龍宮は、いわゆる見世物小屋の主人であった。
ただしそれは、人々が思い浮かべるような街角の小さなサーカスではない。彼女の所有する巨艦、
龍宮が銀河の果てから掻き集めた異形の生物、絶滅寸前の幻獣、珍妙な動植物。それらが檻や水槽や展示室に収められ、見世物として観客を魅了し、あるいは退屈すれば彼女の気まぐれによって市場に流されてゆく。
彼女の商いはただの娯楽にとどまらない。最も利益を生むのは、生物や奴隷を使った剣闘試合であった。檻の鉄格子が開けば、血と叫びと喝采が渦巻き、観衆は飢えた獣のように歓声を上げる。それこそが彼女の財源であり、最大の娯楽でもあった。
不夜城赤龍は普段、銀河を漂う移動型の巨大テーマパークのように運営されていたが、数年に一度はどこかの星に降り立ち一、二ヶ月ほど腰を据えて壮大な市場を開いた。そこで彼女は珍しい生物や遺物を競売にかけ、莫大な利益を得る。その額は年間で数百億を超えると噂され、龍宮は銀河有数の大商人としてその名を馳せていた。そして得た富はすべて、さらに新しい珍品を集めるために注ぎ込まれるのだった。それが彼女の何よりの悦びであり、生き甲斐であった。
* * *
燕心が15歳になった頃のことである。
彼は見世物として檻に入れられたのではなく、龍宮の側仕えとして買い取られていた。そのため、船の中では休む間もなく働いていた。反乱を起こした“商品”の鎮圧から、書類仕事や調整まで幅広くこなす。かつて奴隷商船で叩き込まれた学問と武術が、ここで遺憾なく役立っていた。むしろ彼は、今までの従者たちと比べても群を抜いて有能であり、龍宮にとっては期待以上の買い物だった。彼女はその事実を思い出すたびに、満足げに口元をほころばせた。
『燕心、燕心』
呼び出し音と共に届いた龍宮の声は、通信機越しでも妙に甘く艶やかだった。
「はい、如何なされましたか?」
『ちょっと訓練場においで』
淡々とした声で応じ、燕心は机の端末を閉じる。もちろん、途中までのデータをきちんと保存することを忘れない。今日の作業は事務処理だったが、普段は圧倒的に戦闘の比重が高い。凝り固まった肩を後ろに回し、息を吐く。筋肉が伸び、柔らかにほぐれていく感覚があった。
腕を真上に伸ばすと、しなやかで引き締まった筋肉が隆起する。黒い衣服が無駄のない肉体を包み込み、その存在を一層際立たせている。腰にはストールのように布を巻き、脚には白いズボンと膝下の甲冑。無造作に見えて調和の取れた装いは、すべて龍宮の趣味だった。彼女はコレクションに着飾るように燕心に服を着せ、その姿を楽しむのだ。長い黒髪は一つに結われ、歩みの度に軽く揺れていた。
広大な船内の通路を慣れた足取りで十分ほど進むと、訓練場に到着する。何度も使った場所だが、今回の呼び出しに首を傾げざるを得なかった。控室に入ると、そこには侍女を従えた龍宮が座しており、その足元には首を刎ねられた死体が転がっていた。血の匂いが微かに漂い、冷えた空気をさらに重くする。彼女が不要と判断した者の末路である。燕心の心臓は強く跳ねた。次に転がるのは自分の頭蓋ではないか。そんな恐怖が常に胸の奥で燻っている。だが龍宮はそんな彼の内心など一顧だにせず、微笑みながら口を開いた。
「ここでねぇ、とあるエイリアンと戦って欲しいの。もう何度も戦った大きなお猿さんなんだけどねぇ。お願いできる?」
「はい。問題ありません」
「うふふ、ありがとう。それじゃあ、本気でね、死なないようにしっかり頑張ってねぇ。今回の子は、いつもより少し興奮してるからねぇ」
