テニスの試合で先輩に勝ったら粘着されたんだが 作:ガラクタ山のヌシ
屈辱だ。
大会を終え、送迎バスに乗り込んだ夜神月が真っ先に思ったことはそれだ。
華麗に二連覇を決め、そして壇上で「遊びは中学まで」と涼しく宣言してやるつもりだった。
自分には警察官になり、無辜の人々を凶悪な犯罪者から守り導く。それが当たり前の未来だと思っていた。
そして、そうなるためには遊んでいる場合なんてない。その考えは今も変わりはない。
だと言うのに…。
「くそッ…」
ガンッ!!と殴られたロッカーが大きな音を立てる。
ラケットに当たらなかっただけまだマシだろうか…。
とは言えモノに当たるなんて彼らしくもない。
しかし、それを考える暇もないくらいに今の月の心境に余裕は無かった。
相手が二年生ならまだ良かった。
引退前に花を持たせてやったと言い訳も通っただろう…。
しかし最悪なことに相手は一年…これは完全に言い訳できない。
「二連覇おめでとうの横断幕も無駄になったな」とチームメイト達は冗談めかして言うが、彼にしてみればたまったものではない。
普通の神経をした人間なら遊びのテニスで負けたくらいどうってことはないと、プロになりたいわけでなし、良い思い出になったと悔しい気持ちを切り替えるのだろう。
今日寝て、明日起きれば大抵ケロッとしていられるのだろう。
しかしそれは逃げと同じと考えてしまうのが夜神月だ。
まして…
「お兄ちゃんでも負けることってあるんだ?なんかショック〜」
「そう言うこと言わないの」
などとその日の夕飯時に妹に言われてしまったのは我慢ならない。
もちろんそれを言った妹は母に嗜められていたが、しかし彼の母もまた似たようなことを言いたそうな目をこちらに向けていた。
言い方が悪くなるが、郡山はテニス以外に何か取り柄があるかと言われれば微妙だ。
外見は特に良くも悪くも無く、部活一辺倒な生徒というだけあって、授業態度も時折居眠りしているくらいで先生の覚えは悪く、かと思えば座学の成績も普通。
少なくとも定期テストで廊下に張り出される上位五十名に選ばれることも無い。
試合で負けたと聞いた同級生達の好奇の視線は、今まで涼やかに感じていたそれとはかなり異なる。
それに月は思いのほか神経をすり減らしていた。
極め付けは…
「なぁ聞いたか?」
「なになに、どうしたのよ?」
「夜神のファンクラブの女子、例の一年に告ったんだってよ」
「あー、なんか一部のファンは冷めたわ〜とか言ってたしなー。それでそれで?結果は…」
ある日の放課後の、なんて事のない世間話。
彼にしてみれば取るに足らない戯言に過ぎない。
普段ならさっさと教室から出て行ったのだろう月であるが、しかし彼のプライドがたまたま聞こえてきた後輩の名を逃すことはできなかった。
たまらずカバンを引っ掴んでガタンと大きな音を立てて立ち上がる。
驚くクラスメイトをよそに月はクラスを飛び出して、一目散に逃げるように家へと帰る。
帰ってすぐにただいまも言わず、ドタドタと慌ただしく階段を駆け上がった月は制服から着替えもせずにベッドで布団をかぶり、どこからか湧き出て来る感情に月は戸惑い、恐怖する。
「どうかしてる…今の僕はどうかしてるぞ…」
その感情の正体を知ったのは、それからしばらくしてからのことだった。