夜の闇に溶け込むように、5年に一度の非合法な大規模オークションが開催されていた。広大な会場は宇宙の隅々から連れられてきた奴隷や珍奇な生物たちで埋め尽くされ、鎖につながれた彼らは一様に沈黙し、冷酷な顧客たちの好奇の視線と欲望に晒されていた。場内を歩く天人たちは欲望を隠そうともしない。配られた豪奢なパンフレットをめくりながら、どの奴隷を買うか、どの珍獣を手に入れるかを笑い声混じりに語り合っている。ここは宇宙でも最大規模を誇るオークション。銀河の果てからやってきた無数の購買者たちによって、場内は異様な熱気に包まれていた。
中央の舞台に立つオークショニアは場を支配するような口調で次々と競りを進める。
「1億8000万〜、1億8000万〜。ございませんか? ございませんね? 1億8000万で落札頂きました!」
乾いた木槌の音が鋭く響き、観客席から熱狂の声が湧き上がる。その声にかき消されるように、泣きじゃくる天人の子供が鎖に引かれて奥へと連れて行かれる。たった今売買されたばかりの存在。舞台からその姿が消えた瞬間、会場の照明がふっと落とされ、ざわめきが静まった。巨大なスクリーンが降りてきて、そこに新たな映像が映し出される。
「さあ皆様、お待ちかね。本日の目玉商品をご紹介させて頂きます」
オークショニアの声が低く響く。映像に映されたのは血煙立ち込める鉄の闘技場だった。その中央に立っているのは、傘を手にした黒髪の少年。そして彼を取り囲むように、牙を剥き出しにした獰猛な獣たちの姿。
8匹の巨獣が唸り声を上げ、一斉に少年へと駆け出した。獣の足音が鉄床を揺らし、観客席の空気までも震わせる。その瞬間、少年は弾丸のように前へと駆け出した。そしてあっという間に先頭の1匹の懐に潜り込む。
少年は跳ね上がり、空中で身体をひねって回転する。その勢いを全て込めた蹴りが獣の頭蓋を直撃し、轟音とともに砕け散った。砕けた骨片と赤黒い血が飛び散り、獣は悲鳴を上げる間もなく地面へ崩れ落ちる。割れた頭蓋からは脳漿が滲み、鉄床にべったりと広がった。
その直後、背後からもう1匹の影が襲いかかる。鋭い爪が振り下ろされるより早く、少年は傘を振り上げて受け止めた。金属がきしむ音。反動を利用して腕を振り払い、獣の体勢を崩すと、耳を乱暴に掴み上げて首へ膝を叩き込む。乾いた破砕音が鳴り、獣の頚椎は容赦なく折れた。
2匹の仲間を瞬く間に殺された群れは激昂し、毛並みを逆立てる。残る1匹が死角から飛びかかった。少年は軽やかに身を捻って躱す。だがかわしきれなかった爪先が頬をかすめ、鮮血が一筋流れ落ち白い肌を赤く染めた。数本の黒髪が宙に舞い落ちる。頬を伝う血を指先で拭い、少年はそれを見て口の端を吊り上げた。
「……っはは」
その笑みは心底楽しげだった。鉄床を強く踏み込むと、夜兎の力に耐えきれず床がひしゃげ、大きく歪む。逃げようと背を向けた獣の尾を掴み、振り回して仲間の1匹へと投げ飛ばす。鈍い衝突音と共に2匹の巨体が絡み合い、もつれたところを容赦なく傘で叩き潰す。骨が砕け、肉が裂ける音が響いた。
あと4匹。
残された獣たちは怒声のような咆哮を上げ、狂気に駆られたように少年へ殺到した。殴り、蹴り、叩き潰し。鉄と血と肉の匂いが充満し、冷たい闘技場に赤い霧が舞い散る。仲間を次々と殺され、怒りに燃える1匹がその牙で少年を噛み砕かんと迫る。
少年はその牙を両手で掴み取った。激しい力と力のせめぎ合い。獣は四肢を踏ん張り、鉄床を爪で抉りながら押し勝とうとする。徐々に少年の身体が押し込まれる。それでも、彼の口元には笑みが浮かんでいた。
「……っ」