含み笑いと共にひらりと手を振ると、侍女が進み出て、燕心にグローブと傘、さらに一振りの剣を差し出した。いつも通り武装を整える燕心。だが今日は普段渡されない剣が含まれており、その意図に疑問を覚える。だが問い返すことはしなかった。見届けると、龍宮と侍女は控室を後にした。
龍宮はそのまま観戦用の部屋へ移動する。広間には大きな硝子窓が張られ、下の訓練場が一望できる。席に腰を下ろすと、ちょうど燕心が場内に姿を現したところだった。手にした剣を眺め、わずかに不思議そうな表情を浮かべる。その様子に龍宮は唇を吊り上げ、胸の奥で小さく笑い、面白いものが観れるだろうなと心を躍らせながら席に着く、するとテーブルに紅茶が差し出された。置かれたカップから、優雅な香気が立ち昇る。花と果実が風に乗って流れ込んでくるような豊かな香りが室内を満たし、深い琥珀色の液面が揺れた。その香りは、丹念に選ばれた葉と、丁寧に仕立てられた技の証でもあった。
「相変わらず、
「それはどうも、ありがとうございます」
応じたのは、16、7歳ほどの少年だった。波打つ水色の髪が肩で揺れ、端正な顔に微かな笑みを浮かべる。仕立ての良いスーツに身を包み、鼻梁にかけられた眼鏡が知性を漂わせていた。魈雲は恭しく頭を下げ、礼を忘れぬ声音で答える。しかしその橙の瞳にはどこか狡猾な光が潜んでおり、微笑の奥に秘められた思惑を隠し切れてはいなかった。
「それにしても宜しいので?」
「う〜ん、何がぁ?」
「言わなくても分かるでしょうに。貴女の大切なお気に入りをあの獣……いえ、もう化け物と言った方が正しいかも知れませんね。あの化け物と戦わせても宜しいので? 下手をしたら死にますよ、彼」
その時であった。観戦室の分厚いガラス窓が震えるほどの雄叫びが、戦闘場を揺るがした。重低音を含んだ咆哮は壁を伝い、床板までも共鳴させる。魈雲は敏感な尖った耳に手を当て、眉を僅かに顰めた。その顔には理知的な冷ややかさと同時に、わずかな苛立ちが浮かんでいる。
戦闘場に放たれたのは、巨躯の獣であった。猿を思わせるその容貌はしかし、地球に存在するいかなる類人猿とも異なっていた。驚くべき筋肉質の肉体は異様に盛り上がり、艶やかに光る毛並みの下に脈打つ血管が隆起している。家屋ほどもある巨体は影のように観戦室を覆い、その太すぎる腕が異様な威圧を放っていた。対照的に脚はさほど太くなく、全体のバランスは破綻している。けれども、そのアンバランスさこそが逆に不気味で、常軌を逸した存在であることを際立たせていた。
そして何より異様なのは、その獣の様子である。麻薬に侵された人間が錯乱するかのように、理性を失った興奮状態にあった。鼻息は荒く、胸を上下させるたびに呼吸音が鉄槌のように響く。全身が小刻みに揺れ、瞳は切れた血管から充血し、どろりとした赤に染まっていた。
「当船で開発されたアンプルは期待通りの効果を発揮しています。ただでさえ危険なあの獣は手の付けられない怪物へと変貌しました。あの怪物がどこぞの星で暴れでもしたら、それこそ星海坊主が呼ばれるかもしれませんね。燕心さんでは力不足では?」
「うふふ、魈雲は心配性なんだねぇ。でも大丈夫だよぅ、燕心は出来る子だからね」
「おや……燕心さんなら負けない、と?」
「うん、あの子は自分が頑張らなきゃいけない、しっかりしなきゃいけないって骨身まで刻み込まれてるからきっと意地でも勝ってくれるよぅ」
「大した信用ですね。僕は負けると思いますけど」
「その時はその時だよぅ。その程度の子だったら、ちょっとがっかりしちゃうけど仕方ないよねぇ。生き物だもの、期待に応えられないこともあるよぅ」
「彼が負けたら貴方はどうするんです? いつものように殺すのですか?」
