えないの。捨てられて悲しい、殴られて辛い。それでもお母ちゃんは私の大事な家族なの。やっぱり戻りたいよ。悲しいんだよ」

 

その言葉は震えていながらも真っ直ぐで、龍宮を見据える瞳に迷いはなかった。

 

「1人は寂しいんだよ」

「私には分からない感情だよ」

 

龍宮は静かに立ち上がり、影を少女に落とした。

従うことを知らぬ子供は叱るべきだ。だから、母親がしたように手を振り上げた。ただ埃を払うようにそっと、決して殺すつもりはなかった。

 

だが龍の力は、人の命を容易に砕く。

軽く振っただけの手は、無惨にも少女の細い首を折った。

 

ぐしゃりと嫌な音を立て、少女の身体は抵抗もなく床に崩れ落ちる。

 

「あれぇ? 死んじゃった? 叱るって難しいんだねぇ」

 

困ったように首を傾げる龍宮。部下たちはすぐに血の気を失い、慌ただしく死体を処理した。

彼女はそれを退屈そうに眺めながら、ひとりごとのように呟いた。

 

「愛、寂しい……家族か……」

 

家族という営みは確かに退屈を遠ざける。ならばと、龍宮は子供を買い集めるようになった。

見目が整った子、賢い子、珍しい種族の子、強い子。数多の子供たちを抱え、教育し、育てた。力加減を誤り殺してしまうこともしばしばだった。退屈しのぎにはなっても、渇きは満たされない。

 

(私は強い。私は賢い。私は美しい。私は長生きだ)

 

これ以上に完全な存在が、宇宙にどれほどあるというのか。それなのに、

 

(……どうして、こんなにも足りないと思うんだろう。金も宝石も、骨董も美食も、あらゆるものが手元にあるのに。何が……何が足りないんだろう)

 

そして、古い古い記憶が甦る。

 

「なるほど、貴方は満たされていたんだね。名前も知らない江鷹の母親」

 

落下の最中、龍宮は心の奥底で静かに思う。

空を裂き、風を焼き切りながら、彼女の巨体は地へと落ちていく。

 

「悠久の生を捨てても良いと思うほど、“愛”ってやつは素晴らしいのか」

 

地面が目前に迫り、その影が大地を覆う。

 

「ふふ。うふふふ。手に入れてみたかったなぁ、愛ってやつを……」

 

黄金の瞳が細く閉ざされた瞬間、轟音と共に龍宮の身体は大地に叩きつけられた。

虚ろな衝撃音が世界に響き渡り、長き孤独の生涯に幕が下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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