力をさらに込める。しなやかな腕に浮かぶ血管、張り裂けんばかりの筋肉。左手で上顎、右手で下顎を掴んだまま、獣の頭を地に叩きつけ、強靭な脚で上顎を押さえ込む。そのまま一気に下顎を引っ張り上げると、顎は生々しい裂音を立てて千切れ飛んだ。切断されて宙を舞い、返り血が雨のように少年の顔を染める。
苦痛にのたうつ獣が最後に見たのは、少年の昏い笑顔だった。瞳には殺意と狂気が混ざり、血に濡れた笑みは悍ましくも陶酔に満ちていた。
次の瞬間、少年は獣の頭を踏み潰した。
何度も。何度も。何度も。
頭蓋が砕け、肉片と臓物が飛び散り、血が鉄床に広がっていく。8匹の獣はすべて無残な骸となり、闘技場は血と肉の海と化していた。咽せ返るほどの鉄錆の匂いが漂う中、少年はわざとらしく両手を広げ、高らかに笑った。
映像は、そこで唐突に途切れた。暗転したスクリーンの余韻を押し流すように、会場全体を割れるような大歓声が包み込む。拍手と叫び、欲望に満ちた興奮のうねりが闇に潜む天井の梁まで震わせていた。
「夜兎族の少年の登場です!!」
オークショニアの張り上げる声に応じて、舞台の奥から鎖を引かれるようにして一人の少年が姿を現した。それは先ほど血煙舞う映像の中で、獰猛な獣を蹂躙したあの黒髪の少年であった。
分厚い耳当てのような遮音具が彼の頭を締めつけ、観客の喧噪を完全に遮断している。両腕には薬物注入装置付きの金属の腕輪。逃亡も反抗も許されぬ証として、鈍い光を放っていた。
艶やかに黒光りする長い髪を束ね、切れ長の緑の瞳を前髪の影に隠し、無表情で中央に立つ。絹の黒衣が野性を覆い、むしろ気品さえ漂わせていた。
やがてオークショニアの口上が続き、会場は再び熱に浮かされたように揺れ動いた。値は瞬く間に競り上がり、最終的に驚くべき高額で落札が決まる。
乾いた木槌の音と同時に、会場は歓声と拍手で爆発した。
その中心に立つ少年は、しかし全く別の表情を浮かべていた。驚きに見開かれた緑の瞳。ぽかんと口を開け、呆然と立ち尽くす。己が想像を遥かに超えた額で取引されたことへの、純粋な驚愕だった。
観客席が興奮の坩堝と化していく中、少年は呆けたまま辰羅の男達に両脇を固められ、裏手へと迅速に連れ去られていく。オークションはなおも続くが、彼らの奴隷商船が出品した最後の品はこの夜兎の少年であったため、関係者たちは早々に取引の段取りへと移っていた。
もっとも、ここは非合法の闇オークションである。公式の書類など存在せず、証拠となるものは一切残されない。重々しい帳簿の代わりに交わされるのは暗号化されたやり取りと裏金の授受だけだ。黎武と霧紅は慣れた様子で取引に忙しく立ち回っていた。
その光景を、少年は退屈そうに眺めていた。彼の関心はただ一つ、己を落札した人物に向けられていた。これから先、その者を御主人様と呼び、従い、仕えることになるのだから。
だがふと、彼の心に異なる考えが芽生える。
(相手が雑魚そうだったら、殺しちまえばいいんじゃないのか)
そうだ、自分の方が強い。自分の方が速い。
(そうすれば、もしかして───)
忘れ去られたはずの記憶の残滓が、脳裏をかすめた。
雨の音。花の匂い。温かな食事の味。
そして──
「江鷹」
頭の中で誰かが自分を呼ぶ気がした。鈴のように涼やかで、暖かく、優しい声。
轟々と唸る船の音。甲高い悲鳴。長く続く耳鳴り。その中で、その声だけは一筋の光のように響いていた。とても大切な人の声だった気がする。けれど、それが誰なのか思い出せない。己には家族など存在しないはずだ。そう教え込まれてきた。
ならば、あれは誰だ?