「殺さないよぉ〜、いつもみたいに叱るだけ。でもやっぱり使い物にならない程に壊れちゃったら捨てちゃおうかなぁ?……あ、そうだ。夜兎は珍しいから子供を作ってもらってもいいかもねぇ。燕心はいい子だからねぇ、きっと可愛い子供が産まれると思うよぉ」
「怖い人ですね、貴方は。燕心さんは貴方を慕っているでしょうに」
魈雲はかちゃりと眼鏡の位置を直し、その橙の瞳に冷ややかな光を宿しながら後ろへと一歩退いた。丁度その時、戦場で獣を抑え込んでいた使用人の一人が、悲鳴をあげる間もなく巨腕に捕まり、プチンと蟻のように潰された。肉と骨の潰れる鈍い音が響き、残骸が床に叩きつけられる。直後、獣は完全に解き放たれた。
怪物は地響きを伴って燕心へ突進した。その猛り狂う膂力に地面は大きく抉れ、破片が飛散する。今まで戦ってきた同種の猿どもを遥かに凌ぐ速度と力に、燕心は思わず目を見張った。しかし訓練された反射で、彼は愛用の傘を構え、その攻撃を受け止めようとした。だが──
「はぁッ!!?」
バキリ、と不快な音が場に響き、傘は一瞬で粉砕された。燕心の目に驚愕が走り、ほんの僅か、動きが止まる。その一瞬を逃さず怪物は彼の左腕を乱暴に掴み、全力で振り回すと壁に叩きつけた。轟音と共に壁がひしゃげ、肩の肉が裂け、関節が無残に外れる。瓦礫と土煙の中から血まみれの燕心が姿を現し、息を荒げながら肩を無理矢理にはめ戻した。
「おいおかしいだろッ!? 何だよこの猿!! 今までの奴と全然違う!!!」
その叫びを嘲笑うかのように、怪物は再び迫り、巨腕を振り上げる。ミシミシと骨組みすら軋むような音が響き、空気が張り詰めた。燕心は辛うじて躱すも、獣は即座に反転し、その腕を燕心の胴に叩き込んだ。骨が悲鳴をあげ、肺から空気が吐き出される。彼の身体は弾き飛ばされ、地面を転がる。血が砂に広がり、鉄の匂いが辺りに満ちる。その匂いに獣はますます興奮し、涎を垂らしながら咆哮した。
「なんなんだよ! なんなんだよコイツ!! 猿の癖にラリってやがんのか!? 生意気な!!」
燕心は怒号を放ち、血に塗れた顔で立ち上がる。地面の尖った鉄片を拾い上げると、獣の拳と壁の間に挟み込み、怪力を逆用して拳を破壊した。骨が砕ける音が響くが、獣は痛みをものともせず、壊れた拳で再び殴りかかる。燕心はその腕を掴み、背負い投げの要領で地面へ叩きつけた。
間髪入れずに踏みつける。骨を砕くべく、頭蓋を狙った重い一撃。だが感触は異常に硬い。皮膚が裂け血は溢れるものの、筋肉は異様に肥大し、衝撃を吸収している。それでも確かに打撃は通ったはず。だが獣は、笑っていた。
「さすがに、生物としての常軌を逸してるぞ……ッ」
燕心は愕然とし、僅かに後ずさる。その隙を突き、獣は燕心の足を掴み、床へ叩きつけた。地鳴りのような衝撃が走り、燕心が起き上がる前に、巨腕が振り下ろされる。
強烈な衝撃が頭を直撃した。視界が白に弾け、意識が遠のく。これは今までの猿たちとは次元が違う。それはまるで強靭な夜兎に殴り飛ばされたかのような激痛だった。怪物は錯乱したまま吠え、暴れ、戦場を蹂躙する。
「ほら、やっぱり無理じゃないですか。この船であの怪物に勝てるのはきっと貴女だけですよ、龍宮様」
「あらあらぁ。期待以上の成果だねぇ、あのアンプルは」
龍宮は笑みを浮かべ、燕心の右腕に噛みつこうとする怪物を眺めると、ゆっくりと立ち上がり、窓を開け放った。
燕心は既に満身創痍であった。痛みが脳をかき乱し、現実がかすかに霞んで見える。意識は朦朧として、まるで濃い霧に包まれた迷子のような感覚だ。思考が現実と夢の間で揺れている。