必死に思い出そうとすればするほど、頭が割れるような痛みに苛まれる。本当は、自分にも愛してくれる家族がいたのではないか。考えれば考えるほど脳が悲鳴を上げる。
少年は顔を歪め、悶々とした思考の渦に飲み込まれかけていた。だがその迷いを、冷たい現実が切り裂く。黎武の声が、容赦なく彼の耳へと降り注いだ。
黎武は、深々と腰を折り、声を震わせながら口を開いた。
「お待ちしておりました。
その声音には恭順だけでなく、抑えきれぬ恐怖が滲んでいた。普段ならば尊大な態度を崩すことのない黎武が、まるで庶民のように畏まっている姿は異様ですらあった。
「うふふ。挨拶は、いいよ。そんな事より、私は予定が詰まっているからねぇ、早く終わらせてもらえると嬉しいなぁ」
ゆったりとした調子で、しかし不思議な響きをもって女は言葉を紡いだ。湧き水のように清らかで耳に澄み渡る声は、少年の頭にすっと入り込む。心を撫でるようなその声に導かれるように、少年は思わず顔を上げた。
──目が合った。
瞬間、身体の奥底にまで冷たい衝撃が走った。天地がひっくり返っても、この女には勝てない。直感が告げていた。
そこに立つ女は、言葉に尽くしがたいほどの美を湛えていた。なだらかな肩、流れるように細く長い手足。雪のように白い肌は繊細で、腰の曲線はひときわ鮮やかに浮かび上がっている。まるで物語から抜け出したかのような美貌の持ち主だった。
だが、それ以上に少年の記憶へ深く焼きついたものがあった。
頭に生えた巨大な角。光を反射して煌めく赤い鱗。背後に揺れる蛇のような尾。そして、肉食獣を思わせる長い瞳孔の眼差し。獲物を値踏みするように見据えるその目に射抜かれただけで、胃の中がひっくり返るような圧迫感に襲われる。
なるほど、黎武が怯え切っている理由がよくわかる。これは次元が違う。文字通り、生物としての格が隔絶しているのだ。少年は強者の血を受け継ぎ、誰よりも戦いに優れた夜兎の子である。それでもまだ12歳。抗う力などあろうはずがなく、彼は知らぬ間に膝をついていた。
「うふふ、いいねぇ。可愛い子は好きだよぉ、私は。貴方は私の心を満たしてくれるのかなぁ?」
赤い鱗を纏う女、龍宮はドレスの裾を優雅に押さえて膝を折り、片手で少年の顎を掴んで持ち上げる。鋭い爪が頬に食い込み、薄い血が滲んだ。
「可愛い子は大歓迎。ふふふ、しかも貴方、龍脈の匂いがするわぁ。どこの星の龍脈かなぁ、愛されてるねぇ、美味しそうだねぇ」
赤い唇から覗く鋭い牙が、月光のように光った。龍宮の笑みは美しくも恐ろしく、獲物を慈しむ肉食獣の微笑みに他ならなかった。
少年の心臓は今にも破裂しそうなほどに跳ね打っていた。背筋を冷や汗が伝い、顔色は蒼白になる。数刻前まで抱いていた“弱ければ殺せばいい”という思考など、影も形もなく吹き飛んでいた。圧倒的な存在を前にすれば、抵抗の念すら笑止に過ぎなかった。
「もぅ。冗談よぅ、可愛いねぇ。せっかく買ったのに食べちゃうなんて、そんな勿体無いことはしないからねぇ」
龍宮が軽く指を鳴らすと、背後に控えていた艶やかな女達が静々と進み出て、金を運んできた。黎武は震える指でそれを確かめると、深く頭を下げ、少年の傍らに歩み寄る。そして耳元で、決して無礼を働くなと囁き、すぐに距離を取った。黎武と霧紅は最後まで深々と頭を垂れ、そのまま退場していく。
二人の姿が完全に消えたのを確認すると、龍宮は少年の手首を覆う頑丈な手錠へ視線を向け、白魚のような指で軽く握り込んだ。次の瞬間、ギリリと鈍い音を立て、鋼鉄の手錠は紙細工のように砕け散った。
その光景に、少年は目を見開き、息を呑む。