誰かが、誰かが頭の奥底で名前を───
「燕心」
涼やかな声が、刃のように意識を貫いた。
「それ以上、無様を晒したら叱るよ?」
視界が晴れ渡る。心が震えた。そうだ、失態は許されない。自分はこの人に仕える身なのだ。彼女の前でこれ以上、醜態をさらすわけにはいかない。これは当然のこと。失態は罪、罪は許されない。
「承知、しました。直ぐに終わらせます」
燕心は血に濡れ、力なく崩れ落ちそうな体を無理矢理起こし、奥底に沈みかけた思考を強引に切り替えた。
視界は赤く滲み、鼓動は耳元で爆ぜるように鳴り響いている。それでも彼は立ち上がる。
簡単な事だ。余計なことを考える必要はない。
ただ、この獣を壊せば良い。
それが今の、燕心に与えられた存在意義であった。
敵を見据える。分厚い筋肉の鎧に覆われた巨体は打撃の衝撃を容易に殺してしまう。拳で砕くには硬すぎる。なるほど、だから自分に剣が渡されたのか。脳裏にその理解が閃くと同時に燕心は剣を抜き、怪物の眼球へ突き立てた。
瞬間、鋭い悲鳴のような咆哮が響く。片目を刺された猿の怪物は激痛と、突如として視界を奪われた混乱に苛まれ、思わず燕心を手放した。
右腕は猿に噛み千切られかけ、肉が裂け血が滴っている。指は動かず、筋肉も断たれている。少なくとも、この戦いのうちに使い物になることはないだろう。だが問題はない。燕心の視線は冷酷に敵を計る。骨格や筋肉の構造は、他の猿と変わらぬはず。ならば急所を断てば勝機はある。
燕心は鮮血を撒き散らしながら駆け出した。
怒りに燃える怪物は、巨腕を振り上げ、荒れ狂う嵐のように拳を振り下ろす。その迫力で空気が震え、地面が軋む。燕心は股下へ身を滑り込ませ、土煙の中を擦り抜ける。瞬時に振り向きざま剣を振るい、切っ先を閃かせた。
刃が筋肉の厚い層を裂き、血飛沫が弧を描く。何度も何度も切り込みを重ねれば、硬い鎧の下に隠された腱が断ち切られていく感触が伝わった。
突如、怪物の脚から力が抜けた。悲鳴にも似た声を上げ、巨体が膝をついて崩れ落ちる。
こうなってしまえば、後は作業に過ぎない。首を落とせなくとも、頭蓋を砕けなくとも、命を奪う方法はいくらでもある。生き物を殺す手段は、一つに限られるものではない。燕心の瞳は淡々と冷え切っていた。
彼は猿の体を切り刻み続けた。筋肉の壁を貫き、重要な血管を次々と断ち切る。血潮は雨のように降り注ぎ、大地を赤く染めた。やがて剣は限界に達し、甲高い音を立てて砕け散る。しかし、それで十分だった。怪物の肉体はすでに致命的な出血で染まり、命脈は尽きかけている。
最後に、燕心は折れ残った剣片を握り締め、無事な方の瞳へと投げつけた。避ける余力など、もはや怪物にはない。刃は正確に突き立ち、脳を震わせる衝撃が走った。
断末魔の叫びが、地獄の底から響くように場を揺るがす。次の瞬間、巨躯は崩れ落ち、仰向けに倒れ伏した。
燕心は大きく息を吐いた。肩が上下し、荒い呼吸が血の匂いに混じる。髪にこびりついた返り血を乱暴に撫で付け、意識を繋ぎ止める。
怪物が完全に絶命したのを確認すると、直ちに使用人達が駆け込み、手際よく後片付けを始めた。
重傷を負った燕心は、支えられるように治療室へと運ばれる。麻酔など与えられることはなく、生々しい痛みの中で傷口を針が縫い合わせていく。皮膚が引き攣り、血が滲み出す度に鋭い痛みが全身を走る。それでも彼はぼんやりと天井を見上げ、ただ耐え続けるしかなかった。
やがて、静かに扉が開いた。部屋に現れたのは龍宮であった。
その姿を見た瞬間、燕心の体は反射的に震え、真っ青な顔で床へと平伏す。背中にじっとりと冷や汗が流れ落ち、畏怖が全身を締め付ける。
「主! この度の失態は」
「いいよぉいいよぉ、気にしないで。無事に倒してくれたから問題ないよぉ。顔を上げて」
促されるまま顔を上げると、龍宮の傍らには見知らぬ少年、魈雲が立っていた。
「魈雲、資料映像はちゃんと撮れた?」
「ええ、問題ありませんよ。これならば彼らも満足するでしょう」
資料、彼ら……その言葉の意味を燕心は理解できず、怪訝な表情を浮かべる。龍宮は愉快そうに微笑み、魈雲に説明を促した。
「今回のあの猿、異常な様子であった事は当然理解していますよね」
「そりゃまあ」
「あれこそが、当船にて開発された活性アンプルの効果なんですよ」
魈雲は芝居がかった仕草で懐から小瓶を取り出した。揺れる赤い液体。その不吉な輝きに、燕心は嫌悪と予感を覚え、眉を顰める。
「この液体の効果は脳のリミッターを破壊する事です。要するに火事場の馬鹿力、いえ、それ以上の力を常時解放できるようになると言う訳ですね」
「でもそれって諸刃の剣だろぅ? あの猿が腕を振るうたびに骨が軋むような妙な音がしていたぞ」
「ええ、ご名答です。こちら、素晴らしい効果を発揮しますが被検体のほとんどが戦闘終了後に死にました。ですが問題ありません。元より生存は目的にしておりませんので。弱い獣を強制的に怪物へと変貌させ、暴れさせる。爆弾のような使用方法を想定しています」
魈雲はわざとらしく唇を吊り上げ、妖しく目を光らせた。
「勿論人間にも、それこそ貴方にも使える」
その響きに、燕心は心底この男を苦手だと感じ、さらに顔を歪めた。
「自分に使えばいいじゃないか」
「ははは、我々辰羅は繊細な種族なのですよ。元の力が弱過ぎて大した効果はありません。それこそ夜兎や荼吉尼など、怪力無双の種族に使わなければ」
その場を楽しげに見守っていた龍宮が、魈雲の手からアンプルをひょいと掴み取り、艶めかしい仕草で転がす。
「2人が頑張ってくれてる内はこんなものは要らないよねぇ。目が真っ赤っ赤になっちゃって、あんまり可愛くないもんねぇ」
「可愛い可愛くない以前に、それを僕に使っても意味がありませんよ。理性の無くなった辰羅など翅をもがれた蝿も同然。直ぐに叩き潰されて終わりです」
「んふふ」
「……本当に勘弁してくださいね」
魈雲は眼鏡を押し上げながら冷や汗を浮かべた。彼が下がると、燕心は龍宮へ問いを投げる。
「それにしても、何故このような薬品をお作りになられたのですか?」
「だって剣闘試合が盛り上がるでしょう? あれだけ派手に荒ぶってくれるとねぇ、見てる方もドキドキするからねぇ」
「娯楽の為、ですか?」
「半分はそうだねぇ。でもねぇ、どこから噂を嗅ぎつけたのかこれを買いたいって人が現れたんだぁ。何をするにもお金って必要だし、まぁいいかと思って売ってみる事にしたんだよねぇ」
その言葉で、燕心はようやく合点がいった。先ほど言っていた「資料映像」とは、この薬品を売り込むための宣伝だったのだ。
「して、何処に販売するので? 相手が碌に情報管理も出来ない卑しい者であれば此方に害が及ぶ事になりましょう」
「燕心は優しいねぇ、心配してくれるんだねぇ」
龍宮は優しく頭を撫で、にこりと笑って言った。
「……宇宙海賊、春雨。
銀河系でも最大のネットワークを持つ犯罪組織だよぅ。鳳仙君はいなくなっちゃったみたいだけど、それでも格はそこまで落ちてないし、取引相手として不足はないからねぇ」
その声音にはどこか嗜虐的な響きが宿り、微笑の奥に不穏な期待が潜んでいた。未来の混乱を心待ちにするかのように、彼女は艶やかに唇を歪め、ゆっくりと部屋を去っていった。