「そしたら、行こうかぁ」
「え?」
「うふふ、私の船だよぅ。貴方はもう私のものだからねぇ、大事にするよぅ。ここはねぇ、死の気配が迫ってる気がするからねぇ、面倒臭いし早く離れちゃおうねぇ」
「は、はい。承知しました……」
「私達についてきてねぇ」
龍宮はゆるやかな所作で歩みを進めた。その動作はあくまで優雅だが、背の高さもあってか自然と歩幅は大きく、意外にも速い。少年の周囲には、美貌の女達が守るように寄り添い、行列を作っていた。逆らうという発想は、もはや少年の中には存在しなかった。ただ静かに足を運ぶしかなかった。
やがて、目の前に絢爛豪華な宇宙船が姿を現した。光沢を放つ船体には精緻な装飾が施され、まるで宮殿のように威容を誇っている。龍宮が近づくと同時に扉が開き、整った顔立ちの男達が一斉に頭を垂れて出迎えた。
その刹那、背後……オークション会場から轟音が響き渡った。爆発が巻き起こったかのような派手な音に、少年も女達も思わず振り返る。
「気にしないでいいよぅ、早く帰ろうねぇ」
龍宮は少年へと白い手を差し伸べた。少年は迷いながらも、その手を取る。すると鋼鉄すら握り潰す力を秘めた手が、驚くほど優しく彼の手を包み込んだ。冷たくも安らぎを与えるその感触に、少年は胸を突かれる。
──人に優しく触れられたのは初めてだった。
いや、初めてではないような気もした。
「江鷹」
頭の奥底で、再び誰かが名を呼ぶ。
やがて女達も次々と乗り込み、扉が閉ざされる。船が振動を伴って動き出すと、低く重い音が耳を揺さぶった。ゴウゴウと響く船の駆動音。少年にとっては嫌悪する音だった。耳鳴りが激しくなり、先ほどの優しい声を押し流してしまう。
頭痛に顔を歪めつつ、少年は窓外を見やった。龍宮もまた、微笑を浮かべながら同じ方向に目を向けている。その先に映った光景を目にした瞬間、少年は息を呑んだ。
──オークション会場の只中で、ひとりの男が暴れていた。
焦茶色の外套を纏い、傘を振り回す姿。
夜兎の男だった。
その男を目にした瞬間、少年の耳にありもしない雨の音が響き渡った。ザーザーと降りしきる音が脳裏を掻き乱し、煩わしく反響する。しかし外の空には雨など一滴も落ちてはいない。宇宙港の周囲は乾いた空気に満ち、閃光のような爆発があちこちに弾けているだけだ。
少年は眉を深く顰め、頭をゆるやかに振って幻を追い払うようにした。それから再び視線を下へと落とす。
そこには夜兎の男がいた。大きな傘を軽々と振り回し、その一撃ごとに数人の傭兵が宙を舞い、床に転がっていく。雇われた傭兵達は決して弱くはない。筋骨隆々とした体躯に、最新の武装を身に着け、血を浴びることを恐れぬ歴戦の兵士ばかりだ。しかし、その強者たちが今、あの夜兎の前では赤子に等しい。刃も銃火器も通じず、ただ一方的に薙ぎ倒されていく。嵐に吹き飛ばされる枯葉のように、簡単に。
己では決して勝てないと思う存在に、一日にして二度も出会うことになるとは思ってもみなかった。背筋を冷たい戦慄が這い上がる。
「……あの男は、一体……」
口から漏れ出た声は、自分でも気付かぬほど小さく震えていた。
「あらぁ、知らないのぉ。そんな事もあるんだねぇ」
龍宮が楽しげに目を細め、うふふと笑う。
「有名なのですか?」
少年の問いは、ほとんど掠れる。
「有名も有名だよぉ。あの男の人はねぇ、とぉっても危ない生き物達を駆除して回る掃除屋さん。宇宙最強のエイリアンハンターの神晃。最近は、星海坊主って呼ばれてるんだったかなぁ?」
「……星海坊主、神晃……」
その名を耳にした瞬間、視界が一瞬ノイズのように乱れ、世界がざらついて揺らいだ。少年は反射的に窓の外へ目を凝らす。遥か彼方、豆粒のようにしか見えないはずの男が、それでもなお嵐のごとく暴れ回る姿が見える。
──その口が、何かを叫んでいた。
声は届かないはずなのに、脳裏に直接叩きつけられるように響いた。
「江鷹ッ!!!」
その叫びが、何度も。何度も。
「……こう、よう……」
思わず零れるように、少年の唇から声が漏れた。自分でも驚くほど自然に。
「あらぁ? なぁにそれ、貴方のお名前?」
龍宮が不思議そうに問いかける。
「え、ああ、いや……多分違うと思います。宇宙最強の男が、ただの奴隷の名を知るはずがないでしょうし。ただ、星海坊主とやらが叫んでいる言葉が、何となく“こうよう”のような気がしたのです」
「あらそう、おかしな話だねぇ、面白いねぇ。この距離で聞こえるわけがないのにねぇ」
龍宮は楽しそうに喉を鳴らし、くすりと笑う。その顔に影を落とすように、何やら思索を巡らせる。
「そうだ、星海坊主が貴方のお父さんって事はないのぉ? 同じ夜兎だし、あり得ない話じゃないと思うよぅ? それなら“こうよう”だと思った事にも納得がいくねぇ」
その言葉に、少年は一瞬きょとんと目を開き、次いで小さく笑った。
「それはあり得ない話です。宇宙最強が俺の父であるのならば、俺が奴隷の身分に落魄れる訳がない。彼の事は存じませんが、きっと記憶の奥底にある誰かに似ていたのでしょう」
「そっかそっか、うふふふ。そうなんだねぇ、そう思うんだねぇ」
龍宮はころころと笑い、紅の鱗を柔らかく揺らす。
「それじゃあ“こうよう”ではないのなら、貴方のお名前は何て言うのかなぁ?」
「名前ですか。さて、とうの昔に忘れてしまいました」
「あらぁ、そうなのぉ? 名前が無いのは不便だねぇ。う〜ん、せっかくだし記念に私が名前をつけてあげようねぇ」
「俺に名前を頂けるのですか?」
「うんうん、こういうの考えるの好きだしねぇ」
龍宮はゆったりと歩を進めながら、ぐるりと少年の周りを回り込む。赤い尾が床を擦るたび、重い音が響く。その姿を眺めながら彼女は手を合わせ、声を弾ませた。
「そうだねぇ、
「燕心、ですか」
「うんうん、ぴったりだねぇ。ぴったりだと思うよぅ。君が戦ってる映像見た時にねぇ、軽やかに舞いながら黒い髪が靡いていたのを見てねぇ、ピンときたんだ。燕みたいだって」
「燕、ですか」
「地球っていう綺麗な星にいる小さな渡り鳥だよぅ。可愛いからねぇ、予定が合ったら一緒に見に行ってみようか」
少年……否、燕心は与えられた名を小さく、何度も口の中で繰り返した。慣れぬ響きが舌に残る。しかしこれから仕える身であれば、早く慣れておくべきだろう。そう考え、心にその音を深く刻み込む。
「そしたら、この船での仕事を早めに覚えてもらおうか。そこの貴方、案内してあげて」
龍宮が顎をしゃくると、控えていた男が燕心に歩み寄り、その肩へ軽く手を置いて連れて行こうとする。燕心は一度だけ龍宮を振り返り、そして従順に足を進めた。
彼の小さな背が遠ざかっていくのを見届けると、龍宮は静かに窓へと視線を戻した。
常人の目にはもはや映らないだろう。しかし龍宮の瞳は、未だ会場で暴れ回る星海坊主の姿をはっきりと捉えていた。荒れ狂う戦場のただ中で、必死な表情で、声が枯れるほどに何度も何度も息子の名を叫ぶ姿を。
「ごめんねぇ、星海坊主。息子さんは私が貰っちゃったよぅ。うふふ、大丈夫だよぉ、あの子はたぁんと可愛がってあげるからねぇ。ふふふ。アハハ」
紅い鱗の女は唇を吊り上げ、獣めいた笑みを浮かべながら、窓の向こうの夜兎を見下ろした。